ラルフとアイゼン。モーガン家の事情 その4
当主である父を失い、同時に多くの家臣も戦死した先の戦は我々にとって大きな打撃となった。
まだ若輩の私ではそのまま隊を率いる事は不可能で、結果、部隊は解体、再編成を余儀なくされた。
当然、新たな部隊の総大将は私ではない。
目に見えて冷遇されるわけではないが実質の左遷だ。後ろ盾を失った貴族なんてそんなものだろう。
問題があるとすれば、父の仇を討つためには私自身がまず出世をしなければいけなくなった事だ。敵は万を率いる総大将。対峙するにはこちらも相応の力をつけなければいけない。
私は中隊の隊長として任務に就いている。
今いる場所はローズフィード領の主戦場から大分離れた深い森の中だ。
敵の小隊がこの近くで目撃され、調査並びに討伐が私の任務である。あえて言うまでもないが、これは雑用に類する仕事である。
仕方がないとはいえ、孤立無援の肩身の狭さが身に染みる。
「隊長、こっちの道は塞がっています。迂回しなければ部隊が通れません」
「そろそろ食料が厳しくなってきました。どこかで補給をしなければ」
「隊長! ちょっと向こうを偵察してきます!」
それとは別に部隊の運営もめんどくさい。部下たちは何をするにも指示を仰いでくるし命令をしないと動こうとしない。それは軍隊として正しい事なのだろうが、めんどくさい物はめんどくさいのだ。
「はぁ……友よ。お前が側にいてくれない事が悔やまれるぞ」
我が友はアレで人を使うのが私よりもうまかった。もし、友がいてくれたらもっとうまくできていた事だろう。
……いいや、よそう。これは惰性だ。『もしも』や『もし』なんて事は人生において有益な思考ではない。
どんなに辛い現実でもありのままを受け入れよう。差し当たってまずは、補給の問題をどうにかしなければ。
とはいえ、ここは森が深い辺境の地。人里がなければどうする事もできないが。
大きな戦のあとはたまに本陣とはぐれた迷子が発生する。連中の多くは自分がどこにいるのかもわからず、野垂れ死ぬか賊徒化するのが一般だ。
死んでいれば手間がないが、賊となった場合は厄介だ。最悪の場合では補給路などを襲われる事もある。
そんな連中を追っていると山や森の中を中心に探索するので部隊の疲労が目に見えている。どいつもこいつも死んだ魚のような目をしてやがる。
さて、どうしたものか。
「隊長―! 少し遠いですが小規模な村があります!」
悩んでいると、やたら元気な部下が報告してくる。さっき偵察に行った奴だ。
「そうか、では今日はその村で休息をとる事にする。隊が到着するまでに先触れを出しておけ」
「はっ!」
村を見つけた隊員に交渉事が得意な者1人と荒事が得意で顔に圧がある者2人を送り出す。
戦時中とはいえ辺境の小さな村だと我々に協力的ではない事もしばしばある。彼らも日々生きるのに精一杯なので分からなくもないが、国を守るためにはこちらも譲る訳にはいかない。
交渉から脅迫になる事も多い。正規兵が4人もいれば最悪の場合でも軽く制圧できるだろう。
「おお! 久しぶりにまともな場所で寝られそうですね!」
隊員達の目に生気が戻る。
「できれば補給もしたい所だが、ここいら辺の村では期待はできないか」
あまり期待はできないが、それでも屋根のある所で寝れるだけでも朗報だ。
心なし軽い足取りで先触れを追いかけ行軍する。
森を抜けると開けた場所に丈夫な柵で周りを囲った村が現れた。
簡素な村で、予想通りと言えば予想通りの辺境の開拓村だ。
開かれた門をくぐり村の中に入るとまず目視できたのは大樹だった。大樹を中心に家が建てられている様な構造だ。
その家の中からは人の気配が感じられた。恐らく、我々に怯えて家の中に閉じこもっている村人がいるのだろう。
まとわりつくような視線は恐怖半分好奇心半分といった所か。
大樹がある場所は開けた広場になっている。そこに先触れ達に囲まれ委縮している老人の姿があった。
「お前がこの村の代表者か?」
「は、はい。村長をやらさせていたただいてるもんです」
老人の足がガタガタ震えているのは老いだけが原因ではないないだろう。屈強な兵士4人に囲まれ威圧を受けている。可哀そうだとは思うが、交渉を円滑にするためには致し方ない。
「我が部隊は侵略者共を追っている。しばらくの間この村で世話になるつもりだ。騎士として協力を要請する」
要請と言ってもただの方便だ。拒否権はない。拒否をした瞬間には国に反意を持っていると難癖をつけて力ずくで要求を通す流れになる。
この村長が良識か空気を読む力があれば断りはしないだろう。こちらとしてもできれば、彼らには善意の協力者であってほしいので断らないでほしい。
「は、はい、それはもちろんぜひともご協力させてください…ですが、何分なにもない村でございまして、その、食料などもあまり備蓄がなく、その」
「心配は無用だ。こちらの方にもまだ余裕がある」
嘘である。けれど、わざわざ不安を煽る事もない。どちらにしても徴収する時はするのだし不誠実でも彼らの安心の為に方便を使わせてもらう。
「其方らには薪と水場、それから家を数軒拝借する」
「それでしたら何とか……すぐに準備をさせます」
「こちらの方からも人を出そう。すぐに取り掛かれ!」
「はっ」
部隊に命令を出し、できる限り1人1人に役割を与えていく。軍隊は疲弊すると暴徒化しやすいが規律と風紀の維持は役割を与えれば多少は保てるものだ。
特に自分の食い扶持や寝床がかかっていれば真剣になるのでなおよし。
「隊長」
「敵軍の痕跡は見つかったか?」
「村の中を見てきましたが怪しい所はありません。村の周りを見てきた連中もそれらしい痕跡は確認できなかったみたいです。今のところこの村は安全ではないかと」
同じ国の同じ民でもそれを理由に信用を置くことはできない。一見して協力的でも敵と内通しているという事も戦場では起こりうる。
村の外を知らず、世界の中心が村の中だけの彼らにとって自分達の生活を保障してくれる者は絶対だ。
小賢しい敵だとそういった習性を利用し自分達の協力者に仕立てる。逆に愚かな味方は人の利を見失い無意識に彼らの生活を脅かしてしまう。
自国の民だから味方である。そんな考えではいけない。
「油断はするな。ローテーションを組み周辺から探索を続けよ」
「はっ」
近くに敵がいるとしたら奴らもいずれこの村を見つける。その時、連中がどのような行動をするのか分からない以上、村の人々には我々の協力者でいてもらう。
全体へ指示を出し持ち場の仕事が終われば休むように命令した。そうすると一番最初に手が空くのは私である。
この後に見回りと最終的な確認をしなければいけないので暇というわけではないが、少しの空白時間に休息をとる事は悪い事ではない。
大樹に背中を預け腰を下ろす。村の中心であるこの場所なら周囲の監視をしながら休息もできるだろう。
「ふー……指揮官がここまで疲れるものとは昔は思いもしなかったな」
誰も近くにいないから言える愚痴だ。
これまでの上官達や父上、兄上がどれだけ偉大だったか今になって知ることができた。それ自体はよかったといえるが、精神的な疲労は行動派の私にとって思の他苦痛だった。
友がいてくれたら、父上や兄上が健在なら。そんな女々しい想いが浮かんでしまう。情けない話だ。
疲れているのだろう。それがわかっていながらも、弱った心というのは厄介だ。どこまでも思考がよくない方向に向かってしまう。
彼らを守る事ができなかった。
立場、実力、状況。どれも私がどうすることもできなかった問題だ。それを理解しながらも後悔があふれ出す。
パキ。
その時だ。木の枝の折れる音がすぐ近くから聞こえた。
「誰だ!」
油断をしていたとはいえ、これほど近くに人がいるのに気が付かないとは不覚だ。
剣の柄に手を添え、いつでも抜ける体勢をとる。
「ひゃう! す、すいません、わたし、その」
そこにいたのは少女だった。年のころは10代半ば。村長と似た服装をしているのでこの村の娘だとわかる。
「何か用か?」
「は、はい……あの、家の準備ができたとお知らせを。それと、こ、これ騎士様方に良ければとおっとうが……あ、いえ村長がお渡しするようにって」
村長の娘らしい少女が手渡してきたのは木の器に入った白い液体だ。ヤギの乳かとも思ったが、ドロリとしているそれは私の知らない何かだ。
「これは……なんだ?」
「この村唯一の甘味です。たくさんあるわけではないので全員にお配りできないのですけど、隊長さんにどうぞと」
心づけの一種と理解した。
相手にもよるが、こういったもてなしは素直に受け取らなければいけない。同時に、こちらからも隊の者に無用な狼藉をしないように命じないといけない。
それ自体は元々するつもりだったのでいい。大事なのは私が彼らのもてなしに満足して行動を起こしたというポーズを見せる事だ。
間違ってもここで断ったりすると彼らの協力は著しく下がる。
「感謝すると伝えてくれ。いただこう」
器を受け取り少量を口に含む。
毒の味はしない。むしろ、ほんのりと甘く疲れた頭に丁度いい栄養だった。
「ほお……確かに甘いな。それにこれまで飲んだ事のない味付けだ。これはどういう飲み物なのだ?」
「これは樹液とあるものを混ぜて作ったジュースです。あ、ちょうどここにもいました!」
そういって少女は大樹の根元を軽く掘り起こすと何かを掴んだ。それを私の目前に見せ笑顔で言った。
「この芋虫と樹液を叩いて混ぜて作ったジュースです!」
「んぐっ……ゲホゲホ!」
咄嗟に吐き出しそうになったがどうにか我慢した。が、変な所に入ったのかむせ込んでしまう。
「大丈夫すか騎士様!? いきなりせき込んでどうしたんですか! み、水を……あ、このジュースを飲んでください!」
「い、いや大丈夫だ。本当に大丈夫だから気にしないでくれ……そのジュースは君が飲むといい」
戦場では常に食事との決戦だ。
兵糧がしっかりしていればいいが、いざとなればなんでも食らう覚悟は必要だし、これまでにも到底人には言えないようなゲテモノを食った事もある。
だが、それと虫は話が違う。虫は食い物ではない。あんな物を食うくらいなら木の根を齧った方がまだましだ。
木の器を娘に返すと娘は喜びジュースを飲んだ。
「え、いいんですか! わーい、ありがとうございます!」
ごくごくと勢いよく虫入りを飲み干す姿に軽く引く。
別に不味かったわけではないが、それ以上に生理的嫌悪を感じありていに言えば気持ちが悪い。
寝床の準備ができあたようなので早々に寝よう。そしてすべてを忘れよう。私は虫など食べていない。そうだ、そうに決まっている。……うぷ。
「さ、さて、私は隊に戻るとするから君も家に戻るといい」
「ぷはぁ。はいです。ごちそうさまでした騎士様!」
器は空になっていた。娘は元気よく走り出すと満面の笑顔で去っていく。そして、しばらく進むと振り返りこう言った。
「騎士様わたしたちの事をいつもお守りしてくれてありがとうございますだ」
「……おかしな娘だ」
騒がしい娘の背を見送り呟く。けれど、悪い気分ではなかった。そして、彼女の最後の言葉が私の中で何回も反復する。
これまで私は何も守れていないと思っていた。失ってばかりでどうしようもない自分に嫌気がさしていた。けれど、そうか。
「私は誰かを守る事ができていたのか」
彼女の言葉は私にとってこれ以上ない救いとなった。
・・・
「おかしい。痕跡が途中で途絶えている……」
敵軍の痕跡を見つけた。村から距離のあるその場所に向かい隊を動かす。けれど、その痕跡は不自然に途中で途絶えていた。
嫌な予感が頭をよぎる。
大抵こういう場合はなんらかの罠である事が多い。周囲を警戒しながら周りを調べさせると、突然、部下の1人が空に向かって指さした。
「アイゼン隊長煙があがっています!」
「狼煙か?」
伝令が出せない時の伝達手段として狼煙はよく使われる。使われ過ぎて敵味方どちらの狼煙か判断できない時があるぐらいに。
その為、我が国では特殊な塗料を使い狼煙に色を付けている。もしも赤色ならどこかの部隊の救難信号だ。
「いいえアレは黒煙です。狼煙ではありません!」
「あの方角には村が……」
「っ全体続け! 引き返すぞ!」
村には3人の部下を残した。
だが、急いで村に戻ったがすでに手遅れだった。
村の周囲に張られた柵は壊され家は燃え黒ずんだ焼け残りから煙が出ている。
「村の男衆のようです」
家の隣には死体が山のように積み重なっていた。火を放たれ、焼け残ったのか燃え尽きる事のなかった人の肉が焼ける異臭が漂う。
「アレット、ライズ、アバ……」
部下の1人が残した3人の名前を呟いた。その視線の先に彼らはいた。
激しい戦闘を彷彿させる生々しい傷跡。3人は鎧をはがされ首に縄を吊るされ木の上から垂れ下がっていた。
「……」
部下の亡骸を前にふとあの少女の顔がちらついた。自分達を守ってくれている。そう感謝の言葉を告げてきたあの少女の亡骸はまだ見つけていない。
死んでいたのは男だけで、そこには不自然なほどに女性や子供の遺体がなかった。
「隊長! こっちに来てください!」
広場から声が聞こえた。声を辿り震えそうな足に活を入れ向かうとそこには女子供がいた。
「あ」
痛ましい顔をした部下は大樹の前で立ち暮れている。
「こいつは酷い」
「これじゃあまるで見せしめだ」
「まるで、ではなくまさしく見せしめだ。見てみろ、我が国の旗をわざわざ打ち付け十時に切り刻んでいる」
その通りだ。これは我が国に、我々に対する見せしめだ。奴らはもっとも分かりやすい方法で我々に敵意を伝えてきたのだ。
「あ、ああ」
刻まれた我が国の旗。木からつるされた女たち。そして……足元にはあの少女が虚ろな目をしながらこちらを見ていた。
首だけの姿で。
私は、また、守れなかった。
「あああああああああああああああああっ!!」
ぷつん。
慟哭と共に何かが切れる音がした。それがなにかはわからない。でも、それはきっと切れてはいけないものだ。
ああ、でも、すべては手遅れだ。何もかも手遅れだ。
私は覚悟を決めてしまった。
お前たちはやってはいけない事をした。なら、自分達が同じ事をされても文句はないだろう。
だってこれは戦争なのだから。
心臓が熱いドロリとした感情に塗りつぶされる。悲劇はこれからも終わらない。けれど。
――地獄が始まった。
「敵だ、逃げろ!!」
「王国軍だ!」
孤立した敵部隊を発見。それを包囲殲滅した。
日が沈んだ後の奇襲により敵の指揮系統は麻痺。逃げる敵を斬り殺した。
「坊ちゃんここはあっしらに任せてお逃げください!」
「そんな、お前たちを見殺しにはできない!」
逃げ惑う敵の中で幼い騎士を逃がそうとする者がいた。
「邪魔だ」
「ぐはっ!?」
「爺や!? 貴様よくも!」
その者を切り伏せると騎士が向かってくる。なのでそいつも殺した。
「あ――」
頭上から刃を振り切り首を落とす。2つに別れた幼い騎士はそれで息絶えた。
――地獄は続く。
「ッチ、敵に囲まれたぜ」
「そのようだ。だが俺達2人が背中を合わせて戦えばどんな相手にも負ける訳がねえぜ!」
「その通りだ戦友! てめぇらここを通りたくば俺達を倒していきやがれ!」
戦場で敵部隊を孤立させ包囲した。
生き残った連中の中に2人だけ異常に強い騎士がいる。彼らはお互いの背中を守り一進一退の攻防をつづけている。
「槍を持て」
私は馬上から長槍を投擲する。魔力による身体強化で勢いを増した槍は真っすぐに敵の1人へと向かっていった。
「ぐあ!? なんだこ――」
「ぐはぁ!?!?」
槍は正面の敵の胸に貫通しそのまま、背中を預けるもう1人も貫通させ串刺しにする。
「くそがぁ!」
「ああああ!!」
断末魔を残し2人の敵は息絶えた。
――地獄は続く。
行軍中。敵の部隊と鉢合わせ戦う事になった。数の上ではこちらが有利でじわりじわりと追い詰めていく。
不利と見た敵の指揮官は私に対して一騎討を申し込んで来た。そんな事をせずともこちらは勝利できるが、あえて受ける。
敵も相当の技量を持っていたのか戦いは思いのほか時間を要したが、それだけだ。
実力差の通り、大番狂わせもなく勝利したのは私だった。
「くっ、すまない弟よどうやら俺はここまでのようだ……ぐはっ」
胴を切り裂いたのにまだ息があり何かを呟いていた。止めを刺すために喉に刃を落とすと息絶えた。
――地獄は続く。
「うわあああ――! 王国軍が出たぞ! みんな逃げろ!」
「村が、儂らの村が焼かれる……」
「誰か、誰か助けて、私の子供がまだ家の中にいるの!?」
「無理だ……もう燃えちまってるそれより早く逃げ――」
燃えているのは敵国の領土にある村だ。この村は補給路の1つになっている。
家々は焼き、男も女子供も関係なく村人は皆殺しにする。これで、この補給路の復興はできない。
――地獄は続く。
ついにこの時がやって来た。
戦場で向かい合うのはあの日見た怨敵の姿。我が父の仇である敵将の男だった。
「……」
「……」
周囲では敵と味方入り乱れての戦いが繰り広げられている。その中で、我々の間には静寂が支配していた。
何を合図にした訳でもなく、私と敵は同時に動いた。
「はあああああああ!」
「せいやああああああああ!」
剣をぶつけ合う。その度に雷鳴がとどろく。どれくらいの時間、戦っていたのか分からないがその時は唐突にやってきた。
「はああああああああ!! 父の仇覚悟!!」
「ぐっ……無念」
私の剣が男の体を貫いた。剣を引き抜くと男の胸から鮮血が周囲に舞う。倒れた男は虚ろな瞳で曇天の空を見つめ、そして息絶えた。
男が完全に死んだ事を確認し、万感の思いで空を見つめる。
「父上。仇は討ちました……これでようやく全てが終わ」
「お父様!」
その時だった。
敵国の少年兵が男の元へ駆け寄って来た。
「ああ、お父様! そんな、血が止まらない! クソクソクソ!」
少年は男の傷跡に手を当て血で汚れる事も厭わず止血を試みる。
だが、それは無駄だ。その男は既に事切れている。
そんな事を思いながら少年を見つめていると不意に目が合った。
「貴様よくもよくも! この恨み絶対にはらしてやる! お父様の仇を取ってやる!!」
憎しみの籠った眼。情けなくも泣くことしかできない姿。それはまるでかつての自分だ。仲間を失い、友を失い、家族を失ったかつての自分。
そして、その憎悪の瞳の先にはこれから地獄を作り出す自分の姿が見えてしまった。
その時、ふと思い出す。
あの時、今殺した男に復讐を誓った時に奴が掛けてきた言葉を。
『おい小僧、そこから先は地獄だぞ』
意味が解らなかった。でも今なら分る。
「ああ、その通りだ。お前の言葉は正しい。ここには地獄しかなかった」
復讐を終えるまでにどれだけの地獄を見てきたか。ここまで来るためにどれほどの地獄を生み出してきたか。
それがわかってしまった。理解してしまった。なら、もう見逃す事はできない。
「必ず、必ずお前を殺して」
「おい小僧」
必死に呪詛を吐くかつての自分を、いいや、敵を見据える。
「お前はこの先地獄を見る。いいや、地獄を作るんだ。それは私が保証してやる。なんならお前の父親も同意するだろう」
なぜ男が私に言葉を向けたのかは分からない。もしかすると彼もかつて同じ様な経験をし道をたどったのかもしれない。
先達からのありがたい言葉だ。もしもその結末を知らなければ私も同じ情けをかけていたかもしれない。
「だから私はお前を殺す」
「っ」
少年が武器を構える。いいだろう。抵抗するのは当然だ、当然の権利だ。
「お前が作る地獄は我が国に降りかかる厄災だ。ならば見過ごす事はできない。許せ、などと言うつもりはないさ。恨んで当然憎んで当然。自分を殺す相手を擁護なんてできるはずもない。だから頼む。どうか、どうか我々の為に死んでくれないか?」
「……」
一瞬の静寂。わなわなと少年の手が震えている。
「ふざけるな! そんな意味の分からない理由で殺されてたまるか――!!」
激昂した少年は私に向かって斬りかかる。大人と子供でリーチは違う。発展途上な子供と自分のスタイルを確立させた私では技量も違う。
少年の刃が私に届く前に、私は少年を斬った。父親である男の血が乾かぬ剣で斬り殺した。力なく倒れる少年の体は父親の死体と重なる。
「お、おとう……さ……ぐはぁ……地獄に落ちろ、くそやろう……」
最後の力で振り絞ったのであろう。そう言い残すと少年の体は冷たくなる。
空からは大粒の雫が降りそそいだ。
「落ちようにもここは既に地獄だ。人が作り出した最悪の地獄なんだよ」
――地獄は唐突に終わりを迎えた。
戦地から帰る時、荒れ果てた大地を見た。
領地に戻り戦死者たちを弔った。泣き崩れる家族を見た。
その時からだ。もう2度とこんな悲劇を繰り返してはいけないと思ったのわ。平和を保つ事こそが生き残った自分がやらなければいけない義務なのだ。
だが、私には戦う事しかできない。どうすれば平和を守れるのかが分からない。
その答えはもう少し先の国王陛下の戴冠式で得ることができた。
私にできるのは戦う事だけ、ならば戦う事で平和を守ればいい。世界を平和にする事はできずとも敵を倒す事で自国を守る事はできるはずだ。
今ある平和を乱すものは何人たりとも許しはしない。例えそれが身内であろうとも。




