学園教師アルベルト
卒業パーティーから数日後。
王都の情勢は、目まぐるしく変化していた。
国王が危惧した通り事件の詳細はすでに王都中の貴族の知る所である。どうにかまだ地方には洩れていないが、時間の問題だろう。
また政府から正式な発表がない状態で情報が出回った結果、貴族たちに大きな混乱が生じている。
「殿下は一体どうされたというのだ!?」
「なぜ筆頭貴族のローズフィートと敵対するような真似を」
「まさか、陛下と宰相の間に亀裂でも」
「馬鹿なそんな話聞いたことないぞ!?」
現国王を支持している国王派の貴族たちは現在王国で最大派閥を誇っており、大所帯だからこそ明確な指標がなければ一気に動きが遅くなる。派閥筆頭のローズフィート公爵と国王陛下から指示もなく、互いを牽制し合い、身動きが取れなくなる悪循環に陥っていた。
逆に、ここ数日活動を活発化させているのが国王派の対抗馬である純血派の貴族である。
王都にある屋敷の地下深く。一本の蠟燭を囲みフードで顔を隠した男たちが密かに集会を開いていた。
「……ここは攻勢に出るべきではないか?」
「そうだ、今こそローズフィートを蹴落とし我らが表に出るべきだ」
「今が好機だ!」
彼らの目的は、現政権で重要なポストを占める国王派に成り代わり実権を握る事である。
そもそも彼らは国王派に所属していた貴族たちで、現王国派同様に陛下に忠誠を誓っている。しかし、ある時、国王の政策に不満を持ち家臣として意見を進言したら、宰相により閑職に追いやられ、派閥を違えた人々の集まりだ。
「……だが、相手はあの死神だぞ? それに陛下と確執があろうと娘が排除されようと、あの忌々しい男には何らダメージはない。今動いた所で返り討ちに会うだけではないのか?」
「……」
「……」
「……ま、まあ、正式発表が出てからでも遅くはないだろう。仮に宰相が廃されれば我らは労せず目的達成に近づける」
「そ、そうだな。その為にも今は地力を高めようではないか!」
「この手で奴に鉄槌を下せないのは惜しいが……これも時代の定めだ!」
純血派の多くは、死神宰相の手により一度牙をへし折られた過去を持つ。そのため活動は活発だが今のところ実害はなかった。
目下最大の被害を出している派閥争いは騎士団で起きている。
王国第二騎士団宿舎の更衣室で3人の騎士が着替えていた。
「また第一と第三の連中が揉めたらしい。今度は分隊同士で乱闘に発展したんだとか」
「俺も現場に駆り出されたが、段々と規模がでかくなるな。かろうじて死者は出ていないが……それもいつまで持つか」
「あの……そもそもなんで第一と第三騎士団の皆さんは争っているんですか?」
「なんでってそりゃあ……ああ、そういえばお前まだ新人だったな」
「第一騎士団は騎士団長のモーガン系から派出した騎士で構成されていて、第三騎士団はローズフィートに組している西側貴族の縁者が多い。例の件でトップ2人の関係が悪くなりましたから」
「派閥のトップの仲が悪いと、自然と下も倣うものさ」
「派閥が関係ない無所属がほとんどの私たち第二騎士団にいれば馴染みがないかもしれませんが、騎士もまた貴族ということですよ」
「で、でも、第一と第三ってそれぞれ担当してる場所が違いますよね? 自分たちが市街地で、第一は城の中とその付近、第三は貴族街でって感じで別れてるのになんで勤務中に喧嘩が起きるんですか?」
「城と貴族街は密接してるからな。巡回中にばったりって感じだろ」
「……それにしては頻度が高くないですか? 仲が悪いならお互い巡回の時間をずらすとかして会わないようにすでばいいのに」
「そりゃあお前、わざとだな」
「え?」
「誰もが貴方のように建設的かつ平和的に物事を見てるわけではありません。職務に支障が来たすような不建設な行いと理解していても人は暴力に訴えるのです」
「要するにどっちも相手を殴りたいから、偶然を装ってお互いを探してるんだよ。だからわざと鉢合わせする時間とルートで巡回してるんだ」
「……そ、そんなんでいいんですか? 国を守る僕たち騎士が……」
「よくはないでしょうね。彼らを止めるために中立の我々が呼び出され、普段の業務が滞り、体力と労力は減り、疲労と生傷と始末書だけが増えていきます」
「ついでに給料は上がらねえし、怪我人が出ればその穴埋めで残業確定だ。こんちくしょうめ」
「じゃ、じゃあ、どうにかして止めないと……!」
「我々にはどうすることもできません」
「所詮俺たちはただの下っ端ってな。上の連中が落としどころを決めるまで現状維持だ。それでもどうにかしたいなら、お前が今すぐ出世して止めてきてくれ。騎士団長クラスになれば意見も通るだろ」
「いや、あの、僕まだ騎士団に所属して1年くらいの新人なんですけど……家だって名前ばかり立派な没落寸前の下級貴族ですし……」
「俺も似たようなものさ。政治だ派閥だって揉めてる連中の気なんて知らねえよ」
「我々にできる最善は事態が収束するまで死者を出さないことです。相手にも、もちろん自分もです」
「……うう、わかりました」
3人が制服に着替え終わったタイミングで、出動を伝える鐘の音が鳴り、続けて伝令の声が響く。
「東側貴族街で第一・第三騎士団が衝突! 目撃者によると双方抜剣している! 手の空いてるものは直ちに出動せよ! 繰り返す――」
「あーあ、とうとう抜いちまったか……これは最悪人死にが出るな」
「言ってる場合ですか!? 早く現場に向かわないと!」
「落ち着きなさい。緊急事態だからこそ万全を期すものです。貴方はまずヘルムをかぶり帯剣してください」
「言っとくけどお前の準備待ちだからな?」
「す、すいません! 今すぐ準備します!! ……て、あ!? 剣を武器庫から持ってくるのを忘れてました! い、今すぐ持ってきます!!」
「おーう、転ぶなよー」
「うわあ!?」
「て、言ってるそばから転びやがった……」
「はあ……仕方ありませんね」
王都の混乱が続く中、国王たちは密かに学園責任者の学園長、現場の責任者である学年主任、そしてリチャードたちの担任であるアルベルト教師を城に召集した。
・・・
学園教師アルベルトは、紫色の長髪に、いつも不機嫌そうに眉間にしわを寄せている学園の名物教師である。その整った顔立ちから女性人気は高く、されどその気難しい性格から敬遠されがちという、目立つ存在だった。
元々は王国南方の伯爵家の生まれで、家を継ぐことのできない三男だった為、学園の教師として王都に居住している。
そんな彼は、生まれて初めて恋をした。相手は、自身が受け持つ学園の生徒で、ここ数日王都を騒がす原因である男爵令嬢だ。
「ああ、アリス。待っていてくれ、必ずや……」
アルベルトは夢を見ていた。
――15年前。
学園の卒業を控えたアルベルトは、ある時、父親である伯爵に呼び出され実家の領地に帰宅していた。
旅の泥を落とし、身なりを整え、父の待つ執務室に向かった彼が聞かされたのは、長男である兄が正式に家督を継ぐという内容の話だった。
「どうしてですか父上!?」
話の途中にもかかわらずアルベルトは我慢できず声を荒げて伯爵に詰め寄った。間に執務机がなければ胸倉をつかんでいたかもしれないほどの勢いだ。
一方伯爵は、息子が何を怒っているのかまったく理解できないでいた。
「何がだ? というよりまだ話の途中だ。近々記念のパーティーを開くからその日はお前も」
「そんなどうでもいい話より僕の話を聞いてください!!」
アルベルトは、怒りに任せ執務机を乱暴に叩く。叩いた掌がジンジン痛むが今はそれどころではなかった。
「どうでもいいて……まあ、話したい事はほとんど言い終えてるし構わんか。どうせ学生なのだし服も制服で事足りるしな。それで? お前は何をそんなにいきり立っているんだ?」
「家督の話です! なぜ僕に相談もなく勝手に兄に家督を譲るなんて決めたのですか!!」
「なぜも何も当主が息子を後継者に選ぶなど当たり前の話ではないか。それになぜお前に断りを入れる必要があるんだ?」
「っ」
首をかしげる伯爵を見てアルベルトは内心で舌打ちをした。
(僕はあんな脳筋の兄たちより何倍も優秀だ。だから、学園を卒業して成人したあかつきには兄を蹴落とし僕が次の伯爵になるつもりだったのに!)
「……貴族は多くの人民の命を預かる重要な存在です。ならばこそ後継者は実力で決めたほうがいいと思います。どうかお考え直しください父上!」
アルベルトは優秀な少年だった。勉強が得意で学園での成績も主席。自他ともに認める秀才だ。……だから兄弟の中で一番実力のある自分こそが家を継ぐのが順当で、むしろそれが当たり前という風に考えていた。
けれど、伯爵の考えは違う。
「実力もなにも家督を継ぐのは長男だ。お前は何を言っているんだ?」
大前提としてアルベルトは三男で、上の兄弟は二人とも心身ともに健康、なら古くからの慣習通り一番最初に生まれた子供に全てを託すのが、伯爵の持つ当たり前の常識だった。実際、伯爵にも兄弟はいたが父親は迷うことなく長男である自分に順当に跡を継がせた。
「ですが……っ!」
「アルベルト」
悔しそうに顔を歪ませ尚も食い下がろうとする息子を見て、伯爵は優しく、そして厳しい声音で息子に話しかける。
「お前の考えてることは私には理解できんが、血を分けた兄弟として兄たちを支えてはくれないか? 兄たちは既に成人を迎え、結婚もしている。来年には子供も生まれる予定だ。我が家は順風満帆なのだ。今更不和を持ち込む気はない」
「っ」
言い切られた言葉に、もはや何を言っても無駄だとアルベルトは悟った。けれど、頭で理解できても、それで納得できるかと聞かれれば話は別だ。行き場のない感情が膨れ上がりアルベルトの表情を憤怒に染める。
「……それでは僕はどうすればいいんですか!!」
アルベルトは自分が伯爵になる事しか頭になかった。誰に相談するでもなく、当たり前のように訪れるであろう未来を夢想し、自分の中だけではすでに進路を決定してしまっていた。それが突然に進路を絶たれ、放り出され、どうしろと言うのか。
そんな心の底からの噴出した不満と怒りを内包した嘆きは、けれど、やはり、伯爵にはさして届いていなかった。
「だから兄を支えてくれと言ってるだろ?」
「僕にあんな無能共の下につけとおっしゃるんですか!?」
「実の兄に向ってなんという言い草だ。……どうしても家で働くのが嫌というなら我が家に取り込みたい貴族の家に婿養子として送る事もできるが」
婚姻による家の取り込み。いわば政略結婚は貴族社会では特に珍しくもない。普通なら送り出すのは娘だが、生憎と伯爵家には息子しかいなかった。息子たちの役割は、長男が家を継ぎ、次男が長男のスペアと補佐、三男以降はスペアのスペアとして扱われる。それも、順当に長男が家を継ぎ子供も生まれる今の段階では三男以降の息子は伯爵家にとって不必要となった。家にとどめておく理由もない。
「む、婿養子……? ぼ、僕が……?」
アルベルトは正しくその意味を理解し、呆然とした。
伯爵にしてみれば家の手伝いを拒否した不必要な子供を追い出すでもなく婿養子に出すというのは温情である。婿養子の立場は世間的に弱いが、伯爵の子供なら無下にも扱われもしまい。それどころか、家格は下がるがアルベルトの望んだ当主にもなれる。子供の将来と実益を兼ねた丁度いい落としどころだった。
「そんなの断固として拒否します!!」
けれど、伯爵の親心はアルベルトに届かなかった。そうなれば、眉をひそめるのは伯爵の方である。
「……ではどうするつもりだ? 言っておくがただ飯食らいを置くほど私は寛容ではないぞ」
「宮廷に仕官します!」
「宮廷だと……? 本気か?」
「勿論です! 学園の生徒である今なら在学中に宮廷仕官の試験を受けることができます。家に迷惑はかけません!」
伯爵は顎に手を当て考える。
宮廷の仕官試験は年に一度開かれ、受験するには受験料が必要だ。貴族令息であるアルベルトに貯金なんてものはないし、家からもこれ以上の不必要な投資はできない。けれど、学園に申請すれば在校生限定で受験料を免除される制度があった。本来は、家に財産がない下級貴族のための制度であるが、アルベルトが使えない道理もない。恐らく事情を話し申請すれば制度は適用されるだろう。
「お前の選択を尊重しよう。王宮に伝手が出来れば我が家に貢献もできよう。見事試験に合格し王宮に仕官できれば、援助金も出そう。だが、試験に落ちた場合と伯爵家の名を汚すような真似をした場合、援助は一切行わない。それでも構わぬか?」
「結構です。……後悔しても遅いですよ?」
「私が何を後悔するというのだ?」
「っ……そうですか! では僕は試験に向けて勉強をしなければならないので失礼します!」
そんな捨てセリフを残してアルベルトは早馬を走らせ屋敷から出て行った。
伯爵は執務室の窓から出ていくアルベルトの背を見つめ呟く。
「お前が思っているほど伏魔殿は甘くはないぞ。せいぜい鼻をへし折られて来るといい。……泣きついてきた時のために相応の仕事を用意しておいてやるか」
学園に戻ったアルベルトは、早速、受験料免除申請を行い試験に向けて猛勉強を始める。申請を行った際、担任の教師より図書室には試験の過去問題など有益な資料が置いてあると聞きここ最近のアルベルトは暇があれば図書室に日参していた。
すると、道中の中庭を通った時、姦しい声が聞こえてきた。
「アルベルト様だわ!」
「とても美しい御髪ですわね。わたくし嫉妬してしまいそうですわ」
「あら、そんなことおっしゃると婚約者様がまた嫉妬されますわよ。でも本当にお奇麗ですわね」
中庭では女生徒たちがお茶会を開いていた。実家の爵位も高く成績もトップで顔のいいアルベルトは女生徒からの人気が高く目立つ存在だった。
「……フン、くだらない」
けれど、当の本人は自分を肴に騒ぐ令嬢に辟易していた。
学園で最優秀を取ったことは、実家で立場が悪い三男のアルベルトにとって誇りだった。素晴らしいのは、学園での成績は生まれた順番などという不可逆のどうしようもない事柄に左右されず、己の努力と才能のみで評価されるという点だ。
しかし、いつの頃からか誇りは歪な形の拠りどころと成り下がり、アルベルトの性格を捻じ曲げた。自分より成績の悪い者を見下し馬鹿にする悪い意味での実力主義者。それ故、アルベルトの周りには人がいない。
基本的に学園の令嬢の成績は男子より低い。にも関わらず彼女たちは碌に努力もせずお茶会などという無駄な行いに時間を浪費している。そんな令嬢をアルベルトは嫌悪すらしていた。
「男に媚びを売らねば生きる事もできない連中が……!」
何より気に入らないのは、彼女たちのような努力もしなければ才能もない連中の将来が確約されているとい所だ。先ほどの会話でも出たが学園の女生徒の多くは在学中には婚約を済ませ、そのほとんどが卒業と同時に結婚する。
自分の中で決まっていた将来を理不尽に取り上げられたアルベルトにとって、将来が決まってる能天気な令嬢たちは、そこにいるだけでも煩わしい存在だ。
「くそっ」
アルベルトの悪態は幸いにも誰の耳にも入らなかった。
アルベルトが足早に去った中庭では、先程までの姦しさが嘘のように令嬢たちは声を潜め内緒話に花を咲かせていた。
「……それにしてもアルベルト様は残念でしたわね」
「ええ……噂によると宮廷に仕官するために今度試験を受けるそうよ。何かの制度を使うとかなんとか……先生と話していらしたらしいわ」
「やはりどんなに見目がよろしく、優秀でも、アルベルト様はご長男ではございませんからね」
「爵位もなければ土地も財産もない。……流石にそのような男性と添い遂げる勇気はありませんわよね」
「遠くで見守るのならアルベルト様は最高の御仁ですけど……ねえ?」
「そうですわね~」
貴族の令嬢は別に馬鹿なわけではない。むしろ、結婚して他家に嫁ぐことが前提の彼女たちは深い教養と思慮深さが求められ、いざというときには夫の代わりに家や領地の管理をする実務能力も必要とされている。ただ、成績の良すぎる女性は男性から嫌煙されがちなのであえて、テストや試験に身を入れず、貴族女性として何より重要な社交に力を入れているのである。
最初から戦う場所が違うだけで、彼女たちもまたアルベルト同様に優秀な生徒である。それどころか貴族として考えればアルベルトより遥かに優秀だった。
自分を囃し立てる令嬢を嫌悪し、自分より成績の低い男を見下し、周囲に人を寄せ付けないアルベルトはその事実に気づいていない。もしも、気が付いていればこの後に待ち受ける悲劇を回避できたかもしれなかったのに
試験日当日。筆記試験に手ごたえを感じつつ、アルベルトは面接官の青年を前にしていた。
「悪いんだけど君、不採用ね」
「は?」
挨拶もそこそこに面接官から告げられた言葉に、意味が分からず唖然とするアルベルト。
「ど、どういうことなんだ!? ぼ、僕が、この僕が不採用って……だって、筆記試験の結果は!!」
筆記試験が終わった後、自己採点を行ったが間違いなく高得点のはずである。ケアレスミスや名前の書き忘れも何度も確認したはずで、アルベルトは筆記試験で自分が落ちるなど微塵も考えていなかった。
「うん。筆記の点数はよかったね。流石は学年主席」
面接官の肯定で、やはり自分にミスがなかったと確信する。けれど、それならなぜ、と疑問がふつふつと沸き上がる。
面接官はそんな今にも殴りかかってきそうな形相のアルベルトを見やり、めんどくさそうに頭をかいた。
「でもね、ぶっちゃけるとさ、ここってそういう所じゃないんだよね? わかる?」
「ど、どう、いう……?」
面接官の意味の分からない言葉に、沸き上がった怒りよりも疑問のほうが強くなり、アルベルトは口をぱくぱくとさせフリーズした。
そんな少年の見て面接官は小さく「まじかよ……そこから?」と呟き、心底めんどくさそうに説明を始めた。
「宮廷で働くには資格が必要だ。身分の保証だったり実力だったりね。だから保証も実力もない見ず知らずの人間をポンポンと採用することはできないわけだ」
「な!? 僕は伯爵家の――」
「はいはい落ち着いて。話は最後まで聞こうね。君の実家のことくらい把握済みだから。こっちが言ってる身分の保証っていうのは、出自云々じゃなくてこの王都で君の事を保護してくれる後ろ盾がいますかってこと」
「う、後ろ盾……?」
「そう後ろ盾。パトロンとかでも可。君が仕官を目指してる宮廷って場所は常に派閥ごとに争ってるような恐ろしい所でね。上は息のかかっている派閥メンバーをどうにかして他の派閥より多く宮廷に仕官させたいわけ。特にここ最近は宰相様を筆頭にした国王様の派閥と、その他の派閥が激しく争ってるから尚更だね」
「……」
「君の実家の伯爵家は王都に勢力を持たない地方貴族で、宮廷の派閥争いとかにも参加してないでしょ? それにどこかの派閥の息がかかってるわけでもないし、そういう所のお嬢さんと縁組する訳でもないんでしょ? ……今更無所属の新人とか雇うメリットってなにもないんだよね」
アルベルトにとっては、何もかもが寝耳に水の話ばかりだった。逆に面接管は、学園で社交を積めば当たり前のように仕入れられる王都の情勢についての情報を得ていないアルベルトを見やり、密かに評価を下げた。
どうせ結論は変わらないので今更評価云々なんてどうでもいいが仮にこの世間知らずの少年を正しく面接したとしても結果は変わらないだろうと思った。
「しかし、しかし、僕は優秀な成績を収め実力を!」
「あのね?」
尚も食い下がろうとするアルベルトの言葉を切り、面接官はため息を吐きながら残酷な事実を告げる。
「今の王都じゃあさ、そういうの関係ないの。実力っていうのも実務って意味じゃなくて今日までに相応の支援者を見つける政治力を指してるの。……来年までにそういう人を見つけるか、派閥争いが落ち着いたらまたいらっしゃいな。いつになるかは知らないけどね」
面接官の知らない事であるがアルベルトには今年しかチャンスがなかった。
実力さえあればどこだろうとのし上れると信じていた。宮廷で役人になってのし上がり、自分を捨てようとした父親も、それ以外の全てを見返そうと、華々しい未来を夢見ていた。
けれど、現実はどこまでも残酷で非情だった。
周りよりただちょっとだけ頭のいいだけの子供が自力でやっていけるほど世間は、社会は甘くない。そんなのは当たり前だ。親から支援を受け、手取り足取り面倒を見てもらっても失敗して挫折する新成人なんて星の数ほど存在するのだ。
ならばこの結果は、不運だった訳でもましてや誰かのせいでもない。ただの必然なのだろう。
「そういう訳だから、この結果を謙虚に受け止め、これからの活動に取り組んでいただければ幸いです。前途ある若者の今後のご健闘を心よりお祈り申し上げます」
面接官が手元の鈴を何度か鳴らすと屈強な騎士が二人現れアルベルトの両脇をそれぞれが持ち出口に向かって歩き出した。
「ま、待ってくれ! まだ話は――」
「待ちません。生憎とこっちも忙しいんだよね。縁故採用とはいえ、最低限の礼儀作法が出来てない人を合格にする訳にもいかないし、不採用の君よりもっと時間をかけたいからね」
すでに面接官はアルベルトに視線すら向けてはいない。次の面接の資料を見ながら、ぞんざいに言いのける。
「っ」
そんな自分に一切の興味を持たない面接官の態度は、ただでさえ夢を砕かれ親から捨てられそうになり傷ついていた自尊心を完膚なきまでに砕いてしまった。
その日、アルベルトは初めて挫折を経験した。