14 核ハッピー世界線
「あの、ところで…ハッピーエンド・インジケーターはどうなっていますか」
「反転してV字回復や!」
と思ったら、下げ幅がゆっくりになっているだけであった。どうやら、私の不幸もしばらく続くらしい。
「見てください、視聴者から続々とお祝いメッセージ届いておりますよ」
《えっ!? 1発で成功? いつもならリトライしてるよね?》
《玲奈ちゃん、運動神経いいね。たぶん私だったら今のシーンで2~3回は死…じゃなくてやり直してるかな。ほんとに1回で成功しましたか。今の玲奈ちゃん何人目ですか?》
玲奈「せやからちゃんと生きとるやん。E5415(いいこよいこ)の玲奈やねん! お祝いメッセージならお祝いしてくれへんか! この流れ二回目やねん!」
無事生還した私に対してめちゃくちゃ不謹慎極まりないコメントが散見される。聞くところによると未来人なら「ははは」と笑い飛ばすようなジョークらしいけど、初めて聞いたら不安になるよね。
《めっちゃハラハラして見てました。玲奈ちゃんいつもアホなのに初めてすごいと思いました。私だったら死んでます。正攻法よりうまくいく玲奈ちゃんはやっぱり変わってます》
《それで、パンツの見えるバージョンはアップしてくれないの? 見せてくれれば僕が借金返済に協力するんだけど?》
そういう、くだらないけど、心からの応援はしばらく続いた。
しかし、私には聞かねばならないことがある。左衛門の残した借金について。
「それで、一つ聞いていい? 借金って何?」
《きました、毎回恒例の玲奈ちゃんの追求イベント》
「そうですね、お話ししなければなりませんね」
私と左衛門の世界線は平行世界線。要するにパラレルワールドである。しかし、左衛門の世界は最も未来に存在するオリジナルな世界であり、その残像が私の存在する過去なのである。
宇宙の広がりは光よりも早くて、私たちの銀河も宇宙の広がりに合わせて光よりも早く移動している。だから、常に残像という形で過去を残していく。そして、それぞれの過去はあくまでも別の世界の情報として無数に宇宙に存在しているらしい。
「つまり、母さんの思うまま生きていれば未来と同じ結末を迎えます。一方で母さんが強く願えば今後の運命を変更することは可能です」
「それで、今後の私の運命と借金はどんな関係があるの?」
「あなたは、私を産んですぐに失踪します。そして、ある日突然、謎の遺言と共に膨大な借金を残して他界します」
(あ、私が原因と思われる不祥事に息子が巻き込まれてる…)
ずっと、親子の思い出がどうのこうのって話が出てこないなと思ったら…。そう言えば、写真も赤ちゃんの頃のやつしかなかったし…。
「つまり、貴方が不幸なままだと、今後産まれてくる貴方の子供も不幸になり続けるのです。その輪廻を止めたいというのが目的の一つです」
つまり、オリジナルな悪い子嫌な子の玲奈が左衛門に残したものが原因で、今の私はここで動画をアップさせられている。失踪するなんて人としても母としても終わっている私。そして、どこかで生き延びて、死んでもなお息子に迷惑をかける。元凶は私! 言い逃れのできない事実。未来のオリジナルの私は途方もなくダメな親だったのだ。
「なるほど、でも借金が原因なら私が支払えばいいんやね?」
「どうやってですか?」
「そんなん簡単やん! 金の延べ棒か紙幣で左衛門に届ければええやん」
《などと供述している、全く人の話聞いていないアホな玲奈ママ…》
《どや顔で間違ったこと説明しているのかわいい》
コメントが辛辣…。私は何か間違ったこと言っているらしい。
「ですから、私たちの過去は、母さんが何をしたとしても変わりません。例えば母さんががその世界に埋蔵金を埋めたとして、別に私の世界に埋蔵金が誕生するわけではありません。その埋蔵金は貴方の世界に残り続けます。過去と未来はいわば同姓同名の別人の世界なのです」
「いや、この未来と電話できる携帯電話送って来はったやん」
左衛門は上野のホテルにレトロな携帯電話を届けた。その未来宅急便(仮)の技術使えば全部解決やで! 簡単やないか。
《なるほど、軌道修正は早い玲奈ちゃん》
《↑どうせ送れた理由は理解してないから》
《玲奈ちゃんの恥の上塗りしてるどや顔がさらにかわいい》
「母さん、その携帯はですね…」
もう一度おさらいやで。未来から遅れるのはデータだけ。アプリ、映像、声、思念などなど。そして物体はやり取りできひん。
あのレトロ携帯は、私の時代でジャンク品として出回っているものを協力者が中のプログラムを書き換えて未来と通信できるようにしたものらしい。だから、宅配できたのである。
「要するに、物体は遅れませんのであしからず。それと、こちらの借金が返せるまではご協力くださいね」
「でも、それならどうやって返そうか…。何かいい方法があるんよね?」
「はい、だからヨミチューブを使っているのです。あなたは数奇な運命をたどることはわかってますから視聴者が稼げます。私はヨミチューブの宣伝を行う立場なので一緒に広告費も稼げます」
「なるほどなぁ」
《それにしても、毎日何かあるのってすごいよね》
「えっ、毎日これが続くん?!」
私は、ついにコメントとおしゃべりするようになった。
「えぇ、少し説明しましょう。動画をご覧になりますか?」
わざわざ動画にまとまっているなら、気軽やし見ようと思った。
「お願いします」
《はい、ドボーン!》
《今ので玲奈ちゃん残機一つ減ったわwww》
「私の人生ほんまにどないなってんの!」
「母さんの啓発のためにこの動画を作ったのですが、前の世界線では母さんがこの動画を見た後、急に発狂してこのスタジオを飛び出して、二度とここへ来ることはなくなってしまいました。ハッピーエンド・インジケーターの値もひどいものです」
《玲奈ちゃん闇落ちRTA!》
そんなタイムアタックせんといて! 私の人生はこんな選択ミスでも台無しになるらしい。
「ちょっと待って、それだけ私の人生を確認しているなら、これまでで一番よかったパターンもあるんやね?」
「えぇ、もちろん」
「どうやったん?」
「天文学的な不幸だった貴方の人生の中で、カンストしていない世界線が一つだけあります。最終的なハッピーエンド値はマイナス5000!」
《いろいろ、大変だったけど。最後くらいは幸せだったかもね》
《あぁ、あの世界線。ショートショートの物語っぽくて好き》
私の前で私の知らない思い出を語り出す未来人たち。しかも、ショートショートって、話終わってない?
「それで、つまり。私は何をすればいいの」
左衛門は呼吸を整え、私の方にしっかりと向き直ってからしゃべりだす。
「落ち着て聞いてください。最初は混乱すると思いますが、状況は簡単で、あなた自身が何かをしたわけではありませんし、貴方のせいで世界がそうなったわけでもありません。これは、タイムリープ黎明期における、未来人による罪でありあなたは何も気に病む必要はありませんからね」
「あ、はい」
これ、なんか経験ある展開やな。
「いいですか、あなたが今より幸せだったのは、核で滅んだ後の世界線です」
「どういうこと?」
「核で世界が滅ぶと、これからあなたに起こる不幸が起こらなくなります。だから幸せになるんです。食料も尽きて短命に終わりますが、他の世界線よりずっと良い人生でした」
「んん? よくわかんない。世界滅んだら私どうなるん?」
「もうめんどくさいです。幸せになりたかったら核を撃ちましょう? 幸せは歩いてこないんです。だから核を撃つんです」
「え? えぇっ? 昭和の名曲になんてことを!」
《撃って、撃って、撃って!》
《撃つのよ! あなたは助かるわ。人類は滅ぶけど…》
《核を撃ったらこんなに幸せになれました~(笑)》
《いいか! 幸せになれるのは! この核ボタンを押すガッツのある玲奈だけだ!》
悪乗りする方向のコメントたち。彼らの意見は一致して「核を撃て!」お祭り騒ぎではやし立て、誰一人引き止めてくれないコメントの嵐!
ケネディ大統領はキューバ危機において「核を撃てば勝てます」なんて側近に言われたりしていたと言う。私は一介の女子大生の身分ながら、人生で初めて大統領に共感したのである。そして、思うことは一つ。私の貧弱精神で大統領なんてやってたらもしかしたらポチっちゃったかもしれない。