王子と教会 その3
「む?」
「え!」
「……!」
従僕との雑談を終え執務室に向かっていると、前方から見慣れない二人組が現れた。
彼らの事を僕は知らない。初対面だ。けれど、その服装から彼らが何者なのかはすぐに見当がついた。
なぜ宮廷に教会の人間がいるのだろうか?
教会の連中は僕の顔を見るなり驚愕を浮かべる。
凸凹な二人組だ。大きい方は黒の祭服を着ている。確か教会の序列で黒は司祭の纏う色だろう。小さい方は……なぜ子供がいるのか。
「これは、リチャード殿下。お久しぶりです」
しかもなぜか子供の方が先陣を切って会話を始める。
姿勢は低くぺこぺこしているが、身分の低い者が自分から話しかけるのは礼儀知らずなのだが、まぁ、それはあくまで貴族の礼儀であり、貴族ではないこいつらには適応されない。
適応されないというかそんな事にいちいち目くじらを立てるのも格好がつかない。この程度の無礼なら黙認するべきだろう。
「誰だお前?」
それより問題なのはこのどこの誰とも分からない子供がまるで知り合いであるかのような挨拶をしてきた事だ。
「学園で一度挨拶をさせていただいたユリウス・ミスチヴァスです」
改めて自己紹介をされても、やはり誰だか分からない。
どこかで聞いたような気もするが、ただの気のせいかもしれない。こんなやつと学園で会っただろうか。というか、その言葉が本当ならなぜ学園に子供がいる。
「知らん。誰だお前」
「……」
王族であり第一王子である僕はよく見ず知らずの相手にさも親しげに接せられる事がある。一度二度挨拶をした程度で仲良しですアピールをされるのはいらぬ風評を呼び込むのだ。
そういう場合ははっきりと否定しないといけない。
すると、そんな僕らの会話を聞いていた従僕がこそこそと耳打ちをしてきた。
「ちょっと殿下。枢機卿のご子息ですよ。学園で殿下と同学年だった!」
「そんな奴いたか?」
学園での記憶を思い出す――アリス可愛い――駄目だ、こいつの記憶はない。
首を軽く振って見せ本当にいたかと目線で問う。
「いました! 思い出してください! 入学式の次の日に挨拶をしたのでしょう!」
そんな事言われても思い出せないモノは仕方がない。そもそも3年もある学園の日々をいちいち全部覚えているとか無理だろう。
僕にとって入学式の日はアリスと運命的な出会いをした記念すべき日だ。
でも、その次の日と言えば新入生歓迎のオリエンテーションが開かれた日だろう。その日は、新入生はもちろん在校生や教師陣までこぞって挨拶に来た日だ。
挨拶を終えた新入生たちが楽しそうに立食パーティーをしている間、こちとらずっと誰が誰だか覚えきれない量の人の名前を聞き続けた苦行の時間だった。
いい思い出がない。
嫌な思い出を手繰り寄せるのは精神的にきついな。それも、こいつらの為にそんな事をしなければいけないとか、なんなんだろうな。
「……ああ、確かにいたな」
しばらくしてようやく僕は思い出した。ポンと手を叩き少しすっきりした顔でそう言うと従僕もほっと一息ついて後ろに下がる。
「思い出していただき――」
「身の程知らずにも我が学園に入学した気味の悪いガキか!」
どういう手を使ったのか、教会の人間が貴族達に紛れこんでいた。それだけでも身の程知らずにも関わらず、やって来たのはこのユリウスとかいう子供だった。
これでもし、ユリウスが見た目通りの年齢であればよかった。けれど、ユリウスの年齢は僕と同い年だ。
幼い見た目のこいつを他の令嬢は可愛がっていたようだが、その年で子供のような見た目をしているのは単純に気味が悪い。
呪いでもかかっているんじゃないだろうか。
「ああ、ダメだこれ……」
後ろからそんな諦めに近い声が聞こえた。
「ちょっと殿下!」
「なんだ?」
「なんだはこちらのセリフです! なに面と向かって喧嘩売ってるんですか!?」
従僕は怒る。僕以外には聞こえない声量で怒鳴るとか器用な男である。それと同時にやはり可笑しな男でもある。
一体誰がいつ誰に喧嘩を売ったというのか。
「間違ったことは言ってないだろう。枢機卿だか何だか知らないが親が凄いだけの平民が伝統ある我が学園に入学するなど身の程知らずで分不相応なのに……やって来たのがこのガキだ。僕と同い年というのにこんな見た目をした者など気持ちが悪いだろう」
「ちょっと殿下――!?」
正直に言ってやれば従僕はまるで道化の様にあたふたとし始めた。その大層な反応には爽快感すら感じる。面白い。
逆にユリウスの奴は駄目だ。
さっきから微動だに動かない。面白くもないし不景気な顔をしているのでいっそ不快にすら感じる。視界に入るだけでも不愉快だ。こういう奴はさっさと追い出すに限る。
「なぜ其方がこの様な場所にいる、まさか見た目のまま迷子になったとは言わぬだろうな?」
「わ、我々は教会からの使者としてさきほど陛下とお会いしたところです」
「なんだと? 我が国の臣民でもなければ貴族でもない貴様が父上と会うなど不遜な事を。お優しい父上の好意に甘え、あまつさえ粗相でもしていないだろうな!」
「え、ええ。それはもう……」
「なんだ、そのブサイクな顔は? 僕に何か文句でもあるのか?」
「……い、いえ」
ユリウスは肩を震わせる。
「失礼ながらリチャード殿下、貴方様は敬虔な信徒として神を信じますか?」
「なんだいきなり?」
宗教の勧誘か?
いや、まぁ、立場を考えれば正しいのだろう。教会の人間として。
「陛下にもお答えいただいた質問です。王子殿下はどうお考えでしょうか?」
……お忙しい父上の貴重な時間を消費してこんなくだらない質問をしたのかこいつ。
なんというか、厚顔無恥な愚か者は見ているだけでイライラするな。
「くだらない質問だ」
「……くだらない? くだらないとはどういう事でしょうか?」
「決まっている。信仰とは所詮は力なき者共が寄る辺として寄生する為の飾り物に過ぎない。僕のように国を担う人間に聞く質問ではないだろう。国の行く末は神に祈った所でどうなるものでもない」
「……」
宗教は心の隙に付け込む商売だ。
為政者である僕がそんなモノに頼っていてはだめに決まている。王とは孤高であり、堂々としなければいけない。
我々が宗教に頼る時は全てを諦めた時だ。
「実際に目の前にいもしない存在に祈った所で繁栄はしない。実にくだらない。ああ、くだらない質問だ」
そんな訳の分からないいるのかもわからない存在を崇拝するよりアリスを愛した方が何倍も有意義である。
いやむしろアリスこそが森羅万象に愛された選ばれし愛し子であり、女神なのかもしれない。
流石にそれは冗談だが、アリスが聖女である事は間違いないだろう。
そこでふと僕は思った。
アリスがこの場にいればどのように答えるか。
アリスならきっとくだらなく無意味なこいつらでも寛容に慈悲深く受け入れる事だろう。ならば、僕もアリスに倣い寛容にならなければいけないのではないだろうか?
「だが、そんな不必要な貴様らでも僕が王位に就いたら尊重はしてやろう。ありがたく僕を崇め奉ればいい」
アリスを想い純然たる善意をもって、僕は手を差し出した。不遜なユリウスも感動して涙を流すに違いない。
僕の掌を見てユリウスはたった一言こう言った。
「あ?」
それは誰の目から見てもわかる激怒だった。なぜだ? 解せん。
「殿下……それはあまりにも我々教徒に、いいえ神に対して不遜が過ぎます!」
「何が不遜だ。ただの事実だろう」
「我々の信仰が無駄だと? 祈る事が無意味だと? 幾千の願いが叶う事がない無用の産物だとでもおっしゃるのですか!!」
どうでもいいが激昂しているユリウスはその見た目から癇癪を起している様にしか見えない。
見た目だけではなく頭の中身まで成長不足なのかもしれない。
「神に祈る事は無駄で無意味だろう。だが、安心しろ。この僕を僕たち王族を崇め奉れば国の繁栄は約束される。願いなどという物は所詮儚き夢にすぎん。そんな物で国は幸せにならん。幸せを手に入れるには自ら行動する必要がある。まぁ、其方ら愚民には分からぬ道理か」
「……いやはや流石は殿下。聡明でいらっしゃる」
「当然だ」
「ええ、ええ。流石は、現在進行で! 国を荒らしていらっしゃる! 御方の言葉は、重みが違いますね!!」
「あ゛?」
「何か?」
「……」
「……」
無礼にも僕を睨みつけてくるユリウスを見て思う。
このガキ、いくら何でも不敬が過ぎる。せっかく僕が譲歩に譲歩を重ねて手を差し伸べてやったのに。
これは少し痛い目を見せる必要があるだろう。なに、殺しはしない。ただ、泣いて縋る程度の懲罰は覚悟してもらおう。
護身用に腰に下げている剣の柄に手をかけた。父上の命令でこの剣の刃は潰してある。殺すことはできずとも殴る程度の事は容易にできる。むしろ、この場合、そちらの方が都合がいい。
一触即発。そんな言葉が似あう空気が僕とユリウス間に流れる。とはいえ、攻撃手段を持たないユリウスは無抵抗もいい所だが。
すると、そんな僕たちの間に割り込む影があった。従僕と司祭だ。
「殿下! これから陛下とお会いする予定です。お急ぎください! さぁさぁさぁ!」
「うお‼ 何をす……ちょ、引っ張るな! マントが伸びる、というか首が締まる!?」
「我々も急ぎましょう! これから急いで戻らなければなりません! 陛下のお言葉を報告しなければいけないのですから。生きましょう、違った行きましょう! まだ死に急ぐには貴方は若すぎますユリウス様!!」
「わあ!? し、司祭さん! 分かりました、分かりましたから担がないでください! おろしてください! これ、すごく揺れて……うぇ」
慌ただしくお互いの同行者に引き連れられ(ユリウスは担がれ)その場を離れる。でも、僕は見た。ユリウスは担がれ去るその瞬間まで僕を睨みつけていたことを。
執務室。
首に違和感が残るまま父上と対面する。父上の機嫌は見るからに悪い。まぁそれは僕も同じか。
「たった今、教会から使者が訪れた」
「知っています。そこで会ったので」
「……なんで今日は最初から不機嫌なんだ? というか其方もそんなに息切れしてどうしたのじゃ」
息の上がっている疲労困憊の従僕を見て父上は首を傾げた。
「な、なんでもございません。無様を晒して申し訳ございません!」
自業自得である。
「……まぁよい。それよりもこれは其方の軽はずみな行動が招いた結果だと心得ているか?」
「……」
お説教の気配を感じて咄嗟に視線を逸らす。
今日はもう母上からも謂れのない説教を食らい、道理を弁えないガキになぜか喧嘩を売られ既に満身創痍だ。
この後にまた父上の説教を受ける気力なんて残っていない。
「いいかリチャードよ。教会の連中は信仰という名の武器を持っておる。普段は取るに足らんそれもいざとなれば恐ろしい刃に変わる。そも、奴らは時に自らを神の使いと嘯き武力行使を厭わない狂人よ。付き合い方を学ばねばならん」
「そんなもの早々に縁を切ればいいでしょうに」
「お前は短絡的な考えしかできないのか? 奴らはいざとなれば厄介であるが、常時は使い勝手のいい共犯者となりえる。友好を結んで損はないのじゃ」
「……」
「我が国は大きくなった。宮廷しか知らぬ其方は理解できんかもしれぬが、領土が広がり文化の違う現地人を民化するのは大変な事なのじゃ。そんな時に共通する教えは非常に使い勝手がいい。隣国の様にわざわざ敵に回す必要もない」
「……そうですか」
「分かっておるのかこいつは……まぁ、それは長い時間をかけてどうにか落としどころを見つければよい」
珍しく今日のお説教は短めだ。僕としては助かるのであえて指摘はしないが。
「用件は終わりでしょうか? 本日は母上からもお説教を受けこれ以上は拒否したいのですが」
「ならさっさと反省を見せよ」
「反省する事がないのにどうやれば反省を見せられるのでしょうか?」
「……はぁ。これを持っていけ」
項垂れながら父上は封筒を渡してくる。
「何ですか?」
「命令書じゃ」
「命令書ですか。誰宛ですか」
「お前だ」
「え」
「南の海域に海賊が出た。ちょっと行って討伐してこい。ついでに潮風に当たり頭を冷やしてこい」
「え?」




