狂気の果てに
最初の試練は『勉強の習慣をつける』ここから始まりました。
そもそも自分は机に向かう習慣が皆無なのです、自分に机に向かえとは猫に『まて』の芸を教えるようなもの。 仕方が無いのでいつも食事をするちゃぶ台に参考書を置き読むと言う習慣つけるところから始まりました。
苦肉の策でのちゃぶ台作戦ですが数分単位でギブアップ、あっと言う間に集中力がなくなり、あっと今にゲームの虜。
――サボロー大活躍です…。
どうやっても苦手な物は苦手なのです。
これじゃダメだ…。
そこで最初は移動式勉強法から始まりました。
暗記科目なので参考書片手に部屋をうろうろ、食卓の上にテキストを置き変な踊りを踊りつつ知識を体で体得してゆく。
「そ~れ、解糖の舞~。次はTCAサイクルのロンドじゃぁ~」
狂気を帯びそんな事を呟きながら勉強する姿は半ばヤケクソ…です。
そして、校内で北海道出身の巨漢の先生をみれば(この北極熊…ベルクマンの法則……地で行ってるな)とか失礼な事を心で呟いたりして体得してゆきます。
友人やら家族からは変な目で見られましたが……――憶えた物勝ちです。
とりあえず意味記憶を行動記憶に置き換えて拾得していく作戦で勉強方法はクリアすることができました。
学習方法に目処が立ったので、次は実践的な過去問を解けるようになるまでの実力を身につける事になりました。
生物が得意とは言え世間から言えば並の下、これじゃあ必殺の武器とはなりません。
……誰も及びも付かないレベルの実力を身につけないと作戦の前提が崩れます。
――このままじゃダメだ…もっと実力が居る。
そう考えた次の日自分でも思いもよらない行動にでていました。
散々反抗していた生物担当の教員に頭を下げ教えを請う、と言う行動に。
「あのぉ…、放課後の生物補講出たいのですけど…」
と自分が教員に言うと驚き半分呆れ半分の表情で。
「そうか、くるならこいつをやって来い」
と事務的に返事を返し問題をコピーしてくれたのでした。
必要なら頭も下げてでも結果をねらう、そのためにはいくら頭を下げてでもネズミのプライドは傷つかないのです。
――何せ、下げるだけならタダですから。
しかし、問題を見た瞬間「げぇぇ~~!」
っと三国志のシバイのように声をあげかけるのでした。
――レベルが違いすぎる一問もわからにゃぁ~。
教員はハイレベルの物を渡せば身の丈を知り、クロネコが3日坊主で終わるとその教員もタカを括っていたのでしょう、とんでもないハイレベル(世間で言うとふつうレベル)問題のコピーをくれたのでした。
……しかし、甘い。
答えが判らなきゃ目の前にいるのに聞けばよいのです。
そのための先生なのですから。
それからは判らないところがあれば「教えろ~~」
と教員を追い回す日々が始まったのです。
とりあえず生物も目処が立ちましたが、問題となったのがやはり英語でした。
何せ読めない、書けない、聞けないとヘレンケラーの様な三重苦。
イヤ、話せないから彼女以上の四重苦です。
(マジでよく高校進学できたものです…)
まともにやっても分かるわけありません。
一桁とれるかも怪しいものです。
しかし、数学ならデタラメな数字をかいても当たりませんが、英語なら違います。
択一式問題なら読めなくても、当たる確率を似たようなスペルが多い物を選ぶことで上げる事や、記述式ならそれららしい問題に書かれているスペルをそのまま書くことで部分点をもぎ取る… 姑息ですがTVなどでよく言われた受験テクニックと呼ばれる技術です。
こんなセコイ技術は学校では教えません。
塾ナドの専門の所じゃないと会得できないスキルです。
――こうなれば塾に通い覚えるしかない…。
親に頭を下げ『何をしに行くんだ?』と言われながらも底辺の塾に通うのでした。
クロマニヨン人の塾の連中と北京原人のような自分。
まったく毛色の違う塾の連中にも異物扱いされながらもその技術を習得し、過去問だけを徹底的に行うことで択一式なら6割程度なら当たるようになりました。
内容が全く分からないにも関わらず。
家では必死で過去問のみをやり当たる確率を上げ、塾では受験テクニックだけを収得する。
親友からの遊びの誘いを断り、
「ああ、FFの新作がやりたい、たまには徹夜で友人連中とゲームとかやってバカ騒ぎしたい…」
そんな衝動をおさえながら拷問のような勉強やら怪奇な踊りを踊り知識を蓄える。
高校の生物以外の授業中は睡眠時間。
全く話をしないので真相を知らない進学組連中からは「ネコが狂った」と奇異の目でみられ、たまに話す就職組からも「無理しない方が良いんじゃ…」と言われる始末。
言うまでもなく目標に特化した勉強ですので、共通学力テストの成績は生物以外は散々たるものでした。
モチベーションも体力、気力いずれも既につきかけ、たまに家ではブツブツ言いながら怪しい踊りを舞い踊る日々。
うぎゃぁぁ~~~っと欲望が大噴火しそうになるそんな地獄の日々をすごして行くのでした。
その年の夏は、自分の狂気に天も同調した如く号泣した雨が止まない盛夏でした。
梅雨明けの無いまま秋が来て冬の香りが鼻腔をくすぐる頃ようやく受験の日を迎えました。
この頃になると、志望校の過去問をやりすぎたお陰で志望校の問題を見ただけ答えをほぼ暗記しているのでした。
……大半の意味は覚えて居ませんでしたけど。
一科目目は生物。
生物は問題を読んだだけで、水が流れるがごとく答えが浮かんできます。
と言うか、数行読んだだけで聞かれる場所と答えが分かる位になっていました。
問題作成者の意図がはっきり見える位に。
頭を下げ手にいれた力は水爆の様に問題を焼き付くし点を奪い尽くしていくのでした。
ただ、行動記憶に置き換えて記憶していたので問題を試験中にも関わらず手やら足やらが勝手に動き出し怪しさ極振りでしたが。
そして、二科目
英語…。
――当然ながら読めません。
でもそれらしい物を埋めてみました。
空白なら確実に0、 書いて有れば当たる確率は0では有りませんから何か書くのが我がドグマ。 例えジャンボの一等にあたる確率より低くても。
諦めないのがドブネズミの意地なのです。
精も根も月果て燃え尽きた本番が終わり…
…そして数日後。
結果が家に転がってきましたーー分厚い封筒とともに。