40.研修⑤
ルーン=ルナティックは軽々と机の上に立つ。
フーヤが怒られないのかなと思っているのにも構わず、声を張り上げる。
「皆の者、心して聴け!神より神託が降りた。近々、魔王が復活すると。あの御伽噺は夢物語でもなんでもなく、過去の列記とした事実であったのだ!」
ざわりと反響が響く。
不安そうに顔を見合わせる者あり、キョロキョロと周りを見回す者あり、小さな声で話合う者あり。
「だがしかし、不安に思うことは無い。何故なら、我らには勇者がついているからだ!」
ルーン=ルナティックがぐいっとレクスルを机の上に引っ張りあげる。
それなりに大きな机ではあるが、ミシミシいってるし強度大丈夫だろうかとフーヤは二人を眺める。
なお、急に引っ張り上げられたレクスルは目を白黒させながらも少しばかり頬を赤く染めていた。
密着しているというのが正しいくらい、くっついているため仕方ないのかもしれない。
「彼の強さはご覧いただいた通り。その上でこれから魔王が現れるまでの間、修行の旅へと出てもらうこととなった。勿論、私も全面的に協力しようと考えている。というわけだから、よろしくね」
ルーン=ルナティックはそう言うと、レクスルを下ろし自分自身も降りる。
なお、レクスル自身がとても嬉しそうなのでフーヤとしては何も言うことはない。
むしろ、注目がルーン=ルナティックとレクスルにだけ集まって願ったり叶ったりである。
フーヤは水を一気に飲み干した。
◇ ◇ ◇
「・・・ルーン=ルナティック様、すきです」
うわごとのようにつぶやくレクスルのまぶたは既にほとんど落ちている。
「酒は飲ませない約束じゃなかったっけ?」
フーヤの言葉に目を泳がせるルーン=ルナティック。
そもそも、この場所にフーヤとレクスルがやって来たのはルーン=ルナティックが強制的に引っ張ってきたからである。
その時に酒は飲まないという約束を交わしたはずであった。
「ええと、盛り上がった酔っ払いたちに飲まされてたね。私でも防ぎようが無かったというか」
ルーン=ルナティックは困ったように側のレクスルを見る。
「・・・すきです、あいしています」
ほとんど寝ているような状態なのに、ルーン=ルナティックの気持ちをだだ漏れにさせつつもルーン=ルナティックの傍らから離れる気配は全く無い。
「・・・・・・まあ、仕方ないか」
先程の騒ぎを思い出し、フーヤはため息をつく。
レクスルはかなりもみくちゃにされており、あの中に自分が居ないことを安堵する程であった。
酒に酔っている者がレクスルを取り囲み、歓声を上げる。
飲めや歌えやの大騒ぎ。
今は酔い潰れた者たちが、床に転がっているような状況である。
今も飲み続けているウワバミのような奴も居るがそれは少数である。
「それにしても、レクスルくんがこんな酔い方するとはね。意外なような、理解出来るような・・・」
そう言って、酒を飲むこの女神もかなりの量の酒を飲んでいる口である。
最も、状態は素面同然であるし、レクスルの扱いに困っているようである。
フーヤとしては、ルーン=ルナティックが困るのは一種の自業自得のようなものだし、何よりレクスルが嬉しそうなので助け舟を出す気は毛頭無い。
「あ、気づいていないみたいだけどフーヤくんが飲んでるのも一応酒だよ」
バシャッと音を立てて酒が飛び、ルーン=ルナティックにかかる。
「酒が嫌いなのも分からなくはないけど、酒をぶちまけるのはどうかと思うよ」
フーヤは無言で空になった木の杯を置く。
「まあ、無色透明で味も水に近いような酒もあるからね。水と間違えるのも無理はない」
ルーン=ルナティックは酒により濡れた服に構うこともなく、乾いた笑みを見せる。
「大問題だ。二度と飲みたくないと思ってたのに」
「でも、この世界で生きていて表舞台に出ている限り飲まないという選択肢はないからね。それにフーヤくんには『異物排除』があるから悪影響を受けることはない」
フーヤはルーン=ルナティックを睨みつける。
「そうだとしても、感情は単純に切り離せるものじゃない」
「・・・・・・そうだね。そんな単純なことを失念していたよ」
ルーン=ルナティックは薄く微笑むとつぶやく。
「・・・これでも、昔は人間だったのだよ。でも、神に成るということは元来の性質まで歪めてしまうものらしい。ユウレイルが神を嫌うのも当たり前だよね。単純なことまで分からなくなる」
「・・・・・・その辺りの話に興味は無い。だけどひとつだけ聞いていいか?」
場の空気に絆されたのか、いつもよりも饒舌なフーヤはルーン=ルナティックを見る。
「何故、記憶を維持させたまま転生なんてさせた?僕がろくでもない人間というのは神というやつが一番把握してるはずなのに」
「神に善悪の区別なんてないよ。そういうものだから。それに、確かに君の前世でやっていたことは悪いことかもしれないが、果たして君自身は悪と言えるのかな?」
ルーン=ルナティックはそう告げつつ、酒を飲む。
フーヤは無言でその様子を見ていたが、腹立たしげに木の杯を机にガンと打ちつけた。




