なろう読者に問う! 『ジャンル』とはなんぞや!?
*5/8表現の一部を修正しました。
■そもそも『ジャンル』ってなんの為に存在しているの?
これについても様々な意見があると思いますが、私の考えを表現するならば『好みの区分け』となります。
例えば、私は俗なおっさんなので『可愛い女の子』は大好きです。特に黒髪ロングの貧乳クーデレ幼馴染が大好きです(キモくてすみません)。
異論を言う人も居るでしょう。馬鹿な、『可愛い女の子』とは巨乳ギャルの陽キャっぽいけど実は純情マインドこそが至高だと(だからキモい)。
もちろん、そういうのが好きな人の事を否定はしません。……が、『私は別に好きではない』というのが正直な感想です。これについては、どちらが上とか下とかではなくて、単純な『好き嫌いの話』でしかないわけですね。
この好みの違う人が『同じカテゴリー』に居ると喧嘩をする事があります。俗に言うヒロイン戦争とかそういうのですね。どちらが正しいとかそういう話ではないので、決着は着かないし雰囲気が悪くなったりもします。
そこで、『喧嘩をしない為に住みかを分ける』って解決方法が『ジャンルというカテゴリーに分ける』というものなのです。
そう、ジャンルってのは『好みの違うもの同士が無益な喧嘩をしない為に』作られていくものなのです。
■ジャンル毎に異なる『面白さ』
ジャンルの存在意義の次はジャンルの『区分けする基準』について語ってみましょう。
これが曖昧になりやすいのですが、ざっくりと定義してしまうなら『面白いと思うものの追求』になります。
面白い作品に出会ったら、『それと同じような面白さにまた出会いたい』と思うのは、普通の心理です。その探す為の指針として『同じ面白さ』を定義していくのが、ジャンルの垣根となるのです。
先ほどのキモイ例で言うならば、黒髪ロングの貧乳クーデレ幼馴染をヒロインにしています! って宣伝をしている作品を探す。逆に、巨乳ギャルの陽キャっぽいけど実は純情マインドをヒロインにしている作品は避ける。
これで世界が平和になります。
ある程度、ジャンル毎に『面白いものとはコレ!』って定義がされていくわけですね。それを頼りに『自分の好きものを探していく』って行為に役立てるのです。
当たり前だろと思われますか? ですが、それが生む別の側面についてはどうでしょうか。
■ジャンル毎に決まっていく『評価されるべき面白さ』
ジャンルとは面白さの追求である、と表現しました。逆に言ってしまうとこれは『自分が評価する面白さが固定されている』という側面を持つ事にもなります。
仮にロリ巨乳の母性を感じる小学生ママ(だからキモいっての)が登場して、可愛いとか思っても、それが『クーデレ幼馴染』というジャンルにあったらどうですか? さらにメインヒロインがクーデレ幼馴染とされているのに、このロリママが人気出てたからクーデレ幼馴染を放ってメインヒロイン昇格。などになったら『評価』出来るのでしょうか。
ここでややこしいのは、必ず一定数『ロリママでもいい』じゃないか、と言う人が居る事です。そりゃ、魅力的で好きになれるからこそ人気が出るわけですからね。そう思う人の事を否定するつもりはないです。
問題となるのはこれが『カテゴリーエラー』となる事です。この時点で、その作品は『クーデレ幼馴染』というジャンルとしての機能を失っている事になります。これが軋轢を生む原因となり、作者も読者も不幸になる事が起こりるのです。
繰り返しますが、ジャンルとは『喧嘩をしない為に分ける』という行為なのです。つまり、この価値観において『悪い事』があるとすれば『喧嘩を起こすような行為をする』って事になります。
クーデレ幼馴染もロリママもどちらも悪くありません。単純な好みですから。『この区分けを行わずに喧嘩を誘発させる行為』こそが問題となるのではないでしょうか。
その為に『評価されるものは固定されるべきだ』という価値観が存在するのです。評価する基準が人それぞれだからこそのルールなわけです。
そして、『既存のジャンル』には既に『一定の評価基準』が存在しています。既存のジャンルが出来たのは昨日今日ではありませんで。それに則って活動されている方もいらっしゃいます。
■なろう読者は『ジャンル』をどう捉えているのか?
ここまでジャンルの存在意義と機能を説明してきました。その上で、なろうで作品を楽しんでいる読者の方々に問いたい。
貴方が作品を楽しんでいる要素とは『その作品が所属しているジャンル由来のもの』ですか?
貴方が『面白い』とか『つまらない』とか評価する『基準』はどこにありますか?
そんなん知るか、面白いもんは面白いんだよ。って思う方も居るかと思います。それ自体を否定する気は全然ありません。
ただ『区分けをしなければ喧嘩になる可能性が高い』という過去の積み重ねから生まれたのがジャンルである以上、これに対してある程度の理解を得られない人は『喧嘩上等、人は好きに争って好きに戦えばいい。強い奴こそが正義なんだよ』という世紀末思想の持ち主であると定義させていただきます。
それを『胸張って正しいと主張できるならば』私からは何も言う事などない。それも一つの価値観だと思います。
私が軽蔑する人が居るならば、こういう主張を別の物で隠して誤魔化す人ですね。
おっと、個人の毒が出てしまいました。失礼。
ともあれ、疑問を投げかけて終わるのも無責任なので、あくまで私見である、という前置きをして私なりの分析を落します。
■なろう主流の『要素』は、既に『ジャンル』なのではないだろうか
こうしたコラムを書いているからには、私としてはなろう読者に『ジャンルという概念が機能していない』と思っています。私は違う! という声を上げる人も居るかと思いますが、全体の傾向としてですね。
その原因とも言えるのが、『面白いと評価されているもの』が既存のカテゴリーに由来していないからではないか、と考えているからです。
例えば『ファンタジー』です。これは今では『異世界だったらファンタジー』くらいのノリかと思いますが、『これがカテゴリーとして成立する面白さ』とはどんなものだったのか。説明できますでしょうか?
元々ファンタジーとは『ここではない何処かへ』という願望や『未だ知らない未知の世界を体験』などといった面白さを追求するジャンルだったと私は思っています。
実際、なろう系ファンタジーを批判している人は『こういう価値観を持って』酷評されているように感じます。
ですが、なろう系ファンタジーはそもそも『求められている面白さ』が違います。テンプレなどと評価されているように『世界観はどうでもいい』というのがよく分かります。『評価する部分はそこではない』というのは明白であり、だからこそこういう人の批評が的外れであると感じる人も多いのではないでしょうか。
だからこそ問いたい。『ファンタジー』と称する意味がありますか? これはカテゴリーエラーの話だと思うのです。貴方が求めている面白さは『ファンタジー』なのでしょうか? このジャンルで『面白さが表現出来ている』と思えますか?
個人的な見解ですが、既にファンタジーなり恋愛なりそういうのは『舞台の区分け』でしかなく、『面白さの区分け』として機能していない。だからこそカテゴリーエラーを気にしない読者が増えているのではないか。と考えています。
今までは『カテゴリーに属した要素』として捉えてきたものは、本当にそうですか? 俺TUEEE、ざまぁ、成り上がり、追放もの。面白くないとは言いませんし、それを面白いと感じている人を否定する気もありません。ただ、『それがメインカテゴリーにエラーを出していないか』という部分は考えても損はないのではないでしょうか。
そして、カテゴリーエラーだと感じられたなら、それに相応しいカテゴリーとはなんなのか、考えてみるのも良いのではないでしょうか。それが原因で起こる喧嘩で気分を悪くされた、みたいな経験がある人ならば特に。
既存のジャンルで表現するのは難しく、新しいカテゴリーが必要となるのではないだろうか。ライトノベルは既存のジャンルの面白さを『解りやすく再解釈する』という行為であったが故にカテゴリーエラーは少なかったが、『なろう系作品』はそういうものなのだろうか?
『既存カテゴリの皮』を被り続けることは正しいのだろうか。それによって生み出されている軋轢は存在しないだろうか?
そして、それを読者さん達はどう思うだろうか。これがコラムの趣旨となります。
最後までお読み頂きありがとうございます。
あ、ちなみに私は恋愛ジャンルを愛好していますが、恋愛をしないで無双や大勢にチヤホヤされているだけだったり、ざまぁをして終っている『だけ』の作品は『恋愛作品』としては評価をするに値しません(恋愛と見なければ面白いです)。
ご意見、ご感想、評価については読者さんのお気持ちにお任せします。
短編問題に便乗してこういう事を書いている側面もありますが、同時にこれが『どういう問題なのか』というのを自分なりに考えてみた結果でもありますし、以前から薄々思っていた事をはっきりと文章にした結果でもあります。
様々な意見などあるとは思いますが、個人的な意見としてはとにかく『喧嘩を誘発する行為』こそが批判されるべきだと思っています。その為には色んな人の色んな価値観を学ぶ必要があり、それを不必要、と断じる人とは交流するつもりがない事をここに明記します。




