しょっぱなから捨てられる
真っ白な世界で、ピロロロロとレトロな機械音を出す着信音。
リンカはワタワタしながら、画面をスライドして電話に出る。
『はい、リンカですぅ~!』
〈おい! 出かけてからだいぶ経つが、魔王回収はどうなった!?〉
野太い男の声が白い空間にエコーして響く。
『は、はい~。あのですね~、実は~』
〈……リンカ……まさかまた人材回収失敗したなんて、言わないよな?〉
『……ぴえっ!?』
〈お前、この前も伯爵令嬢の枠の人材を間違えて、80過ぎの爺さんを連れてきたよなぁ?〉
『ぴ、ぴえっ! そ、そんな訳ないじゃないですかー! ほら〜次世代の魔王だから、ちょっと手こずっているだけです!』
〈……そうか。なら、早くしろよ。もう勇者は生まれた。魔王が年下だなんて、体裁がつかないからな!〉
『わ、わっかりました~!』
最後の『た』を言い切る前に電話はブチッと切れた。
「……」
『……と言う訳です』
「全然分からないです」
『もう魔王を倒す勇者は生まれているんです。貴方が魔王をするしかないんですよ~!』
「魔王!? む、無理だって! しかも魔王って勇者に殺されるんだろう?」
『上手くやれば、30年くらいは生きられますよ!』
「僕には適性がないんでしょ? 絶対無理だよ!」
『他に人が居ないんです! だから、お願いしまーす!!』
リンカからキラキラと光が溢れて、辰次を包む。
すると世界がぐにゃりと潰れて、辰次は真っ暗な世界へと落ちていく。
「うわああああ!!」
『あ、せめてもの償いに一つだけお願いを聞いてあげます。何が良いですか~?』
「この落下中にそんな事を言われてもー!!」
『分かりました! じゃあ、あと十五年ほどしたら聞きにいっきまーす!!』
と、いうリンカの声を最後に、辰次はカームランドへと続く空間へと落ちて行った。
◆◇◆
――辰次こと、転生名エドが目を覚ました時、そこには悲しそうな顔をした青白い女が居た。
青白いが美しい女で、年齢からして二十代前半だろうか。
美しい紫色のウェーブの髪をして、エドを見つめていた。
そして、エドは気が付く。
自分はこの女性に抱かれていると。
辰次は体重50キロは超える十五歳。
若い女性に抱っこされるなんて、相当女性が力持ちだと思われる。
だが、すぐにそれは誤解だと、状況を理解した。
女性が力持ちなのでは無く自分が小さいのだ。
そう、自分は赤ん坊だったのだ。
その女性は何度も「エド」「エド」と呼び、
「ごめんね、ごめんなさいね……」
と、美しい紫の目から大粒の涙を零した。
その涙がエドの頬に垂れては、耳元に流れてゆく。
それから女性はエドをそっと木の幹に置くと、大泣きしながら走り去って行った。
(おい……!)
エドは声を出そうとしたが、赤ん坊のせいで声が「あぎゃあ」としか出ない。
その声に、女性は一度立ち止まったが、二度と振り向くことなく森へと消えて行ってしまった。
残された赤ん坊のエド。
自分は赤ん坊になっているし、女性……たぶん赤ん坊の母親には置き去りにされるし、エドは唖然とするしか無かった。
キョロキョロと置いて行かれた森を見回す。
鬱蒼とした暗い森だった。
人気も無く、獣や鳥の「ギィギィ」「グルゥゥゥ」という鳴き声だけが遠くから聞こえる。
エドの前の繁みがガサガサと揺れた。
思わず身構える。
「……くぅ?」
飛び出して来たのは、ウサギの様なネズミの様なあいのこの獣だった。
円らな瞳でエドを見ている。
少し胸を撫で下ろすエド。
しかし次の瞬間、このあいのこは信じられないほど口を大きく開き、鋭い歯でエドを呑み込もうとしたのだった。