第一話 ミリスに到着
サムたちが王都を出て、辺境「ミリス」についたのは十時を過ぎた頃だった。
日もすっかり昇った頃、四人を乗せた馬車は小高い丘の上で止まった。
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サムは、長時間座っていて痛くなった腰をさすって、馬車からゆっくりと降りると、丘の先端に目をやった。
その目線の先にはポツンと、小さな切り株が残されていて、そこに刺さった風車がクルクルと回っていた。
その、小さな切り株に座れば、丘の下に広がる村を見ることができる。
サムの足が、無意識のうちに切り株の方へと向いていた。
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風で動くローブがパラパラと動き、耳をくすぐる。
これまで、世界中いろいろな国へ行ってきた。
その経験というべきか、大体ローブの動き方で風の強さや向き、風速はなんとなくわかる。
風が弱いと、ささやくようで、風が強いと、ビュービューという音が一層強く聞こえる。
こんな強いとも弱いとも言えないローブのくすぐるような動き方は、この地方特有の、一日の内僅か一時間ほどだけふく東風の影響だ。
この耳のくすぐったい感じを感じると、駆け出し冒険者時代、ボコブリンと向かい合っていたことを思い出す。
「懐かしいなぁ」
馬車からから降りてきた、バルトが俺の横に立つと、俺の感情を代弁して懐かしそうに眼下の小さな村を眺めた。
小さな家が点々としていて、村の中心には教会と、会合を行うための少し大きな建物がある。
村人の数は少ないが、それなりに笑顔も見える。
本当に、のどかな場所だ。
「まったくだな…」
ここに戻ってくるのは、実に数年ぶり。
ひいていえば、勇者パーティーに抜擢されてからぶりだ。
村を出てからの冒険者としての話、王都の生活の話。
駆け出し冒険者時代、親しくしてくれた村人たちだ。
会えば積もる話もたくさんある。
もっとも、決戦前夜に逃亡してきたことを言うつもりはないが。
そもそも、勇者パーティーに抜擢されたことなど、村のだれも知らない。
何せ、勇者パーティーに抜擢されたことは弟のロンドにも言っていない。
王都でも顔が知れ渡っていたのはリアムとメアリーだけだった。
それでも、冒険者など、同業者だけ。
どこかで、話が漏れ出ているなどと言う心配はしなくてもいいだろう。
「おい、サム、俺とミーシャは先にお前んちに馬車を持っていくぞ」
後ろで馬の毛並みを整えている親父から声がかかった。
ちょうど、俺とバルトの二人だけにしてくれるとは、めずらしく気の利くことだ。
「あぁ、頼んだ」
「おう。任せときな」
陽気な声を残し、親父は馬に乗り込むと馬車を引いて行った。
「ほら、ミーシャ馬車を置いたら肉でも…」
ミーシャとの会話が丸聞こえ。
なんだ、空腹で待っていられなかっただけか。
それも、親父らしいけどな。
のっそのっそと進む馬車の上で、楽しそうに動く少し曲がった親父の背中と小さなミーシャの背中に手を振ってを見送る。
◆◇◆◇◆◇◆
忽然と、風が止まってパラパラと動いていたローブの動きも止まった。
もう、随分と時間が過ぎたらしい。
だが、風に当たっているとずいぶんと昔のことが鮮明に戻ってきた。
初めてのクエスト攻略の話、魔導士になったきっかけ。
そして、バルトとの出会い。
懐かしさを感じようと、良く風の当たる丘の上に来たのは正解だったようだ。
駆け出し時代の苦い思い出を思い出し感傷に浸っていると、そう言えばと言った様子でバルトから声が飛んできた。
「なぁ、サムお前はこれからどうするつもりだ?」
目線は感じない。
チラリと横を見ると、俺と同じように懐かしそうに眼下の村を見つめていた。
考えてみれば当然か。
バルトは、この村出身だから。
「これからか…。ひとまずは、実家でのんびりしようと思う。弟の仕事っぷりも見たいしな」
実家は、領地持ちの子爵家だ。
今は、父が死んで以来領地のことは全て弟に任せている。
王都にいる間は連絡の一つもとっていなかったので、会う事のみならず、言葉のやり取りも数年ぶりだ。
「てことは…お前はもう隠居するのか?」
やはり、意外だったのだろう。
声からは、寂しさのほかに意外さも感じる。
冒険者になるために実家を飛び出した俺が自分から冒険者をやめて実家に戻るなど。
だが、決意は変わらない。
既に俺は、年齢的にも全盛期を超えたうえ、Sランクパーティーを抜けたとなると、魔物討伐の最前線を退くことは免れない。
となれば、魔法の腕も今より落ちる。
「ま、そういうことになるかな。家に戻るとなるし、弟のこともいろいろと手伝いたいしな」
「そりゃ、そうだよな。あぁ、俺はソロ冒険者かぁ」
バルトは諦めたようにため息を吐いた。
「そんな、思い悩むことないだろ。死ぬわけじゃあるまいし。俺はここにいるんだ。暇になれば会いにこればいいだろ?」
「まぁな」
「冒険者の最前線を退くとなると、俺も寂しいからな。バルト、遊びに来いよ?」
似合わないかもしれないが、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべて言ってやる。
「…そんなに言うなら、暇じゃなくても、たまには来てやるよ!」
はっきりと来たいというのが恥ずかしいのか、バルトは最後はごまかすように咳払いをして丘を下って行った。
少しだけ、背中を荒く揺らして。
「あーあ、お前は相変わらずさみしがりだなー!」
「ったく…」
少しだけ、あきれたが、少しだけ荒く揺れるバルトの背中に一言、声を大きくしてエールを送る。
「バルト、長い間、パーティーを組んでくれてありがとう。勇者パーティー時代も、お前だけは本当の仲間だと思っていた」
バルトは、一度立ち止まったが何も言わずに立ち去って行った。
だが、彼の口端が少しばかりニヤッと吊り上がったのは後ろを見ていても分かる。
ほんと、素直じゃないやつだよ。
◆◇◆◇◆◇◆
「長い付き合いだったな…」
ふとふいた強風で、少しばかりふき上がったローブの隙間からは、サムの「悪くない」とでも言いたげな笑顔が浮かんでいた。
勇者パーティー時代のストレスのあまり失いかけていた人間味が取り戻せた気がしたサムは小声で、
「悪くないな…」
とつぶやいた。
冬だというのに、温暖な春のような風がサムをやさしく包み込む。
「さて、俺も実家に戻るとするか」
◆◇◆◇◆◇◆
ミリスの中心部から少し離れた、郊外に立つ、グラムウェル邸の前では、門番VSロックとミーシャの口喧嘩が起きていた。
門番の中で、一番上質な服を着た男が困ったような表情をして言った。
「ですから、いくら紹介状があろうとも、領主様からも魔導士様からも許可が下りていないのでお通しできません」
その答えを受けて、ミーシャは手を伸ばしてその男の首筋を掴んでいった。
「だーから!サム兄さんからの紹介状があるっていてるでしょう!」
サムとバルトが現れた!
サム・バルト「感想を、聞かせてくれるか?」
YES NO
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