第三話 親父、恋をする
この部屋には誰もいない。
部屋の中央には、金の刺繍の施された椅子に座り、重厚感ある松の机に置かれた書類の山をテキパキと減らしていく金髪の男が座っていた。
金髪の男――サムの弟のロームは、窓際から差し込む月の光を頼りに、羽ペンを走らせ書類に「ミリス領主ローム」とサインした。
ロームは、羽ペンを、ペン立てに戻すと、椅子にもたれかかってため息をついた。
「ラズエル、入っていいぞ」
そう呼ばれると、ドアが開いて廊下の明かりが差し込んだ。
それを見たロームは少しばかり眉をひそめた。
「ラズエル、冬に備えて石炭も魔石も節約しろと言っただろ」
ラズエル、そう呼ばれたサムを追い返したあの男がドアを閉めると、部屋は再び暗闇に包まれた。
答える気がないのか、ラズエルは何も言わなかった。
その態度に、ロームはため息をついた。
「なら、質問を変える。お前の差し金か?」
ラズエルは月光の差し込む、床から天井まである大きな窓から外の庭園を見つめた。
「何のことでしょうな?」
「しらを、切るのか?」
「どうとでも、言えばよろしい」
目線を合わせないようにするラズエルに、苛立ちを覚えたロームが立ち上がった。
「ラズエル…。つい、先月も領主の僕に許可を取らず冒険者ギルドを新設する計画を強引に通して、どういうつもりだ?」
ギロリと睨みつけられたラズエルは腰から杖を抜いた。
「うるさいな…。大人しくしていれば意志の一つ残しておいたというのに…」
「なっ…!」
ラズエルが杖を抜いたのを見て、ロームは魔放小銃の入った引き出しに慌てて手をかけたが…。
「無駄なことはやめろ。ローム…!」
「っら…」
静かになったロームを見て、ラズエルは杖を腰にしまった。
そして、部屋を後にする。
◆◇◆◇◆◇◆
再び暗闇に包まれた部屋の中。
魔法小銃を握り、まるで‘意志を失った’ようにうつろな目で空を見つめるロームが残されていた。
◆◇◆◇◆◇◆
サムたちの泊まる部屋の窓際に、一羽の雀が止まった。
女将が飼っている通称「ピーちゃん」だ
それに、ただの雀ではない、淡い黄緑色のオーラをまとう、珍しい鳥だ。
ミリスでは、風の精霊の使いなどと呼ばれ、ひとなつっこいことからも伝書鳩として重宝されている。
「ピ、ピピ!ピィ!」
ピーちゃんが、なきわめくと、ベットで寝ていたミーシャが目を覚ました。
ベットの上で、上半身だけを起こしたミーシャはじっとピーちゃんのことを見つめた。
「あなた、入りたいの?」
「ピ!ピッピ!」
「そうなのね。分かったわ」
ミーシャは、ベットから立ち上がると、横に置いてあった靴を履いて窓際に向かった。
「ちょっと、待っててね」
ミーシャは、細い指で窓にかかった針金を外すと、重い窓をヨット持ち上げた。
その途端、部屋には一陣の冷たい北風と、パッサパッサと羽ばたくピーちゃんが入ってきた。
「ピピッ!」
ピーちゃんは、部屋の中を一回旋回すると、ミーシャの手のひらにとまった。
「ピーピ!」
「そう、あなた、ピーちゃんっていうのね」
ミーシャは、もともととある定住の地を持たない民族の娘で、ある程度、動物の言葉はわかる。
「ピピッピィ!」
「え、足?」
ミーシャが、ピーちゃんの足に目をやると、棒状に丸められた一枚の紙が挟まれていた。
ミーシャは、その紙を抜き取るとまるまっていたしわを伸ばして手紙を覗き込んだ。
「ピピッ!」
「これを女将さんに渡せばいいの?」
「ピッ!」
「分かったわ」
◆◇◆◇◆◇◆
朝起きて、宿で出された朝食を素早く食べると、俺は親父と一緒に実家へ向かうことにした。
ミーシャは、女将さんと一緒にどこかへ行くらしい。
ボロ馬車は宿の裏にとめさせてもらい、俺たちは徒歩で移動している。
「サム、お前、剣術に詳しいか?」
「剣術?俺は魔道一筋だな」
「チッ」
親父が軽く舌打ちする。
「剣術を習いたいのか?」
「いや、まぁ……。そう」
親父は、六十過ぎのしわくちゃの顔を赤らめて挙動不審に陥っていた。
「女将さんか?」
昨日の晩、トイレに起きると親父が顔を赤らめながら女将さんと話しているのを見てしまった。
「うるさいいな!」
強い否定は肯定。
そういうことか……。
◆◇◆◇◆◇◆
屋敷へ到着、その後、俺と親父は実家の大混乱に巻き込まれることになる。
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ピーちゃん「ピッピ~!(訳:ポイント~!)」