ラルフとアイゼン。モーガン家の事情 完
王都にある屋敷は領地にある本邸と違いそこまでの大きさはない。そんな風に謙遜をして見るが、実際には周囲に侮られないように侯爵家相当の大きさはある。内装にも気を遣い、普段は使わないような部屋なんて物さえこさえている。
この部屋もその1つだ。壁一面は本棚となっている。背表紙の題名のほとんどは魔物の生態や戦術に関する指南書である。
普段から掃除くらいしか人の出入りのない書庫はあまり公言出来ない話をするのに都合が良かった。
私の目の前には青痣や切り傷を治療した跡が残るラルフがいる。
本気で殴ったのにたった数日で完治するとは、生命力も人一倍という事か。厄介な奴だ。
「嫡男としての身分を剥奪した上で開拓団に参加してもらう。質問意見抗議は一切受け付けない。何か聞きたいことはあるか?」
淡々と告げる内容は私としては不本意な話だ。しかし、それも仕方がなかった。結論を言えば私は目の前にいる息子の殺害に失敗したのだ。
貴族の間で不審死が起こるのは暗黙の了解としてある。家の恥となる不出来者を身内が始末しているのだ。だが、だからといって公的機関がまったく動かないという事もない。
特にここは王都であり、公的機関の管理も私が担っていないので不備が生じる。
それでも無理をして、捜査に来た役人に金を握らせれば当たり障りのない報告書を上にあげてくれるのだが、今回は明確な殺意がある事を第三者に知られてしまった。
言い訳をするわけじゃないが、あまりに頭に来ていて自制が効かなかったんだ。今では猛省している。
せめて護送が帰ってから事を起こせば万事抜かりなく済んだのにと。
「……」
「人が聞いているのに無視すんじゃねぇ!」
「ぐほ!?」
開拓地送りを告げたラルフは不貞腐れた顔で口をつぐんでいた。その態度が気に入らず、私はラルフを殴り飛ばす。
壁に激突したラルフの上に衝撃で落ちてきた本が山の様に積もっていく。
やったか? などとは思うまい。この程度で死んでいれば苦労はない。
「痛ってえじゃねえか!?」
案の定、本の山から元気な姿で生還しやがった。ッチ。
「というか無視もなにも、親父が許可なくしゃべるなって言うから俺は――」
「誰の許可を得て口を開いてる馬鹿息子!!」
「理不尽!?」
もう一度殴り飛ばす。今度は入り口の方向に吹っ飛んで行った。
ちなみに理不尽なことなど何もない。しゃべるなという命令に背いたお前が悪い。ボケている訳ではない。ただの確信犯なので悪しからず。
「こ、このクソ親父、ぐふっ」
「だから私の許可なく口を開くな愚か者。それとももう一発食らっておくか?」
恨み事を呟くラルフの胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。すると、すぐ後ろから咳払いが聞こえた。
入口の近くには私を監視するためにずっといた家令の男が冷めた目でこちらを見つめている
「当主様、お戯れはそこまでにしてください」
「ッチ」
「ぐふ」
今ラルフが死亡すれば疑いの矛先は私に向き、逮捕などされれば家にとって不利益となる。その為家人連中は私を止めるためにあの手この手で邪魔をしてくる。
胸ぐらを離し元の位置に戻る。仕切り直しだ。
「本来ならここで息の根を止めてやりたい所だが、国の上層部が混乱している今、余計な荒波を立てる事はできない」
「だからってなんで開拓団なんだよ! ふざけんな!」
「ふざけるなはこちらのセリフだ、馬鹿者。お前を野放しにする事もできないが、これ以上家で面倒を見る事もできない。なら、どこぞに送り出すしか選択肢がないのだろうが」
自分の手で抹殺できないのなら公的にすればいいのだ。
開拓地送りはその手の話では一般的な手段の1つだろう。
「俺にはやらなきゃいけない事があるんだ! そんな事してる暇ないんだよ親父!」
「拒否権はない。何をやりたいか知らないがモーガン家の後ろ盾のないお前では何もできん。仮令ここで逃げ出しても引き上げてくれる者はいないと思え」
「それでもアリスなら」
アリスという名前に私は反応する。もちろん、表に感情を出すような無様は晒さない。
その名前の少女と直接の面識はないが、王城では彼女とその周辺の話で持ちきりだ。随分と色仕掛けがうまく、もしかすると別の国から来た工作員の可能性があると。
傾国なんて呼ばれるほどの手練れは数少ないが、それ以下の男を手玉にとり破滅させる悪女の話ならどこかに転がっている物だ。
女に傾倒しすぎて身持ちを壊したり人生を棒に振る男たちは貴族だろうが平民だろうがどこにでもいる。
そういう女相手に悪い意味でも良い意味でもモーガン家の血を色濃く継いでいるラルフを篭絡するのはさぞ簡単だっただろう。
大人である教師や、王子達までもが篭絡されたのは驚いたが、所詮は酸いも甘いも知らない子供のする事なのである程度は仕方がないと思っている。
だからと言ってしでかした事の規模を考えると同情の余地などないが、ないのだが、これも慣例だ、仕方ない。
「……喜べ、条件付きで恩赦を出す事になった」
「恩赦?」
「開拓地を準男爵クラスの領地へしてみせろ。そうすれば再び息子として遇するし次期当主の身分も返還しよう」
「な、マジかよ!?」
驚くラルフの顔には希望があった。
開拓地送りはあくまで私刑ではなく禊ぎという意味合いが強く、送り出す場合は恩赦を出さなければいけない。
「事実だ」
「準男爵くらいなら……よし、分かったぜ。行ってやるよその開拓団とやらに! そんでもって絶対に俺は戻ってくるぜ、待っていてくれよアリス!」
頭の中が花畑の阿呆を憐れに思う。
伝える事は伝えたのでこれでこいつともお別れだ。いや、まだだな、そういえばこいつにはまだ用があった。
「それと最後に確かめたいことを確認させてもらう」
「なんだよ?」
ラルフとの距離を一瞬で縮め腹部に向かって拳を繰り出した。
「な!? いきなり何を――」
驚きながらも腕をクロスさせる事で私の攻撃を防いだ。
じわじわと強化していきそのまま押しつぶす勢いで拳を押し付ける。
すると、ラルフを守る全身に張り巡らされた魔法防御の膜が攻撃された個所に集中していく。
それを確認しながら今度は、目視できない速度で肘を曲げたショートパンチを頭部に向かって振りぬいた。
「あ――?」
首がこきりと斜めに曲がったラルフは何が起きたのか理解できていないようで目を白黒させながら倒れた。
ぴくぴくと体が痙攣しているが意識はない。
「当主様一体何を!?」
「騒ぐな。ただ気絶しているだけだ。確認も終わった。邪魔なのでそいつをさっさと馬車に乗せて連れて行け」
家令は一瞬何か言いたげに私とラルフを見比べるが、結局何も言わず意識のないラルフを運ぶ為に人を呼んだ。
ラルフが運び出される様子を視界の端に捉えながら拳の感触を確認する。
奴の魔力防御は強力だ。特に本人の意識が向かない攻撃にも作用するし、意識が無くなった後でも魔力が続く限り発動するのは酷いと思う。
だが、こちらも百戦錬磨の戦士だ。一度戦い更に考える時間があれば攻略法の1つくらいは思いつく。
検証してみたがどうやら有効のようだ。これでもしまたラルフと戦闘になっても苦戦する事はないだろう。
「あ、あの父上、兄上は大丈夫なのでしょうか?」
ラルフの去った書庫には私ともう1人の人物がいる。ラルフと同じ赤い髪をしているがその見た目は正反対で、筋肉質なラルフと比べて体の線が細い。筋肉もなければ身長も低く顔立ちも幼い。一見すると女子と見間違うような風貌をしているのは私の2番目の息子であるアイル・モーガンだ。
アイルは兄の乗った馬車を心配そうに見つめ呟いた。
「自分で蒔いた種だ。どうなろうとも自業自得だろう」
「そんな……」
元々仲の悪くない兄弟だった。アイルに武の才能がない事から家を継ぐのはラルフだと本人達も周囲も思っていたので後継者争いがなかった事もよかったのだろう。
私が冷たく突き放せば悲しそうな顔をして俯いた。その姿は心優しいというよりも弱弱しい。項垂れる背中がなんとも頼りなく感じる。
「自業自得の兄を心配するよりもアイルお前はもっと自分の事を心配しなさい。ラルフ亡きあとモーガン家の次期当主はお前なのだから」
「兄上はまだ死んでませんよ!? そ、それに、開拓団が成功すれば嫡男にお戻りになるのですよね?」
「ああ、準男爵規模の領地を開発出来たらな」
「なら、兄上はいずれ戻ってきてくれるはずです!」
そう主張してくるアイルだが、ラルフもそうだが準男爵を舐め過ぎではないだろうか?
いや、実際に侯爵家である我が家からすれば成り上がりの地方貴族である準男爵は戦力も資金も土地も弱い雑魚であるが、それでも数万人いる平民の中でも幸運と実力とカリスマに恵まれた傑物たちだぞ。
開拓団から始まり準男爵にまで上がるには本来なら数十年から数世代規模の時間と労力が必要だ。
優秀な人材を惜しげもなく投入し、適切な資材を適切に運用し、それらを維持できるだけの豊富な資金がある侯爵家ならともかく、ただの力が少し強いだけの何もないラルフでは到底成し遂げられない成功だ。
「ああ、約束は守る。だが、アレが戻って来たとしても戻らなかったとしても当主候補を空席にはできない。一度席に座れば相応しい立ち居振る舞いが求められる。それは分かるな?」
「は、はい……」
兄が戻ってくる事はないだろう。もしかすればさっきの邂逅が永遠の別れになるかもしれない。
不安そうに今にも泣きだしそうなアイルにそんな現実を突きつける事は不要だろうが、後数年もすればおのずと理解するだろう。
「……アイル、お前は母に似て心優しく慈悲深い。されど、世の中には諦めなければいけない事も多くある」
「父上は兄上が失敗すると思っているのですか?」
「可能性は低いと見ている。それでも時の運が巡り、私では計り知れない才覚を持っていれば数年から数十年の間に準男爵クラスの領地を一代で持つ事も可能だろう。それが不服ならお前が当主となり兄を引き上げればいい」
「はい……分かりました」
アイルは悲しそうに眉尻を下げながらもどうにか納得をした。それでいい。そのまま当主教育を受け、モーガン家を継いでくれ。
これからお前は適性の低い武家の当主としてあらねばならない。それは茨の道だろう。
その時になればきっと私を軽蔑する。兄を、家族を捨てた私を。
それでも私はこうすることしかできないのだ。
妻の事は愛している。息子たちにも私なりに愛情を注いで来たつもりだ。だが、それでも私が一番に優先させるのは家族ではなく国の平和なのだ。
酷い父親だろう。軽蔑されても仕方がないな。
だがな、アイル。私はそれでも息子たちを愛している。だからできるだけお前たちに余計な荷物を背負わせたくはない。
ラルフはきっと失敗する。開拓地で魔物相手に無双ができても開拓本来の目的を果たせる才覚はないだろう。
ならばこそ、奴は必ず略奪をする。
そうなれば大義名分を得た私は賊討伐として今度こそラルフをこの手で殺すことになる。許せとは言わない。理解しろと言っても難しいだろう。
国にも家にも弟にも不利益を与えるラルフは決して生かしてはいけないのだ。なんとしても私の手で不始末は片付ける。
そう決意をした。とはいえそれはきっとまだ先の話だ。まずは目下に迫った戦の話をしなければならない。
「アイルよ、我々にはまずやらなければいけない事がある。近く控えたローズフィードとの戦だ」
「……その、戦は本当にしなければいけないのでしょうか? 兄上がいけない事をしたのは理解できます。なら謝罪して慰謝料を払えば」
陛下と公爵が裏で取引をした事をアイルは知らない。その事実を知っているのは私を含め3人だけだ。
この戦はローズフィードが周囲に力を示すための報復戦。その結末は我らの敗北である事は既に決定されている。もし何かの間違いで覆るようなことになれば、それこそモーガンの終わりだ。
勝てぬ戦ではない。勝ってはいけない戦なのだ。
次期当主である事が半ば内定しているアイルにもこの事実は知らせねばならない。
「なぜそのような……」
事情をかいつまんで話せばアイルは驚愕に目を見開く。
「これも平和の為、ひいては国の為だ」
私の言葉では到底納得できない。そんな顔をしている。
「納得できないのは解る。だがこれも政治なのだ。我らは負け戦に挑みその上でできる限り家への損害がないように動かなければいけない。それが当主であり領主である私の勤めであり、それを補佐するのがお前の役目だ」
「……はい」
「さぁ、戦の準備を始める!」
手を叩き暗い気分を吹き飛ばす。開戦は遠いように見えて間近に迫っている。くよくよしている暇はないのだ。
次回予告。
ラルフが目を覚ますとそこは未開の土地だった。何をしていいのかさえ分からないラルフはとりあえず魔物を倒す事を率先した。
その時、彼のもとへ現れたのは1人の少女だった。
次回、『ラルフの開拓地珍道中』
み~んなで見てね!




