2.試験②
一日遅くなりました。すみません。
「ヴェルトヒェン王立魔術学校の皆さん、初めまして。ルーン=ルナティックです」
講堂の壇上で堂々とした態度で話す少女は、はっきり言ってその場にいる生徒と変わらないほどの見た目であった。
しかし、彼女こそがこの世界で英雄と称えられる存在の内ひとり。
史上最大級の魔物の暴走。
国軍ですら相応の準備をしないと勝てないドラゴンが数十体いるのに加え、当時伝説として語られていたキマイラやバジリスク、コカトリスなどが確認された。
そんな絶望的な状況の中、彼女を中心とした冒険者パーティーは前線で戦い、人々を鼓舞し、犠牲者を抑えてその事態を乗り切った。
その功績故、平民であったにも関わらず各国の総意により家名を賜り、人々の称賛と羨望を一身に受けた。
それがルーン=ルナティックである。
「皆さんの中には、私を見て驚かれる人も多いかもしれません。何せ皆さんとそう大差のない年であり、それでいて英雄などと言われているのですから」
フーヤはあくびを堪えつつも、壇上のルーン=ルナティックを見る。
腰まである白髪とルビーのような紅い瞳が特徴的で、白のローブを身に付けている。
ローブの下はフーヤの位置からはよく見えないが、動きやすそうな服であることとポーチ付きのベルトが辛うじて見える。
「実際、私は皆さんと変わらない部分も多いでしょう。平民であった私が家名を賜り、英雄と称えられているのも恐れ多い事であると思っています」
続けられる生徒を激励するための演説を聞きながら、フーヤは思考を巡らせる。
前世の記憶を元に考えると、ルーン=ルナティックという名は厨二病感溢れる名前なのだ。
ルーンというと、ルーン文字が思い浮かぶ。
流石に文字の読み方などの詳しい事まで知っているという訳ではないが、そこはサブカルチャーが独自過ぎる発展を遂げた日本人の転生者である。
具体的にどのようなものか知らなくとも、呪術的な方面で使用されていたものであるという知識くらいはフーヤも持っている。
そして、ルナティック。
単純に意味を訳すと狂気。
その名前が示す事が偶然にしろ、意図的にしろ、フーヤが警戒するのはある意味当然といえる。
それ以前に、英雄などと呼ばれる有名人と関り合いになる機会なんてやって来た日には、これまでの目立たないように尽くしてきた努力が全て水泡に帰すこととなるだろう。
「しかし、自分自身の功績を否定するつもりはありません。否定するということは、あの時に共に前線で勇敢に戦い、その命を散らした仲間の思いを否定することに繋がるでしょう。だからこそ、私は英雄という称号を誇りとし、恥じぬような人物になりたいと考えています」
壇上のルーン=ルナティックは手を前に差し出す。
「皆さんはどうでしょうか?どのような思いを持っているでしょうか?どのような考えを持っているでしょうか?本日は試験の日であるとうかがっています。これまでの努力の結果を出す場であると。皆さんの思いが実るように微量ながらも願っております」
ルーン=ルナティックは一歩下がると御辞儀をする。
講堂内で何千の人の拍手の音が響き渡る中、一瞬だけルーン=ルナティックとフーヤの視線が合う。
壇上からルーン=ルナティックが退場し、生徒のざわめきに講堂が支配される中、フーヤは視線が合った時のルーン=ルナティックの様子を思い返す。
あの時、微笑んだように見えたのは気のせいだったのだろうか。
一抹の不安が芽生える。
「・・・あの御方がルーン=ルナティック様なんだな」
レクスルの独り言のような声を聞いてフーヤはふと我に帰る。
「素敵な人だった、いや、この世界に居るという事実が信じられない、天国に居ると言われた方が説得力がある。もしかして、ここは天国なのか?なら納得だ。神にも匹敵する美しさ、その上、英雄と称えられ崇められる強さを兼ね備えている、これに勝てる者など存在するのか?いや、居ない───」
「レクスル、とりあえず戻ってこい」
レクスルが少々壊れてしまったかのようにつぶやき続けていたのでフーヤは肩をつかんで軽く揺さぶる。
「フ、フーヤ!これ以上揺さぶらなくていいから・・・」
レクスルがフーヤの手を自分の肩から除ける。
「落ち着いたか?」
フーヤが首をかしげつつ聞くと、レクスルはうなずく。
「おかげさまでと言いたいところだが、流石にあそこまで揺さぶる必要は無かったんじゃないか?」
「・・・悪い。加減したつもりだった」
フーヤとしては軽く揺さぶっただけであったが、レクスルにとってはそうでは無かったらしい。
力の加減を間違えたと心の内で少し反省するフーヤに対して、レクスルは笑いかける。
「あのフーヤが素直に謝ってくれるなんて珍しい気がするな」
フーヤはその言葉を聞いてレクスルに笑いかけて言った。
「とりあえず、レクスルの好みの女性はああいった感じだと覚えておくよ」
「・・・からかったのは悪かったから、それは忘れてくれ」