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全ては久遠の彼方へ

 クロネコがマサカの合格。

 このお釈迦様でも予測不能な結果が各所で波乱を巻き起こすのでした。


 最初に家族の食卓に合格通知を差し出すと、大喜びの母、そして微妙な表情の父親、「…受かったのか」

 ――まさかの事態に次の言葉が出ない模様でした。


 そして高校では更に事態は深刻でした。

 ルンルン気分で教室の扉を開け「にゃ~ごぉ~」と元気よく入ると中はドンヨリモード。

 墓場の様な異様な空気が漂って居ました。

 進学グループ連中には火の玉が飛び交ってお通夜状態。

 その傍らで就職組はニヤニヤしています。

(俺ら見下して居たけど、落ちれば所詮、同類だろ? 行き先がないぶん更に下じゃね?)と言わんばかりの表情でした。


 「お前はどうなった?」

 

 と進学グループの誰かが尋ねたので


 「自分は合格通知きたよ」


 と答えると更に教室の空気が異様な物になったのでした。

 進学グループたちから殺意と敵意、そして羨望の眼差しで自分を見られるのでした。


 この時は大惨事を自分も知る由は有りません。

 その後、朝のHR後担任から呼び出しがあり進路指導室に行くと開口一番。


 「頼むから、クラスの連中にはお前が受かったのを言うなよ?」


 進学連中の志気を下がることを心配して青い顔で訪ねる担任に自分は


 「判りました。 さっき聞かれたけど今度からは黙って置きます」


 と返したのですが既に時遅し、聞かれた後なので噂は広まっていたのでした。


 受験の結果は非情な物でした。

 自分は生き残った傍らで、担任たちが目をかけていた生徒たちは全滅。

 前代未聞の惨憺たる結果となったでした。


 その理由は当時は判りませんでしたが、今ならハッキリ判ります。

 それは集中と分散の差。

 時間はみんな平等に与えらえています、その時間を全ての科目に均等に割り振れば試験教科辺りの時間は少なくなる。

 逆に全てを捨てて2つに集中すれば、積み重ねくらい簡単にひっくり返す事が出来る時間配分となります。

 ちょうど桶狭間の戦いのように。

 そこの差がでたのでした。


 まじめに担任の指導に従った生徒たち十数人は、真面目が故に受験に関係ない授業にも全てに力いれた為に努力が分散し哀れにも全滅となったのでした。 


 ――合掌。


 要件も済んだので、指導室から出て行こうとする自分に担任は一言言いました。


 「受かれば後はどうでも良いのか?」

 「……はい……」


 短く答える自分。


 「……そうか……」


 そして二人の会話は途切れ自分は部屋を後にするのでした。


 そして、合格通知に目を落とし考えるのでした。

 (生き残ったよ、これがネズミの意地……)


 ただ、その勝利の味は充実感など微塵も無く、ただ虚無感と孤独の風が吹きふさむ西部の荒野のような物でした。


 多くの仲間やライバルの屍を踏み越えて、それでも尚前に進む。

 目的の物を手に入れるために……、それが嫌なら諦めろ。

 

 ――これがドブネズミ流生き方の宿命。


 この道を選んだ時から判り切って居た事です。

 全てを犠牲にしても手に入れると決めていた――それなら今更結果から目をそらして逃げるなよ……。

 これが自分の生き方だと自分自身に言い聞かせながら。


 ――判ってはいるけど、何故か頬には一筋の澪が出来て居ました。


 そして卒業式の日

 担任の最後の挨拶が開口一番『今回の進路の結果は私の不徳の…』と生徒と保護者に向かい謝罪の言葉を述べたのでした。

 

 前代未聞空前……絶後だと思われる最後のHRが終わり母校を後にするのでした。


 ”


 自分は生き残ったけど、その代償は凄まじい物でした。

 高校で身につけるべきものをほぼ身につけて居ないのですから、ろくに漢字も書けず、文法も知らぬ。

 歴史に至ってはさっぱり知らぬ、倫理とはビデオに張ってあるあれかいかな?と。 


 ――そして入ってからも大変でした。


 大学のキャンパスで偶然にも幼少期襲撃した家の子供とばったり再会。

 ゾンビをみるような目で自分をみて


 「どうしてここにお前がいるんだ?」とぬかすので「そりゃ ここに受かったからだろ?」と自分が平然と返事を返したのでした。

 そして、その時の彼の表情は忘れることが出来ません。

 長年大切にしてきた聖域に土足で踏み込まれたように怒気と殺気まで漂わせるしかめっ面をしたのでした。


 その時自分は肌で感じました。

 (……こいつらの居る場所まで上り詰めた)と

 報復がてら家を花火で襲撃した時から考えるとすごい違いです。

 

 思わず達成感……もクソもありませんでした。

 ただそいつらの場所まで必死で追いかけてやっとの思いでいつの間にか追いついたその時には、ただ空虚な気持ちがだけが残って居ました。

 ――自分がやりたかったのはこんな事だったのかと……。

 この時は「見下して居たスノッブ連中を見返して憎しみを晴らしたい」と言う気持ちだけだったのでしょう。


 大学に入学した物の試験では追試追試の連続でした。

 物理では最近流行の歌詞のように追追追試までやっても単位もらえず、卒業間近でもダメなので最後はレポート提出で勘弁してもらうことで何とか単位取得で卒業にこぎつけました。

 ――そもそも四則計算も怪しい人間に物理の単位を取れと言うのが無理じゃね…。 

 こんな人間に物理の単位をやるとガリレオやニュートンがブチキレルんだろうなぁ、としみじみと思うのでした。


 ――そして追い出されるように大学卒業。


そして、受験対策から進路の予想まで何から何まで外した担任の推測がただ一つ現実の物となった事がありました。

 進学し一年後の新春。

 睡眠中、早朝の横揺れと共に現実となったのでした。



 そして更に時は流れ大学卒業から八年後。


 まだ小雪が舞う新春、成績証明と卒業証明を貰う為今一度母校のキャンパスに踏み入れる自分が居るのでした。

 今度は人を羨むのでは無く、ただ純粋に自分のやりたい目標が為に真っ向勝負で受験に挑み突破する為に。

 

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