シーザー・ローズフィードの挫折
前話が短かったので今回は少し長めです。
沢山の感想、質問ありがとうございます。皆様のお声を聴けるだけで日々の活力になります。これからもぜひよろしくお願いいたします。
世界観の設定、人物の心情などの質問に感想など心よりお待ちしています!
では本編どうぞ。
「え?」
顔をあげればそこには物語の中にいるお姫様がいた。
赤色のドレスに綺麗に巻かれた縦ロール。大きなお城にとても映えるお姫様。
絵本のお城に絵本のお姫様がいるのは、なるほど当たり前かと納得しそうになる。
……いや待て。
ここは絵本の中じゃない現実のお城だ。なら目の前にいるお姫様も現実の存在だ。つまり相手はとても偉いはずだ。なら……なら、どうすればいいんだろう?
(本物のお姫様と出会った時はどうすればいいんだろう?)
動揺して動けないでいるとお姫様は頬に手を当てて優雅に首を傾げた。
「あら違うのかしら?」
「間違っておりませんよイザベラ様。こちらが公爵様の養子となられるシーザー様です。シーザー様、ご挨拶を」
執事の男性に笑顔で小突かれる。
それで世間知らずは、ハッとする。どうやら、お姫様と会ったらまず挨拶をすればいいらしい。
それは盲点だった。
「は、はい! ぼ……私はシーザーです! ……違った! シーザー・ローズフィードです!」
「初めましてシーザー。私の名前はイザベラ・ローズフィード、貴方の姉となる者です。姉弟ができるのをとても楽しみにしていたのよ。仲良くしましょう!」
「は、はい……!」
頭を抱えたくなるほどの無様な挨拶とは違い、イザベラ様は見事なカーテシーを決める。その所作のひとつひとつが奇麗だった。
これが本物のお姫様なのか。
見惚れるほどの挨拶を受けて私は内心で震えるほどの感動を覚えた。
男爵家では兄弟仲は最悪のまま終了した。取りつく島もないほどに嫌われていた。
公爵家でも兄弟がいる可能性は考えていたし不安だった。何せ相手はあの死神みたいな男の血を引いている。恐ろしくない訳がない。
けれど、そんな不安が杞憂だったことはイザベラ様の言動を見れば明らかだ。
差し出された手を握れば温もりが伝わってくる。男爵家の兄と違い友好的な姉の存在に安心と喜びが湧き上がる。
「シーザー様が驚いていらっしゃいますよ。それに本日はまだ旅の疲れもあるでしょうから仲良くするのは明日以降でお願いします」
「あら……それでは仕方ありませんわね。残念ですが、また明日になったら遊びましょうねシーザー!」
イザベラ様は元気よく走り去ってしまった。走っているのに優雅な足取りをしているのが素直に凄いと思う。
まだ温もりが残る手を見る。
義理の姉弟になるとはいえ、年の近い綺麗なお姫様に胸の高鳴りが抑えられない。男の性である。
不安と期待に胸を高鳴らせ、お風呂に入ってご飯を食べてこの世の物とは思えないふかふかのベッドで眠った。
――悪夢の始まりはこれからだ。
翌日。
連れてこられたのは広い部屋。この部屋だけで男爵家の客室2つ分の広さがある。ここは子供専用の勉強部屋らしい。
勉強部屋の中は並べられた机に、大きな黒板、教卓の前に立っている壮年の女性がいた。彼女が公爵家での家庭教師をしてくれる先生だ。
「これまでどの程度お勉強をしていたのか課題を出しますので分かる所だけでいいので解いてみましょう」
「はい!」
先生から配られた問題を前に高揚を抑えきれない。
人の価値は最初で決まる。それが男爵家で学んだ数少ない真実だ。これまでできない子扱いをされたけど、実際には私は自分の事をそこそこ優秀だと思っている。
これまでなんの勉強もしてきてない無知な子供が、たった数年で貴族教育を受けた兄の足元に追い縋れたのだから。
少なくとも兄を除いた他の子供の中では一番勉強ができる自負がある。
けれど、最初のできない子のイメージが最後まで足を引っ張り印象を変える事ができなかった。
なら逆に、ここで優秀さを見せつければ自分の価値を証明できるのだ。
予習も復習もできている。緊張はあるがそれ以上に気分が高まっている。私はなるんだ誰にでも認められる人間に。
数十分後。
課題は終わった。多少難しかったができない事もない問題を解き先生に提出する。
「基礎はしっかりできているようですね。大変よろしい。本日の結果を踏まえて明日からの勉強速度を考えましょう」
結果は良好だった。
褒められた事が嬉しくなり内心でほくそ笑む。多分実際にもほくそ笑んでる。誰かに褒められることは気持ちがいい。
「では、本日の授業はここ――」
バン!
先生が終わりの言葉をかけようとした時だ、唯一の出入り口である扉が勢い良く開いた。
「勉強は終わりの時間ですわ! 遊びに行きましょう!」
笑顔のイザベラ様が部屋に入って来た。
「突然なんですかイザベラ様! ノックをお忘れではないかしら? それに扉はもっと静かに開けるようにと毎回お教えしているでしょう!」
「申し訳ございませんわ!」
マナーの悪さに先生が怒るもイザベラ様は全く動じていない。
スタスタと部屋の中に入って来たイザベラ様はガシリと私の手首をつかむ。昨日の握手と同じで柔らかい手の感触。
(あれ? でもなんだか力が強いような……)
「それではシーザーは連れていきますわね!」
そういうとイザベラ様は突然駆けだした。
「え!?」
「それでは失礼いたします! ごめんあそばせ!」
引っ張られるように連れ出された私は体勢を大きく崩す。
「ま、まってください! そんなに急いでは転んでしま――あ」
バランスを大きく崩した私は顔面から盛大に転んでしまう。
そこから私の意識はしばらく闇の中にもぐってしまう。最後に感じたのは体が引きずられるような嫌な感覚だ。
・・・
目を覚ますと知らない天井の下にいた。
「こ、ここは……?」
「訓練場の控室ですわ!」
「い、イザベラ様?」
横になっていた私をのぞき込むようにイザベラ様が答える。
なぜ自分が眠っていたのか分からない。それに体が妙に痛い。口の中も切れているのか血の味がする。
ふと、イザベラ様を見るとドレス姿ではなく動きやすそうなズボンに着替えていた。長い御髪を後ろで纏め、手には細長い木剣を持っている。
「お勉強の次は体を動かしましょう。稽古の時間ですわ!」
話が突然過ぎて意味が分からない。
疑問符を浮かべる私を放置してイザベラ様はさっさと部屋の外に出てしまう。見知らぬ場所に取り残される恐怖感から、私も痛む体を無理やり動かし後を追った。
(ああ、思い出した。確かイザベラ様が勉強部屋にやってきて、手を引っ張ってそれから……転んで引きずられたんだ)
思い出した記憶はあまり思い出したくないものだった。
けど、自分が置かれてる状況は大体わかった。
怪我をした私はそのままイザベラ様に連れられここまで来たのだろう。
(一応手当てはされてるけど、体が痛い……)
稽古と言っていたから体を動かすのだろうけど、そんな事より安静にしていたい。
部屋の外には広い空間があった。
地面は正方形に区切られた白い石作でぐるりと囲むように高い壁が続いている。屋根はなく、人の姿が見える。屈強な体つきをした成人男性が剣を片手に訓練に勤しんでいた。
「こちらですわよシーザー!」
男性らとは距離を置き、細長い木剣を振り回しているイザベラ様を見つけた。そこには、他にも多くの子供がいる。ほとんどが男の子で大人と比べると小さいが私と比べると随分と大きな体をしていた。
「皆さんに紹介したしますわ。わたくしの弟となったシーザーですわ!」
「よ、よろしくお願いします!」
イザベラ様の元に向かうと突然の自己紹介タイムが始まる。どうやら彼らは近隣から集められた優秀な騎士見習いなんだとか。
見た目に反して気さくで礼儀正しい挨拶が返ってくる。
「これからここで剣のお稽古をします。ですが、シーザーの装備がまだできていないから今日の所は見学をしてちょうだい。怪我をしているのだし安静にしているのよ!」
「はい……」
怪我の原因が何を言うのかと思ったがぐっと堪える。
無暗に事を荒げても特はない。
「では行ってきますわ!」
「……いってらっしゃい」
彼女、彼らを見送って少し離れた木陰に腰を下ろした。
ふぅ~と息を吐くと、軽装の鎧を着た男性がこちらにやってくるのが見える。
「貴方がシーザー様ですね? 私は騎士団に所属しておりこの訓練場の責任者をしている者です。お見知りおき願います」
「あ、はい。私はシーザー・ローズフィードです。よろしくお願いします」
急いで立ち上がり挨拶をすると男性は笑顔を浮かべる。ただ、その顔はすぐに怪訝な顔へと変わる。
「ところで、本日はまだ見学だけの予定と聞いていますが……なぜそんなにボロボロなのですか?」
「えーと、さっき転んで」
転ばされたとは言いにくい。それも自分と同い年の女の子に転ばされ引きずられボロボロにされたというのは男のプライド的に口外したいことではない。
「ただ転んだだけでは、そうはならないでしょう」
けれど、男性はその答えでは満足していない。
「転んで、そのまま転んだことに気がつかれないで引きずられて……」
「一体だれがその様な事をしたのです!?」
驚きに目を見開く男性。
こちらを心配してくれた風だけど、今回は迷惑な気配りだ。
ここで素直に事情を話せば角が立つ恐れがある。なら、こちらからの言及は控えて相手に察してもらう方がいい。
「……」
無言のままイザベラ様をチラリと見る。
視線に気が付いた男性も続いてそちらに視線を向ける。都合よく、まわりに他の人間はおらずイザベラ様だけが視線の先に映っている。
「……ああ、それはまた災難でしたな。イザベラ様は元気がありますからなぁ」
若干気まずそうに男性は呟いた。
察してくれたようで何よりだが、その言い分には少し不服が残る。
問題が大きくならなかったのはいいが、それと怪我をさせられた事は別問題である。それを、元気があるでかたづけられるのは納得がいかない。
「シーザー! 私の勇姿を見ているのですよ!」
「……」
……まぁ、だからといってこちらに笑顔を向ける悪意のないイザベラ様を咎めるつもりもない。
結局は不満を飲み込み口をつぐむ、男爵家ではお馴染みの作業をするほかないのだけど。
自分の中で折り合いがつくと、少し冷静になれる。そこでふと疑問を覚えた。
「あの……イザベラ様はお姫様なのにこんな事に参加して大丈夫なのですか?」
他のお姫様がどうかは知らないけど、普通の絵本の中のお姫様は剣の稽古なんてするだろうか? いや、同じくらいの体格の男の子を転ばし引きずる事ができるのならできるのだろうけど。
ただ、自分の中にあるお姫様のイメージとは一致しない。
「ローズフィード公爵家は武門の家ですからね。姫君と言え武術を学ぶのは当然です」
さも当たり前のように言われれば知識のないこちらは納得するほかない。
どうやら、私のイメージと違い現実のお姫様は肉体派らしい。
「それとイザベラ様の剣だけ他のと違うようですが?」
普通の木剣は刃の部分の面積が広くできている。一方イザベラ様の木剣は剣というより棒に近い。
周りの男の子は普通の木剣を使っている中でイザベラ様だけが特殊だ。
「あれはイザベラ様の体格と戦法に合わせて作らせたスピード重視のレイピアを真似た物です。シーザー様もご自分に合った武器をご所望なら作れますよ?」
お姫様は武器のオーダーメイドをするのかとまた新しい発見があった。
それはそうと、私は自分の武器とかいらないから。
「全員構え!」
そんな話をしているとイザベラ様の方から大きな声が聞こえた。
審判と思われる大人の男性が中央に立ち、イザベラ様を囲むように4人の男の子が剣を構える。
「……へ?」
見間違いかと思って目をこすってからもう一度見た。まったく変わっていない光景が広がっている。
4人の男の子は一様にイザベラ様に向かい剣を構えている。
「あ、あ、あの! なんで彼らはイザベラ様を囲んでいるんですか?」
「アレはイザベラ様を中心にした多対一の訓練です。彼ら4人全員でイザベラ様を襲うのですよ」
「正気ですか!?」
「至極真っ当に。まぁ、見ていれば分かりますよ」
「!?」
事もなげにそう言った男性の言葉に唖然とした。
何が見てれば分かるのか、か弱い姫君相手に屈強な男が4人がかりで攻撃をするなど正気の沙汰ではない。
「まっ――」
「始め!」
止めようと、声をかけるも一足遅い。実際に足の遅い私ではどう足掻いても間に合わない。
「「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」」
男子4人は合図と共に駆けだした。
「はぁ!」
「ッ」
そして、最も足の速かった1人の男子がイザベラ様に向かい剣を振り下ろす。
目を覆いたくなるような光景を予想し咄嗟に目を伏せた。
すぐにでもイザベラ様の悲鳴が聞こえ――
「てい!」
「ぐは!?」
――あれ?
女の子の甲高い悲鳴が聞こえてくるのを予想していれば聞こえてきた声は予想よりも野太かった。
目を開いてみると、襲い掛かったはずの男子の体がのけ反り倒れる姿が視界に入る。
「やあ!」
「ぶッ」
イザベラ様はそのまま正面にいる2人目に目標を変え鋭い突きを繰り出す。
鳩尾に突き刺さるレイピア。
相手はうずくまりぴくぴくと体を揺らしている。
「「はぁ!!」」
背後から残った2人の男子が襲い掛かる。
ほとんど同時の攻撃。左右から薙ぎ払うかのように振るわれた木剣を、
「とうですわ!」
イザベラ様は高くジャンプする事で避けた。
驚愕に目を見開く2人。それが致命的な隙を生む。
「はぁぁっ! ですわ!」
「「あ、いた!?」」
片方には空中から顔面に向かいレイピアが振るわれ、もう片方は顔面を足蹴りされる。
華麗に地面に着地するイザベラ様の後方でドタ、バタと倒れる男子たち。
「オーホホホホホホ! 勝利ですわ!」
まさに圧巻、完全勝利を決めたイザベラ様は勝利の高笑いを轟かす。
その一部始終を見ていた私は、
「……えぇ……何あれ」
完全に引いていた。あんな動き男爵家の兄もできない。というか普通の人はできない。本当になにあれ?
「ハハハ! イザベラ様は本当に元気ですな!」
「元気で済ませられる話ですか!?」
――別の日。
訓練場で衝撃的な光景を見た私はしばらくの間、イザベラ様を避けていた。だって普通に怖いし。
幸いにもイザベラ様と私では勉強の進捗具合に開きがあったのでそれぞれ別の部屋で授業を受けていた。最低限、顔を合わせる必要がないので気が楽だ。
ちなみに、進捗が遅れているのは私だ。
(あんなに体を動かせてその上で頭もいいとかイザベラ様はなんなんだろうか? 意味が分からないよ)
人間とは自分の想像を超える存在に対して恐怖感を抱くようだ。
それはさておき、今日は、珍しくイザベラ様と私が同じ部屋で授業を受ける。
貴族なら誰でも受けなければいけない貴族教育の日らしい。
「本日の授業は魔法ですじゃ」
普段の勉強部屋とは違ってどちらかと言えば訓練場に近い無骨な部屋には白い髭を蓄えたお爺ちゃんが先生がいた。
顔以外を包み込むようなローブを身に纏い、身長よりも長い木の杖を持ち、三角の帽子をかぶる老人。
絵本で見た魔法使いまんまの姿をしている。
「魔法とは貴族階級にのみ伝えられる奇跡の御業で、古くは神話の時代から続きこの力があるからこそ我々貴族は民を導いてこれたのです」
先生の長い話を聞き流しながら私は目を輝かせていた。
男爵家にいた頃は魔法のまの字もなかったが、どうやら貴族は誰でも魔法が使えるようだ。
訓練場の一角で大人達が魔法を使っているのを見た事がある。
何もない空間から火や水を生み出す姿はとても不思議で子供ながらに憧れた。
「基本属性は火、土、風、水の4つに分類されています。その他にも聖属性という物がありますが、これは建国神話の聖人様の特性です。ここ数百年の間は同じ属性を扱える者はいませんので記憶の隅に置いておくくらいでいいでしょう」
そんな感じで説明を終えた先生は机の上に丁寧な仕草で水晶玉を置いた。
「この水晶は魔法属性を見極めるための魔法具です。使い方は水晶の上に手を乗せるだけで……まぁ実際にやってみればわかるでしょう。それではイザベラ様からどうぞこちらに」
「はいですわ!」
ワクワクとした様子のイザベラ様は水晶の上に小さな手が乗せられる。すると水晶の中で何かが動き出す。
「まぁ、小さな水流が渦を巻いていますわ!」
透明だった水晶の中には小さな竜巻ができていた。
それを見ていた先生は興味深そうに水晶をのぞき込む。
「ほぅ、どうやら水と風の2つの属性をお持ちの様ですな」
「それは珍しいんですか?」
「ええ、魔法の属性は生まれ持った物を1つが通常です。たまにイザベラ様のように複数の属性を持つ方もいらっしゃいますが大変稀です」
私の質問に先生が答える。
珍しく稀と評されたイザベラ様は見るからに上機嫌だ。
「えへん、ですわ!」
「この様に魔力を持った人間が水晶に触れると属性ごとに変化が生まれます。火の属性なら火種が、水の属性なら水気が、土の属性なら鉱物が、風の属性なら気流が生まれます」
「先生! ではこの生まれた水はどうすればいいのかしら?」
「手を離せば自然と消えますよ」
イザベラ様が水晶から手を離すと、不思議な事に水晶はまた無色透明に戻る。
「それでは次にシーザー様どうぞこちらに」
「はい!」
イザベラ様のいた位置に向かうとドキドキしながら水晶に手を乗せる。けれど、さっきとは違いすぐに変化は起きなかった。
さぁっと血の気が引いていく。
「まさか、僕には魔力がない……」
貴族なら誰でも持っている力。それがないとなれば、自分の価値がなくなってしまう。そう考えたら泣き出しそうになる。
「いいえ、よくご覧ください」
すると、先生が水晶の中心部分を指さした。そこには本当に小さいけれど泡が浮いていた。
「これは水属性ですね。ローズフィードは土地柄的に水と風の属性になりやすいのです。安心してください確かにシーザー様にも魔力は宿っておりますよ」
「はい……!」
その言葉に安堵する。
よかった。本当に良かった。
それからは、魔法を具現化するために監督役に見られながら私とイザベラ様はそれぞれ訓練に励む。
魔法を使うと体を動かしていないのにとても疲れる。中には倒れる人もいるそうなので監督役が必要らしい。
「はー!」
最初は不安だったが、練習の成果もあり掌に集中するとシャボン玉が数個作れるようになった。
「その調子です。魔法が具現化したらできるだけ長持ちする様に集中しましょう」
「あ……!」
けれど、すぐに破裂して無くなってしまう。
しょんぼりと落ち込む。
「シーザー様は随分と上達が早いですね。このまま研鑽を詰めば一人前の魔法使いになれますよ」
「ホントですか?」
「ええもちろん」
監督役の男性が笑顔でそう言うがいまいち信用できない。その原因はイザベラ様だ。私はチラリと遠くにいるイザベラ様を見た。
「とう‼ やあ! はぁ! ですわ!」
イザベラ様の叫び声と共に大きな水の球が生み出され的に向かって飛んでいく。
それとは別に風の刃を作り出し壁に亀裂を入れると、空高く跳躍する。
「イザベラキーーック、ですわ!」
片方の足を突き出し水と風を纏いながら地面をけりつける。すると、ズドンと大きな音と振動を立て地面を粉砕した。
土ぼこりの中から飛び出したイザベラ様は華麗に着地を決める。
「シュタですわ!」
自分で生み出した破壊の後を見て満足そうに笑うイザベラ様。その近くで監視をしていた若い騎士の男性が叫び声を上げていた。
「ちょっと! 訓練場を壊さないでくださいよ! どうするんですかこれ、始末書モノですよ!!」
「力を求める者には相応の犠牲がつきものなのですわ!」
「犠牲になるのは監督の私ですよね!? 修繕費として給料引かれますよねこれ!?」
「オーホホホですわ!」
そんなやり取りをしている2人から視線を戻す。
「本当の本当にですか? アレと比べて本当に一人前になれますか!?」
「……」
答えは返ってこなかった。
――また別の日。
「いい加減に私の事をお姉様と呼んでいいのですよ!」
「……はい?」
お城での生活に慣れ始めた頃に突然イザベラ様がそんな事を言い出した。
「私たちは義理とはいえ姉弟です。なのにシーザーったらいつまでたっても私の事をイザベラ様と呼ぶんですもの。姉弟ならもっとフレンドリーに接するべきですわ!」
彼女なりの気配りだと思うけれど、この時にはすでにイザベラ様に対して若干のにがて意識を持っていた。
彼女は、俗に言う天才なのだ。男爵家の兄を優秀だと思っていたが、イザベラ様と比べるとあまりにも見劣りしている。
努力でのし上がる事しかできない非才の身にはそんな天才があまりにも眩しいのだ。
「えっと……それじゃあ義姉上と」
「まぁいいですわ。本日はシーザーと遊ぶ為にこれを持ってきたのよ!」
一方的に感じている劣等感を理解していないイザベラ様は友好的な態度のままだ。今日も一緒に遊ぶための玩具を持ってきている。
「遊戯盤ですか?」
「戦棋というのよ。この駒を動かして相手の宝を取れば勝ち。まずは駒の動きを覚えましょう!」
取り出した盤上に駒を置いていく。チェスに似ているけどまったく違うゲームだとわかる。
「……まるで本物の様ですね」
盤上には立体的な山や川の絵が描かれている。そこをマスとして区切っているのだ。
「フフン! これはローズフィード式の盤上でより実戦に近い作りになっているの。お父様は毎年開かれる大会でいつも優勝しているのよ」
ルール自体は特に難しくもなく数分もすれば簡単に覚えられた。
「うぅ……」
「始めたばかりだもの。負けて当然よ。これから強くなっていきましょう!」
けれど、初めてやるゲーム内容は惨敗だった。
(惨敗した。こっちが初心者という事もあるけど……まさかこの人、ゲームも強いとか……? いやいや、まさかね……)
もしそうならあまりにも万能が過ぎる。
けれど、それに関しては悪い予感は当たらなかった。というより、私には義姉上の実力を図る事もできなかった。
「あう……」
数日が過ぎて、義姉上と再戦する。
盤上には配置は違えど最初の時と同じ光景が広がっている。
「シーザーはひとつの作戦に拘り過ぎなのよ。確かに攻めていれば相手は動けなくなるわ。でも、お互いが同じ条件なら守る側の方が有利なのよ。そこをもっと考えましょう」
「は、はい……」
アドバイスをもらい普通の勉強に加え戦棋の勉強も熱心に始める。
それから1か月後。
「あれぇ……?」
最初よりは断然うまくなっているけど、勝ち星が一向に上がらない事に首を傾げる。
「今度は防御に偏り過ぎね。有利とは言っても攻め時に攻撃を仕掛けないと相手は体勢を整えて再突撃してくるわ。勝ったとしても泥試合ね。もう少し盤上を見た方がいいわ」
「はい……」
さらなるアドバイスをもらい、義姉上以外の人とも積極的に対戦をし始めた。
それから数か月後。
「……」
やはり盤上の光景は変わらない。これは義姉上の実力云々の話ではなくこちらの実力が低いのだ。
同い年や年上、年下と色々な人と対戦をしても一向に勝てない。
「……どうやらシーザーはこのゲームが苦手な様ね。視野が狭すぎて一つの事に動くと切り替えができないみたい。……また違うゲームで遊びましょうね」
底抜けに明るい義姉上が珍しく苦笑いを浮かべている。
それほどまでに私は弱かった。
「……」
負けた盤上を見ながら誰もいなくなった遊戯室で僕はひっそりと涙を流した。
――半年後。
「今日はローズフィードの伝統的な大会があるんです。シーザーも一緒に参加しましょう!」
「大会ですか?」
「そうですわ! 城にいる子供たちは皆参加しますわ。これを期にシーザーも友人を作ったらどうかしら!」
「……善処します」
普段はずっと城の中で勉強をしており、さらに体を動かす事が苦手で遊戯の才能がない私に友達はできない。
皆、最初は友好的でも一緒に遊べないとなるとすぐに離れていってしまう。
勉強が好きという奇特な子供はこの城にいなかった。
「ええそうしなさい! ではまずこれを上げますわ!」
「……これは石ですか?」
渡された石をまじまじと見る。宝石とか鉱物とかではなくそこいら辺に落ちている様なただの石だ。
「そうですわ! この日の為に私が見つけた一級品です! これを使えばシーザーもきっと活躍できますわ!」
石ころに一級品があるのだろうかと疑問に思う。というか、これをどう使えば活躍できると断言できるのか理解不能だ。
困惑する僕を他所に大会とやらが開かれるスペースに到着した。
地面が土で観覧席が用意されてる一風変わった訓練場だ。
普段見ないような大人達が観覧席にはいっぱいいる。
「さぁシーザー! ローズフィード伝統の石合戦大会を始めますわよ!」
「……はい?」
うん? いま、石合戦とか言わなかったか? 聞き間違いかな?
「ルールは簡単ですわ。チームを2つに分けて両者の陣地に旗を立てます。最初に旗を倒した方が勝ちですわ!」
「え? ええ?」
「鎧の装備は頭と片手用の盾のみ。武器は投石と武術のみ。シーザーは私と同じ陣営よ。一緒に頑張りましょう!」
ああ、これ聞き間違いではないな。
そう納得した瞬間、私は盛大に慌てだす。
「いやいやいやいや!? 石合戦!? 石を投げ合う!? そんなの死んじゃうよ!!」
言葉が乱れているけど関係なかった。あまりにも頭の可笑しな大会を全力で否定したかった。
「大丈夫よ! 毎年やっているけど4,5人くらいしか死なないわ!」
「4,5人死んでるじゃん!?」
頭がおかしいと常日頃から思っていたがまさかここまでとは。
「そんなに心配しなくても大丈夫。ほらこれを腕につけなさい」
差し出されたのは小さな腕輪。金細工に赤色の宝石が埋まっている。何となく魔力を感じるので魔法具の一種だろう。
「こ、これは?」
「物理攻撃から身を守る魔法具よ。全部で3つあるから腕につけなさい。……本当は皆と同じようにわたくし達も命を懸けて対等な試合に臨みたいのだけど、立場上それはできないわ。だから、私たち領主の子供はこの魔法具が2つ壊れた時点で失格になるのよ」
とても不満そうに義姉上は言うが、何が不満なのか全く分からない。
やはり頭がおかしい。
「ああ、でも負けたくないからって魔法具が壊れても参加し続けちゃダメよ。去年の大会ですごく怒られたんだから!」
その注意事項が出るという事はつまり、去年は本気で命を懸けていたという事実だ。
うん、頭がおかしい。
理解ができないモノは怖い。
私はもうイザベラという女の事を同じ人間だとは思えなくなった。
・・・
「試合開始!」
大きな鐘の音を合図に石合戦が開始される。
西軍と東軍に別れた陣営は激しくぶつかり合う。
シーザーとイザベラは西軍に所属していた。
「攻めろ攻めろ! ローズフィード式投球を見せてやれ!」
「何を! こっちだってローズフィード式投球二の型をお見舞いしてくれるわ!!」
「まずは先鋒共を蹴散らせ!」
ローズフィード領地の伝統競技石合戦は子供達のお祭りだ。成人前の子供らが集められ激しくぶつかり合う。
その様子を観覧している大人達からも応援と歓声が響いていた。
両陣営激しくぶつかり合い、怒号と石のつぶてが飛び交う。そのほとんどは盾や兜にぶつかるが生身の素肌にあたる事も珍しくない。
急所を避けても当たれば大けがをするであろう石の雨の中を颯爽と駆け抜ける一陣の風がいた。
「行きますわよ!」
「イザベラ様が来るぞ!」
イザベラは腰のポーチに入れた小さな石ころを指の間に挟み投擲する。一撃一撃の威力こそ弱いが、小さな石ころは目視する事も難しい。
盾の間を抜け生身の部分にダメージを与える。
「ぐあ!?」
「油断するな! 囲んで足を止めるのだ!」
敵側のリーダーが指示を出せば子供達はすぐに対応をして見せた。
飛び跳ねるイザベラの進行を妨げ、次第に距離を縮めていく。
「そりゃあぁ、ですわ!」
「ぐあぁ!?」
「あ、いた!?」
それでも、イザベラは止まらなかった。
逃げ場所がないのならこじ開ければいいとでも言いたげに目の前の敵に投擲を浴びせる。
戦闘不能にならなくとも蓄積された痛みに段々と怯み始めた。
そうこうしている内にイザベラ陣営の主力が動き出す。
「よし今が好機だ! イザベラ様が道を切り開いたぞ! 全軍突撃!」
「突撃!」
「突撃!」
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
イザベラが崩した陣形の隙に残された全軍での突撃。
防戦一方となった敵側は追い込まれていく。
「隊長! このままでは旗がやられます!」
「仕方ない。旗を持って撤退だ! 殿は……俺が務めよう!」
「な!? そんな隊長が犠牲になるなんてここは僕が!」
「これも勝利の為だ。行け! そして勝つのだ! 次の指揮官はクラネルお前に任せる。勝利は我らに!」
撤退を指示したリーダー格の少年は独り前進する。
すると、副官のクラネルは涙を流しながら全軍に指示を出す。
「隊長―!! くっ……了解しました。どうかご武運を! 全軍撤退!」
「撤退! 撤退だ!」
「旗を守れ!」
クラネルの指示のもと撤退していく敵軍。
「奴ら逃げていくぞ! 逃がす――ぐはぁ!?」
それを追いかけようとしたイザベラ軍の前には敵軍のリーダーが立っていた。
「ここを通りたければ俺の屍を越えてみろ!」
彼は同年代の中でも最強を誇る猛者だった。数の上では圧倒的に有利なイザベラ軍は立ちふさがる敵の気迫に気圧される。
その間も敵軍は確実に逃げる準備を整えている。
「その意気やよし。けれど、貴方はここでおしまいです。勝つのは我々ですわ!」
「イザベラ様……相手が誰でも関係ありません。私は味方を守るために何人たりともここを通すわけにはいかないのです!」
「ならば押し通るのみですわね!」
イザベラの無慈悲なまでの連続投擲。
「ぐは!? ……まだだ、まだ倒れんよ! うおおおおおおおおおおおおお!」
負けじと少年も全力の投擲で返礼を返す。
そんな少年と少女の一進一退の攻防に白熱する会場から全力で背を向ける人影があった。
そう、シーザーだ。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! あんなの死んじゃうよ!!」
シーザーはわき目もふらずに逃げ出した。どんなに優秀な魔法具で守られていようと目の前で人の拳台の大きさの石が投げつけられるのだ。その恐怖は生存本能を刺激されるのに十分な効力だった。
「なんだよ石合戦って!? あんなの頭にあたったら普通に死ぬよ! なんで誰も止めないんだよ! どいつもこいつも頭がおかしいんだよ!」
恥も外聞も関係なく涙を流しながらシーザーは叫ぶ。
ただ、元々体力がないのに叫びながら走っていれば注意力は散漫になり容易に足を掬われる。
「うぎゃ!?」
こけて泥だらけになったシーザーは、それでも地面を這いながら逃走を続ける。
「し、死にたくない。逃げないと、このままだと殺される!!」
戦ってもいないのにボロボロになったシーザー。
そんなシーザーの後方から溢れんばかりの拍手が鳴り響く。どうやら石合戦が終わった様子だ。
拍手の音と共にシーザーの耳には甲高い声が聞こえた。
「オーホホホ! 完全勝利ですわ!」
これに関してはイザベラ自身に落ち度はない。
けれど、死の恐怖を身近に感じたシーザーは刷り込み的にイザベラの高笑いを嫌悪するようになる。
泥にまみれ涙を流すシーザーの姿は、当初シーザーが思い描いた栄光と称賛に溢れ誰にも認められる自分の姿とはかけ離れていた。
こうしてシーザー・ローズフィードという凡才はイザベラ・ローズフィードという天才に無意識に無自覚に完膚なきまでに心をへし折られたのだった。
次回は過去回想のラスト、シーザーとアリスの学園での邂逅です。
注意、石合戦はとても危険です。真似をしないでください。最悪死にます。