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シンデレラ

 早くに母を亡くし、意地悪な継母と義姉から“灰かぶり(シンデレラ)”と呼ばれ、いびられる日々を送っている娘がいた。苦境にめげず、心優しく美しく育った彼女は、まさに物語の主人公に相応しい。“誰もが”薄幸の美少女の逆転劇を望んでいた。


 ――薄暗く寒い冬の台所。火の消えた暖炉の横、僅かな温もりの残る灰の上で猫のように丸まって眠る少女。今夜お城で開かれるという舞踏会に一人だけ連れて行ってもらえず、泣き疲れて寝てしまったのだろう。魔法使いは彼女に優しく声を掛けた。


「シンデレラ、起きなさい」

「うーん……ハッ!」

 わざとらしく声を上げて、娘が目を覚ます。大きな欠伸をしてグーッと伸びをするその姿は悲劇とは程遠く、思いのほか元気そうな様子に、魔法使いは“この子らしいな”と思った。


「あなた、もしかして魔法使いさん?」

 娘は衣服に付いた灰を手で払うと、勢いよく魔法使いに詰め寄る。娘の圧に魔法使いはたじろぎながら「まあ」と答えた。その瞬間、娘の顔がぱあっと輝く。


「待ってたわ!わたし、ずっと待ってたの!ちゃんとお利口さんに、可哀想で可憐な美少女を演じていれば、あなたが来てくれるって分かってたから!だってそれが物語のお約束、」

「こら、そこまでだよ」

 魔法使いは娘の鼻先に杖を突き出し、続きを制止する。それ以上は言ってはならない。この世界の禁忌に触れることになる。


(この娘は一体どうしたというのだろう?前回は寝てばかりで話もできなかったが……最初は従順に物語の姫を演じていた筈だ)


「とにかく。お前さん、舞踏会に行きたいだろう?」

「いえ別に?それよりわたし、あなたともっとお喋りが、」

「舞踏会に行きたい、ね?」

「……あなたが、それを望むなら」

 魔法使いに睨まれた娘は、可哀想なくらい萎れる。しかし仕方ないのだ。この世界では一本の道しか許されていない。魔法使いが杖を一振りすると、娘の衣服はたちまち金銀の刺繍(ししゅう)が施された美しいドレスへと変わった。娘は華やかなドレスにコロッと表情を変える。


「まあ素敵!これはあなたの好みなのかしら?」

「そんなことはどうでもいいんだよ。さて、次は畑でカボチャを取っておいで。あとネズミも捕まえてくるんだ」

「いいわよ!かぼちゃのスープを作ってあげる。ネズミの肉は美味しくなさそうだけど!」

 何かを勘違いした様子の娘は、軽い足取りで畑に出ていった。魔法使いは頭を押さえ溜息を吐く。


 娘が持ってきたカボチャは魔法で馬車に、ネズミは白馬や御者、従者へと姿を変えた。娘は「おおー」と感嘆の声を上げると、従者の手も借りず颯爽(さっそう)と馬車に飛び乗る。お転婆娘にやれやれと呆れる魔法使い。娘は、自分の隣の席をポンポンと叩いた。


「さあ、行きましょう?」

「え?いや、私は行かないよ」

「ネズミ達にわたしを任せて、あとは放っておくの?酷い人!」

「……お城まで、だからね」

 魔法使いは諦め顔で馬車に乗った。


「ねえ。今回はあなた、男の人なのね」

「失礼だね。見れば分かるだろう」

 すぐ隣に座る美しい娘が嬉しそうに身を寄せてくるため、魔法使いは道中、気が気ではなかった。……物語の魔法使いは女であることが多い。しかし前回も今回も彼はその型から外れていた。それが自身の感情を反映した結果なのか、別の誰かの望みによる改変なのか、彼には分からなかった。

 馬車が城に着き、魔法使いはほっと息をつく。


「私の魔法は十二時の鐘が鳴ると解けてしまうから、必ずそれまでに戻っておいで。私はここで馬車と共に待っているから」

「分かったわ」と力なく言って、城の従者に誘われていく娘は、もう舞踏会が終わってしまったような顔をしていた。


 その晩、娘は十二時よりも大分早く戻って来た。三晩続く舞踏会。二日目も娘の帰還は早かった。娘は魔法使いとの道中だけを楽しみにしているようで、舞踏会にも王子にも興味なさげに見える。魔法使いは、これはマズイなと思った。


 そこで魔法使いは三日目の夜、舞踏会に向かう彼女に魔法をかけた。見つめ合い触れた者を愛さずにはいられない恋の魔法。恐らく王子は既に彼女に恋をしている。後は彼女だけなのだ。きっかけと既成事実さえあればとんとん拍子に進むだろう。

 彼は魔法にかけられた娘の背中が城の中に吸い込まれ見えなくなる時、胸が張り裂けそうになった。そして、もう自分は邪魔なだけだろう、と馬車から姿を消した。


 十二時の鐘が鳴り、娘はハッと我に返る。胸の高鳴り、頭の(もや)が一気に晴れて、目の前に迫るわざとらしい位の美丈夫を押しのけた。王子は驚きに目を白黒させている。


「わ、わたし、帰らなくちゃ!」

 今夜の自分は自分ではないようだった。これまで興味を抱けなかったどうでもいい男にときめき、うっとりと、危うく唇まで奪われそうになっていたのだ。これはおかしい、不思議だ。つまり……魔法であるに違いない。十二時になると解けるところからしても彼の魔法に違いない。娘は沸々と怒りが沸き上がってくるのを感じた。


(酷いわ!わたしが誰を好きなのか知ってるくせに!)


「待ってくれ!」

 王子が娘を追ってくる。娘はその男が全ての元凶のように思えて、八つ当たり気味にガラスの靴を片方もぎ取ると、彼の頭めがけてぶん投げた。ガツンと良い音がする。ざまあみろと思いつつ、少しも晴れない気持ちで娘は馬車も馬もない中、一人歩いて家に帰るのだった。


 あれから魔法使いは現れなくなってしまった。王子はあんな目に遭っておきながら全く懲りていないらしく『ガラスの靴がピッタリ合うものを花嫁とする』などとお触れを出したものだから、街中の娘達が色めきだっている始末である。

 わたしには何も関係ない――と当事者である娘は冷めた目で、お洒落に気合を入れる義姉達を眺めながらパンを(むさぼ)っていた。ジャガイモを、焼き菓子を、手あたり次第(むさぼ)っていた。


「ちょっとシンデレラ!食べてばかりいないで私達の髪でも梳かしてちょうだい」

「お姉様、関わらない方がいいわ……」

 どこか殺気立ち据わった目をしている義妹に、二人の姉は触らぬ神に祟りなしといった様子である。娘は失恋のやけ食いに大忙しなのだ。それに――もう直ここに城の使者がガラスの靴を持ってやって来る。その時、万が一にも見初められるわけにはいかない。だらしない娘になって、ガラスの靴を履かせられても、むくんで入らないようにしなければ。


 そして娘の思惑通り、食べ過ぎでむくんだ足はガラスの靴に入らなかった。王子の探し人の正体を知らない筈の使者、継母や姉達までもがその光景にあんぐりと口を開けている。まるで入らないのがおかしい、とでも言うように……。


 その時、家の窓から魔法使いが飛び込んできて杖を振った。すると足のむくみは消え、ガラスの靴は娘の為だけに作られたものであると証明され、娘のみすぼらしい服はこれまでで一番立派なドレスに変わった。


 継母や姉達はどこか安心した様子で悔しがり、使者達は大喜びしている。どこからともなく王子も現れ、娘の手の甲に口付けをした。


「姫、私と結婚してくださいますか?」

「い、嫌、わたしは、わたしが好きなのは、」

 娘が助けを求めるように魔法使いを見ると、王子は憎々し気に「あの者が妖しげな魔術で娘の心を惑わしている。火あぶりの刑に処せ!」と叫んだ。魔法使いは城の従者達に捕らえられる。彼は抵抗することなく「やれやれ」と溜息を吐いた。


「待って、待ってよ!なんで!こんな結末望んでないわ!」

「まあ、物語の軌道修正だろうね。私達は運命に従わねばならない。“みんな”がそう望んでいるのだよ。さようなら、お姫様」


 王子と姫の結婚式の日。魔法使いは街の広場で処刑された。彼は最後まで穏やかな顔をしていたという。姫だけがいつまでも泣き叫んでいたが、周囲の者は作られた笑顔で“めでたしめでたし”と言わんばかりだった。

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