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親と子

「……」


「……」


 馬車が再出発してからしばらく経つ。が、俺たちの間に会話はない。


 空気が重い。軽く吐きそうだ。


 普通の親子とは、世間一般でいうところの普通の父親とは婚約破棄された(実際はされていない)傷心中の年頃の娘と何を話せばいいのだろうか。


 騒動の直後なら事情聴取と称して話も出来ただろう。淡々とした事務的な会話かその逆になりそうだが、普通に話せはしただろう。けれど当時は政治的に宮廷を離れる事が出来なかった。宰相の立場は私情を優先させられるほど責任が軽くはないのだ。


 それでなんやかんやと働いていたらいつの間にか治療と見舞いは医者と家人が、事情聴取は騎士団が済ませてしまった。


 俺が出来ることが何もない。そのままずるずると時間がたち今に至る。


 うむ、これは駄目な父親だ。我ながら呆れ果てるな。


 いっそこのまま無言を貫いて駄目な父親を継続してやろうかと思わなくもないが、生憎と面と向かってそれができるほど親を辞めてはいないのだ。仕事は辞めたけどな。それにさっきからイザベラの隣にいる侍女からの視線も痛いし。


「ゴホン……最近、調子はどうだ?」


「……どうだ、と、おっしゃられても何について聞かれているのかわかりませんですわ」


 普通に会話が成立したことに少しだけ喜んだ。決して弾んではいないが、娘が学園に通って早三年

。その前も俺は仕事で忙しく中々家に帰れなかったので実質はもっとイザベラと真面に会話なんてしてこなかった。そのブランクを考えれば上々の滑り出しと言っても過言ではない。


 このまま無難な話題を振って慣らしていけば普通の親子の会話も出来るだろう。


「ふむ……近状、もしくは学園での思い出とかだな」


「婚約者をどこの馬の骨ともわからない娘に奪われ婚約破棄されましたわ」


「……」


 ……なるほど。どうやら俺は失敗したようだ。図らずも駄目な父親を継続してしまった。継続は力になるが、このままこれを続けると父親の威厳とかが弱体化していきそうだ。むしろ今がもう風前の灯火じゃないだろうか? 


 侍女も無言で「やりやがったなこのおやじ……!?」みたいな壮絶な表情をしている。言われないでもわかっているこのやろう。


 何が辛いって、娘の声があまりにも悲痛な響きを含んでいることだ。これはあれだ、自分で言って自分にダメージが入ってるようだ。それも偶発的な事故ではなく、自傷に近い。


 さっきまでは重苦しい空気で済んでいたが、今は空気中に小さな棘が混ざっているかのように痛々しい空気になり果てている。辛い。


「……おしかりの言葉はなにのですか?」


 どうやって挽回すれば父親の面目が保たれるのか思考を巡らせていると、ふいにそんな声が聞こえてきた。


 イザベラは俯き、膝の上で重ねた手が震えていた。

 

「……それとも殿下に婚約破棄されるような不出来な娘にはおしかりすらいただけないのでしょうか?」


 消沈してるのが一目で分かる弱気で卑屈な言葉選びだ。普段が勝気なだけあって落差が大きく、いっそう痛々しい。


 気の弱い令嬢なら婚約者に浮気をされあまつさえ婚約破棄を直接言い渡されたら自殺も考えるだろう。イザベラの場合それに加え身内から裏切りにもあったのだ。むしろ今までよくぞ気丈にふるまえていたものだ。


 ならばこそここは親として正しい返答をする場面だろうて。


「……」


 いや、そもそもこの場面の正しい返答ってなんだ? 生憎と俺の教科書にはそのカリキュラムは乗っていない。不良品かよ。ちくしょうめ。


 宮廷の魑魅魍魎共の相手なら片手間でも出来るというのに、年頃の娘にかける正しい言葉とか何も思いつかん。不良品かよ。ちくしょう。


「……」


「……」


 せっかく続いていた会話が途切れてまた無言だ。痛い、苦しい、辛い、泣きそう。会話のない空間とはこれほどまでに心身にダメージを与えるものだっただろうか?


 とにかく一刻も早く返答せねば。このまま無言が続くのは、流石の俺でもまずいと理解できる。だが女を口説く落とす言葉すらよく知らん見合い結婚の俺にとって、実の娘を励ます言葉など当然思いつくはずもない。


 ならばもう、下手に気取らず実直に思った言葉を綴るしかない。


 仮にそれで当たって砕けたとしても上等だ。生きることが日々玉砕覚悟の病弱を舐めるなよ。死ぬ覚悟なんざ物心つく前から強制的にできている。


「一通りの事情は把握している。方々からの報告も聞いた。その結果、今回に私からお前をしかる必要がないと考えている」


「……」


 騒動の概要は調べつくした。王子たちが何を思い何を考えて行動したのかはいまいちわからんが、それ以外の事情は把握している。


 イザベラに落ち度が全くない訳ではない。けれど、それ以上にその他があまりにも目に余りひど過ぎた。


 うちの愚息を含めた馬鹿共は人目をはばからず件のアリスと情事を重ねていた。肉体関係の有無は不明だが、それでもあからさまな不貞行為だ。


 貴族であり年頃ならそういうこともあるだろうが、問題なのは行為自体ではなく、周知されていることだ。


 そんな真似をされたら婚約者のイザベラは面目を守るためにも人前で王子に注意をせねばならないし、改善されなければ実力行使をせなばならない。それが虐めだと認知されたり、派閥の連中の暴走を許したりとまだまだ脇が甘く到底一人前とは言えないだろう。けれど、発端は馬鹿者共だ。連中の暴挙はそれにとどまらない。


「王子は随分と楽しい学園生活を送っていたようだな。生徒会の職務を怠け女の尻を追いかける日々はさぞ愉快で快適だっただろう」


 学園の自治組織である生徒会の権力は大きい。元々貴族社会の縮図を学ぶ目的があり、宮廷や政府と同等の役目を担っている。


 故に生徒会が機能不全に陥ると学園の運営自体に多大な影響が出てしまう。


 教師は何をしているのだと思わなくもないが、奴らの役目は学園の運営ではなく生徒の管理である。それ以上の権限を与えていないのは政府側なので文句も言えん。


 学園側から宮廷に救援要請が出ていればこちらも事態を把握して動けたのだが、王子の報告を担っていた監視役はアリスにたぶらかされた疑惑のあるアルベルトである。奴からの毎月の報告書には「異常なし」としか記載されていなかった。


 ほかの教師陣が動いていればまた違ったのだろうが、連中は自分の管理不行きを知られるのを恐れアルベルトに丸投げしてた節がある。


 もしもそのまま大きな問題が起これば王子たちには貴族社会で永遠に消えない失点が残っていたことだろう。


 それを未然に防いでいたのがうちの娘である。


「王子が怠けている間、滞っていた生徒会業務に手を回していたのはお前なのだろう」


 生徒会の現状を知ったイザベラは王子の婚約者であるという立場を利用し権力を振りかざし、本来なら生徒会に所属していないにも関わらず業務を肩代わりしていた。


 皮肉なことにそのせいで俺たちは学園の異変に気が付けず今回のような騒動になったのだけどな。


「普段の学業に加え王家から出された課題も来ないしつつ王子に失点がつかないように懸命に働いていた」 

 

 イザベラには学園入学と同時に王妃教育の一環としてとある課題が出されていた。細部は省くが要約すると在籍期間中に派閥を作り学園の女生徒の人心を掌握するというものだ。


 王子の婚約者、公爵家の令嬢の肩書を持つイザベラなら一見簡単のように思えるが、実家の優劣が希薄になる隔離された学園という場所ではそうやすやすとこなせる課題ではない。


 更に馬鹿共の素行の悪さが婚約者であり姉であるイザベラの足を引っ張っていた。


「身を粉にして働いていた者を責める必要がどこにある?」


 頭の中まで薔薇が咲いてる馬鹿共の吐き気がするほど愉快な学園生活と違い、イザベラの学園生活は大人も驚きの黒さだ。


 軽く見積もっても子供が平然とこなせる仕事量ではない。大人でも厳しいだろう。


 にも関わらず最終学年時イザベラは王家の課題を見事クリアし、成績も在籍中はずっと上位をキープして、王宮に王子たちの失態が届かないほど完璧な隠ぺいを行っていた。


 そんな実情を知ってしまえば一体何を怒ればいいのか。本人も自分の失敗を反省してるようだし叱る必然性がない。


 イザベラ同様に王家から「生徒会長として学園を滞りなく運営せよ」という課題を出されていたのに女にかまけて疎かにした馬鹿が条件付きで許されることが決定したのになぜうちの娘だけしからねばならないのか。


「っ……それでもわたくしは失敗しました。婚約者を奪われ身内からも裏切られ家の名に泥を塗りました」


「手抜かりがあったのは認めよう。だが、本来なら最も側で支え合うはずの者共が道楽にふけり国や家の利益より私欲を優先させたのだ。そのような状況で折れることなくよくぞ立ち向かった。よくぞ励んだなイザベラよ。其方はローズフィートの名に相応しき雄姿を見せた」


「……っ」


 イザベラは静かに俯いた。


 本来なら王子の醜聞を未然に防いだイザベラの功績は大きい。あの事件がなければ今も我々はそれに気が付くことはなかっただろう。結果的には恩を仇で返されたわけだが。


 失敗は恐ろしいが悪ではないのだ。どれだけ失敗を重ねようと命さえ無事ならいくらでも取り返せる。もし悪というのならそれは失敗を恐れ挑戦を辞めることだ。うちの子はまだ挑戦を続けるだろう。それが全てだ。


「……」


「……」


 それはそれとして会話が途切れたぞ。どうなってんだ。心なしか棘が刺さったような痛い空気ではなくなったが、またも無言だ。静寂と言い換えれば聞こえはいいが、どう表現しようと結局のところ無言だ。


 くそう。俺は一体何を失敗したんだ!


・・・


 旅は順調だ。うちの親子関係以外は。途中で俺が何度か吐血したり体調を崩したりモンスターの襲撃に遭ったがそれすらも考慮済みの経路なので支障はない。日暮れ前には郊外の宿場町に着いた。


 王都と地方を繋ぐ街道沿いにある宿場町は普段商人や旅人を相手にしている。つまり貴族を迎えられる質の宿屋がない。


 そこで多少はましという程度の違いでしかないが、俺は町長の家を借りて今夜の宿にすると決めた。町長も文句はないだろう。交渉に騎士を向かわせたら頬に青あざを作った町長とその一家が家を追い出されるようにしていたが、問題は何もない。


「……埃っぽいな」


 寝泊まりする部屋に到着した感想だ。どうやら普段の掃除をあまりしていないらしい。目立った汚れや生活感は部屋を整えた従者たちの活躍もあってか見えないが、部屋に入った瞬間軽く咳が出た。俺にとって咳は命に係わるので敏感なんだよ。


「申し訳ございません。直ちに清め直させます!」


 壮年の執事が恭しく頭を下げ、部下の従者たちに命じて洗浄と浄化の魔法をかけさせる。しばらく経つとフローラルな香りと共に喉に感じた不快感がなくなった。


「やはり公爵様をこのような粗末な場所に寝かせるなど……せめて周辺貴族の屋敷を接収できれば」


「致し方ない。下手に貴族の家を頼り足止めでもされたら面倒だ」


「ですが!」


「それにここから一番近い貴族の屋敷でも馬短期で2日はかかる。そんなの待ってられるか」


 宮廷貴族共をうまく出し抜き、安全な旅を獲得できたがそれでも楽観はできない。


「このまま進めば三日後には我らが故郷に帰れる。それまでは文句を言うな」


「はっ!」


 執事は一瞬苦々しい表情を作ったがすぐに表情を取り繕った。


 仕事に誇りを持った一流の使用人は、己の不足で主に不便をかけるとなぜかストレスを抱えてしまう難儀な連中だ。いくら不服でも無視するほかない。


 コンコンと部屋の扉がノックされた。


「公爵様お連れしました」


 狭い部屋なので意味があるか微妙だが、執事は扉を開け来訪者の身元を確認すると中に招待した。騎士たちは人ひとり入れるほど大きな麻の袋を持ってきた。


「どちらにお運び致しましょうか?」


「その辺の床にでも転がしておけ」


「かしこまりました」


 ドサリと乱暴に床に置かれた麻袋からくぐもったうめき声が聞こえる。開いた口から地を這うように出てきたのは朝から変わらぬ様子のシーザーだった。


 衣服はボロボロだが外傷は特にないようだ。


「こうしてお前と二人きりで話をするのは随分と久しぶりだなシーザー」


 俺の両脇には護衛の騎士。目の前には麻袋を運んだ騎士がいる。シーザーが馬鹿な真似をしようとすぐに取り押さえられるだろう。


「んー!! んー!!」


「猿轡で声が出せなんか。虫の羽音のごとき貴様の声を聴くのは非常に不愉快だが、仕方ない解いてやれ」


「はっ!」


「ぷは!?」


 騎士が猿ぐつわを取るとシーザーはせき込んだ。うるさいし汚い。ただでさえ薄汚れてるのに衛生的に問題があるので洗浄の魔法をかけさせる。


「ぶががががっ!?」


 騎士の魔法は大きな水の球の形をしており対象を包み丸洗いする仕様のようで軽く溺れている。


 魔法は使用者の技量で形や規模が変化するがイザベラほどの担い手はそうはいない。


「では改めて話をしよう」


 騒動からこれまで一切の会話をしてないのはイザベラだけではない。


 実子であるイザベラと違い、養子のシーザーと俺の間には血縁関係はなく、書類上の親子でしかない。


 イザベラがどれほど失敗を繰り返し醜態を晒そうとも血のつながりがある限り俺が娘を見放すことはない。流石に家の存亡や国の命運がかかっていれば別だが。


 逆にシーザーの場合は家に不利益をもたらした瞬間から存在価値がなくなる。必要のなくなった道具は邪魔にならないように処分するに限る。仮に後々必要になったとしても、その時は新しい道具を買いそろえればいいだけだ。


 それでも領地に帰る前に一応、念のため、目的と動機くらいは知っておかねばならない。


「くぅっ……こ、このような非道な扱い、許されると思っているのですか!!」


 ゴミが喚く。逆に聞きたいが許されないと思っているのだろうか。方や特権階級の最上部分に君臨する大貴族。方やそんな大貴族を敵に回し存在価値なしの烙印を押されたゴミ。気狂いでもない限りどちらの味方をするのかなんて問うだけでも時間の無駄だろう。


「今すぐ私を開放してください養父(ちちうえ)!」


「お前に親呼ばわりされたくない」


「な!?」


 おっといかん。つい本音が漏れた。


「な。何を言ってるんですか!?」


「気にするなそんな事より話をするぞ。夕食前には終わらせたい」


「ぞんざいな!?」


「いちいち五月蠅いぞ。お前は叫ばねばまともに話も出来ぬのか」


 深いため息が出た。


 このままだと埒が明かないな。さっさと本題に入ろう。 


「さてシーザーよ。貴様はなぜイザベラを、いいや、この私を裏切った?」


 昔から国王にもよく言われたが俺は人の感情に疎いらしい。行動原理や心理なら手に取るように理解できる。なので己の利益しか考えていない宮廷貴族の相手は簡単だ。逆に感情の生き物たる若者が何を考えているのか全く分からない。


 正直な話、シーザーが俺を裏切るなど予想だにしてなかった。いや、可能性は確かにあったが、普通に考えて動くとしても最低限の実権を握った後だろう。養子という弱い立場から本家の当主に下剋上を決めるなら宰相の役職か爵位がなければ話のもならない。


 そういった貴族社会での立ち位置や立ち回りは公爵家でも教えたし、学園でも教えていたはずだ。それなのになぜ何も持たぬ身で反逆など起こしたのか。


「私は、私は……! 裏切ってなんていない! 言いがかりです!」


「ほう?」


 命乞いなら聞く必要もないが、この期に及んでまさかの開き直りか? それとお起死回生の言い訳でもあるのだろうか。最終判断は覆らないだろうが、興味は沸いた。


「既に王命で婚約が決まっていたイザベラを貶め、碌な血筋も身分もない男爵令嬢をそそのかし、私に引いてはローズフィート全体に多大な損害を与えたのに裏切っていないとほざくか」


 改めて並べてみると、笑いが零れるほど酷い惨状だ。


「そうとも! 私が殿下の計画に協力したのは何を隠そう公爵家の事を思ってのこと! 家の利益と王家への忠誠を両立させるにはあれしかなかった! 義姉(あねうえ)はやり過ぎたのです。己の立場を利用した傍若無人な所業の数々、身分の低い者に対する冷酷な態度、殿下の御心はすでに義姉の元にありませんでした! 私が協力しなくても断罪が起こるのは時間の問題。ならばこそ、殿下に協力することで忠誠を示しお家の安寧を守ったのです!」


 瞳は揺らいでいない。どうやら本気で言ってるようだ。そのままシーザーは続ける。


「それにアリスは確かに身分も低く尊ばれる血筋もありません。けれど彼女は本物の聖女です。学園で彼女と直に接し私はそれを痛く実感しました。いずれ正式に証明されるでしょう。そうすれば身分も血筋も関係なく教会の後押しを受けアリスは王妃になる事も可能です! 義姉がいなくとも王家との繋がりを保つには私が次期宰相となりローズフィートと王家の間を取り持つしかありません!」


 教会の介入が一番の問題なのだがな。


 国民全員が始祖信仰を掲げてる我が国としては表立って教会を否定することはできない。連中は定期的に学園に身内を通わせ監視をさせているし、確かイザベラたちと同時期に枢機卿の息子が入学したはずだ。なので学園では教会と宮廷の関係は濁して教えているはずだ。俺もそこら辺の政治は学園を卒業し俺の下で見習いをしてる期間に教えるつもりだった。どうやらそれが裏目に出たようだ。……いや、教えられずともなんとく察せられないものだろうか。空気というか雰囲気で我々が教会を忌諱してるのは判るだろ。少なくとも俺の下に配属される新人は察せられていたぞ。


 更にシーザーは王子と交わした約束とやらについて熱弁する。長かったので要約すると「僕に協力してイザベラを断罪すればシーザーを宰相にするし、公爵家を連座にしない」という約束らしい。


「もしも私に何かあれば殿下との約束も無効となります! それこそ公爵家にとって不利益になります! ご理解したのなら今すぐ私を開放してください!」


 自信ありげな顔で俺を見上げるシーザーを見て思った。こいつは救いようのない馬鹿だな、と。


「なるほど」


「理解できたのならこのロープを――」


「解かないぞ」


「――とい……え?」


「これ以上言葉を交わすことに意味があるとは思えん。なのでこれからは私が一方的に私が話す。お前はただ黙って聞いてればいい。どんな馬鹿者でも簡単に出来る簡単な仕事だ。心配するな、手なら貸してやる」


 視線で命じれば騎士は迅速に行動に移る。


「なにを――むぐ!?」


 手早くシーザーの口の中に詰め物を入れ、取れないように猿轡をかませた。


 俺はもうシーザーを視界に入れるのも億劫なので視線を外して話始める。


「さて、お前の言は最初から最後までツッコミどころ満載で、いちいち間違いを正していたらどれほどの時間がかかるか分かったものではない。畜生が人の言葉を覚えるほうが早かろうて。それでも一時とはいえ貴様の親だった責任を果たそう」


 計画に穴が開くなどよくあることだ。それは百戦錬磨の老獪なる賢王とて初陣の新兵とて変わらない。けれど真面な神経をしていたら最初の見栄えだけでもよくするものだ。それなのに、こいつらの計画ときたら最初から穴だらけで指摘するのもめんどくさい。


「根本的な間違いは貴様らが王命を軽視しすぎていることだ。時に王命は国の情勢よりも優先される。それがたかだか個人の感情ごときで覆るはずがないだろう。王命で死ねと命じられれば死なねばなん。でなければ反逆者だ。命乞いなど以ての外だ。王命で家族を殺せと命じられればどれほど愛があろうとも殺さねばならない。出来なければ国賊だ。王命の遂行は国にとって信用そのものだ。我が国の国民ならば守るのが義務であり、守らせるのが我々貴族の責任だ。王の信用とは命なんぞよりも遥かに重い」


「~~っ! っっ!!」

 

 チラリと視線を向けると、シーザーはバタバタと暴れ、まるで俺を非道だ冷酷だと責めるような視線を送ってくる。が、そんなもの取り合うつもりはまったくない。


「王子がなんと言おうと、誰に惚れようと王命が覆ることはない。従って貴様のほざいた前提は間違っている。次にイザベラの断罪についてだ。貴様らはなぜかアリスをイザベラが虐めたから裁いたと、のたまうがそれの何が悪い? 身分の高い貴族が身分の低い貴族を貶め嬲る。よくある話じゃないか。死人も出ていなければ家が取り潰しになってもいない。実に平和だ。その程度でいちいち断罪なぞすれば社交界から人がいなくなるぞ」


 家を継ぎ、領地を継ぐのは簡単だ。ただただ親から引き継げばいい。けれど宮廷で権力を持つのは並大抵の貴族にはできない。家の権力だけではなく当人の実力と組織力、そして裏工作が物言う。


 国王を除き今の首脳陣は過酷な権力争いに勝ち抜いてきた。そこに辿り着くまでには汚い仕事に手を染め、闇に葬られた死体は数知れず、俺とて一人や二人……十人や二十人くらいは葬っているな。事故に見せかけて暗殺したり、商人を焚き付け裏で援助して家を乗っ取らせたり。


 仁義なき世界で生きる我々にとって青臭い正義感など笑止。下手に前例を作るなど後ろ暗い過去を持つ権力者にとっては愚策であり、貴族を裁く機関はそんな権力者たちしかいない。よって王子がどんなにイザベラを裁きたくとも公式な裁判が開かれることはない。法的に断罪など出来るはずがないのだ。


「イザベラが断罪されぬのなら貴様が掲げた家を守るという大義名分も意味がなくなる。王子と交わした約束も無効だろうな。そもそも、王命という最も破ってはいけない契約を無断で破棄しようとした王子との約束など信じるに値しないだろう」


 アリスと教会の話は……まあ、言わんでもいいか。どうせこいつには関係のない話だし、いい加減めんどくささが限界だ。


「以上の説明をもって私が果たすべき親としての最低限の責任は終了するものとする。後は領地にて沙汰を下す。それまではせいぜい夢でも見ているといい」


 どうせこれから先待っているのは地獄なのだし、最後の慈悲だ。


「連れていけ」


「はっ」


「むぐー!!」


 見るに堪えない愚か者は部屋に来た時と同様に麻袋に詰められ騎士たちに運ばれていった。ちなみにシーザーの寝床は逃走防止用に地下倉庫を用意している。町長が備蓄などを保管してたようで気温が低く過ごし難いらしい。けど窓もなく出入り口も一つなので閉じ込めて置くには都合のいい場所だ。頭を冷やすにも丁度いいだろう。なんせ体全体が自動で冷えていくのだからな。


「はあ……無駄な時間だった」
















 養子と実子の扱いに差があると思われますが、血のつながりの有無は万国共通で支配層には欠かせないファクターです。

 優秀な養子と不出来な実子がいたとして、実子が親の跡を継げば周りは納得します。そういうものですから。多少不出来でも周囲がフォローしてくれるので問題は少ないです。

 逆に養子が跡を継ぐと本人がどんなに優秀でも周りは納得してくれません。ほぼ他人の養子が家を継げるなら自分も……と、考える人が増え内部で乗っ取りや下剋上を画策する人が現れます。すると、事業とか領地運営とか失敗させたほうが失脚させやすいので足の引っ張り合いが起こり問題が多くなります。


 当作品の世界では、貴族にとって養子は実子の不出来を補うためのサポート要員です。逆になることはあり得ません。


 実子がダメダメだったり問題を抱えていてどうしても別の人に継がせたい場合は、最初から養子ではなく隠し子など本当は血のつながりがあるものとして発表します。


 シーザーはイザベラのサポート要員だったのに裏切ったのでこういう扱いを受けています。

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