第十二話 バルトの今と金鳥商会の頭変わり
霧もかからず、よく日の出たある日、いつも殺風景な「ナチュラル」の街並みも、どこか明るく見えた。
奴隷商会による襲撃からしばらくがたっており、朝早くだというのに、露店で買い物をしている親子の姿もあった。
その頃、ナチュラルのギルド内では、バルトがせっせと動いていた。
その横の机では、ギルド長のピューレが精力的に書類の処理をしていた。置かれたコップの中身も酒類ではなくコーヒーだ。
バルトが、花瓶を窓際にセットし終え、フゥと椅子に座り込む。
「今日からギルドも再開だな」
話しかけられたピューレは、書類を見ながらの空返事だ。
バルトと出会った際はああだったにしろ、根は真面目なのだ。
「おーい?」
無視され、少し不服そうなバルトは声を大きくして話しかける。
ピューレは、その声でようやく気付いて顔を上げた。
「あ?あぁ、にしても、何から何まで手伝ってもらって悪いな。おかげで、予想より早くギルドを復旧することが出来たよ」
そう言って、ピューレは壁にかかった鳩時計を見て、慌てて立ち上がった。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ職員が来る時間だな」
そのまま、ピューレは「休み癖がついてしまった」などと愚痴りながらも、なんだかんだ楽しそうに部屋を出て行った。
ドアが閉まってから「いろいろとありがとう」という声が聞こえてきて、バルトはまんざらでもなさそうにニヤツいた。
一体、どういうわけか。
それは――
「あぁ、数か月前のことだが、ギルドが、ヒック、襲撃されてな……。それで、ヒック、あぁ……奴隷商会に逆らうべきじゃなかった……」
そう言って、酔いのまわったピューレは、机に突っ伏し、うわごとのように「あぁ……」と繰り返し、やがて寝息を立てだした。
バルトは、それを見つめ、ハァとため息をついた。
すぐに、へこんだりくよくよするのを見ていると、昔のサムを見ているようで、どうにも放っておくのは居心地が悪かった。
「おい!」
バルトが、寝転がったピューレの首筋を掴んで揺らすと、ピューレはすぐに目を覚ました。
そして、不機嫌そうにバルトのことを睨みつけた。
「ほっといてくれ。じきに、本部からはギルド長を首にされる。そしたら、適当に魔物でも狩って……」
「首になれば、二度と職員どころか冒険者にはなれないぞ?一度ギルドを首になったら冒険者に戻ることが出来ないって法律があるのを知らないのか?あとで、本当に後悔しないか?」
バルトの言うとおり、理由は不明だが、一度、首になれば、冒険者にも職員にもなれないという暗黙のルールがある。
ピューレが、まじまじとバルトを見つめた。
勢いに任せていたのか、的確な指摘を受け、葛藤しているようだ。
こうなれば、あと一息だとバルトは言った。
「実は、俺も横のミリスって街のギルド長とギクシャクして首にされる前に飛び出してきたんだ。そこで、俺はここで冒険者をやりたい」
バルトは、本名をばらせば、リアム達に気付かれやすくなることにも、冒険者登録をしようとしていたのに、ミリスのギルド長とかかわりがあるのはおかしいということにも気づいていなかったが、少なくとも、ピューレの心は動いた。
「そうだな。分かった。もう一度だけ、がんばってみるとしよう」
――ということだ。
バルトは、やれやれと思いながらも「クエストを受けるか」と呟いて、部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
「捕まっていた奴隷は、開放してやれ」
崖っぷちにたてられ、風化した古城、その城のバルコニーには、一人の老貴族が座っていた。
その老貴族の正体は、王国に六つしかない公爵家の元家主であり、「金鳥商会」の総帥だ。
後ろで地に伏せ、平伏していたワルプスは、厳かな声で返事を残し、その場をさると、椅子に腰かける老貴族と、必要最低限の護衛だけが残された。
老貴族は、憔悴した目で、崖の下に広がる海を見下ろした。
その日は東風が強く、海には幾重もの波が重なってでき、ぶつかるたび、岩肌を削った。
ピ~ロロ~
悲しい笛の音と共に、シンクルハットにスーツを着た、五つにも満たない子供が入ってきた。
老貴族の義孫だ。
まだ、ほんの小さな子供だというのに、無邪気なその目は、百年を生きているかのような、老獪ささえ感じさせる。
無邪気だというのに、老獪さを感じさせる異質さ。
帝国から蛮族の地まで、この世界のどこでも見ない服装。
老貴族は、悲しそうな目で遠くの白波を見つめながら言った。
「金鳥商会は、お前に譲る」
その子は、笛を吹くのをやめ、にんまりと微笑んだ。
「ようやく、その決心がついたんだね」
満面の笑みを浮かべ、その場を立ち去ろうとする子を、老貴族が呼び止めた。
「金鳥商会は、儂が手塩をかけて育て上げた商会、くれぐれも――」
念押しする老貴族の声をその子は、めんどくさそうに聞き流していた。
「分かってるよ。金の卵は、僕が育てるから」
そこで、その子は何か意味ありげに言葉を切って邪悪な笑みを浮かべた。
「おじいちゃんは、そろそろ、眠りな」
次の瞬間、老貴族は心臓発作で死亡した。
◆◇◆◇◆◇◆
老貴族の子――ヒューチャー。
転生者にしてスキル「未来視」の所持者。
「面白い敵だ……」
ヒューチャーには、見えていた。
領主となったあの魔導士と、自分が死力を尽くしてつぶし合っている未来が。
だからこそ、未来は変えなければならない。
幸運なことに、あの魔導士は今、自分の懐にいる。
逃がしてなどなるものか。
危険の芽は、早期に摘むに限る。
彼の、前世の勘がそう告げていた。




