銀の虎
可愛いフォルムから考えられないほど、恐ろしい牙でエドを呑み込もうとするあいのこ。
エドは悲鳴をあげようとするが、赤ん坊の体では悲鳴が出せなかった。
(やばい……! 喰われる!!)
その時だった。
銀色の光が、エドの目の前を横切った。
あまりの速さにエドは流星か何かと勘違いしたほどに。
(!?)
そして目の前のあいのこが居なくなっていた。
代わりに銀色の巨大な虎が、血が滴る獲物を咥えていた。
(!?!?)
銀色の美しい虎はグルルルルッと呻き、動かなくなったあいのこを地面に置くと静かに食べ始めた。
エドはただただ、その自然の摂理を凝視していた。
――次は自分の番なのかと、震え怯えながら。
銀色の虎はあいのこを綺麗に食べ終わると、エドの方を向いた。
背筋にじっとりと汗が流れた。
一度目は豆腐に角をぶつけて死んだのに、今度は虎に喰われて死ぬだなんて。
どんだけレアな死に方を二度も体験するのだろうか。
銀の虎はゆっくりとエドに近づき、それからフンフンと身体中の匂いを嗅いだ。
それから舌なめずりをする。
(く、喰われる!!)
そう目を瞑った時、自分の体がふわりと浮いた。
首筋辺りに鋭い痛みを感じるが、激痛では無い。
エドは恐る恐る目を開く。
すると、自分は虎に首根っこを掴まれて浮いていたのだ。
(!?)
虎はエドを咥えると、そのまま風の様なスピードで走り出した。
暗闇に近い森の木々を瞬時に避けながら、虎は駆けて行く。
(……もしかして、自分の巣に行ってから喰われるのか??)
エドはそう思った。
さっきあいのこを食べたから、きっとエドは次の食事なのだ。
暗闇の中を駆け巡り、たどり着いた先は洞窟だった。
虎は周囲を警戒しながら、その穴の先に入る。
チャッチャと爪を鳴らして奥へと進んでいくと「ミュ~ミュ~」という、か弱い鳴き声が聞こえてくる。
虎はエドを咥えたまま、その声の元まで急ぐ。
最初は洞窟の暗闇になれなかったエドの目。
次第に目の前に枯草や葉っぱで作られた寝床らしき場所が表れて、二匹の子虎が鳴いているのが見えてきた。
――どうやら、エドを咥えてくる虎は父親か母親の様だ。
片方は金色の虎、そしてもう片方は親と同じ銀の虎。
エドと同じく、生まれて間のないのだろうか。
まだ体毛もまだ薄く薄桃色の肌が見えている。目も閉じたまま体を小刻みに震わせてミュ~ミュ~! と忙しなく訴える様に鳴いていた。
親虎はその二匹の間にそっとエドを置いた。
二匹はエドの匂いをクンクンと嗅いだが、それよりも親が帰って来たことに興奮しミュ~ミュ~! と鳴き続けている。
すると、親の虎は寝床に横たわる。
ヨロヨロと目の見えない二匹の子虎は手探りで親虎の腹部へと歩み寄って来る。
(あっ、お母さん……)
銀の親虎の膨れた乳を見て、エドは思った。
二匹の子虎は見えない目で必至と母親の乳房を探し、それからチュウチュウと吸い付いた。
虎の母親は飲むのに必死な子虎の体を愛おしそうに丁寧にグルーミングしてやる。
そんな微笑ましい光景を見ていたエド。
すると、虎の母親と目がカチリと合った。
虎の母親はエドの頬を優しくベロリと舐めた。
それから、エドを上手に前足で引き寄せて、乳房の前へと押し付ける。
まるで、おっぱいを飲めと言うように。
(う、うそ……)
エドは躊躇する。
殺されると覚悟していた。
だが、まさか虎の乳を飲めと言われるとは。
自分は人間だ。飲めるはずが……。
(……いやしかし、人間だって牛やヤギのお乳を飲んでいる訳だし……ダイレクトじゃないけれど……)
そして、赤ん坊という代謝の良い体になっているエド。
とても空腹だった。
迷いに迷う。
すると、エドの脳に直接語り掛ける様な不思議で優しい音が響いた。
(……飲みなさい、坊や)
それは、虎の母親から聞こえてきた。