77.海③
「それで、誰が一番釣ったんだ?」
フーヤたち三人は黙々と魚を捕り続け、既に空が白み出してきていた。
レクスルがボソリと言った言葉に釣った魚を箱に入れつつもフーヤが首をひねる。
「さあ?数えてなかった」
「言い出しっぺのくせに、覚えてないんだ」
カザヤの皮肉めいた言葉にフーヤは素直にうなずく。
「まあ、うん。大量に釣ったし」
「・・・・・・それもそうか」
カザヤが納得したようにうなずく。
釣り糸を垂らせば直ぐに魚がかかるという状況なので、釣れる速度が尋常ではないほど速かった。
そして、そんな会話中も魚を追加で次々と釣り上げているのだから釣り上げた量は推して知るべしといったところだろう。
「まあ、ここで一度切り上げよう」
「そうだな。これだけあればフーヤとカザヤが楽しみにしてる料理もたらふく食べられそうだ」
フーヤの言葉にレクスルも同意し、カザヤも釣りを辞めて釣り竿をフーヤに渡す。
レクスルの釣り竿もフーヤが回収し、フーヤは釣り竿を『異空間収納』にしまう。
「それで、魚の見分け俺はつかないんだけど、フーヤはどうなの?」
カザヤの言葉にフーヤは視線を僅かにそらす。
「・・・・・・前世の魚と似たやつもあるみたいだから、勘でなんとかする」
「なんか、急に不安になってきたんだけど」
「たぶん、大丈夫」
「・・・・・・まあ、あれだ。任せた」
「任された」
フーヤは座り込むと『異空間収納』から見た目が赤い魚を取り出すと、あらかじめ想定していた内容の魔法を使う。
ちなみに、この赤い魚は三人が一番釣り上げていた魚であり、この近辺でよく釣れることで有名な魚である。
実は、昨日沢山食べた魚の揚げ物と同じ魚なのだが、フーヤたちは一切気づいていない。
「・・・料理のためにここまで?」
フーヤにつられて座り込んだレクスルが思わず、集められた魔力の流れを見てつぶやく。
魔力量が凄まじく、レクスルもここまでの量の魔力が制御されているのを見るのは初めてのことである。
その上、繊細な作業のため緻密な制御が必要とされている。
天才にしか成せない技、と言っても的外れではないだろう。
「はい、完成」
フーヤが『異空間収納』から取り出した板の上には、赤身の刺身が綺麗に並べられていた。
レクスルの隣に座り込んでいたカザヤが身を乗り出す。
「美味しそう」
カザヤはフーヤが無言で差し出した箸を受け取ると、手を合わせる。
「いっただきまーす」
「え、生?」
カザヤはあっけにとられたレクスルの驚きの声を気にすることもなく、刺身を一切れ箸でつまむと口にする。
「フーヤ、生で食べると体調崩したり、死んだりすると思うんだが」
レクスルが早口でフーヤに言う。
「寄生虫や菌は徹底的に排除したし、新鮮だから問題ない。少なくとも死なない」
フーヤが『異空間収納』から取り皿を取り出しながら言う。
「・・・死なないからいいという問題ではないと思うのだが」
刺身を凝視するレクスルをよそに、カザヤが目を輝かせて言う。
「うん、美味しい。そのままでも脂のってるから美味しいけど、醤油欲しい」
「はい、醤油。まあ、正確には似た味って感じだけど」
フーヤが小皿に黒い液体を注いで差し出す。
ちなみに、この醤油に似たものはこの世界の豆と薬草をすり潰した時の汁をいくつか混ぜ合わせたものである。
この世界の調味料は塩と胡椒と砂糖くらいしかまともに知られておらず、フーヤがこの世界に来てからかなり初期の段階で独自に開発をしていた。
最も、前世の書物で得られるような付け焼き刃の知識のみでの開発であったため全く上手くいっておらず、つい最近ルーン=ルナティックと知り合ったことによってようやく納得のいくものが出来たのは御愛嬌である。
カザヤが皿を受け取ると、フーヤは自分の分も用意し、刺身を食べ始める。
「うん、美味しい」
「この世界にも醤油ってあったんだな。美味しい」
「まあ、これは特別に調合したやつだから、流通はしてないけど」
「調合って言葉が引っかかるけど、本当に美味しいし、感謝してる。もう、食べられないと思ってた」
「・・・安全面を考えると、魔法がなければ無理だったから。魔法があってよかった」
フーヤとカザヤはしゃべりつつも、刺身をつまみ続ける。
刺身はほとんどなくなり、二切れほどになった時レクスルが口を開いた。
「・・・・・・そんなに、美味しいのか?」
レクスルの言葉にフーヤはレクスルを見る。
「食べてみる?まあ、口に合う合わないはあるだろうけど」
フーヤが箸と刺身が乗った板と醤油もどきの入った皿、新しい箸を取り出してレクスルに差し出す。
「・・・・・・食べてみる」
レクスルは顔を強張らせつつ受け取る。
「いや、そんな覚悟決めたような顔しなくても」
カザヤの声を聞き流しつつ、レクスルは刺身を恐る恐る口にした。




