ラルフとアイゼン。モーガン家の事情 その5
今回予告
補導された息子に父親は鉄拳にて制裁を行う。
そこに優しさはなかった。
巻き起こるDV。
困惑する周囲。
不良息子の言動に父親はある決断を強いられた。
今回『一方的、殴り合い』
この次も、サービスサービス!
以上、次回予告ならぬ今回予告でした。それでは本編どうぞ。感想お待ちしております。
「痛ってぇな……いきなりなにすんだよクソ親父!」
殴り飛ばした息子は地面を弾みながら吹っ飛び、噴水を破壊した。人体で地を弾むとは非常識な奴だ。
「うるさい。何をしているはこちらのセリフだ馬鹿息子」
「はぁ? 意味わかんねえよ!」
「そうか、分からないか……では死ね」
もはや言葉など不要だ。お前が愚行を犯した瞬間から私のやるべきことは変わらない。国を乱す愚か者は誰であろうとも私が殺す。
さっきの一撃は魔力で拳を強化した私に出せる最強の攻撃だ。右頬に打ち込み、常人ならそのまま顔を潰し命を消していた。
だが、ラルフには目に見えるダメージは少ない。ならば一撃でダメなら殴り続けるのみ。
ラルフの元まで走り懐に入り込む。
「っ」
驚愕に目を見開くラルフを無視して先ほどとは逆の左頬を殴りつけた。勢いのままもう片方の拳で顎下を打ち抜く。
ラルフの体が真上に飛んだ。
落下するラルフに向かい腹に2発、顔面にもう1発を叩き込む。
「ぐっは……クソ親父本気で殴りやがったな!!」
「あれを食らっても無傷か……」
やはりラルフにダメージはない。もはやただ頑丈というだけでは説明がつかない。
「……」
自分の拳を見つめる。
殴る時に少しだが違和感があった。あの壁を殴りつけたような感触、あれは魔力防御の反発だ。
魔力防御。
薄い膜を体に纏わせ防御力を上げる魔法の上級技。本来は集中していても難しいのだが、どうやらラルフは無意識にそれをしているようだ。
「無意識か、ただの脊髄反射か……どちらにしても天賦の才だけは私以上という訳か」
その才能、武人として惜しくないかと聞かれれば嘘になる。けれど、どれだけの値打ちが息子にあろうとも、もはや意味はない。。
むしろ、自分の身は守れても国を守れない騎士とか普通に要らない。
私の心が変わる事はない。
「よくわからねぇがそっちがその気ならこっちだってやってやるよ!」
闘志をむき出しにしたラルフが拳を握る。
流石は親愛なる我が友の妹にして最愛なる我が妻が生んだ子供だ。才能もあれば気概もある。これから経験を積み成長すれば私をこえる騎士にも成れただろう。
だからと言って生かす理由にはならないし殺さない理由にもならないが。
家庭事情と国家問題では比べる指標が違いすぎる。
「無駄だと思うが覚えておくといい。私にはこの世で嫌いな物が3つある。1つ目は虫、2つ目は平和を乱す敵、そして3つ目は平和の価値を理解できない馬鹿だ。お前は私を怒らせた!」
「うおおおおおおお!」
互いに引かない激しい殴り合いだ。
速度のある私の攻撃をラルフは躱す事はできない。殴った時の衝撃はある程度あるはずなので無傷とはいかないだろう。タネさえわかればラルフを攻略する事は容易い。
要は防御が追い付かないレベルで殴り続ければいい。
一方で、私は一切の防御をせずラルフの攻撃をすべて受ける。それは自分に課した贖罪であり教示でもある。
時折反撃してくるラルフの攻撃は中々の破壊力がある。私は攻撃特化型の戦士なので防御は苦手だ。
手数は多くとも受けるダメージは私の方が多いだろう。
だからどうした?
どれほどこの身が傷つこうとも、膨れ上がるこの怒りが、すべてを燃やし尽くす。痛みなど感じはしない。
「おらぁ! これでどうだ、少しは落ち着いたかクソ親父!」
「……」
ラルフのカウンターが私の鼻頭にぶつかる。唇に伝う生温かな感触、口の中に広がる鉄の味、どうやら鼻血が出たようだ。
鼻血を流した私を見てラルフは攻撃の手を止めた。愚かな事だ。
「フン!」
「ぐ、があああああああ!?!?」
戦いの最中に油断するとは笑止。それも、自分を殺そうとする者の前で攻撃の手を緩めるなど反撃してくれと言っている様なものだ。
ガラ空きだったラルフの股の間を蹴り上げる。どんなに防御を固めても男である以上そこへの衝撃は相殺される事はない。
「貴様が何も考えずに生きてきた平和を守るために我々がどれだけ苦心してきたと思っている? これまでどれだけ血を流してきたと思っている? それを、よりによって我が息子が……クソが」
青い顔で震えながら股間を押さえる愚か者を見下し吐き捨てる。
「王家と公爵家の婚姻さえ成功すれば諸問題の多くが解決した。有力な新興貴族は既に取り入れた、離反していた古き貴族とも和解がなされるはずだった。争いのない平和な国になるはずだった。国は安泰なはずだった……その全てが貴様らの馬鹿げた行いでなくなろうとしているんだぞ!」
中腰のラルフの頭上にかかと落としをする。碌に栄養の通わない軽い頭はそのまま地面にめり込み石畳みに罅を作り出す。
そのまま潰そうとしたのだが、残念だ。まだ魔力防御は顕在か。
「くっ……何が安泰だよ、ふざけんな!」
ラルフは万力のごとし力で踏みつけている足を握ると、地面から徐々に顔を上げてゆく。半分くらいまで上がった顔が斜めに傾き目が合った。
迫力はあるし眼力もある。でも、そこには殺気がなかった。ならばそれは野生の獣以下の飼い犬の不貞腐れだ。
真の英雄は目で殺すというがこれが英雄になる素質を持ちながら道を違えた愚か者末路か。その姿に情けなさすら感じ始めた。
「あのクソ女がどれだけ非道をしてきたか親父は知らねえから言えるんだ! あいつが王妃になんてなればそれこそこの国は終わりだ!」
吠えた内容は国と貴族の本質を理解していない戯言。善性などではない自分勝手で独りよがりの思い込み。
イザベラ嬢の学園での行いはよくしらないが、彼女には価値があった。血筋や家柄だけではなく令嬢として女性として国母としての価値だ。
現在の社交界を支配しているのは壮年の貴婦人達だ。
戦争で夫や息子が返らぬ人となり周囲は敵だらけ、身内も家を乗っ取ろうと卑しく画策する。そんな中で家を守るために奮闘した彼女達は非常に強く厄介な存在である。
国を支えてきてくれた彼女達にそんな事を言うのは罰当たりかもしれないが、あの我の強さだけはどうも苦手だ。
逆にそれができなかった家は滅ぶか乗っ取られ貴族家として幕を閉じていた。
淘汰され研磨され結果として強者だけが残った。それが今の社交界の現実である。隣国の姫でありしっかりとした教育を受けた王妃様も彼女達を前にしてやり込められる事があるほどだ。
イザベラ嬢はそんな気丈な貴婦人を相手に攻勢に出て勝利をもぎ取れる強い女性だった。
貴婦人達の間でも夫や子供を死に追いやった敵国の血を目の敵にする者は少なくない。誰もが認め、なおかつ王子を支えられる女性は今の王国にはイザベラ嬢しかいなかったのだ。
相手の問題ではない。情勢と時世の問題で彼女以外の候補がいなかったのだ。
「あいつは取り巻きを使ってアリスを虐めてきた悪魔のような女なんだ!」
「それがどうした」
だから多少の問題があった所で問題にはならない。
「……は?」
呆けたラルフは力が抜けていたのでもう一度地面にめり込ませる。
「ぐっ」
「妙計の1つや2つ貴族ならできて当然。悪魔のよう? 結構な事だ、国を守るために必要なのは力のない言葉でもましてや思想ではない。時に非情になれる決断ができるかどうかだ」
虐め云々はともあれ、邪魔ものを排除する決断ができるなら問題はない。貴族を手足の様に使う素質があるのは喜ばしい。
むしろ、私は王子殿下にこそ、そういった資質があればいいのにと常々思っていた。まぁないものは仕方がない。ある所から賄えばいい。私は彼女にそういう期待をしていたのだ。
「な!? 本気で言ってるのかよ!?」
「無論だ」
「そんなの……狂ってやがる」
未熟故の正義感とでもほざくつもりか? ……そも絶対的な正義なんて物はこの世界のどこにもないというのに馬鹿じゃないのか? ああ、馬鹿だったな。認めよう。私は息子の育て方を間違えた。
これほどの素養を持ちながらこれほどの愚か者に育ててしまった事を後で天上の友に謝罪しに行こう。
なんならその時にこいつの亡骸も持っていこう。
「時に常軌を逸した決断を選択できない者が平和なんぞを謳えるものか! 綺麗ごとだけではこの世界では生き残れない。平和って奴はそんなに安くないんだよ!」
ラルフの頭をつかみ放り投げる。放物線を描きながら落下するラルフの着地点に向かい拳を振り上げた。
何度も何度も。殴る、殴る、そして殴る。
頭を胴体を四肢を背中を所狭しと殴り続ける。
倒れそうになっても襟をつかみ引き寄せて殴る。
次第に抵抗は弱くなる。それでも殴る。
瞳から光が薄れてゆく。たまに蹴りつける。
「何を寝ている!」
本格的に意識を手放そうとしていたので叱咤と共に頭突きをした。フラフラしているし瞳孔が開いているが意識は戻ったようだ。
「くっ……それじゃあ、殿下の気持ちはどうなんだよ、殿下はアリスの事が好きなんだ、あの女じゃ」
ここまで言い含め殴り続けてもほざくか。どこまで私を失望させれば気が済むのだ。
「貴様こそ何を狂っている? 個人の事情と国の平穏を天秤にかけるな。それが王子だろうが、いいや、王子だからこそ国に全てを懸けないでどうする? 我らの血肉、魂に至るまで国に捧げてあると知れ! それが王侯貴族の在り方だ!!」
パリン
ついにこの時が来た。私の拳がラルフの腹に当たると同時にラルフを守っていた魔力の膜が崩れていく。
「……魔力切れか。ようやく防御が消えた」
これでもう、ラルフを守る存在はなくなった。今度こそ必殺の一撃をもって我が息子の命を刈り取る。
「さらばだラルフ、平和の敵よ。いずれ私もお前と同じ場所に落ちるだろう。恨み言はその時にでも聞いてやる」
国を乱したお前も、かつて地獄を作り出した私も向かうあの世は同じはずだ。
魔力を練り上げ拳に凝縮させると、赤く揺れる魔力のオーラが拳に纏わりつき幻想的に光り出す。
我が一族を象徴する赤い髪が風に揺れた。
決別の一撃を今ここに。平和を乱す敵を穿つ業火を顕現させる。
燃えろ、我が身よ燃えろ。燃やせ、我が敵を燃やせ。
「……止めだ!!」
拳を振りかぶる。敵を穿つ業火の拳は――けれど、届く事はなかった。
・・・
「おやめください団長!」
「それ以上やれば彼が死んでしまいます!」
静止を呼びかける声に体に纏わりつく確かな質量。それが合計6つも私の体の自由を奪う。
「離せお前ら、人様の家庭事情に他人が口出しするな! 護送が終わったのならさっさと帰れ!」
私の邪魔をしたのは、ラルフを護送する為に遣わした騎士団の騎士達だった。
「この状況で帰れるわけないでしょう!?」
「彼への処罰は自宅謹慎です。騎士団長と言えど正式に辞令の降りた命令を無視すれば罰せられますし、我々も見逃す事はできません!」
私も必死だが彼らも必死だ。
しまった。
ラルフが逃亡しないように、この屋敷の中で確実に仕留められる様に、付けた見張りが仇となった。
せめて彼らが帰るまで我慢するべきだった。迂闊!
「どこの家でも不審死なんてあり触れているだろう!」
「それはあくまで暗黙の了解的なあれですし、というか、目の前で殺人が起これば見逃せませんよ! 人道的にも法律的にも!」
苦し紛れの言い訳なんで本職である彼らに効くはずもない。さしもの私でも鍛え上げられた騎士を複数相手に力で押し勝てる訳もない。
それでも私はやらねばならない。どうにか前進する。
騎士達が纏わりついた衝撃で地面に落ちたラルフに向かって腕を伸ばす。殴り殺せないのなら絞め殺せばいいだけだ。
「誰か人を呼べ! この大変な時に騎士団長を罪人として捕まる様な事になれば取り返しがつかないぞ! 何としてでも御止めしろ!」
「誰でもいいからこい! お前たちの当主が乱心しているぞー!」
だが、騒ぎを聞きつけた屋敷の守衛たちがぞろぞろとやって来た。
最初は唖然としていた守衛も事情を理解すると私を止めるために纏わりついてくる。お前ら、当主の邪魔をするつもりか!
何? お家騒動を諫めるのも家臣の仕事、主が罪を犯そうとしたら諫めるのも我らの役目だと?
……ちくしょう正論だ!
こうなっては、ラルフをこの手で殺す事は不可能だ。
「くそがああああああああああああああっ!!」
絶叫が屋敷を揺らす。
悔恨の叫びが木霊する。
……ああ、無念なり。




