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魔総院

 


「でけえ」


 魔総院――ベテンダース王立魔術総合学院を前にしてベルが思わず言葉を零した。

 雄大で厳かな佇まいの石造りの学院。どっかの昔の貴族の城や宮殿みてーな形――怪物というにはあまりにも素朴な少女の所感。

 ごくりと唾を飲み込む。

 ベルの隣に立つフィオーネも目を見開いていた。


「やはりいつ見ても圧巻だな……流石王立、資金も潤沢なのだろう」


 少し羨ましそうな目をする――補修費の二割でも我が部隊に宛ててほしいといった顔。


「軍人も大変なんですね」顔を見て察するベル。

「軍ではない」即座に否定「我々は治安部隊だ」


 どう違うのか――どっちも鉛玉を人間にぶっ放して魔法で人を焼くじゃん――めんどくさくなりそうなので言わずに。


「ふうん……」


 途端に会話が途切れる。

 沈黙が二人の間を流れる間にも魔総院の制服を着た生徒がこちらをじろじろ見ながら学院に入っていく。

 声なき会話――『お前が先に行ったらどうだ』

 ベルがちらりとフィオーネを見やる。同じようにベルの方に目を向けたフィオーネと視線がかち合う。


「保護者役なんだから、先に行って子供のために道を拓いたらどうでしょうか」


 やんわりと促す――役を演じている時よりも少女らしい言葉遣い。


「残念だが」肩をすくめて、ニヤリとする「私はここまでだ、保護者は学院に入っていく子を見えなくなるまで見送るのが世間の相場というやつだ……どうした、委縮したのか? 貴様らしくないな」


 むっとするベル――しかし正門を指さして言った。


「まだ距離があるけど」


 更なる沈黙。

 道行く人の視線が痛くなってきた。

 無言の意志疎通――『このままじゃ埒が明かないから一緒に進もう』

 そしてお互いにうなずいて同時に右足を出した。


設定プロフィールは覚えているな」

「ええ、昨日ばっちり読み込みましたから」


 ベルトチカ・ウィント・ヘクタール――頭の中でその名前をリフレイン。


「やってけますかね」やはり少々不安げ

「貴様なら大丈夫だ、私が保証しよう」自信ありげに――根拠はないが、ベルというだけで大丈夫だと本気で思っている。

「そうですかね」


 顔を上げて学院を見る。そしてまあいけるかという感じの不敵な笑み。


「大丈夫な気がしてきました」

「よし、その意気だベル――それじゃあ」


 フィオーネが立ち止まる。いつの間にか正門前まで来ていた。


「気を付けていってらっしゃい、ベルちゃん――幸運を」


 少女の監視役であり保護者役でありそして良き友人である軍人気質の女――フィオーネの声を受けて、ベルはニッと笑い手を振った。


「行ってきます」


 輝かしい平和な未来を目指して。




 ♰♰♰♰♰♰




 正門に入るとそこは円形の広場となっており、中央には精巧な造りをした噴水が建っていた。

 そこから生徒の流れは大まかに三分割される――正面と、左右に。


(先生が迎えてくれるって言ってたけど……)


 確か噴水の付近――取り敢えずそこで待つことにした。

 するとすぐにベルに近づいてくる男がいた――齢二十五のいかにも優男といった風の整った顔立ちの長身の金髪碧眼――うわ・・イケメンだ・・・・

 そのイケメン・・・・はベルの傍で立ち止まるとおもむろに手を差し出して握手のポーズ。


「君がベルトチカさんかい?」


 嬉しそうに――言い方を変えれば誰にでも懐く犬のよう。

 思わず手を出したベルの手を掴んでシェイクハンド。


「え、ええ」

「僕は講師のジルキッド、ジルキッド・スタグフォース。みんなからはジル先生って呼ばれてるんだ、ベルトチカ君も是非そう呼んでくれていい」

「あ、え……それじゃあ私のこともベルで、大丈夫です」

「本当かい?嬉しいな……それじゃあ遠慮なくそう呼ばせてもらうよ――ベル君、ようこそベテンダース王立魔術総合学院、我らが魔総院へ」


 男にしては愛嬌のある笑顔――ベルは困惑した――なんだこの天然たらしは、てめえの面がどんなもんか知っててそういうしゃべり方なのかそれとも本当にただの天然なのか――。


「よ、よろしくお願いします、ジル先生」


 朗らかな笑みがより一層歓喜に溢れる――クソ、こんな見たことねーぞ。

 研究所育ちだから世間一般には疎い――といういらぬ配慮で常識育成コースなるものに通っていたことがあるのだがそれでもこのような男性のマニュアルはなかった――常識育成コースのコーチの言葉『世の中意外と非常識なものよ』――常識外れの男が将に目の前に。


「それじゃあまず院長室へ連れていくよ、転入生だからね」

「あ、はい」


 ジルキッドに連れられる形で正面の施設へ。


 転入生――設定プロフィールを思い出す。


 ベルトチカ・ウィント・ヘクタールはベテンダース連邦国の中でも間違いなく田舎と称されるサウスブルデンの更にど真ん中の超がつくほどのド田舎――地図に載らない名前さえ覚えさせてもらえないような村出身で、しかもついこの間まで病気で外に出かけることさえままならなかった。しかし最新の医療を国が保障してくれたことによりどこへでも行けるように――動けるようになった彼女は魔法の才能と地頭の良さを活かそうとして必死こいて勉強し、念願の魔総院の一年生として転入することに。

 ――くっそ甘々なシンデレラストーリーにげんなり。

 これを考案した人間をとっちめてやりたかった――無駄に過去を詮索されたらどーすんだよ。

 だが少なくともベルの前を歩く講師は他人の過去を詮索するようなことをするつもりはないらしい。


「ベル君も知ってのとおり、この学院は今年で180周年目を迎えるんだ」


 へえーそうなんだ、知らないけど。


「偶然とはいえ、すごいよね」

「偶然?」

「ベル君の名前だよ、ほら、ヘクタールって。60ヘクターみたいでしょ?」


 屈託なく話すジルキッドの言葉に一瞬ベルの背筋が強張った。60ヘクター――研究所ラボでの数ある呼び名の内の一つ。

 なるべく顔に出さないようにする。


「60が三つで180ってことですか?」

「そうそう、当たり前だけど面白いよね」


 本当に面白そうにしている――まるで何にでも楽しむ少年のよう――あるいは何にでも興味を示して尻尾を振る犬の風情。

 不覚にも可愛いと思ってしまう――馬鹿、男だぞ、気色悪いっての。


「まあ、凄い重要な時期でもあったんだ、180周年という節目が偶然重なったかのようにね」

「なんかあったんですか」


 ジルキッドは神妙な顔つきで頷く。


「前理事長が解任されたんだ」

「あー……」


 どこかで聞いたことがあった――前理事長は戦争賛成派。戦争が終わり、戦勝国の一つとなったベテンダース連邦国だが、国際世論の世界協調路線に逆らう事は叶わない。そもそも国民の反戦の雰囲気が高まっており、各主要機関や施設で戦争派だった人間を降格したり解雇する動きが生まれた。

 ベルはこのことに対して戦争屋風情の批判の煽りを受けて割を食ってる軍人が可哀想だな程度の感想しか持っていなかった――監視員の一人がよく愚痴っていたから。

 ジルキッド曰く学院理事会で満場一致で前理事長に御退陣願った後新たに選出した理事長と共に今の社会に相応しい道を歩んでいくということらしい。


「それでついこの間新理事長が就任してね」


 自慢げな顔――恐らく現理事長のことを誇りに思っている。


「聞いて驚け、なんと――院長が理事長を兼任することになったんだ」

「院長が理事?」


 詳しくはないけどそんなことができるのか――驚きを隠せず。


「理事会の決定だからね、絶対だ。とはいえ臨時院長としての扱いに近いから近いうちに正式に院長を決めるんだ。そういう意味でもこの学校はまさに過渡期、国際的な流れに乗って世界中に人材を届けるんだ」


 熱の籠った言い方――一見優男のようだが、秘めたる熱意は相当のものだと窺い知れる。


「そして我が国で随一の国際学院まで発展する――あ、ごめん、ここから先は僕の願望でしかないんだ……ちょっと熱が入りすぎちゃった」

「いえ、面白い話でした……でもそこまで喋っても大丈夫なんですか?」

「大体が周知の事実だし、むしろ知らない方がおかしいって状態だから、大丈夫だよ」


 と、そこで立ち止まりエレベーターのボタンを押した。


「これに乗って校長室まで行くんだ。他にも教員室や実験室、さらには闘技場もここから行けるよ」

「え……闘うんですか」


 平和とは何だったのか――そう言い出したくてたまらなかった。


「いや、あくまでスポーツとしての一環だ――平和の証だよ」

「平和……」


 その言葉を繰り返して、思わずニッと笑う――何故か腹の奥底から力湧いてくる言葉。

 チーンと甲高い音を立ててエレベーターのドアが開く。他にも数名の人間が入り込んだ後、エレベーターは上昇を始めた。




 ♰♰♰♰♰♰




 ベルトチカがエレベーターに乗り込み、その姿が見えなくなるとフィオーネは踵を返して帰路についた。

 ベルは良き友人だった――この自分と軽口を叩きあえるぐらいには。

 だが――同時にただの子供だ。周りが彼女をどんなに怪物呼ばわりしようとも、その中身は年頃の女の子に過ぎないのだ。


「ベル……か」


 少女の不安そうな顔とどこか諦めのついた皮肉っぽい笑顔を思い出す。

 ベルトチカが、彼女の名前であると自覚できていない。

 いや――自覚できていないというよりも、端から疑問に思っている――『でもこれは、偽りの身分』。

 唇を噛み締める。少女のために何もしてやれない――ただ、信頼できる話し相手としてしか接することができない。


 ただ今は、あの不敵な笑みに期待を乗せることしかできなかった。


 フィオーネ・プレカティオス――機密保全公安部隊『祈祷の集い』の隊長。

 市民に不安を与える情報が出回る前に封じ込め、混乱を事前に防止する部隊――神頼みの祈りとは程遠い、堅実な作戦を好む部隊。

 そんな部隊の元締であるフィオーネが、今はただ祈りを捧げることしかできなかった。


 どうか、総魔院ここが彼女にとっての日常となりますように。

 人としての平和を手に入れられますように。


 ――過去の悪運を遠ざけるように、祈った。




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