王子と教会 その1
全開のシーザー編は本当は2~3話予定でサブタイトルを決めていなかったので苦労しました。なのでもう1、2でいいかなと思いました。
じゃあいっぺんに出せよという話ですが、それができないんや( ;∀;)
王宮の中には王族たちのみが使用できる完全なプライベート空間がある。この美しい薔薇園もその一つだ。
見事に咲きほこる薔薇の中には小さなテーブルセットが置かれている。用意されたお茶からは異国情緒溢れる香りが漂う。
「こちらでは珍しい茶葉が手に入ったのだけれど、お口に合うかしらリチャード?」
優雅に微笑む貴婦人は紅い薔薇よりもなお美しいオレンジの髪色だ。我が母にしてこの国の国母。
アネモネ王妃。
勧められたお茶を口に含むが、なんとも形容しがたい味だ。
まずいわけではないが美味しいかと聞かれると飲み慣れない味が口の中に広がる。
「普段飲んでいる物とはまた違った風味があって大変美味しいです」
かといってお茶会の席で正直な感想を答える必要もない。嘘も方便とはよくいったものだ。
「よかったわ。こちらのお菓子も食べなさい」
次に差し出されたのはこれまた見慣れない焼き菓子だ。クッキーよりも大きくパンというには焼き過ぎている。
母上がまずひと口食べ、その作法を習いながらパクリと食べる。
ふむ。悪くない。
さっきのお茶と同じで食べ慣れない口当たりだが甘すぎない菓子は王都では珍しい。この菓子と一緒に飲むなら確かにあのお茶は美味く感じるだろう。
我が国の物ではないな。地方からの交易品か輸入品だろうか。
「喜んでもらえてうれしいわ。でも残念ね……」
すると、微笑む母上の笑顔に陰りが忍んだ。
どうしたのだろうと問いかければこのお茶と菓子は予想通り外国からの輸入品らしい。
「ここ数年でようやく取引ができるまでになったのだけれど、もしかしたら王都とあちらの地方とで交易がなくなるかもしれないわ。そうなれば、またしばらくは食べられないわね」
母上は悲しそうである。
「これを好んでいるのですか?」
不思議に思う。僕の記憶にはない食べ物を母上はどこで食べたのだろうか。それも相当好んでいる様に見受けられた。
「……」
僕の問いかけに母上は目を細められた。その瞬間にぞくりとした寒気が背筋を走る。
「私がまだこちらに嫁ぐ前には好んでいましたよ。これらは私の祖国から届けられたの」
十数年前に戦争をしていた隣国と停戦の協定を結ぶ為に両国から人質の交換として婚姻が結ばれた。
名目上は講和の為の政略結婚であるが、当時の険悪な雰囲気では人質と大差なかったらしい。
我が国からは名家の令嬢が数人向こうへ嫁ぎ、隣国からは母上が嫁いで来た。母上は現国王の妹だった。
その母上の祖国と言えば当然隣国だ。
隣国は王都から見て西の国境に面しており西一体の領地を統べるのはローズフィード家である。
つまり母上が何を言いたいのかと言えば。
「母上も説教ですか?」
そういう事だろう。
あの華々しい卒業パーティーから一月。
僕とアリスと仲間たちによる勧善懲悪の物語は大団円とはいかず、半分成功で半分失敗した。
成功の部分は悪の根源である悪役令嬢イザベラを断罪し、この王都から追放した事。ヒロインであるアリスと共に悪を打ち破り最後は2人だけのダンスからの一世一代の告白。キスをして最高のフィナーレを迎えるはずだった。
失敗の部分は最後の最後に邪魔が入った事だ。まさかヒロインとのキスシーンで空気を読まない大人共が邪魔をしてくるとは誰が思うだろう?
その後も父上に結婚の報告(少し勇んで式の相談をしてしまったが)をしたらなぜか凄く怒られた。解せん。
そこから先はとにかく説教の日々だ。
アリスとも長い間会えていない。
そんな説教の日々の合間に母上からお茶会をしようと誘われた。
この年で母上と2人きりの御茶会とか少し恥ずかしいが、普段会えない母上と接する機会と思えば我慢もできる。
なのに……。
「貴方の婚約には数多くの政治的要因が関わっていたのよ。交易だけではなく貴族同士のバランスや情勢を吟味して国王陛下がお決めになった事なの」
またも説教である。本当にうんざりだ。
「ええ、それはそうでしょうね。ローズフィードはそれだけ力を持つ家であり……だからこそ危ういのです!」
「危ういことなどありません。いえ、仮に貴方の言葉が正しくともその判断をするのは陛下です。間違っても貴方が無断で破棄をしていい代物ではありません。ましてや個人的な感情で国の行く末に暗雲を呼び込むなんてもってのほかです」
「……」
母上も父上と同じだ。同じ様な間違いを犯している。いや、思い違いか。どちらにしてもとんだ見当違いだ。
悪いのはいじめをしていたイザベラだ。
可哀そうなのはいじめられていたアリスだ。
正しいのは悪を成敗した僕なのだ。僕はなにも悪くない。
「母上! 確かに僕も急だったことは否めません。父上に相談もなく事を進めたことは反省できなくもありません。しかし、それには事情があったのです! ローズフィードは強大であり奴らを断罪する為にはどうしても必要だったのです!」
あの娘にしてあの父あり。
宰相である、あの死神は油断できない相手だ。シーザーをもってして底を見ることができない不穏な男。
奴に邪魔をされない為には奇襲しか手がなった。
「なぜ忠臣を断罪しなくてはならないのですか」
なのに母上は分かってくれない。
「必要どころか貴方の行動は無用でした。大領地との間に不和を産んむだけの結果です。そればかりかなんの取り柄のない娘を妃にしようとするなんて……できるはずもないでしょう!」
「聞き捨てなりません!」
バン!
机を強打して立ち上がると椅子が横に倒れた。静かな薔薇園にその音は響く。
「アリスは素晴らしい女性です。ゆくゆくは我が国の国母となるのです。何よりも彼女は聖女であり我が国には必要な人材です! いくら母上でもアリスの事を悪しざまに言う事は許せません!」
「貴方はまたそんな事を言って……」
母上はまるで聞き分けない子供の我儘を聞いてる様な困った顔をする。
その顔を見て僕は困った。
なぜこんな簡単な道理をわかってもらえないのか。
「目をお覚ましください! いったいどうしてしまわれたのですか!」
「その言葉はそのまま貴方に贈り返すわ。リチャード、いい加減に目を覚ましなさい」
「……」
「……」
母上と睨み合う。
またこれだ。父上と話すときもそうだが、僕たちの会話は平行線のまま変わらない。間違っている父上たちを正す事が僕の勤めだろうが、年を取った父上たちは若輩の言葉に耳を傾けようとはしないのだ。
困ったものだ。
あの聡明で尊敬していた父上がまさかああ成られてしまうとは、お労しい。
そして母上もこの様子を見るとそうに違いない。
正体もわからず原因もわからない奇病。
それを患ってしまうと正常な判断ができなくなってしまう様子だ。父上も母上もその奇病にかかっているに違いない。
「どうやら、まだ貴方の瞳は曇ったままの様ね。御茶会はここまでにしましょう。……今度会う時には昔の貴方に戻っている事を祈ります」
「御前を失礼いたします母上。ですが僕の意思は変わりません。……どうかご自愛ください」
「……はぁ」
頭を抱えて項垂れる母上に挨拶をして薔薇園を去った。
奇病の症状には頭痛も含まれるらしい。父上も僕と話をしてる最中や話終わった後には、決まってああなる。
予定より御茶会が早くお開きしてしまったので次の予定まで少し時間が空いた。
「父上も母上もまるで人が変わってしまったようだ。病気の進行は僕の想像よりも深刻らしい……しかし、体に異常はなく正常な判断だけできなくなる奇病とは、どうすればいいのか」
「……それ本気で言ってますか?」
王城の廊下を進みながら、奇病に対する悩みを口にすると背後からそんな言葉が掛けられる。
振り向くとそこには目が糸の様に細い狐のような顔をした男が立っていた。
これは僕のお目付け役である従僕だ。城で活動する時は常に僕の背後で待機をしており、さっきのお茶会でもずっと後ろに立っていた。プライベート空間と言っても最低限の支給をする人間は必要だからな。
さて、そんな事よりこの従僕は何を当たり前のことを聞いているのだろうか。
「本気に決まっているだろう?」
病を患う両親を心配する息子が打開策を模索する。それは、あまりにも普通の親思いだろう。疑問を挟む余地などない。
こいつのと付き合いもそこそこ長い。シーザーとラルフの次くらい昔から共にいた。それなのになぜ僕が親の心配をする事を不思議に思うというのか。普段の僕を見ていれば親の不幸を喜ぶような男ではない事をわかっているだろうに。
おかしな奴だ。
(……いや。まさか。もしかするとこいつも父上達と同じ奇病に?)
それなら色々と合点がいく。
僕が学園に通っていた3年間。その間城から離れていた。従僕とも3年ぶりである。その間になぜかよく分からない事を言う変な奴になっているのかと思えば、こいつも病気だったのか。
道理で最近はよくわかならい事を言って僕を困らせると思った。
「あちゃー……これはまだ時間がかかりそうですね」
従僕はまたよく分からない独り言をつぶやいている。
「なんの話をしている?」
「……病気の治療の話です」
「そうか。闘病には時間と根気がいると聞く。気長に構え必ずや完治をさせよう」
「そうですね……本当にそうですね。そんなに気長に待てる状況じゃ無いですけど完治させたいですね……本当に」
従僕は遠くを見つめて上の空になる。
これは時折父上がする反応と同じだ。間違いないこいつも病気だ。
「できる事なら専門家に依頼して診察を受けてもらいたいのだが」
「お医者様ならつい先日いらしたじゃないですか。……殿下が追い出されましたけど」
「誰の事だ? まさかあのヤブ医者の事じゃないだろうな?」
つい先日の話だ。父上が呼び寄せた自称国一番の名医という男がやって来た。僕は初めから胡散臭い男だと思っていたが、案の定こいつはとんだヤブ医者だった。
まずそいつは、患者を間違えやがった。
本当は父上を診なければいけないのに僕を患者だと誤認して診察を始めた。その時点でヤバい奴だが、診察の結果も酷いモノだった。
「病人である父上と健康な僕を間違えて、あまつさえ僕の事を頭か人格の病気だなんだのと誤診してきた愚か者のどこが名医なんだ」
きっと父上が奴を連れてきたのも病気のせいで正常な判断ができないからだ。
「ほら名医じゃないですか。話を聞いただけで症状を精確に判断された。それなのに殿下が追い出すから」
「あんなヤブ医者本当なら処刑している所だ! 追い出すだけでとどまった慈悲に感謝されど非難される覚えはない!」
というか仮にあれが本物の医者というのなら別の問題が浮上する。
「……もしかすると我が国の医術は他国に比べて遅れているのではないか?」
「そんな事ないんですけどね……むしろ大陸でも最先端行ってますよ……」
「いいや、そうに違いない! これは深刻な問題だ!」
医者不足は国の存亡にかかわる。早急に改善しなければいけないだろう。
「本当に深刻な問題ですね……」
従僕も同意する。少しはまともな思考もできようだ。
「ああ! 深刻な問題だ!」
とはいえ医療技術の改善なんて早々にできるわけもない。どこの国でも医者は重宝しているし技術を身につけるには大変な時間と労力が必要だ。
僕は従僕と一度顔を見合わせる。そのまま鉛色のため息を同時に吐いた。
それは国の将来を憂いた同じため息だった。




