06 銀座スカイランドマンション陥落①
メイコさんが居候になったその日、また夢の中で左衛門とおしゃべりである。
「母さん、貴方はバカですか?」
左衛門の言いたいことはわかる。居候など厄介ごとの種だと言いたいのだろう。けどな、そんなきつい言い方せんでもええやろ? だから、ちょっとだけ拗ねてやろうと思った。
「だって、メイコさん帰る場所ないなんて言いはるから」
一人ぼっち。これは、私の人生と同じだ。
父は大阪では名の知れた不動産会社を経営する社長である。一方、母は私が小学生の時に他界し、忙しい父は、私が寂しくないようにと再婚に踏み切った。
でも、後妻さんのことを私は母と呼んだことはない。私のことをどこか嫉妬深い目つきで睨むあの女。私の幸せはいつかあの女によって終焉するのである。左衛門が言う不幸もきっとあの女の仕業! そうに違いない!
私だってため込んでいる。私なりの不満。お嬢様はお気楽で良いなんて失礼な言葉は聞き飽きた。みんなには言わないけど、私だってため込んでいるのだ。
でも、別に悲劇のヒロインって嫌いじゃないのよ。
ヒロインは不幸じゃないと良い王子様に巡り合わないと思ってるから。ある意味、恵まれた私は不幸に憧れているのだ。そりゃ、優秀な息子でも幸せになんてできませんよ。私にその意思が弱いんだから。
きっと結末は簡単。後妻とかいう女にじっくりじわじわ魔女みたいなことしていたぶられて、私どんどん不幸になっていくんでしょ! どうせそうなんでしょ!
「私が、自分の意思で誰かを救おうと勝手やろ!」
「はい、その通りです。ですが、貴方は先ほど運命への急降下を始めたのです」
えっ、もう? 私東京にきて何日も経ってへんよ? あの女だからって手が早すぎひんか? 手口が露骨すぎひんか?
「あー、もう時間です。目覚めていただきます」
「え、えっ?! じわじわ系ちゃうの? 思ってるより急展開なんやけど?」
「いいですか、母さん。これから先、何があっても正気を失わず、脱出することのみを考えてください。おそらく酷いパニックになりますが声を上げず、静かに行動し、うまく家から逃げてください。いいですね?」
「これから一体何がはじまるん?」
「貴方の想像よりも圧倒的かつ徹底的にヤバい事態が発生します。ですが、まずは部屋を脱出するのです。特に、服をお忘れなく。先ほど並行世界線のあなたはパンツのまま外に飛び出して行き、今もまだ泣きながら東京の町に隠れ潜んでいます。いいですね。くれぐれも冷静になってくださいよ!」
「えっ、なんやて? パンツ?」
「おっと、チャンスは今です。どうかご武運を」
カウンターの机が割れて、強制睡眠解除レバーが登場し、左衛門は勢いよくレバーを引く。
ガチャン。そしてまた床が抜け、私の意識は奈落の底に落ちて行くのである。
「ひゃぁぁぁぁーーーーー!」
ビクっ! 相変わらずローテク感満載な未来の通信切断方法を何とかしてもらいたいところである。はっとして目覚めたとき部屋はまだ暗い。けれど、カーテンの隙間から曙色に染まる空がちらついていた。
逃げろと言われた気がしたが、それよりも不満があった。
(もう! もっと話を聞いてくれてもいいのに!)
ホントは悩みを言いたかったけど全然聞いてくれない左衛門。
(50代なんだからそれくらい包容力あっても良いと思う!)
起きるには早い時間だけど、イライラした心境でこのまま寝るのも難しい。アマプラで溜まっている映画でも見よう。そう思ったから、私は起き上がろうとしたのだ。
だけど、体を起こそうとしてようやく私は得体のしれない感触に気づく。何か、生暖かいものが、私の腰骨を掴むようだった。
(なんやろう?)
それを払いのけようとした。重く鈍く暖かい感触。
(人の腕? メイコさん?)
メイコさんなら単に人恋しいだけだと思ってそのままだったかもしれない。
しかし、やたら酒臭い。寝息は野太い。ベッドが大きく沈み、更に手の感触は肌荒れが酷く毛深い。
(寝ているのは誰?)
そこには得体のしれない男が横たわっていた。
「!!」
私は、言われた通り必死に悲鳴を堪えたのである。
私は息を殺し、同衾する男に気づかれぬようにベッドを抜けようと試みる。
そっと体を引きずり、布団を引っ張らないように気を張る。
そーっと、そーっと、体を滑らせて移動する。
そして、男の腕が私の腰からするりと滑り落ち、パンツのゴムに親指が引っかかり、お尻が半分さらけ出されて、身悶えする屈辱感と恐怖感を味わう。もう既に半泣きであるが、それでも、私は決して声をあげず冷静さを保った。唯一の救いは、その男が熟睡していることである。
(とにかく落ち着こう…)
男の手をどけて、ベッドからゆっくり移動する。息を殺しながら、布団をそっと引っ張りながら、ゆっくり移動する。
クイーンサイズがとてつもなく広く感じた。
そして、ようやくベッドの端にたどり着き、転がり落ちるように床に伏せる。既に全身汗だくだけれど、深く息を吸って吐いて深呼吸。
(落ち着け、落ち着け。それで、次に何するんだっけ?)
私は左衛門の言葉を必死に思い出そうとする。言われた通り、想像を絶する事態が起こっているけど、悲鳴をあげてはいけないところは守った。この次は…。
プシュー、ゴゴゴゴゴ…
「あー、気持ちぃぃぃぃぃぃぃーーー!」
次の行動を思案中のとき、トイレの水が流れる音が聞こえ、爽快感を告げる甲高い男の声も聞こえた。しかも、ずしずしと足音がこっちに向かってくる。
(やばい、隠れないと)
私はシャツとパンツ姿。知らない男の人に見られていい格好ではないし、そもそもこの部屋の見知らぬ男の人が怖い。何が目的の連中かは知らないけれどとにかく私の家は何者かに占拠されている。相手は複数であり、左衛門の言う通り見つからずに脱出することが最善策だろう。
(でも、どうやって?)
ずしん、ずしん。余計なことを考えている間に足音は部屋の前まで迫り、ドアノブがカチャリと音を立てた。
(どこかに隠れないと…)
と思っている間に、ドアが開いていく。私は縮こまって身を隠そうとした。しかし、その拍子に私はロフト用の梯子を倒してしまった。
(あっ)
と思った時には遅かった。手を伸ばした時には「ガシャン」と大きな物音を立ててアルミニウムの梯子が倒れる。
「んが?」
ベッドに寝ている男が変ないびきをあげる。扉の向こうにも、背後のベッドにも、謎の男がいる。挟み撃ち。
今、部屋には張りつめた沈黙が流れる。
「悪りぃ、なんかぁ倒した」
気の抜けた炭酸のような賢さを感じない甲高い男の声。
一方で、私の背後で寝る男は、「くがぁ…。くがぁ…」と、いびきで返事する。熟睡である。更に、幸運にも倒れた梯子がドアを塞いで男の侵入を邪魔している。
チャンスである。
ガタガタという音に紛れて、私はウォーク・イン・クローゼットを開けて中に隠れるのだった。
その後、男は更にがたがたと大きな音をたてながら梯子をどけ、私がさっき寝ていたベッドに潜り込む。どうやら、私は数時間にわたり川の字になって見知らぬ男に挟まれて寝ていたらしい。鳥肌が遅れてやって来る。しばらく息を殺してクローゼット内でじっとしていると、男二人の寝息がハミングを奏で始める。
(ひとまず、服を着よう…)
半分ずれたパンツをようやくなおし、クローゼット内から服を見繕うのだ。
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