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ラルフとアイゼン。モーガン家の事情 その1

 賑わう城下町ではここ最近とある噂話が蔓延し始めた。


 平民にとって貴族や王族、国の変事は戦のような目に見える変化がない限り関係のない出来事だ。

 けれど、今回は少し事情が違う。

 本当なら今頃は王子の結婚パレードが開かれお祭り騒ぎになっていた頃である。


 パレードの準備には多くの平民が携わっている。

 町の治安を守るためには騎士だけでは足りない。なので、平民の兵士たちに当日は道の封鎖や見回りなどの仕事が割り振られる。


 露店商やらこの期に商売を計画していた商人たち。パレードには興味後なくとも祭りを楽しみにしていた者。王都以外からもたくさんの人々が押し寄せる予定だった。


 それが、突然の中止。それも、理由を訪ねても役人は教えてくれない。


 不穏に思う者が出ても仕方ない。


 そこから、お貴族さまと取引がある豪商が鋭い嗅覚で貴族の混乱をおぼろげに理解した。

 後は話は早かった。豪商と関係のある商会や下請けに話が漏れ段々と広がって行く。


 今では街の片隅から主婦たちの井戸端会議でも嘘か真かわからない噂話がささやかれるようになった。


 それはさておき、城下町に広がる不安の種とうって変わり、王城には久しぶりの平穏な時間が訪れていた。


 混乱の中心が不在の為、城の中に怒鳴り声が広がる事はない。

 文官も騎士も側仕えも使用人も自分たちの仕事を実直にこなしてゆく。これこそが王の住まう城の本来あるべき姿なのである。


 そんな平和な城に異変が起こっていることを多くの者は知らなかった。


 城の最上階、王の執務室で奇声を発しながら奇妙なダンスを踊る男がいた。


「ひゃっほーい!」


 彼こそはこの国の国王その人である。国王は目覚めたときから自分の体の変化に気がついていた。


「久しぶりの気分爽快じゃあぁ!」


 頭を痛めたリチャードをどこぞの子牛のようにドナドナ送り出し、面倒事から解放されたなんとも心地のいい爽快感。


 体は軽くまるで羽のよう、心は熱く燃え上がるよう。

 これはもう踊るしかないじゃろ。踊らぬ馬鹿がいるものか、踊った方がばからしい?

 同じ馬鹿なら踊らねば損じゃ!


「……」


 踊り狂う儂を見て、側近たちは白い眼を向けてくる。けれど、あえて無視をする。


「ひゃっほー……ごふっ、ごふっ!?」


「気は済みましたか? よければお水でもどうぞ」


「う、うむ……」


 側近に差し出された水は程よく冷たい。いい仕事じゃ。


「年甲斐もなくはしゃぐからですよ」


「だって、久しぶりのノンストレスじゃったんじゃもん!」


「……いい歳した大人がもんとか言わないでください陛下」


 苦言が飛んでくるが許せ。儂は昨日まで激務をこなしていたのだ、徹夜だったのだ。これくらい浮かれても仕方がないのじゃ。


「殿下が遠征に向かわれたのですから心配ではないのですか?」


 一息ついた所でそんな質問が飛んで来た。質問をした側近の顔には不安の文字が張り付いている。

 その気持ちは痛いほど分かる。


「あ奴がおかしな真似をしないかは心配ではあるな」


 せっかく人が整えた場をまた荒らさないか心配だ。


「そういう事ではなく、殿下の身の安全という意味ですよ」


 なんだ、そんなことか。


「どうせ、この時期にやってくる海賊など小国の小競り合いが始まるまでの食いつなぎにやってくる傭兵共じゃろ。多くとも50そこそこしかおらんだろ」


 南の海域に海賊がやってくることなど季節の風物詩みたいなものだ。

 連中は小国のいざこざに参加していた傭兵、それも大した活躍もできなかった雑魚集団である。


 大陸全土を見れば戦なんてごまんと存在している。その中でも小国同士のいざこざなんてよくある話だ。


 かつての我が国と隣国の戦はお互いが十分な国力を持っていたから長引いたが、小国となればそうもいかない。

 時季によっては戦よりも収穫に精を出さないと国が飢えるし、冬場に燃やす燃料がないから戦は中断する。


 そういった季節に収入を失った傭兵共は戦で活躍していれば貯えで次の戦まで面白可笑しく時を過ごし、そうでなければ食いつなぐため賊へ成り下がる。

 要するに雑魚である。


 ただ、連中は馬鹿で愚かで野蛮ではあるが小賢しくもある。


 標的にするのはいつも小さく辺境にある集落で、略奪の限りを尽くすだろう。けど、領地全体を見た時の被害額は大した事もない。

 むしろ、賊を討伐するために騎士団を派遣すると赤字になる。

 本業が傭兵なので季節が変わればどこぞの戦場へと移動するし、その戦場で命を落とすかもしれない。

 仮に討伐しても次の年には代わりの連中が現れる。


 貴族が本気を出せば必勝は確実だが、なにか私怨でもない限り地元の領主でも討伐するよりやり過ごす事を選ぶ、そんな迷惑だけの連中だ。


「近衛に加え正規兵1000人、兵士6000人をつけた。必要に応じて現地で募集した民兵も加わるだろうし、軍資金も余分に渡している」


 まさに、獅子はウサギを狩る時でも全力を尽くすじゃな。

 ぶっちゃけ過剰戦力甚だしい。これで敗北することなど万が一にもないだろう。


 まぁ、それでも千の強者を率いた一人の愚者が部隊を壊滅させた歴史もちらほらとある。だが、その点も抜かりはない。


「それに名目上の総大将はリチャードだが、実権を握る指揮官は遠征に慣れている第5騎士団副団長シンゼンじゃ。どんな無能でもただ座っているだけで成功する討伐の何を心配しろというんじゃ?」


「それはそうですが……絶対なんて言葉はこの世のどこにもありはしませんよ」


「成功の為に最善を尽くし絶対に限りなく近づけることはできる」


 過剰戦力を与えた儂が言うのもあれだが、過保護な連中だ。というよりお前らはもっと心配する事があるだろ。


「それよりも問題なのはこの遠征が確実に赤字になる事じゃろ」


「……頭の痛い問題です。もう少し兵を減らす事は出来なかったのでしょうか?」


「武勲が金で買えるのなら安いものだと諦めよ」


 大軍を派遣するだけで連中は腰を抜かして逃げるかもしれない。けれど、今回はローズフィードに向けての武勲稼ぎが主な目的だ。

 逃がさないように確実に包囲殲滅するには必要な人数だ。


「……これでローズフィードは納得するでしょうか?」


「それは交渉次第だろう。うまい騙し文句でも考えておけ」


 側近は不安げだ。赤字の上、目的が失敗した事を想像すれば頷けるが、勝算はある。

 正確な数さえ漏らさなければ、リチャード率いる部隊が南の領地を困らせていた海賊集団を討伐したと、耳心地のいい脚色はできるだろう。

 南の領主と西のローズフィードは交流も少ないのがうってつけだ。


「御意に……まぁ、殿下が戻ればまたお説教の毎日でしょうし存分に羽を伸ばしてください」


「おいこら、現実を叩きつけてくるな。儂はもう少しこの気分を味わいたいんじゃ!」


「さようですか。つかの間の平和をお楽しみください」


「だーかーらー、そういうのやめろと言っとるだろ」


グチグチと側近達と言い合いをしてしばらくすると、遣いの者が戻って来た。


「陛下、馬車の用意が整いました」


 リチャードを王都から追い出したこの隙に、儂はとある人物と面会の予定を入れていた。


「そうか。それでは行くとするか。はた迷惑な幼馴染に会いに」


 忠義の為に儂を裏切った馬鹿者との面会だ。


「リチャードがおらん間に面倒事はさっさと済ませるぞ」


 向かう先は国内最大級の貴賓牢、建物全体を白く塗られた飾り気のない塔へ。


 一方その頃、王都から馬車に揺られ最寄りの港に向かったリチャード一行は移動手段を海路に変え南へと向かっていた。

 総勢8000人を乗せた船団の一隻、旗艦の甲板にリチャードはいた。


「いざゆかん! 悪を討ち正義を成すために!」


 遠い海の向こうを見据え、剣を掲げる姿は見るからに浮かれている。

 実はリチャードが王都の外へ出るのはこれが初めての事。初めは混乱していたけれど、その事に気が付き遠足前の子供の様に元気を出していた。


 ただ見映えは非常に悪い。


「……」


 そんな様子を遠巻きから見ていた船員たちの目は白けている。

 事情をある程度知っている彼らからすればはしゃぐ王子の姿は滑稽にしか映らない。


「お前たち見世物ではない、さっさと持ち場に戻らんか!」


 すると、船員たちを叱咤する赤髪の男が現れた。

 彼こそは今回の遠征にてリチャードの御守を押し付けられた、もとい、リチャードのサポートを命じられた男、実質の指揮官であるシンゼン・モーガンだった。


「やいやいさー」


 海軍仕込みの船員たちは上下の規律に従順だ。敬礼をして持ち場に戻る。


「殿下もそんな所に立たれては危険です! 船内にお戻りください」


「うむ」


 そろそろ、潮風が煩わしくなってきたリチャードも素直に従った。

 シンゼンの隣を通りすぎるとき、リチャードはモーガン特有な赤髪に一瞬目を向ける。


(こういう荒事で頼りになるラルフがいてくれれば心強いのだがな)


 もう大分顔を会わせていない友を想う。どこまでも続く青い空、同じ空の下にいても、リチャードはラルフの行方を知りはしなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] へ、陛下……!(ほろり) 物凄く解放感に満ち溢れて見えるのに、何だかとてつもなく痛々しいです、色んな意味で。 まあ、あのお荷物、もとい厄介者、いや色ボケ息子……えーと、とにかくあの悪口しか出…
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