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第一節 私のとある一日は・・・

よろしくおねがいします

「朝ですよ・・・起きてください」


愛らしい少女の声とともに、やさしくゆすられる感覚で目を覚ますのが、私ことツナの一日の始まりです

ゆっくりと上半身を起こし、両手を思いっきり頭上に掲げ背筋を伸ばし、朝の爽やかな空気を、体中に取り込みます


「おはよう、アス」


先ほど起こしに来てくれた少女に朝の挨拶をします

この少女は、私の義妹でアスフィーネといい、親しみと愛情をこめてアスと呼んでいます

黒い瞳に黒い髪で、同い年の子と比べるとかなり小柄ではありますが、メリハリがはっきりとした体型をしています

本人は、小柄なことを気にしていて、大きくなるためいろいろとやっているようですが、私的には時折みせるちょっとしたしぐさが、かわいくて、かわいくて、生涯その姿のままでいてほしいと渇望していたりします

普段は落ち着いたお嬢様然とした感じなのですが、時折、大胆な行動をとる溌剌とした性格の女の子で、この世界に迷い込んだ私を、最初に見つけてくれた子でもあります


そう・・・迷い込んだのです


此処は私がもともといた世界ではない世界

魔術が生活の基盤にあって、魔物が普通に人を襲い、未知なるものを求め秘境へと旅立てる世界


所謂・・・異世界というやつです


とある王国の、とある領地の、ダンジョンにより繁栄と衰退を繰り返してきた数多ある町の一つで、辺境の町「アルステイム」

その町にある、通称「ギルド」と呼ばれる国民互助支援組織で、職員として日々を過ごしています



眠い目をこすりつつ、夜着からギルド指定の制服に着替えます


制服は、紺色で厚手の生地を膝丈のワンピースにした物と、少しフリルをあしらった白いエプロンを組み合わせた、いわゆるエプロンドレスで、腰のあたりに大きな白いリボンが付いているのが特徴です

食事の時くらいは穏やかな気持ちで過ごせるようにと、妖精を模した意匠らしいです

私的にも、着心地がよく動きやすいので、割とお気に入りの一着だったりします

赤いアンダーフレームの眼鏡をかけ、仕上げにと紅いリボンで髪をうなじの辺りで結わえ、特別製の姿見の前でおかしなところがないかチェックします


今でこそ当たり前のように見ているこの姿も、この世界に迷い込んで初めて見た時は心の底から驚いたものです

少しやせ気味ですがバランスが取れた体型に、目じりがつり上がり気味で、気が強そうな印象が若干するものの割と整った顔立ちをしていて、腰までまっすぐに伸びる黄みの強い茶色い髪の頭頂部に、先端部分が白い狐耳、そして、自身で抱き枕にできるほどの立派な尻尾が付いた狐獣人族の少女に変わっていたのですから・・・

もう一度言いいますが、この姿を見た時には本当に驚いたんです、思わず「もふもふだと~」と叫んでしまうくらいには・・・



「お姉ちゃん・・・準備できたの?

 早くしないと、ご飯が冷めちゃうよ」

「今行く~」


朝食の準備していたアスが、声を掛けてきたので、慌ててテーブルにつきます

今日のメニューは、野菜たっぷりの具沢山スープと、昨日のうちに馴染みのパン屋で買った黒パンです

スープはアスが作ったもので、どんなに頭が寝ぼけてボンヤリしていても、一口食べればすっきりと覚めるおいしさです

うちの義妹が作る料理は、今日も最高です


今日の予定や、取り留めのない雑談をしつつ朝食を済ませ、二人で手分けして食器の片づけを行い、火元と戸締りの確認をして職場へと向かいます

アスとともに寝起きをしているギルド所有の職員寮の一室から、心地の良い朝日を浴びつつ五分ほど歩くと、ギルドが運営する食堂、通称「ギルド食堂」に到着します

職員用の出入り口から、ホールや厨房に倉庫へと、各部署につながる廊下を進んでいくと


「今日も一日頑張ろうね」


アスが私に声を掛けつつ、自身が担当する厨房へと向かっていきます

そこではすでに早番の調理人が忙しなく、調理に仕込みにと動き回っていることでしょう



この食堂、もとはドロップアイテム等を保管するための倉庫だったらしいのですが、手狭になり近くにもっと大きな倉庫を新しく建てたので、その跡地利用と副収入を見込んで作られたそうです

そのせいなのか、やたらとホールが広かったり、倉庫設備が充実していたりします


煉瓦造りの壁は重厚感があり、落ち着いた感じのホールにはシンプルな丸テーブルと、それに合わせた椅子のセットが、給仕たちが慌ただしく動いても気にならない程度の間隔を開けて雑然と並べられています

天井はかなり高く、剥き出しの梁からはセンスのいい硝子細工の照明の魔術具が店内をくまなく照らしています

もちろん、一〇人位が余裕で座れるバーカウンターも完備しています

先輩給仕が、「配膳に補給にと動き回るこっちの身にもなってほしいわよ」と、ホールの煩雑さに、溢していたことがありますが、それはさておき


「私も頑張って、給仕に勤しみますか」


かるく自身に気合を入れ、早番の職員たちに挨拶をしつつ、私が担当するホールへと向かいます

そこはすでに、一攫千金の夢を見て、これからダンジョンに挑むのであろう探索者たちで賑わい始めていていることでしょう



朝のラッシュと、昼のピークを乗り切り、今日の探索を終えた探索者たちが、ちらほらと戻ってくる頃、ギルド・アルステイム支部の支部長から、『特別注文』の依頼が入ってきました


私は内容を伺いに支部長室へと向かいます


ギルド・アルステイム支部は、食堂の隣にある建物で連絡通路で自由に行き来できようになっています

食堂と同じくらいの大きさで二階建ての煉瓦造りの建物ですが、煤けていてどこか悲壮感がただよっています


一階は、敷地の半分ほどが待合室なっていて、趣のある長椅子やテーブルが数点ほど置いてあり、ギルド職員と依頼の打合せをしている市民や、明日の探索計画を相談していると思われる探索者たちに、精算中の仲間を待ちつつくつろいでいる探索者等の人々が見受けられます

四方の壁には掲示板があり、依頼や告知に募集などのさまざまな書類が、整然と掲示されていて、どこか役所を想起させるような雰囲気をしています

中央には、ひな壇代わりに使えそうな二階へ続く大きな階段があり、階段の右側に銀行のような受付カウンターが、左側に大荷物の受け渡しができる引取りカウンターが、それぞれ二箇所づつあります


カウンターの奥では、ギルド職員が忙しなく走り回っているのが見えますし、今日のダンジョン探索で手に入れたドロップアイテム等の納品や精算をする為に、引取りカウンターの前に探索者たちが列を作っていますし、これからが午後のピークなのでしょう


今、精算中の探索者の籠には、人参・大根・カブ・茄子などの新鮮で瑞々しい野菜がぎっしり詰まっていますし、その後ろの探索者の背負子には、豚肉や牛肉などのおいしそうな肉類が縛り付けられています

どの探索者の籠や背負子には、ドロップアイテム等がぎっしり詰まっているようです

この光景を見ると、大剣や槍などの武器や、使い込まれた革鎧などの防具を装備していなければ、市を開く商人の行列だなと、いつも思ってしまいます


そんな探索者やギルド職員の様子を眺めつつ、中央階段から二階へと上がると、建物を縦に分断するような廊下が続き、その廊下の左右には大小の部屋につづく扉が整然と並んでいます

その部屋一部では、何やら打ち合わせをしているようで、閑談の声が漏れ聞こえてきます

そして、廊下の一番奥、ギルドの正面玄関の真上にある部屋が支部長室になります

襲撃しやすそうな位置にある部屋ですが、その辺の対策はいろいろと施してあるらしいです

最も、ギルドを襲撃しようなどと考える危険な人は、このアルステイムにはいないと思いますが・・・


支部長室の扉に、軽くノックをして、返事を待たずに入室します


そこには、白髪交じりの髪をキッチリと刈上げ、眉間に皺を寄せつつ、年季の入った執務机で書類に判子を押している初老の男性がいました

その仕事ぶりは、なかなかのいぶし銀で、重ねてきた経験が仕草の一つ一つからにじみ出ています

若いころはダンジョンの探索記録をいくつも塗り替えた、かなり優秀な探索者だったと、噂で耳にしたことがあります

この男性が、ギルド・アルステイム支部の支部長であるグラント支部長です


「今日のご注文は何ですか?」


私が声をかけると、支部長は、こちらを一瞥したあと、おもむろに特別注文の内容を告げてきました


「第三階層の階層主手前の行き止まりS302に、ポーションを三〇個、大至急だそうだ」

「わかりました。直ちに向かいます」


簡素な受け答えを行い、私は支部長室を後にしました


一階の受付カウンターでポーションが入った岡持ちを受け取り、颯爽とギルドを出発します



ギルド正面にある大通りを道なりにしばらく進んでいると、ストーンサークル遺跡のような建物と、その中央に蛇が口を開けたような意匠の地下へと続く階段見えてきます

ここが、アルステイムのダンジョンの出入り口になります


ダンジョンは、複雑に入り組んだ迷路の先に階下へ続く階段があるという、探索者の侵攻を拒むかのような構造が一般出来なのですが、ここのダンジョンは、他とはちょっと違う構造をしています

まず地下に向かって螺旋階段が延々と続いていて、一定間隔で現れる踊り場部分に各階層への階層扉が設けられています

ちょうど、雑居ビルやマンションなどの非常階段と非常扉のような構造です

螺旋階段ですが、どこかで空間が歪んでいるのか、どこまでも降りつづけることができるうえ、任意の階層扉の前にはたどり着くことができません

第一階層以外では、階層ボスを討伐した階層とその次の階層しかたどり着けないのです

何らかの方法で個人識別も行っているようで、パーティーを組んでいようが、大人数で押しかけようが、有資格者が一人もいない階層扉の前には行けないようになっています

某ゲームのような仕組みですが、その詳細は今も謎のままだと聞いています

因みに、私はとある出来事が切掛けで、このダンジョンで確認されている階層すべてに、出入りすることができるようにはなっていたりします


そんなこんなで、ダンジョン第三階層の階層扉前に到着しました


ここに来るまでの途中で、私の姿を見た探索者たちは、


「今度は誰なんだ」

「なんで給仕服を着た女の子が、ダンジョン探索に向かうんだ」


苦笑いをしたり、その格好に驚きのまなざしを向けていたりしていましたが、

いつものことです、気にしないで行きましょう



一つ深呼吸をして、心を落ち着かせ、第三階層に侵入します


全身を最小限の障壁で囲い、最近ようやく完成した手製の地図を片手に、目的地を目指して突き進みます


因みにこの障壁は、この世界に迷い込んでしばらくした頃、突然の激痛と共に使えるようになったもので、私固有の魔術らしいです

この世界の魔術は、呪文詠唱などで自身の体内魔力を用いて鍵を築き、それで世の理に働きかけることで発動するものらしいのですが、私の障壁は、どのような障壁を展開するかイメージして、手を振ったり、スナッピングするなどの動作で発動します

あと最近分かったことですが、障壁の展開・解除の際に、その規模や条件に応じた魔力を消費するだけのようで、維持するのに魔力を必要としなかったりします

それ以外にも、いくつか他とは違う特徴がありますが、自身の固有魔術について、完全に理解できているわけではありません


それはさておき、ダンジョンの狭い通路を、右に左にと進み、何度か出合い頭に衝突した魔物を、すべて障壁で弾き飛ばして逃げ切り、ようやくたどり着いた目的地には、怪我をして動けなくなっている探索者が二五人ほどいました

ただし、全員が銀色に輝いた鎧甲冑に身を包み、荷物はロングソードのみという、ダンジョンの探索には似付かわしくない恰好をしていました



全員をサッと診てみたところ、命にかかわるような怪我をしている銀色甲冑探索者はいなかったようでしたので、手をたたき注目してもらい、


「救援要請によりギルドからやってきたものです

 これからポーションによる応急手当てを行いますので、

 もう少し頑張ってください」


ギルドから救援に来たことを告げました

しかし、精神的なダメージが大きいのでしょうか、ゾンビかグールのように鈍い反応しか返ってきませんでした

とりあえず岡持ちから、手当てをするべくポーションを取り出し、銀色甲冑探索者の傷口に順次練込み・・・もとい・・・振掛けていきます


「うっ・・・」

「つう・・・」


相当沁みるのか、苦痛の声を上げているようでしたが、

いつものことです、気にしないで行きましょう


最後に、この銀色甲冑探索者たちの隊長と思われる人は、かなりまいっているようでしたので、特製ポーションを傷口に練り込み、さらに口の中にも流し込みました


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


ものすごい断末魔とともに、気を失ったようでしたが、

いつものことです、気にしないで行きましょう


一通り手当てが終わったところで、手をたたきもう一度注目してもらい

大体、注意が集まったところで、


「これからダンジョンの出口まで案内するので、つくいてきてくださいね」


これから出口に向かうとの私の掛け声に対し、銀色甲冑探索者たちは、ゾンビかグールのように、ひとり、またひとりと、ゆっくりと立ち上がりました

気を失っている銀色甲冑探索者たちの隊長と思われる人は、隣にいた熊のような体格の銀色甲冑探索者に背負われているようです

全員立ち上がったのを確認したところで、パーティー全体を障壁で囲い連行・・・もとい・・・案内を始めます


手製の地図を片手に意気揚々と先頭を歩く私の後を、銀色甲冑探索者たちが続いて歩いてきますが、その様は、やっぱりゾンビかグールのように、ゆっくりとフラフラとしたしたものでした

もうグールさんでいいか・・・


途中で何度か魔物がグールさんに襲い掛かっていましたが、障壁に顔面をしこたま打ち付けて、気を失ってしまいました

魔物のすぐ近くにいたグールさんは、「うぉっ」とか言ってちょっと驚いていたようでしたが、

いつものことです、気にしないで行きましょう



そんなこんなで移動をしていると、ようやく第三階層の階層扉が見えてきました


グールさんたちは、もうすぐ辛く険しいダンジョン探索が終わると感じたようで、次第に元気を取り戻していきました


(そこはまだダンジョンの出口ではないのです、

 宿屋に帰るまでがダンジョン探索なのです)


そんなことを考えながら、列を乱し始めたグールさんたちを、障壁を調整して一列に整列させました

どこか調整を失敗したのでしょうか、若干、悲鳴のようなものが聞こえてきましたが、所詮はグールさんです・・・

気にしないで行きましょう



階層扉を通り抜け、たいして長くもない螺旋階段を上り切り、ダンジョンの出入り口前広場に到着しました

ダンジョンの外はすでに暗くなっていて、照明の魔術具が、ダンジョンの出入り口前広場を明るく照らし出していました

思っていた以上に時間が掛かっていたようです

そして、ダンジョンの出入り口前広場の端に、眉間にやや皺をよせた支部長が、照明の魔術具の明かりを背に腕を組み仁王立ちで待ち構えていて、その支部長の後ろには、数名のギルド職員と、見物人であろう探索者たちが控えていました

普段、支部長がここに来ることはないのですが、グールさんたちは結構重要な人物だったりするのでしょうか


全員がダンジョンを抜け出したことを確認してから障壁を解除すると、グールさんたちは、その場で一斉に両手両膝を地につけ項垂れてしまいました

全員が何かしらの安どの声を上げているようです

グールさんたちの隊長らしき人は、いまだに気を失っているようで、背負っていた熊のグールさんに打ち捨てられていました

背負っていた熊のグールさんお疲れ様です


支部長の指示により、控えていたギルド職員が、グールさんを介抱しに向かっているなか


「ご注文のポーション配達および、探索者二五名の救助、完了しました」


支部長に特別注文の完了報告をした私は、仁王立ちのまま動かない支部長の「ご苦労」との返事を聞き、ギルド食堂で首を長くして待っているであろうアスの下へ急いで帰ることにしました


グールさんたちが、その後、どうなったかについてはどうでもいいことですが、おそらく支部長に懇々と説教をされるのだと思います

ご愁傷様です



いそいそと食堂に戻ってきた私は、スウィングドアをくぐり正面から食堂に入りました


ホールには、いい感じにできあがった探索者が、酒瓶を片手に取り留めのない雑談をしていたり、ほろ酔い加減でうたた寝していたりします

アスを探すため厨房の方に目を向けると、厨房担当の職員が後片付けや翌日の仕込み等を始めているようです

そんな中、アスは皿洗いを手伝いながら待ってくれていたようでした


アスを見つけた私は、厨房の洗い場へと向かい


「ただいま、特別注文が終わったよ」

「おかえりなさい、お姉ちゃん

 ケガとかしなかった」

「もちろん、かすり傷ひとつなかったよ」

「よかった」

「手伝うね」

「ありがとう」


戻ってきたことを知らせつつ、洗い場の手伝いをし、今日の仕事を終えるのでした



ギルドの職員寮に戻り、今日の特別注文であったことなどの雑談をしながら、アスと二人で遅めの夕食を取り、身を清め、夜着に着替え、一つしかないベットでアスと一緒に就寝します

眠りにつく前のほんの僅かな時間、アスがじゃれついてきて、私の尻尾をモフモフしてきました

そのモフモフされる感覚は私にとって、一日の疲れが吹き飛ぶような、幸せな気持ちになるような何とも言えないもので、いつの間にか深い眠りに落ちるのでした

ありがとうございました

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