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断罪。アルベルトの場合。

 宮廷仕官の目論見は潰えた。これまで自分を支えてきた自尊心も根元からへし折れた。授業にも身が入らず、普段からしている眉間に皺を寄せた気難しい表情も鳴りを潜め、呆けたようなポカーンとした顔を最近のアルベルトはよくしている。それでも試験があれば首位をキープしているのは流石であった。


 あまりの変容にクラスメイトと一部の女子生徒は心配そうなにしているが、誰も話しかけようとはしない。それこそがアルベルトという男がこれまで学園で培ってきた全てである。


「……」


 そして、気が付けば卒業式当日の夜になっていた。


 遠くから聞こえる喧騒は、講堂で開かれている卒業パーティーのものだろう。アルベルトは、そんな華やかな喧騒から逃げるように薄暗い中庭のベンチに座っている。


 相変わらずの腑抜けた表情で夜空を見るも、まるでアルベルトの心情を映したように黒く、暗く、どこまでも空虚な夜空が広がるばかりで、気分はすぐれない。


「パーティーに参加しないのですか?」


 静かな中庭に響く声、芝生を踏む足音、何も映さない夜空から視線を向けるとそこには小さな明かりを持った教師がいた。


 アルベルトはこの教師を知っている。卒業を迎えた学園の生徒なら学園の教師を知っていて当たり前なのだが、アルベルトという男は誰に対しても平等に不遜で傲慢だった。相手が目上の教師だろうと関係なく、自分よりも劣っていると見下していた。そんな相手の顔を覚えるなんて殊勝な心根は持っていない。


 けれど、この教師だけは違った。彼は周囲から孤立しがちなアルベルトをずっと気遣ってくれて、宮廷試験の受験料免除の申請の手続きを彼にお願いしたのも無意識に頼りにしてたのだろう。


「学園生活最後の夜です。学友と共に過ごさないので?」


「……」


 教師の言葉は重く深くアルベルトに突き刺さる。友達なんてものはいない。同級生のほとんどは数年の時を共に過ごしたが授業以外で碌な交友はしていない。ずっと孤独だった。幸いなのか、それともそれがダメだったのかアルベルトは一人でいることが平気な性分で在学中は特に困ることもなかった。……やはりそれは幸いなのではなく仇となったのだろう。もしも友達の一人でもいれば、事態はもっとマシだったはずである。少なくとも宮廷の内情さえ事前に知れていれば対抗手段はあった。


 これまでずっと見下してきたクラスメイト。けれど今となっては立場は逆だ。


 試験に落ちたショックのあまり放心状態だったアルベルトは他の就職先を探してすらいない。王都には頼れる親類縁者もいない。大見得を切って飛び出した手前、実家に逃げ帰るなど言語道断。


 無職の根無し草。それが学園を卒業するアルベルトの近い将来の姿である。


 これまで見下してきた相手に哀れみの視線を向けられるのが怖かった。自分を助けてくれるような相手もいない。クラスメイトが笑顔で将来を語り合う場にいるのが苦痛だった。自分の先を考えると不安でしょうがない。


 何より、もしも、もしも、自分が彼らと共にいて八つ当たりのような怒りをぶつけ騒ぎを起こしてしまえばどうする? 空気を壊すとか祝いの席に不相応とかなんて対外的な話は関係ない。……そんなのあまりにも惨めすぎるじゃないか。


 もしも、もしも、そんな事になってしまえばもう二度と立ち直れない。それが何より恐ろしくて

アルベルトは逃げ出したのだ。


 どんなに浅ましくとも壊れかけた自尊心を、手が切れても血が流れるのも厭わずに必死に繋ぎとめている。それが今のアルベルトの心境だった。


「……隣失礼しますね」


 教師はアルベルトの隣へ腰かけ、いつも通りの温厚な笑みを向けてくる。


「試験は残念でしたね。ですが貴方ほど優秀な生徒ならどこでだってやっていけますよ。そう気落ちせずとも未来とは輝かしいものですよ」


「……」


 普通ならそうなのだろう。輝かしい未来が待っている。けど、自分の先に見えるのは一寸先の闇ばかりだ。


 今更そんな慰めをされてももう遅い。せめてもっと早く、卒業する前に立ち直っていれば別の就職先を見つけられたかもしれないのに。そう一瞬だけ思ったがすぐに思い違いに気が付いた。そういえば、試験が終わってすぐに目の前の教師やその他の教師陣から同じような言葉をかけられた気がする。中には「早く別の進路を決めないと手遅れになりますよ?」と、助言してくれた教師もいた。話を聞かなかったのは自分だ。


 それと同時にアルベルトに一つの疑問思い浮かぶ。


「先生は……試験で僕が落ちることを知っていたのですか……?」


「……」


 返答はない。つまりはそういうことなのだろう。


 試験に失敗して帰ってきたアルベルトに学園側は何も言わなかった。学園主席が失敗したのだ。せめて何があったのかくらいは聞くものだろう。


 それにあのいけ好かない試験官は、宮廷の内情くらい学園にいれば誰でも幾らでも知れるだろうと言っていた。なら、教師陣が知らない道理もない。


 思い返してみるとアルベルトが申請に訪れた際、目の前の教師は、無謀だからやめておいたほうがいいと、それとなく遠回しに言っていたような気がする。当時の自分はただでさえ気が立っていて実力があればどうとでもなるし、自分にはそれだけの実力があると信じて疑っていなかったので無視していたが、きっとあれも善意からの助言だったのだろう。


 ……どのみち、もう手遅れであることに変わりはないか。


「……とんだお笑い種ですね」


 自嘲的な笑みが自然と漏れる。これではまるで道化じゃないか。


「……過ぎてしまった事はどうしようもありません。肝心なのは転んだ後にどう立ち上がるかですよ……これからどうするおつもりですか?」


「……」


 アルベルトは答えない。答えられない。その答えは自分が一番知りたい。


 今更実家に逃げ帰るなんてできないのは当然として、明日には寮から退去しなければならない。宿を借りるとしても心もとない手持ちで何日もつか……。


 ……最悪、本当に最悪の場合は実家に逃げ帰るための旅費も必要なので猶予は更に短いだろう。


 この広い王都で自分にできる職を自力で探すのは一朝一夕ではできない。


 ――ああ、なぜこんな事になってしまったのか。


「もし何の予定もないのなら教師をしてみませんか」


「え?」


 唐突な、それでいてまるで友人を食事に誘うくらい気安い感じでされた提案に、アルベルトは驚いた。驚きのあまり、自分の先行きの不透明さに絶望して俯いていた顔が上がるほどだ。


「ぼ、僕が教師……?」


「はい。アルベルト君の成績なら私の方から学園に推薦できます。丁度、高齢の先生が定年を迎え席が空きます。最初は臨時扱いでお給金は安くなりますが、学園の教師は専用のアパートを無料で使用できます。食事も学園にいる間は学食を無料で使用できます。少なくとも食うに困ったり根無し草になる心配はありませんよ」


「……」


 現状を見透かされ途端に恥ずかしさが込み上げてくる。ただ、その提案自体はアルベルトにとって願ったりのものだった。


 けれど、こんなうまい話があるのだろうか? まさかとは思うが目の前の教師は何か悪い企みでもしていて自分を利用しているのだろうか。そんな荒唐無稽な疑問がふと思い浮かぶほど、アルベルトという人間は人の善意に慣れていなかった。


「学園の教師はその特別な性質から国より爵位が送られます。準男爵級で教師をやめると同時に変換されるものですが貴族に違いはありません」


「っ」


 貴族になれる。それはアルベルトにとって何よりも捨てがたい魅力ある提案だった。


 現在のアルベルトは貴族ではない。貴族とは爵位を継承あるいは頂戴した個人に対する称号だ。実家の伯爵位は、父が保有し時期に兄に引き継がれるだろう。父はほかにも幾つかの功績を残しており爵位を持っているが、それもいずれは二人の兄に引き継がれる。三男のアルベルトは当主になる以外で貴族になれはしない。


 兄たちの補佐という父からの命令に反発したのもそこが大きい。


 アルベルトにとって貴族であるという事は非常に重要な事柄だった。


「……なぜ僕にこんなに良くしてくれるんですか?」


 心情としては提案を受けたい。けれど、これだけは聞かなくてはいけない。


 正直な話、アルベルトは自分が好かれる性格じゃないことを理解している。理解していながら直さないのは実力至上主義だを掲げていた為、性格なんて二の次だと思っていたからだ。


 傲慢で不遜。どう高く見積もってもかわいい子供ではないアルベルトになぜこうまで力添えをしてくれるのか。他人を見下すことしかしてこなかったアルベルトには理解できない。


「まだ夜は冷え込みますね」


 教師から答えは返ってこなかった。立ち上がり夜空を見つめながら彼はニコリと温厚な微笑みをアルベルトに向ける。


「パーティーに参加しないのなら一度寮に戻ったほうがいい。……教師としてはできれば参加してほしいんですけどね。返事は明日にでも聞かせてください。どうか今夜はよく考えゆっくりとおやすみなさい」


 立ち去る教師をアルベルトは引き止められなかった。不思議と引き留めてはいけないような気がしたからだ。


「……」


 アルベルトは一度うつむき考える。そしてゆっくりと顔を真上に向け目を開いた。


「……ああ、今日の月はこんなにもきれいだったのか」


 瞳に映る光景は、満点の星が煌めきと三日月がほほ笑むまばゆい世界あった。


 翌日。アルベルトは教師となった。


・・・


 コツコツと足音が反響する廊下を歩く。


「……」


 アルベルトは現在、城の廊下を歩いていた。かつては夢にまで見た場所であるはずなのに、不思議と今はなんの感慨も抱かない。


「これより陛下のお待ちする謁見の間に向かいます。くれぐれも言動にはお気を付けください」


 先頭を歩く宮廷の案内人に軽く会釈をして、アルベルトは後に続き静かに歩いていく。


 今日は、学園の卒業パーティーでリチャード王子が起こした騒動について学園の教師が尋問される日であり、すでに校長と学年主任の教師は数日前に謁見を行い心底疲れた表情で戻ってきていた。


 アルベルトはリチャードらの担任であり、パーティーの現場監督もしていたので関係者とみなされ呼び出されたのだ。


「……」


 実際、アルベルトは件の騒動において関係者の一人である。


 教師となり十数年。意外なことにアルベルトには人に物を教える才能があった。学生時代の失敗を糧に不遜な態度と傲慢な考えを捨てた結果、顔もよく頭もよい若く人気の教師が出来上がりだ。


 不愛想な態度がたまに傷だが、元来の整った顔立ちと合わせるとそれくらいのマイナスは目立たないらしい。


 何よりアルベルトは人の欠点を見抜く優れた洞察力があった。この能力のせいで昔は、人の粗を見つけ出し誰彼構わず見下していたが、裏を返せばそれだけ相手のことをよく見ているということだ。


 見下すのではなく助言し弱点の克服に協力する。そうすれば、ただでさえ人気な上に優れた教育者として周囲に認められた。


 ただ、一つだけ問題もあった。それは女性不信になり、婚期を逃してしまったことだ。


 学生時代、アルベルトは女生徒からの視線を独り占めするほどの女性人気があった。けれど、彼女たちはアルベルトが失意のどん底にいるときになんら行動を起こさなかったのだ。それは、アルベルト自身が誰とも碌な交友をしてこなかった結果なのだが、それにしてももう少し何かあってもよかったんじゃないのかとも思う。好きだ素敵だと散々騒いでいたのなら試験を受ける前に助言の一つでもくれてもいいじゃないか。試験に落ちた時も慰めの言葉くらいかけても罰は当たらないじゃないか。


 黄色い声を出しながらずっと傍観していた、どころか試験に落ちた時には明らかに嘲っていた。そんな女性という存在に苦手意識ができてしまったのだ。


 そんなアルベルトに転機が訪れたのは3年前の話である。


 その年は王子や高位貴族の子弟といった特別対応が必要な生徒が多く入学する年で、学園側もごたついていた。その中でも要注意人物として認識されていたのが異色の経歴を持つ男爵令嬢アリスの存在である。市井で生まれ育った男爵家程度の娘を特別編入生として受け入れるなど伝統ある学園としては異例の決定だ。それを成した背景には、その娘、アリスの魔法適性が始祖と同じ失われた聖属性だという憶測があったからだ。


 始祖を特別視するのは、我が国の国民の常識でそこに貴賤は存在しない。その中でも特に始祖を崇拝している教会という組織が圧力をかけてきたらしい。当の本人は教会と繋がりはないようだが正式に学園で調査を依頼されれば無下にもできない。それに、その年は教会重鎮の息子も特別編入生として入学する年だったので学園側から監視が必要とされていた。


 そして、そんな面倒な生徒を一挙に押し付けられたのが若く対応力もあるアルベルトだった。


 内心、厄介事に巻き込まれそうで辞退したかったが、かつて自分を救ってくれた教師(今は出世して学年主任兼副校長をしてる上司)に懇願され断れなかった。


 予想は的中し、アリスとその周囲(主に王子たち)は騒動を頻発させ、後始末や隠蔽工作に奮闘する多忙な生活を強いられる事となる。


 最初の方はアリスが貴族の常識に不慣れで生活環境の違いによるちょっとした騒動で済んでいた。王子たちも比較的まともで物珍しさからだろうか、それとも純粋な優しさか、アリスに貴族としての振る舞いを教えていた。


 けれど、一年生の後半から二年三年生と年をまたぐ毎に素行不良が目立つようなる。相手が普通の貴族なら指導し最悪親を呼び出し指導するのだが、王子相手にそんな真似もできない。また、他の生徒の騒動にもいちいち王子が首を突っ込んでくるので同様に指導ができない。結果として隠蔽と後始末に追われる日々を送った。


 他の教師に支援を要請するも、やはり王族の肩書が恐ろしいのか積極的に関わろうとはしなかった。


 王子たちの素行は改善しなかったが、逆に騒動の中心にいるアリスだけは、王子たちの指導のたまものか淑女として完璧な振る舞いができていた。皮肉なことに最初とは完全に立場が逆だ。


 そうしてる内に卒業を控えた最後の年になった。生徒が卒業するで感慨深さよりも安堵が勝るようなクラスは後にも先にもここだけだろう。


 ……そうであって欲しい。


 学園の年中行事である魔物狩りで近郊の山に行った時に事件は起きた。登山の最中に急な嵐に襲われアリスと二人きりで山小屋に取り残されてしまう。


 密室で二人きりという状況は貴族女性にとって醜聞の元となるが、教師として生徒を守らねばならない時にそんな事も言っていられない。


 いつ助けが来るかもわからず、どちらもずぶ濡れ。このままではまずいと苦渋の決断で暖を取る提案をするアルベルト。普通の貴族女性なら拒否するか、後日慰謝料を請求するか、はたまた責任を取らされるような提案だったが、市井育ちが幸いしたのかアリスは文句も言わず提案を受け入れた。


 念のため記載するがアルベルトは教師として、大人として、間違いは犯していない。


 救出が来るまでの間、アルベルトとアリスは色々な話をした。


 嵐が止み救助隊により無事に救助され誰もかけることなく学園に帰還した。そして、学園に帰還したアルベルトは唐突に自身の恋心を自覚する。


「アリスこそが私の運命の相手! アリスと添い遂げることこそが何よりも優先される至上の喜び! そうだ、アリスと結婚しよう!」


 恋は人を変えるとはよく言ったもので、アルベルトはそれ以降まるで別人のようにアリスに執着するようになった。


 元々ポーカーフェイスで最近は王子たちの後始末に奮闘していた為、周囲とのコミュニケーションも少なくアルベルトの変容は誰にも知られことはない。


「アリスと結婚するのに一番の問題は、やはり王子たちだろう……どうにかして彼らを排除せねば!」


 少し前まではなぜ王子たちがこんなにも騒動を起こす理由が理解できなかった今は違う。彼らは自分と同じようにアリスに恋心を抱いている。


 彼らの身分と立場でアリスと添い遂げるのは難しい。けれどそこは王族と高位貴族だ。どんな手を使ってくるかわかったものではない。地方貴族の間では、見目麗しい町娘を強引に手籠めにする、なんて話が溢れている。


「このままではアリスの身が……!」


 一介の教師に取れる手段は限られている。仮に王子たちをこれまでの素行不良で退学に追い込もうとしても、各方面からの圧力で逆に自分が潰されるのは、目に見えてい。


 焦燥感にかられる日々を送ってる中、ある時、シーザーから断罪計画というなんとも馬鹿馬鹿しくお粗末でくだらない計画の相談を受ける。


 シーザーはかつてのアルベルトと同じで勉学に優れ学年主席の秀才だった。過去形である。素行不良の影響か成績は次第に落ちていき最終的には主席の座をアリスに取られていた。


 かつての自分を見ているようで一時はシンパシーを感じていたが……ここまで堕落しているとは思わなかった。


 そんな計画成功するはずがない。まともな思考をしていればわかるはずだ。原則として大人が介入できない学園のルールはあるがそれも限度がある。よしんば、その時は成功したように見えても大人が介入した時点でそんな浅はかな計画はとん挫する。ただ失敗するだけならいいが、最悪の場合は責任を取らされてそのまま勘当されても不思議では……ん? んん?


 その時、アルベルトの脳内に最高の閃きが過った。


 公爵令嬢の断罪云々はどうでもいい。アリスが嫌がらせを受けていたのは知っているし、許しがたいが、まだまだ許容範囲だ。何なら学生時代に自分が受けていた嫌がらせのほうが悪質だった。そもそもアルベルトが見た限りアリスに対する嫌がらせに件の公爵令嬢は関わってはいない。王子たちの勘違いか、ただの言いがかりだろう。


 重要なのは騒動を起こした彼らの処遇だ。


「貴族の中でも随一の力を持つローズフィート家の姫君を一方的に害したとなれば派閥を巻き込んだ騒動になるのは必然。流石の王子もただでは済まないだろう。シーザーに関しては論外で裏切りを許すほど大貴族は甘くない。ラルフ一人だけなら私の計略で排除するのは容易いだろう」


 邪魔者をまとめて排除できる。私は、彼らのお粗末な計画に陰ながら協力することにした。全ては愛するアリスと添い遂げるために。


 そして、私の目論見は成功した。


 王子は公爵令嬢に婚約破棄を言い渡し、シーザーが王子に協力しているのは誰の目から見ても明らか。ラルフに至っては、まさか公爵令嬢に暴力を振るうとは……おかげで私が手を下すまでもなくローズフィートが亡き者にするだろう。


 アリスの身柄が王宮に確保されたのは予想外だが、王子たちが主導し断罪事態にあまり関わっていないことから釈放される日はそう遠くないだろう。


 後は、この尋問会を無事に切り抜けられれば輝かしい未来が待っている。


「――ああ、待っていてくれアリス」


・・・


「何かおっしゃいましたか?」


 前方にいる案内人が立ち止まり振り向いた。私は首を横に振り先へと促す。一瞬だけ訝しんだように小首を傾げるが、案内人は何事も無かったように先を進んでいく。


 ……危ない危ない。私としたことが、気を緩めてはいけない。


 恐らく国王の思惑は王子を無罪にすることで、逆に宰相のローズフィートは娘の無罪の為、王子たちの責任を追及するだろう。


 私が取るべきスタンスは、あくま中立に見える宰相側。王子たちが主張する公爵令嬢によるアリスの虐めを否定し、婚約破棄が不当であると主張する。片方にしか流れていない小川に一石投じれば、後は宮廷スズメ共が勝手に騒ぎ出すだろう。


 パーティー会場で王子たちを止めようとした来賓の足止めをしたのが問題になるかもしれないが、私がいたのはパーティー会場の外。中の騒動には気が付かず、大人の介入を禁ずる学園の原則を守ろうとしたと主張すれば、多少の罰則は食らうだろうがそこまでの罪に問われはしない。


 より大きな利を得るためなら多少の犠牲は必要だ。


「ここより先は御一人でお進み下さに」


「はい」


 長い廊下をしばらく歩くと大きな両扉の前に到着した。案内人に一度礼をして扉に向き直る。すると、重々しい音と共に扉は開き、両隣にいる騎士により私の名が呼ばれた。


 赤い絨毯の上を進み玉座の前で跪き、貴族としての長い挨拶を交わした。


「面を上げよ」


「はっ」


 初めて聞く国王の声は厳かで自然と緊張してしまう。顔を上げると、もはや宮廷とは遠く離れた自分でも名前と顔だけは知っている我が国を代表する重鎮たちが揃い踏みだった。特に目を引くのは死神のような不気味で不吉な雰囲気を醸し出す瘦せ型の男と、活力が漲る赤くまるで炎を思わせる武人の姿だ。そして、そんな彼らの中央で威風堂々と玉座に座す男性こそ我が国の国王陛下だった。


 ゴクリと生唾を飲み込む。


「其方がなぜ呼び出されたのか理解しているな?」


「はっ」


 学園の教師は準男爵位の爵位を持つ。いわば下級貴族である。下級貴族は本来、国王陛下と言葉を交わすなんてありえないが、身分が上の相手の質疑応答はできるだけ短く簡潔にという宮廷マナーは変わらない。


 落ち着け。焦るな。機をうかがえ。


「では申し開きを聞こうか。監督役として此度の騒動をなぜ止めなかった? 我が臣下からの報告では其方に足止めをされたせいで騒動を諫める機を逃したと聞く。……なぜそのような真似をした? 貴様最初から此度の計画を知っていたな?」


 なるほど、最初にこちらの監督責任を追及する腹積もりか。そればかりか的確に確信をついてくる。けれど、最後の問いは恐らくブラフだ。疑いや疑念があろうと私は一切の証拠を残していない。並みの者が相手なら場の空気や彼らの放つ威圧感も合わさり動揺し白状するかもしれない。国王陛下にはそれだけの迫力があった。


「いいえ。お言葉ですが、私めは此度の殿下の計画について何も知りません。有志の皆様の邪魔をする結果になってしまいましたが、お恥ずかしい話あの時私めは会場で何がおきてるのか把握できず、必死の形相で会場へ乱入しようとする皆様を監督役として止めなくては考えた次第です」


「我が臣は、その場で其方に何が起きてるのか説明したと証言しているが?」


「はい。確かにあの時、皆様からそのような説明を受けました。しかし、常識的に考え、あのような祝いの場で、寄りにもよって殿下があのような騒動を起こしているなどと誰が信じるでしょうか。自身の浅慮を反省するばかりです」


 王子らの素行不良を知る学園の者なら「今の彼らならやりかねない……」と、答えるかも知れないが、これまで彼らの醜聞が出回らないように後始末と隠ぺいに尽力してきたのだ。学園の外の者ならまず私の話に耳を傾けるだろう。


「ほう……では、貴様は此度の騒動に一切関わっていないと?」


「はい。ですが監督役として責務を果たせなかったこと、まことに申し訳ございません。どのような沙汰も受け入れるつもりです」


 恭しく頭を下げ反省をしている、振りをする。アリスとの未来のためならいくらでも頭を下げよう。


「貴様の主張は理解した。これより審議に入る」


 国王陛下がそういうと、頭を下げているので見えないが誰かが口火を切ったようだ。


「アルベルトの主張には納得できる所がございます。大臣らの報告でも彼は会場の外にいて中の様子を知りえなかった可能性は高いでしょう」


「それに殿下がこのような騒動を起こすなど、私は今でも信じられません。なら、大臣たちの説明をうのみにできないも仕方ないとと思います」


「だが、実際問題アルベルトの邪魔が入らねばもっと早くに殿下を止められたのは事実ではないか」


「そうだ。……邪魔さえなければあのような蛮行が起きる前に殿下を止められていた……この責任は重いぞ!」


「そうはいっても、仮に責任を追及するとしてどのような法で裁くつもりなのでしょうか? 問える罪状といっても監督不行届きくらいでしょう」


「大臣の邪魔をしたんだ。公務妨害に相当するのでは?」


「公務……と言ってもパーティーに参加していただけですし微妙な所ですね」


「それに、あくまで学園の原則を守っただけだろう。これを罰して後々学園の原則を守らない教師が続出しても困るだけだ」


 意見は真っ二つに割れているが、若干こちらが優位と感じる。このままいけば御とがめなしで無罪放免になる可能性もあるだろう。


 そう期待していると、顔を伏せていてもわかる威厳に満ちた声が響いた。


「なるほど。そなた等の意見は分かった。ならば法的観念で考えればどうなる?」


「特に違反をしてる訳でもなく今のところ確実に罰せる罪状は公共行事での監督不行き届けくらいでしょう。罰則としても多少の罰金程度ですね」


 高位貴族の言う多少など信用できないが、まあ、許容できる。話の流れは悪くない。

 

「ですが、それはあくまで法的観念のみでの話です」


 ……なに? 風向きが怪しくなったぞ。なんだ?


「ふむ、それはどういうことだ?」


「教育者とは人を導き正しい道へ船頭する者達のことです。その役割は非常に大きく、何も勉学だけに留まりません。彼ら教育者の教えはその者の普段の行いに直結するのです。つまり、此度の騒動が起きたのも元はといえば殿下たちの指導が不十分であった何よりの証拠でしょう!」


 ……なんだと?


「ふむふむ、ならば此度の騒動においてアルベルトの責任はパーティーの監督役に留まらないと?」


「その通りです! むしろすべての元凶であると言っても過言ではありません!」


 ……ま、待て待て。なんだそれは!? ただの言いがかりじゃないか!!


「お、お待ちください!」


「ならぬ」


 思わず許可がないのに顔を上げ声を出しまった。


 四方に配置された騎士が臨戦態勢をとり腰の剣に手を伸ばす。カチャリと金属が鳴る音が聞こえた。


「っ」


 これ以上許可なく発言すれば切られてもおかしくはない。そんな剣呑な雰囲気を感じ言葉を飲み込み黙り込む。


「無礼者! 陛下の許可なく発言するとは何事だ!!」


「場をわきまえぬか知れ者が!」


 騎士たちからは殺気を向けられ重鎮たちからは罵倒が投げかけられる。


 ……なんだこの状況は? 私はどこで間違えた!?


 国王が手を挙げると、それまで口汚く私を罵倒していた声が一斉になくなった。


「さてアルベルトよ。貴様の責任は非常に重い。それが我らが下した結論だ。だが、儂とて息子の不始末の責を全て貴様にかぶせる様な恥知らずな真似はしたくはないのだ。だがかといって無罪放免にできるはずもない。故に、貴様には相応の罰を受けてもらう」


「そ、そんな……理不尽な……っ」


「理不尽で結構。そも王侯貴族など自分勝手で理不尽の塊のような存在ではないか」


「陛下、お言葉が過ぎます」


「フン、ともあれ、貴様の無責任で子供たちの未来が暗転したのは変わりない。……いいや、貴様は子供たちだけではなく我ら親の視界にも泥を投げつけてきた。儂は己が面目のためにも罪に対して相応の罰を下さねばならぬ。では、この者に相応の罰とはなんだ?」


「磔獄門、各種拷問器具は城の地下に用意できています」


「市中引き回しでも問題ないように馬の準備も万端です」


「ふむ……流石に命までは奪えんな。見たところ体も軟そうだ。肉体的を継続的に酷使する拷問は不可能だな」


「そういえば彼は未だに結婚歴が一度もないとのことです」


「ふむ?」


「事情はわかりませんが、一部で流れる噂では、成人女性に興味がなく学園の生徒や年端もいかない幼い娘に色情を催すとかなんとか」


「なんと!? それは誠か!」


「はい。そのような噂が出回っているのは真実です!」


「なるほど! ならば娘を持つ全国の親のためにもそのような変態は去勢してしまおう!」


「な……な……っ!?」


 目の前で何が起きているのかわからない。


 あまりにも軽く、残酷な、それがわが身に降りかかるなど考えただけでも悍ましい。


「お、お、お待ち……ください!」


「待たぬ。すでに罰は決定した。もう貴様に用はない。その者を地下に連れていき直ちに罰を実行せよ」


「はっ!」


 国王に向かって縋るように手を伸ばすが、途中で屈強なる騎士に阻まれ、二人がかりで引きずられるようにその場を後にする。


 必死に抵抗するも騎士の拘束は固く、逃れられない。


 無情にも謁見の扉は重々しく閉じていき、唯一この状態を救えるであろう国王の姿は見えなくなる。


「ああ、ああ……」


 そこからはどこをどう移動したのか覚えてはいない。まるで罪人のように無常に無慈悲にその場所まで運び込まれた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 そして――


















「ああっっー――――――――――――――――――――――――――!!!」


 その日、私は大切なモノと一緒に輝かしい未来を手放した。

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