第十六話
「もう、いっそ、既に殺してしてもおたことにしてしまいましょ」
豪華な造りの室内でそう言ったのは、ワルプスだった。
おチャラけているとはいえ、いつも、肝心なところは慎重なワルプスのその意見に、向かい側に座っていたヒューチャーが意外そうな表情をした。
「らしくないな」
「いやぁ、総帥はん、ちょっと、こっちでも問題が起きましてなぁ……。それも、かなり……」
「……何事だ?」
問題が起きたということを聞いたヒューチャーは、少しめんどくさそうだったが、問いかけた。
何せ、今、金鳥商会は、ギルドとの今後の関係を定める重要な局面に立っているのだ。
このタイミングで問題など、厄介以外の何者でもない。
怒りを感じ取ったワルプスは、少し言いよどんだが、覚悟を決めて口を開いた。
「いやぁ、それが、この前、帝国との取引がありましたやろ?」
「奴隷を千名売りつけたアレか?」
「せや。ただ、そん中にエルフが混じってたらしくてな……」
もう、その先を聞かなくてもヒューチャーは察した。
帝国では、エルフは神の末裔と言われていて、奴隷にするのは禁止されている。更には、税を免除するという徹底ぶり、怪我でもさせようものなら……。
「なぜ、人間の奴隷の中にエルフが混じるんだ?耳が尖っているだろ」
「いや、それが、担当者の話やと、耳が切れてたみたいで……」
「……っ。クソ!」
バン!
「あ‟あ‟!」
ヒューチャーが机を叩き、バタッと倒す。
怒りを察したワルプスは、慌てて平伏した。
三鳥の一人の自分であっても、総帥には逆らえない。
逆らって、殺された幹部たちを何人も見てきた。
ワルプスは全身から冷や汗が流れ出るのを感じ、頭をピッタリと地面に擦りつけた。
「申し訳ありません、申し訳……」
縮こまるワルプスに、ヒューチャーが先ほどとは声色を変えて言った。
「ワルプス、帝国の要求は?」
「ば、賠償金として、五万ゴールドと、それから……」
「帝国での商売禁止か……」
「はい……」
帝国での商売禁止、利益の大元の一角を失うことを意味した。
「ワルプス、帝国から手を引く準備を。それから、例の魔導士を売りつけて当面の資金繰りに充てろ」
「はい……」
ヒューチャーも勿論ワルプスも、サムを手放すのは良くない判断だと分かっていた。
だが、帝国での利益がなくなれば、商会の資金繰りは厳しくなる。場合によっては、傘下の商団・商会を手放す必要さえあった。
まさに苦渋の決断、その日のうちに、サムは五百万ゴールドを引き換えにギルドへ渡された。
五百万ゴールド、要相談というところで、最高金額にできたのがせめてもの救いだったが、金鳥商会は、利益の一角を失ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
リアムの屋敷の前で、一台の馬車が止まった。
馬車からは、ギルドの幹部を務める青白い顔をした魔導士と、鎖で拘束されたサム、いかにも腕のたちそうな二人の剣士が姿を現した。
周囲には、少々、やりすぎではないかと思うほどの衛兵が並べられていて、全体的に殺気立っている。
その中、一人、余裕そうに空を眺める男がいた。
リアムの父、リビルだ。
とはいえ、まったくの無防備というわけでもなく、その身にも高性能な鎧がまとわれている。
「お久しぶりです。リビル伯爵」
リビルの前まで進み出た魔導士は、相手に聞こえているのか怪しいほど小さな声で気の籠っていない社交辞令を述べた。
リビルも、この対応にはなれたもので、何も言わない。
「いえ、こちらこそ。それより、例の魔導士は?」
そう言われると、後ろに立っていた二人の剣士がサムをドタンと座らせた。
リビルは、疲れた様子のサムを見て、ニンマリと笑みを浮かべた。
そして、サムを一瞥すると、後ろに立っていた執事から大きな革袋を受け取った。
「感謝いたします。謝礼については、こちらを」
そう言ってリビルが革袋を開けると、中からはあふれんばかりの白金貨が顔を見せていた。
「一袋で白金貨千枚、十万ゴールド、八袋で合計八十万ゴールドあります。護衛の件と合わせ、契約通りかと」
リビルの後ろでは、白金貨の入った革袋を持ったメイドらがズラリと立っている。
魔導士は満足気に白金貨の輝きを見つめ、後ろの剣士たちに目配せして言った。
「お前たち、馬車に積みこめ」
大量の金貨を惜しそうに目で追うリビルを横目に、金貨は一袋、二袋と馬車に積まれていった。
大きな土地を持つ領主の年収に相当する額だ。惜しくないはずがない。
そんなリビルの気持ちなどまるで考えず、魔導士は青白く乾いた唇を動かして言った。
「リビル伯爵、子息の行方が分かれば、また連絡しましょう」
「えぇ、お願いします。それに、伯爵家としてもギルドとは良好な関係でありたいものですな」
強がりともとれる不敵な笑みを浮かべるリビルを横に、魔導士と剣士は金貨と共に馬車に乗り込んだ。
そして、馬車は颯爽と道を駆け抜けてゆく。
◆◇◆◇◆◇◆
魔導士らが去った後、リビルの屋敷では、衛兵がいつも以上に気を引き締めて警備をしていた。
原因は勿論サムだ。
大魔法でも行使されよう物なら、屋敷ごと、木っ端みじんにされかねない。
普段は衛兵がいないような場所――大広間にも多くの衛兵が集まっていた。
それもそのはず、大広間のソファーにはリビル、向かい合うようにサムが絨毯の上に膝を付かされているからだ。
伯爵などと言う身分を持つ者がけがをすれば、誰かが責任を負わなければいけない。警護が固くなるのも納得だった。
「さて、お前、勇者パーティーを足抜けした罪は重いぞ」
リビルは、どこぞの天下人のように剣でサムの首を突っついて言った。
鞘に収まっているので血は出ないが、サムの拳はグッと握られ、怒りを我慢しているのが分かる。
それもそのはず。
サムからすれば、パーティーメンバーにいじめられたので嫌になって抜けただけだ。
別に、勇者パーティーだからといって抜けてはいけないというルールはないし、そもそも、リアムが行方不明になったこととサムとは全くの無関係だ。
「お前、元々、王宮魔導士をしていたそうだな?」
「……」
「王様――陛下はお怒りだぞ?今、賞金首として突き出せばどうなるか……。だが、その前にまずは、復讐だ。ただで逃げられると……」
「風神剣」
どこからともなく旋風が吹き込み、周囲の衛兵を吹き飛ばした。
壁に飾られた調度品の数々が吹き飛ぶ。
「伯爵を守れ!」
「鎖を外されるぞ!」
現れた魔導士がリビルの前に結界を張り、周りを囲っていた衛兵が前に――肉壁になる。
未曽有の大混乱に陥った現場、その隙に、サムは鎖を切り刻んだ。
魔法で作り出した剣があれば造作もないこと。
オリハルコンか、ミリステイルででも作られた鎖なら切ることなど人間の力では不可能だが、錆びついた鉄の鎖など切るのは容易かった。
「リアムに伝えろ。自業自得だ。俺は、もう、お前とは仲間にならない」
そう言うと、サムは立ちふさがった衛兵を数名けり飛ばし、飾られていた剣を抜いて切りつけた。
「クソ……」
多勢に無勢、サムは数名を倒すとすぐさま背を向けてその場を後に、逃亡を決断した。




