第十一話 グレーモンの末路
「グラム」のオーナー、グレーモンが執務室で帳簿をつけていた。
「グラム」の規模は、ミリスを中心に周辺の十幾つの街にしか及んでいないが、その上役組織「金鳥商会」の影響力は絶大、それこそ、大国並の軍隊を持ち、何国かからは、特権として〝平民を奴隷にする権利〟まで与えられている。
無論、それほどの組織が扱う金額は相当、グレーモンの帳簿にも日に五桁(百万円以上)の利益が出ているところも目立った。
「グレーモン、入るぞ」
部屋の外から声がかかり、グレーモンは帳簿の上で羽ペンを走らせるのを止め立ち上がった。
「どうぞ、お入りください」
ドアが開き、金と赤の法被を羽織った東風の服を着た男が顔を表した。
全体的に太っていて、顔がむくんでいる。
金鶏のワルプス
「金鳥商会」の最高幹部、三鳥の一人だ。
だが、どこか様子がおかしく、普段は陽気なワルプスが何も言わず、グレーモンは不気味さに襲われた。
「これは、ワルプス様、何事で……」
カンッ。
ワルプスの投げた扇子がグレーモンの額に当たり、血が垂れる。
グレーモンは、とっさのことに、何が起きたのか理解できなかった。
ワルプスは、グレーモンを一瞥し、ため息をつく。
「察しの悪い男め。今日で、グラムを解体する」
「ハッ?」
ワルプスは、それだけ言うと、呆けるグレーモンに背を向け、部屋を後にした。
呆けていたグレーモンも、とっさに追いかけようとするが、入れ替わりに入ってきた魔導士に突き飛ばされ、尻もちをついた。
倒れた際に頭を机の角にぶつけ、激痛が走る。
それでも、ワルプスを追おうと立ち上がり――。
「貴様!っう……」
グレーモンは魔導士を怒鳴りつけ、その正体に気付き、再び尻もちをついた。
魔導士だと思ったそれは、白いローブをかぶった、通称――奴隷ノ番人。
四人目の最高幹部とさえ言われ、国家から唯一、奴隷印を押すことを認められた男だ。
「奴隷ノ番人……」
グレーモンも、遠目に見たことはあったが、実際に面と向かったのは初めてだった。
金鳥商会の奴隷牢を訪れた際、嫌がる奴隷に無理やり奴隷印を押していた姿が思い出される。
杖が振り上げられ、奴隷ノ番人が詠唱を始める。
奴隷化の儀式、あれが終われば、生きることさえ苦痛に感じる底辺へと墜落させられる。
これまで、兄と十余年をかけ築いてきた地位も富も、人権も、失うことになる。
「これは、遊びじゃねぇんだ。冷酷になれ。奪われたくなければ、奪え。欲しいものはそうやって手に入れろ。何かを守りたければそうしろ」
三公の上に立つ者、奴隷商会、総帥。
幼いころ、親に売り払われ、ひょんなことから奴隷商会、総帥に呼び出され、兄と共に受けた罵声を思い出す。
彼は、それ以来、奪うことで大切なものを守ってきた。
ある日はギルドを破壊し、ある日は奴隷狩りをした。
また、ある日は……。
その末路が、これだ。
確かに、泥水を啜る日々を脱却し、領主を片手であしらえるまでになり、自分たちを売った親に復讐を果たした。
「あの魔導士だけは、助けてやってくれ」
何故、そんな言葉が出たのか、自分でもわからなかった。
だが――。
やり直そう。
奴隷から。
前とは違う方法で。
兄と共に――。
グレーモンが血を吐いた。
そして、グレーモンは初めて気づいた。
これは、奴隷印を押す魔法ではなかったのだと。
両腕に蛇の入れ墨が現れ、そこから徐々に体が解け始める。
「蛇毒」
詠唱が終わるやいなや、部屋にグレーモンの絶叫が響く。
◆◇◆◇◆◇◆
しばらくがたち、部屋から出てきた奴隷ノ番人へ、廊下で待っていたワルプスが問いかけた。
「殺したのか?」
それに、奴隷ノ番人は機械的な声で答える。
「やるなら徹底的にやる。奴は根が甘すぎた」
「まったくだな」
二人は、グレーモンの死体に背を向け、その場を去って行く。




