親族会議
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言うは易しという言葉があるが、戦とはまさにそれである。特に相対する敵が外ではなく中にいる場合難易度が跳ね上がる。
民草からすれば王侯貴族なんぞいつもどこかで意味も分からず戦に興じているように見えるかもしれないが、実際にそこにたどり着くには幾つもの条件をクリアする必要がある。
戦うための大義名分、家臣の招集、軍資金の工面、兵の募集、周辺領地との兼ね合い、上からの陳情などなど。
男爵や準男爵規模なら数十から数百程度の行軍で済むが、大貴族ともなれば一度の戦で動員する兵の規模が違う。少なくとも数千から数万。それだけの人が動けば金もかかるし、軍備も馬鹿にならん。家臣からの反対も出るだろう。何せ兵とは民だ。民とは労働力だ。戦い減るのも問題だし、実際に減ると後の運営に打撃が出る。
それら数々の問題をクリアし、戦争にこぎつけたとして、勝利しなければ意味がない。勝てたとしても収入が下回れば損しかしない。
戦は政治だ。土地、資源、人材、財貨を相手から奪い取るために行う経済活動だ。結果がマイナスでは誰も納得はしない。
特に内戦の場合、勝利したとしても同じ国の民から無茶な略奪は出来ない。民の財とは国の財であり、国の財は王家の財である。
略奪し皆殺しにして税収が減れば王家より叱責を食らってしまう。まあそんな物聞き流せばいいが、問題は周辺諸侯の反応だ。
できれば国内で戦をしないでほしい日和見な王家と違い、連中はいつでも下剋上を狙っている。
王家と最も近しいく、疲弊した国の中戦地になったにも関わらず、最も初めに復興に着手されたローズフィートはどこからどう見ても特別扱いを受けている。内々の理由はあれど、そんなの内情を知らない外の連中にとっては関係ない話であり、依怙贔屓はした方とされた方以外の者にとって面白くないのだ。
だが今回は事情が異なる。
前提としてモーガンとの戦は、王子の失態を隠すために捧げられた供物である。当然、どんな戦をしようと王家は文句を言えないし、口出しをしてこない。家名の泥を払うためにも雪辱戦はせねばならん。
問題なのはウチの戦闘狂どもが元凶である王家を攻めないようにうまく舵を取らねばならないということだ。
父上の了承は得た。都合のいい生贄も用意した。最悪の場合の覚悟も出来ている。
「それでもめんどくさい」
思わずため息が漏れた。
王国最強を謳われたローズフィートは、武門の名家である。当主の俺が宰相などをして、ローズフィート出身の文官を多く城に務めさせているから若い世代には勘違いされるが、貴族とは元々戦士階級に与えられた称号であり、古の時代より続く名家は基本的にみな武家である。
戦時下中の武家など戦で活躍してなんぼであり、虚弱体質ゆえに戦場に立てなかった俺を親族連中は快く思っていない。
父上の後押しと、長男という立場、それに文句を言う連中を片っ端から謀略にて屠ってこなければ当主にはなれなかっただろう。当時の確執もありこれから行われる親族会議は非常に胃が痛くなりそうだ。
・・・
「失礼いたします。公爵様」
執務室の扉がノックされた。入室を許可する。部屋に入ってきたのは燕尾服を着た、まだ若い女性だ。
ローズフィートは何よりも実力を尊ぶ。ゆえに、実力があれば身分の年も性別も関係なく要職につける制度が整えてある。
まあそれは長く続く戦争で男手が足らず領地が立ち行かなくなりそうだった時に、労働力を募集するための方便として流布したのだけど。王国の男尊女卑の慣習を真っ向から否定するような制度ではあったが領民の気性故か受け入れられ今日に至るまで続いている。
王都ではまず見られない光景だ。
ここで女性だからとか、女性の癖に、などという文言を口にするのはご法度だ。若いのに城に務められ男性執事を押しのけ当主の専属に入れた実力者だ。負けん気が強くプライドが高いのが予想できる。凡俗ならまだしも実力者を敵に回して得られる物は悲劇か喜劇くらいのものだ。
「会議の準備、滞りなく整いました。こちら本日の会議に参加する皆さんの名簿です」
女性執事から名簿を受け取りざっと目を通す。
虚弱と多忙により中々領地に帰れなかった身の上なので親族といえど直接顔を合わせるのは久しぶりだ。昔から知る名もあれば、俺の記憶ではまだ舌足らずな子供だった者の名もある。
広大なローズフィートの領地を守護する親族と家臣の数は当主だけ数えても軽く百を超える。今回はその中でも有力者を集めたがそれでも30はいるだろう。内、顔と名前が一致する者は片手で数えられる程度。……なんとも心もとない。
「では向かいましょう。僭越ながら先導させていただきます」
「ああ」
愚痴も言ってられないか。
執事と護衛を共に懐かしき生家を練り歩く。廊下で幾人かとすれ違うが、古くからの使用人以外は知る顔も少ない。知ってる使用人たちも既に一線を退いた老人がほとんどである。年の流れとは残酷だ。
会議室についた。部屋に入ると、父上を始め親族たちが頭を垂れている。当主の席に着くと、姿勢を戻すように声をかけた。
「お久しぶりですご当主様」
親族を代表して父上の弟、俺からすれば叔父に当たる人物が代表して挨拶をする。俺も定型文をそのまま口にして挨拶は終わりだ。早速本題に入る。
既に王都をたち1月近く経過していた。遠く離れた地にいても耳ざとい者ならある程度の事情を知っているはずだ。
それでも一応は箝口令の敷かれた内容。深い部分までは知らないだろう。
真実にスプーン一杯程度の嘘を交え、時系列をわざと乱し、事実を微妙に捻じ曲げながら事のあらましを説明した。
特に強調したのはイザベラを直接害したのは王子ではなく騎士団長の息子であり、派閥から裏切り者が出たこと。
貴族にとって身内の裏切りは家の恥として発覚した瞬間、報復対象にされる。甘言に騙されイザベラを裏切り王子に味方した派閥の令嬢らの未来は暗い。というか未来があるのかすら保証はされないだろう。
あの3人娘の生家は、将来イザベラが王妃として活動するのに有益とみなした家で、ローズフィート派閥の貴族との婚姻がそれぞれ決まっていた。予定ではイザベラの婚姻と同時期に籍を入れる予定であった。皮肉なことに彼女たちにこれから待つのは婚約破棄の未来である。
そして、彼女たちと婚姻を結んでいた家を中心に報復が行われる。これも一つのケジメである。同情はしない。
「質問をよろしいでしょうか?」
「無論だとも」
ある程度話が進んだ所で叔父が挙手をした。
彼は虚弱だった幼い俺に政治を叩きこんだ師でもある。父上の弟らしく筋肉質な体に、温厚そうな表情を携え、腹の内は真っ黒な御仁だ。油断すれば食われる。
「事情は理解しました。大変ご苦労されたでしょう。イザベラ様にもお見舞いを申し上げます。――さて、それはさておき、つまり我々はこれよりイザベラ様の雪辱を晴らすため戦に出向く。その認識でよいのでしょうか?」
「いいや間違っている」
行動方針は間違いない。けれど、その大義名分で戦が始まるのはよろしくない。娘の為を大義名分にされてしまえば親族たちに借りを作る事になってしまう。
「これより始まる戦はローズフィートの威信をかけた戦である」
俺たち親子のためではなく、ローズフィートとそれに連なる全ての者の為に行う雪辱戦だ。政治の場において断言は上げ足を取られる元となり悪手であるが、ここはきっちり明文化しなければならない。
「……なるほど理解いたしました。ご無礼をどうかお許しください」
「許そう。共に我らが威光を守ろうぞ」
「かしこまりました」
第一段階はひとまずクリア。この戦は、誰の為でもないローズフィート全体の問題だ。だから、戦が終わって報酬がなくても騒ぐなよと暗黙の了解が出来た。
「私めも質問をよろしいか?」
「無論」
次に手をあげたのは魔物が生息する大森林と接する南部をまとめる騎士団の隊長だ。
「戦をするのも、理由も理解した。だが、此度の戦の目標だだれぞ? 家の名を守るのならば婚約破棄などをした王子を相手にするのが妥当だと具申するが」
国家反逆を平然とした顔で具申するな愚か者。
「否。我らが狙うは我が娘を地に伏し、栄光ある家名に泥を塗ったモーガン家である」
「ほう、先の大戦において前公爵様と同様英雄と謳われた鬼神ですか。相手にとって不足はありませんな!」
いい年した爺が目を輝かす姿は見ていてあまりいい物ではない。無視しよう。
視線で促すと、次に手をあげたのは……誰だ? 名前を聞いてもわからん。位置的には鉱山の近くにいる貴族か。
「相手は理解いたしました。しかし、確かモーガンめの領地は王国東部よりで攻めるにはいささか遠いと思われます。軍備にいたしましてもそこまで余裕がある訳ではないと思うのですが……」
俺が名を知らないという事は、どこぞから派生した新しく出来た家なのだろう。年齢からして戦を経験していない世代だ。知識としての軍の運用は出来ても実戦は初なのだろう。隠し切れぬ不安が顔に出ているぞ。
「戦場は、別にある。王家の仲立ちにより此度の戦は代理戦争にて執り行われる運びだ。我らとモーガン家がそれぞれ別の貴族を支援し、極力直接対決をしないようにと陛下は申された。無論極力であり絶対ではない。我らは我らの戦をするだけだ。軍備その他は現地の貴族から提供がある故心配はいらない」
「かしこまりました」
元々利益の見込めない戦だ。自分たちの領地が傷つかず、少しでも安く済むならそれに越したことはない。多少の不満は出たが、反対はなかった。
・・・
途中まではうまく回せていた会議だが、やはりというか俺に対する不満が徐々に出始めた。中でも悪いのは相手で雪辱戦にも異存はないが、失敗を演じた俺と娘になんの処罰もないのはいかがなものかというものだ。
要するに責任を取れ、という事だ。
不満は伝染し、疫病のように蔓延する。
父上も俺を援護しようとするが、中々に難しい。そこで俺は生贄を投入することにした。俺の身内に罰がないというのなら、目に見えた形で不満を解消してやればひとまず落ち着くだろう。
「其方らの意見は至極当然だ。そこでこれを見てほしい。――連れてこい」
騎士に合図を送ると、あらかじめ控えさせていたそれを別室より運んできた。
「……なんですかそれ?」
訝しがる親族の目が、人一人が入れる大きさの粗末な麻袋に注がれる。
「我が家を裏切り王子と内通していた恥知らず。シーザーだ」
袋を縛る縄が解かれ引っ張り出されたのは、簀巻きのシーザーだ。イザベラの折檻により一時は見る影もなくなっていたが、流石に見栄えが悪いので顔だけは判別できるように治療した。
猿ぐつわを噛ませてあるので話せはしないが、特に問題はない。この会議で奴に発言権はない。
「ここに集まる皆なら知っていると思うが、シーザーは我が地位を継ぐために分家より迎え入れた養子だ。だが、家を裏切り損害を与え、王家との間に不和をもたらした時点で、その地位ははく奪した。こやつの処分を卿らに任せよう」
「う――!!!!」
もがき騒ぐシーザーは無視して、親族の反応を伺う。色々な意味で動揺をしてるようだが、シーザーに向ける視線は一様に冷たい。
分家として本家に招かれたにも関わらずお家を裏切った下手人なのだ。同じく本家に仕える者の教示として許せぬのだろう。
それに、対外的に俺はシーザーを本当の息子のように扱っていた。血は繋がっておらずとも後継者に選び、そう見えるように振舞ったのだし当たり前だ。そんな息子を差し出すと言えばそれ以上追及するのは難しい。
実際はイザベラの為、次期宰相にするべく公爵という地位が必要だから養子に迎え、将来的には王都でのみ活動させ、領地の実権は下の妹の子供が優秀と聞くのでそちらに任せるつもりだった。
おかざりの爵位と王都での職。それが俺からシーザーに与える全てである。勿論、宰相として役目を果たし、王となるイザベラをしっかり支え、次世代に繋げられたら王都か領地に屋敷でも用意させ楽隠居させる予定もあった。
が、俺が職を辞した時点でシーザーは用済みだ。あまり思い入れもない。邪魔者の処分を任せることで皆が納得できるなら、まさに一石二鳥である。
生贄作戦は功を奏し、それ以上俺とイザベラを責める意見は出てこなかった。
こうして親族会議は概ね予定通りの結果を得られた。
心痛な面持ちで連れていかれるシーザーを見送り、俺は密かにガッツポーズをした。
「たちが悪いのう……」
そんな俺の姿を見た父上がぼそりと呟いたが、気にしないでおく。
何事も勝てばいいのだ。