10 悪魔の集う我が家
学年の天使、堂野優子は堕天してしまった。そんな彼女を救うため、私は二人で銀座にある優子の友人の部屋を訪ねることにした。
そして、たどり着いた場所は、昨晩まで私の住まいだったマンションである。
「メイコさんたちってここによく集まるんだって」
天使のような笑顔で語る優子ちゃん。いや、ここ私のパパの物件だから! という心の突っ込みを入れながら、やはり、メイコら複数人の仕業なのか! 優子ちゃんは植え込みと噴水の間にある、石畳をトコトコと白いパンプスで歩く。パンク系衣装にそぐわないこの靴は天使であることの唯一の名残である。私はその細く美しい足音の後ろをついていく。そして、インターホンに1004と打ち込む優子。
(やっぱり私の部屋やん)
「はーい、優子ちゃんいらっしゃーい!」
エレベーターに二人、なんだか私はソワソワしてきた。このまま、優子ちゃんまでもがあの部屋に取り込まれたらきっと本当の堕天使になってしまう。あそこから二人で脱出するなんてたぶん不可能。
(でも、優子ちゃんはできる子)
表札に東金って書いてあるからきっと私の家って気づいて騙されていることに気づくはず…。うん、大丈夫!
トコトコトコ、二人は扉の前にやって来る。表札に記された「東金玲奈」というちょっと可愛らしい木造りの表札。これを見ればおかしいことに気づく…。
ピンポーン。
「はいどうぞ! 鍵は開いてるよ」
えっ! 優子ちゃん? 表札見えてるよね?
しかし、優子は気づかない。何かにとりつかれたようなうつろな瞳で気づいていない。部屋番号の確認のためにいったん表札を見た気がするけど彼女は気づかなかった。「東金玲奈」って漢字で結構大きく書いてあるけど完全スルーされてしまう。
「早く入りなよ」
私は、優子の行動を見て人生を改めねばならないと感じた。
これまでの私はフワフワした性格ゆえに、お友達に心配をかけてばっかりだったのだけど、今日からそんな私は変わります。優子という一見完璧だけど、思っているよりトロくてポンコツな友達のために変わります。この子を守ることが私の使命なのです。
だから、私は正直怖いけれど魔境と化した自宅に再び入るのである。
「おじゃまします」
「ジャッジャジャーン、ジャッジャッジャジャーン、ジャッジャッジャッジャー、ジャッジャーン」
部屋では既に酔っ払った男たちが騒ぎ立てていた。
(よく考えたら、この中に私と同じベッドで寝てた人がいて、この中に私が椅子で殴った人がいる!)
思い出したら怖くなってきた。
未明のことをだんだん鮮明に思い出していく私。あまり気づかれないようにみんなの顔を見ていく。きっと挙動不審だと思う。けど、みんなの顔をちらりと見渡しても、大きなけがを負った人はいないようだった。
(たいしたことなかったんかな?)
「玲奈ちゃん、飲み物どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って飲み物を渡してきた細目の彼は確か流浪人ケンジさんである。彼の頭にはガーゼと包帯が巻かれていた。確か、エンジョイ・ジョージ先輩とバンドを組む仲である。彼の細い目がチラリと開き眼光がキラリと開く。
そのまま、彼の細目が私を凝視しているようだった。
(絶対怒ってるよね?)
飲み物の臭いを嗅ぐと、アルコールの香り。私、未成年である。申し訳ないけどこれは口にできない。頂いた振りをして、水でも飲むことにしよう。
「いやー、玲奈ちゃん。また会えて嬉しいよ!」
この、テンションが高くいかにもちゃらい声はエンジョイ・ジョージ先輩である。
「あ、はい…」
「今日も楽しんじゃってよぉう↑」
私の家を我が物顔で占拠する彼ら。私が今朝出て行った理由を聞かない彼らはやはり確信犯なのだろうか?
「それより、優子ちゃんも一緒に歌おうぜ!」
ジョージ先輩は言う。しかし、優子ちゃんはそんなに甘い人じゃないのです。市井の男の子から同じような誘いを受けたとして、優子ちゃんは絶対にツンとした反応しか返さないのですよ。こんな麗しき乙女をあなたたちの下品なノイズに混ぜては…。
「あ、良いですよ!」
(あれれ?)
私の予想に反し、堂野優子が歌っている! 級友相手にドライな態度を貫くあの優子が、踊りまで踊りながら。歌っている! なんだかとても、新鮮な気持ちになってしまい、優子をじろじろ眺めてしまう。そして、私がじっと眺めていたら、優子の顔が徐々に赤くなっていく。恥ずかしがっている。これはこれで貴重な瞬間。かわいい。
(でも、やっぱり無理やり合わせてるよね?)
よく考えると優子ちゃんの家は貧乏。彼女のほっぺたを札束で叩けば、ツンな彼女もこの通り。彼女のわかりやすい弱点なのであるが、この部屋私の家だから! こいつらの部屋じゃないから! お金持ちなの私だからね。私だって優子ちゃん独占したいの!
そういえば、お父さんの即金が6000万円(6kg)くらいあったから、それで札束ビンタすれば優子ちゃん私の所に戻って来るかな?
さらにじろじろ優子を見ていたら、流浪人さんから横やりが入る。
「あれ、玲奈ちゃん全然飲んでないじゃん」
流浪人さんは私に気を使うふりをする。そして、彼の細目はやはり私を凝視しているようだった。細目の奥にきらりと光る瞳が覗いているからすぐわかる。
「あ、すみませんね。飲みますから…」
「そ、そう? 飲むならいいんだけど」
流浪人ことケンジさんは器用な人ではない。ベースやらキーボードやらいろんな楽器を扱えるという意味ではとても器用な人ではあるが、おしゃべりは不器用である。だから、かえって気になった。
(なぜ、ケンジさんはこのドリンクを凝視するのか?)
ケンジさんがにぎやかな部屋の中、即興でキーボード演奏する。そんな中でも彼はずっと私の飲み物に注目している。ガン見と言っていい。細目で視線がわかりにくいが、土偶みたいな分厚い瞼の隙間から鋭い眼光がやはり漏れ出ている。
「あれ、まだ減ってない」
「あ、飲みますって…」
5分もしないうちに何回もこんなことを聞かれる。ここまで露骨だと、子供でも何かあると気づいてしまうだろう。よく考えると、飲み物は私にだけ用意され、優子はペットボトルのお茶を出されて飲んでいる。なぜ、私だけグラスに?
(悩んでも仕方ないことは誰かに相談せんと…)
優子はみんなと歌っている最中で相談する感じではない。だから、私はトイレに向かい、インターネットの力に頼ることにした。
「ちょっと、お手洗いお借りしますね」
すると、プレカリと呼ばれる人が、甲高い声で案内する
「あ、お手洗いこっちです!」
(うん、知ってる!)
お手洗いに入って、まず、左衛門からもらったレトロ携帯を見る。しかし、相談は気が乗らない。今朝喧嘩したばかりだから。
まずは確かな身内から頼ってみよう…。この部屋にはパパの秘密道具がある。私が困った時のためにいくつか用意されているのである。パパのマニュアルを開く。
(部屋に強盗が入ってきたとき)
これが一番近いだろうか? そんなときのためにトイレにもパパの秘密道具が置いてある。トイレ内の洗面台下の戸棚。ここの最上段には隠し小箱がついている。
(催涙スプレーとかあれば、優子を連れて一緒に逃げられるかも!)
私は、膝をついて戸棚を下から見上げる。確かに小さな隠し箱が入っている。それを、外して、中身を確認する。
パパの秘密道具として出てきたのは、なんと銃と弾薬(※エアソフトガン)である。東京がゾンビで溢れたとき用だろうか? これでバイオハザードが起こってもゾンビ退治できるね!
「ちがーう! 私の求めているのはそういうのやない!」
私はその小箱を見なかったことにして、やっぱり左衛門からもらったレトロ携帯を取り出す。複雑な気分を整えるために呼吸を整える。
(仕方ないけど、今は非常事態。左衛門に相談しよう)
しかし、昔のレトロ携帯はボタンが多くてどれを押せばいいのかよくわからない…。確か、左衛門の番号はアドレス帳に登録してあると言っていた。だから、私はたくさんあるボタンを一つずつ見て、アドレス帳を探す。しかし、非常にわかりにくい! 昔の人はこれを使いこなしていたのか! すごいぞ!
しかし、私が困っているところでこの携帯が鳴りだす。
「ピピピピ…、ピピピピ…」
相手は左衛門と表示されている。なんと、向こうから電話がかかって来る。そして、私は受話器のボタンを押す。しかし、私が押したボタンは通話を切る方だったらしい。
(あ、間違って切ってしまった…)
こういうのめっちゃ焦るよね?
お父さんの会社にかかってきた電話で一度やったことのあるトラウマ。お客さんから電話が来たのに、間違えて切ってしまった時の申し訳なさ。そして、更にさっき左衛門に嫌な感じの態度をとってしまったので更に状況が悪い。操作もよくわからないのでかけ直せない…。
(お、お願い。母さんもう怒ってないからもう一回かけてきて…)
「…」
来ない…。本当に怒らせてしまったかもしれない。私はやっぱりさっきの拳銃を使って脱出することになるのだろうか? ここを開けろ、さもないと撃つぞ! って感じ? いやいや、無理無理。
「ピピピピ…、ピピピピ…」
また、電話がかかって来る。今度は冷静に通話ボタンを押す。
「あ、もしもし。いい子良い子(E5415)の玲奈です…。さっきは間違って切ってしまいました。申し訳ございません」
「知ってます。母さんは初めてかもしれませんが、私は慣れてますので」
やっぱり流石は未来人。懐が違うのである。これで、優子ちゃんと私は助かるに違いない!
「それで、そこから脱出する方法ですが…、堂野優子のことは見捨ててくださいね」
「なんやて?」
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