シーザー・ローズフィードの出会い
注意、このお話のシーザーと前話のシーザーは同一人物です。性格が違うのはキャラが変わったのではなく正当な成長の結果です。
以上の事をご理解の上本編をどうぞ~
――月日は流れる。
学園の廊下を私は進む。
今さっき教師から押し付けられた資料を生徒会室まで運ぶためだ。
すると、前方から数人の令嬢がやってくるのが見える。学園の指定で男子は黒の制服、女子は白の制服と指定されているので令嬢達は皆同じ色をしている。
特に関りの無い令嬢なので統一化されると誰が誰だか識別不能だ。
「シーザー様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
代表者である先頭の令嬢が教本よりやや歪なカーテシーをすると、後ろの令嬢達もそれに続いた。
教育のレベルから中級か下級の貴族だとわかる。
「……ごきげんよう」
マナーであるので挨拶は返すがそれだけだ。そのまま足を止める事無く彼女達の横を通り過ぎた。
一応言っておくと、貴族の礼儀としてこの場合には足を止めて挨拶を交わし最低でも二言以上の会話をしなければいけない。
相手が相手なら不敬だ失礼だと罵倒されるが、その心配がない事を私は知っている。
「シーザー様は相変わらずクールで素敵だわ」
「ええ、あの冷たくも知的な眼差しに見つめられるとついうっとりしちゃいますわね」
「成績も優秀で入学当時から首位を取り続けていますもの」
案の定だ。
しばらく足を進めて曲がり角を曲がった瞬間、先ほどの令嬢の姦しい声が聞こえてきた。
どうでもいいが、彼女達はあれだけ騒いで周囲や当人に声が届かないと思っているのだろうか?
ワザとだったら大変不快だ。ワザとじゃないのなら耳か頭を医者に見せた方がいい。
「やれやれ……困ったものです」
そう言いながら眼鏡をクイっと上げながら先を急ぐ。別に位置がズレていたわけではない。
眼鏡をかけ始めるようになってからの癖みたいなものだ。
この部分だけを他者が見れば女性に好意を向けられた男が言葉とは裏腹に優越感に浸っていると勘違いするかもしれない。
そういつには私の顔を一度見せたい。
この調子に乗っている人間とは対照的な本気の嫌悪感が丸出しの苦虫を嚙み潰したような顔を。
「初めの頃は確かにうれしかった記憶があります。領地では敵前逃亡の迷君などと揶揄され男女問わず不人気だった私が王都では真逆の評価を得たのですから」
風土の違いとでもいうのか、ローズフィードと王都では貴族の価値観が大きく異なる。
何よりも武を重んじるローズフィードと違い、王都では見た目の優美さこそが尊重され尊ばれた。
母譲りの青髪に整った顔立ち、知的に見える眼鏡に実際の成績も伴い、国随一の大貴族の嫡男。
むしろ、モテない要素がない。例え内情が伴っていなくとも周囲にはそんな事分からないのだから。
「けれど少し経てば馬鹿でもわかる、彼らの悍ましさが。他人の努力に目を向けず本気である事を見苦しいと嘲わらう。人が必死で勝ち得た物をさも当たり前として羨み妬む。自らが努力することを否定する癖に他人の足は一人前以上に引っ張る。それが、王都の貴族の本質だった」
それさえ理解してしまえば、後に残るのは嫌悪感と怒りだけだ。
いつの頃からか彼ら彼女らの称賛が不愉快な雑音としてしか聞こえなくなったのは。
「彼女達は分からないのでしょうね。私がここに至るまでにどれだけ努力をして……どれだけ挫折をしてきたのか」
嫉妬する隙も無く圧倒的な才能に鼻柱を折られた。
本物を知った事で絶望した。
命の危険にさえ晒された。
「イザベラと比べれば私など道端に転がる石ころにも劣るというのに、何がクールだ。何が素敵だ。何が優秀だ」
そもそもこれまで安穏と生きてきたお前らに私を称し評価する権利があるのか?
人生を浪費する事しかできないお気楽な連中が好き勝手に言いたい放題に何様のつもりだ?
ああ本当に目障りで仕方がない。
ああ、ああ、あんな奴らの言葉が耳障りで仕方がない。
あんな連中――
「――滅んでしまえばいいのに」
・・・
「何か言ったかシーザー?」
ふと気がつけば、目の前にいるリチャード殿下が首を傾げならこちらを見ていた。
「なんでもありませんよ。……ただの独り言です殿下」
いけないいけない。思考に没頭するあまりつい本音が口をついていたようだ。
ここは学園でも最も格式が高い生徒会室。
内装は豪華というよりも質素の様に見えるが、歴代の王族や高位貴族が普段使いできる品質の家具が立ち並んでいる。
その中でも一際目立つ位置に置かれた生徒会長の椅子に座るのは我が国の第一王子であるリチャード殿下。
今は教師からの資料を確認していただいてる最中だ。
「? 問題が無いようならいいが」
「ええ。それよりも、確認は済みましたか? できれば明後日には返答をしたいのですが」
「ああすまない。まだ時間がかかりそうだ。お茶でも飲んで待っていてくれ」
「殿下もどうですか? 一息つかれては」
「では頼む。茶葉は」
「殿下のお好きな物を」
「ああ、任せよう」
そう返事をすると殿下は資料に視線を向けた。どうやら無事に誤魔化せたようだ。
内心で安堵しながら常設された茶器を用意し準備を始めた。蒸らす必要があるので時間が必要だ。
殿下も私も時間がかかるので少し現状を説明しよう。
この学園は我が国で唯一の貴族縁者しか通う事のできない教育機関だ。適正年齢を迎えた子供が国中から集められ学園の卒業をもって我々は一人前の貴族として認識される。
そんな学園では毎年多くの揉め事が発生する。理由は単純に生徒同士のいざこざだ。貴族なんて我がままで自分勝手で偉ぶるモノだ。
実際に平民と比べれば偉いけど。
そんな連中が、しかもただでさえ理性的ではない子供が外界から隔離され小さな箱庭に収容されるので衝突が起きる。
そんな時、教師では止められないケースの方が多い。
教師たちは名目上生徒よりも立場が上とされる。就任の際に国から準男爵級の爵位も、貰える。
が、それは教師を辞めると同時に返還されてしまう。
どんなに言い繕うとも学園教師の社会的地位は格下なのだ。
けれど、だからと言って放置なんて問題外。最悪内戦に発展する問題になるかもしれない。
この問題に当時の国王は生徒による自治権を導入した。
貴族の天敵。それは自分よりも格上の貴族である。
学年問わず在籍している生徒の中で最も身分が上の生徒数人が半強制的に参加させられる。それが生徒達の学園自治組織『生徒会』である。
この制度により学園の治安は回復された。だが、その副産物として生徒会には多くの雑事が舞い込むこととなった。
更にどこにでも賢しい者……いいや。この場合は小賢しい者がいるようである時こんな事を言い出す教師が現れた。
「どうせ生徒達が自治するなら我々の仕事の一部も任せてしまおう!」
そいつがどう当時の国王に説明したのかは分からない。けれど、学園からの要請に対して国王はこういったとされている。
「いずれは国や領地を動かす立場になるのだしいい練習になるだろう!」
こうして生徒会には毎年とんでもない量の仕事が舞い込む。生徒の数は1学年200人前後。それが3学年まである。
一方生徒会は私と殿下と現在この場にいないもう1人の3人体勢だ。
この規模の組織をこの数で運営するのがどれだけ大変かは筆舌に尽くしがたい。
(滅んでしまえばいいのに)
「これで問題はないだろう。このまま進める様に返答してくれ」
多忙につき世界の滅びについて考えていると声がかけられた。丁度こちらの準備も終わったので紅茶をカップに注いで持っていく。
「了解しました。どうぞ」
「ああ、ありがとう。……シーザーの淹れる紅茶は美味しいな」
「ありがとうございます。けれど、私など本職に比べればまだまだですよ」
ついでなのでなぜ名目上だけとはいえ公爵家嫡男の私がお茶くみなどをしているかの説明しよう。
私と殿下は幼馴染という間柄になる。
悪夢の石合戦からすぐ後に、私は公爵に頼み込み王都に逃げ延びた。あのまま領地にいてはイザベラの遊びの弾みで命を落としかねないので英断だ。
宰相の仕事で王都に向かう公爵に涙と鼻水で汚した顔を地面にこすりつけ、昼夜問わず頼み込み脱出したはいいが、当時の私が王都でできる事は少なかった。
勉強は当然やったが、領地にいる時と比べ自由に動けない。見分を広める事も貴族と交流を深める事もできない。非情に肩身の狭い思いをした。
そんな私に公爵は殿下の遊び相手兼未来の側近候補として役目を与えた。
高位貴族や王族など身分が上の子供は周囲から厄介者扱いされる事が多い。
表には出さないが、内心では皆そう思っているだろう。何せ自分よりも身分が上の癖に幼い為に理性がなく教養がないのだから。けど、粗雑に扱えば首が飛ぶ可能性すらあるのだ。
イザベラを基準にしてはいけない。あれは色々な意味で例外であり特殊であり異常な存在だ。
当時の殿下は情勢の問題で友達がいなかった。
暇を持て余した宰相の息子に白羽の矢が突き刺さるのも仕方ない。
けど、まさか命からがらイザベラから逃げてきたのに、逃亡先で更なる命の危険が待っているとは思いもよらなかった。
イザベラに心を砕かれやさぐれていた当時の私は不条理を呪ったものだ。
結果だけを言えば殿下との出会いは良き出会いとなった。
殿下は、出自や情勢の問題が大きく絡む立場にいるのでちょくちょく暗殺を企てられる。それを阻止するために信用のおける相手が準備したモノしか口にしないのだ。
学園に申請すれば生徒会用の使用人を雇えるが、身の危険があるので却下。必然的に身近なやれる奴が使用人の代わりをしなければいけない。
それが私である。私以外にできる奴がいない。
残りの1人は論外というか、戦力外だし。
「そういえばラルフの奴はどうしたんだ? 生徒会の時間だというのに」
「彼の事です。どうせ訓練が長引いたとかうっかり忘れていたとかでしょう」
「あいつにも困ったものだな。生徒会としての自覚を持つようにと日ごろから言っているのに」
「……そうですね」
同意をしておくが内心は違った。
もう1人の生徒会メンバーであるラルフ・モーガン。私と同じで殿下の幼馴染ではあるが、正直な話、私は彼の事が好きではない。
彼は生徒会の仕事ではほとんど戦力外なのでいなくても変わらないと思っている。
すると突然、生徒会室の扉がバンと大きな音を立てて開かれた。
「すまん遅れたか!」
息を切らしてやって来たのは赤髪の無頼漢。もといラルフ・モーガンだった。
丈夫な作りとは言え年代物の扉をあんな力任せに……修繕費だって馬鹿にならないというのに。
「ラルフ、もう少し落ち着いて扉を開けてくれ。それに大分遅刻だぞ」
「すまない殿下! いやー訓練が思った以上に長引いてな~」
言い訳がましく頭をかくラルフの姿に私のこめかみに力が入る。
「もう少し生徒会メンバーとしての自覚を持つように」
やれやれと言った風に殿下は肩を竦めた。
「悪い悪い」
「それ以前に貴族として礼節を弁えなさいラルフ。そんな着崩した格好で殿下の前によくも出られますね」
「相変わらずシーザーは細かな所でうるさいな」
「私もできればもう少し静かに過ごしたいのですがね。とりあえずこれでも飲んで息を整えなさい」
ラルフに向かって差し出したのは淹れたての熱々の紅茶だ。
当然、嫌がらせである。
「悪いなシーザー」
カップを受け取ったラルフは冷ます素振りもなく一気に飲み干した。グイッと傾けられたカップからは目に見えて湯気が立ち籠っていた。
「ふぅ……一息ついた。おかわりを頼む」
「……」
まさかのノーダメージ。
口の中まで筋肉で出来ているのか? この脳筋は。
「シーザーの淹れてくれる紅茶はいつも美味しいからね。ラルフも来た所だし再開しようか」
「了解しました」
「おう、俺はあっちで筋トレでもしているよ!」
見た目通り言動通り、ラルフは体を動かす以外脳の無い脳筋馬鹿だ。
座学の成績は落第しない最低限の点数で学園のカリキュラムは騎士見習いの実技にしか興味がない。
仕事をさせても書類関係は壊滅的でむしろ、手を出さない事が手助けになるタイプの男だが、それでも言わせてもらう。
(何しに来たんだこいつ……?)
役立たずがふんふん言いながら部屋の隅で腕立てを始めるのを尻目に、我々も仕事に戻る。
ちなみに仕事の割り振りは殿下が3割で私が7割を受け持つ。
得意不得意という理由もあるが、同じ学生でも殿下とその他では明確に違うのだ。王族として対等なんてありえない。
「学園に入学する時の話なのだが面白い女生徒と出会ったよ」
作業の途中で殿下がそんな事を言い出した。
これは特別な意味がある会話ではなく作業の合間の雑談だと判断する。それでも、殿下の話を聞き流す事もできないので顔をあげ殿下の方を見た。
それはラルフも同じだ。
「面白い女?」
「……女生徒だよラルフ。苦手なのはわかるが言葉使いをしっかりしないか」
「俺だって分別は弁えているって。仲間内以外の前だとしっかりやってるぜ!」
第三者である私がいる時点で分別が分かっていない阿保なラルフに一瞬冷たい視線を向けるがすぐに殿下の方へ向き直る。
「殿下がそんな話をするとは珍しいですね。異性に興味を持つなんて」
「その言い方だといらぬ誤解を招くと思うのだが……」
「別に男色を疑っている訳でもありませんよ。仮に殿下にどのような趣味があろうと理解はありますし」
「そんな理解必要ないぞ、シーザー!?」
冗談はともかく。
私はある種の衝撃を受けている。殿下は既にイザベラと婚約を結んでいるが、その件を除いても異性に隙を見せる様な人ではない。
歴史を見ても王位を継ぐ前の王族には様々な危険がつきまとう。それは命であったり貞操であったり色々だ。
なりふり構わない貴族なら自分の姉妹や娘に殿下と関係を持たせ無理やり王族と縁続きになろうとする。
ただその場合、王族側は婚前交渉をしたと認知する事になり罪に問われないが外聞が悪くなる。
手順を踏まない不貞行為はどこの時代の誰でも傷となるのだ。
厄介な貴族に寄生され、社交界では不名誉な噂をされ、事あるごとに女性から狙われ、正室の実家からは白い眼で見られ、自分の家族にさえ叱られるだろう。
一度の過ちの代償にしては大きなリスクだ。
あと、あえて言葉にする必要もないが間違いなくイザベラからの報復が来る。つまり死だ。
以上の事から、我々3人の間であろうと女性の噂はこれまで忌諱していた殿下が自ら女性の話をするとは……。
「どこの誰なのですかその面白い女生徒とやらは?」
「名前はアリスというのだけど……そう言えば家名は聞いていなかったかな」
アリス。知らない名前だ。そんな名前の娘が高位貴族の縁者にいたか。
……いや待て。殿下は今、なんといった?
「家名を聞いていないとはどういう事ですか? いえ、それよりもそのアリスという生徒はどちらの家のご令嬢で?」
「それが分からないんだ。何せ入学式の日に学園に向かう道中で僕の馬車の前に飛び出してきた少女だからな」
「は……?」
「おいおい。そいつは自殺志願者かなにかか?」
殿下の言葉に私は呆けた。
ラルフでさえも表情が引きつっている。
動いている馬車の前に飛び出すこと自体が自殺と同義かもしれにが、それ以上に王族の馬車の前に飛び出す事がありえない。
暗殺を疑われるか不敬罪に問われる。
本人が死ぬだけならまだいい。だが、一族郎党まで巻き込んだ無理心中にすらなりかねない。
殿下にして見れば何気ない事かもしれないが我々にとってはそういう意味になる。
「どうやら王都に不慣れらしくてね。学園までの道が分からず迷っている所にたまたま僕が通りかかり道を尋ねるために飛び出したようだ」
その場面を思い出したのかクスクスと殿下は笑う。
私は無言でラルフと表情と見合わせお互いに首を傾げた。
どう考えてもその令嬢は普通ではない。悪い意味で。
「でもまさか、初対面の女性にいきなり同乗を求められるとは僕も思わなかったよ」
「はぁ!?」
「うお、ビックリした。いきなり大声出すなよ!」
「これが驚かずにいられると思っているのですか!?」
「いやまぁ、驚くけど。殿下も別に気にしてないようだしいいんじゃね?」
いいわけないだろこの脳筋。もっと頭を使えよ!
馬車の中は密室に分類される。年頃の娘と馬車に同乗するという事は不貞の噂を流す絶好のネタになる。
「まさかとは思いますけど、そんな無礼な提案は跳ねのけ無礼討ちを行ったんですよね殿下!?」
藁に縋るように確認をするが、恐らく殿下はそんな事をしない。
彼の性格は正義感に溢れており穏やかな性質だ。護衛の騎士が何らかの対処をした事に賭けたが殿下は静かに首を横に振る。
「そんな事酷い事する訳ないだろ……どうせ、向かう場所は一緒なのだから乗せてあげたよ。中々面白かったしね。誰にも見られていないから心配はいらないよ」
「ハハ、殿下は優しいな。確かに動いている馬車の前に飛び出すなんて胆が据わっていて面白い女だ!」
「そんな問題ではないだろ!」
呑気に笑い合う2人に私は目をひん剥き絶叫する。
最悪だ。
仮に目撃者がいなくても、その令嬢本人が噂を流すかもしれない。そこに悪意がなくとも、その話を聞いた誰かが悪意のある噂として拡散するかもしれない。
善性であるがゆえに他人の悪意に疎い殿下の性格が災いした。
というか、護衛共は何をやっているんだ。止めろよ! この役立たず共! 変な噂が流れたらお前らの首が真っ先に飛ぶんだぞ!
(もしも殿下のそんな噂が流れれば私がイザベラに殺される!? とにかくまずは情報を集め、そのアリスという令嬢を見つけ出し口止めをして……最悪の場合は口封じをしなくては)
考えただけでも気が重くなる案件だ。それでも殿下の側近として私がやらねばならない。
「殿下、その女生徒の特徴を教えていただけませんか? それと本日の生徒会業務は終わりです。少々用事ができました」
「別に僕は構わないがどうかしたのかシーザー?」
「腹でも壊したのか?」
キョトンとした顔でそんな事を聞いてくるラルフにイラっと来た。
「……ラルフ、貴方は遅れた罰としてこの資料を今日中に関係部署に配ってください」
「え!?」
今日の業務で片付けた十数枚の資料をラルフに押し付ける。
一瞬、こいつにもこっちを手伝わせようかと思いもしたが。
(ラルフに交渉は不可能だ。馬鹿だし。なら話をややこしくされない様に遠ざけた方がいい)
そう結論した。
・・・
放課後の校舎を私は走った。
「ごきげんようシーザー様」
「ええ、ごきげんよう!」
途中で挨拶をしてくる生徒が邪魔くさいがとにかく走った。
夕暮れの校舎に残る生徒は少ない。
殿下の情報とそれから独自に集めた情報を合わせると相手の事はある程度把握できた。
「名前はアリス。家名はカータレット。王都付近の男爵家の令嬢で特徴的なピンクブロンドの髪をしている。顔立ちは幼く、放課後には図書室、騎士見習いの訓練場、校舎裏の大木の下の花畑によくいるとの事ですが……無駄に行動範囲が広いですね」
学園の敷地内だが、方向的には全部の場所がバラバラの位置にある。
それに図書室や花畑ならまだしも訓練場なんかに何の用があるのか分からない。まさか、イザベラみたいな令嬢が他にいるとも思いたくない。
「ぜぇ……はぁ……」
元々体力なんて極細にしかない為、全力疾走をすればすぐに体力が尽きる。
既に図書室と訓練場は見に行ったがそれらしい生徒はいなかった。
もしかすると、もう寮に帰ったのかもしれにがこの案件はできるだけ早く片をつけた方がいいと判断した。可能性があるのなら今日中に話をつけたい。
女子寮にいる生徒を呼び出すとしたらとても目立つし、公になればこちらに泥がつく。できればいてほしいものだ。
「はぁ、はぁ……い、いました!」
ロズレイド城ほどではないが膨大な敷地を持つ学園は移動するだけでも一苦労だった。けれど、その甲斐もあり件の令嬢を補足する。
場所は校舎裏の大木が目印の花畑。
遠くからでもわかる特徴的なピンク色の髪をした女生徒が花畑の中心にいた。後ろを向いているので顔は分からないが恐らく彼女がアリスだろう。
「すーはー……」
一度足を止め乱れた呼吸を整える。
相手の思惑が分からないので下手に弱みを見せない方がいい。
第一印象は重要だ。それもこれから交渉をする相手なら有利に事を運ぶ為に多少の取り繕いは必要だ。
「よし」
準備はできた。
歩みを進め少女に近づく。相手はまだこちらに気づいていないようだ。振り向く素振りがない。
「こんな所で何をしているのですか?」
「……」
声をかけると少女は振り向いた。
すると、一陣の風が吹き、色とりどりの花が舞い踊る。
夕日に照らされ舞う花の中にいる彼女はとても美しく、どこか懐かしさを感じた。
おかしい、本当は今頃シーザー編が終わってるはずなのにまだ終わらない……なぜだ? はい私の責任です。