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World Is Made Of Puzzles ー多面相たる創造者ー  作者: 撓★Shina
第1章 【World_1】
3/4

PIECE.2 『赤いガウル』

ゆったりと行こう。

 目も開けることが難しい程強い風が、ぶかぶかなTシャツと肩までウェーブがかかるように伸びた黒髪を靡かせ、はためかせる。五月蝿く感じる風音は、前から後ろへとに流れていった。

 遠心力で頭に血液・髄液が集中したり、身体中の血液が沸騰しようと熱を帯び、呼吸がままならず窒息しそうな苦痛に耐えきった。上空12000メートルに浮かぶ魚の鱗の様な雲を越え、なんとか体を大の字にして空気抵抗を作ったものも、落下スピードは衰えを知らず、どんどん加速していく。


 「あばっふァッ、あ"ばばばばばばばばばばばば──っ!!」


 空気の抵抗が強く、風が口に入り上手く叫び声を上げる事が出来ない。痩せこけた頬が伸び、男は滑稽(へん)な顔になる。


  ――あっ、これあの感覚に似てんな……。


 不意に冷静になって、頬を伸ばして学級文庫と言う言葉遊びを、幼い頃にやらされていた感覚に近く、懐かしく思い出すが、――いや、そんな事思い出してる場合でもねぇし、思い出したくもねェ! と今この状況を見直せばパニックになり、声を張って叫び続ける男。


 「おちッ! おぢッ! おぢるぅうぅうぅうぅうぅうう!!」


 手足をばたつかせて無様に抵抗する男の悲鳴は煩いほど大きい。ちらほらと緑の広がる地にまでその叫び声は広がり、地に群がっている見たこともない多種多様でファンタジーな生き物達は吃驚し、警戒して本能のままにその場から逃げるように去っていく。


 地面まで後、4000メートルも無い、そんな上空。時速何千キロ出ているだろうか。それ以上かもしれない。


 ーーこのままじゃ──ヤベェ!!   


 目の前に広がり聳え立つ地面に男は、アンビギュアスの言った《創造の力》という言葉を思い出す。

 言葉の意味からして、何かを創り出すことのできる力だろう。しかし何を創り出せば良いのか混乱して分からない。その力の使い方すら分からない。教えて貰っていない。いや、もはや教えて貰えなかった。


  ーー創造の力! 創造の力! 創造の……?


 空から落ちる中、男が念仏を唱える様に無我夢中に《創造の力》と心の中で叫んでいたその時、横にナニか気配を感じ、そのナニかに顔を向けた。


 そこには小さな生き物──哺乳類。

 4本の短い手足に、冠に付けた飾りの翎子のように長い二本の触角が頭に生えている。黒色の毛に覆われた体に長細い尾。そして金色に煌めく瞳孔が一つの眼球に2つある、いわゆる重眼。背中には体の倍近い鳥のような大きな翼があり、腰辺りには小さな翼。その翼に纏わり付いていた、光る小さな白い点が浮かぶ黒い空間は、さながら“星夜”。 その翼に纏う“星夜”は無尽蔵に流れ零れて、青の空間にて消えていく。

 そんな、男のいた世界では存在する筈するわけがない、不気味(・・・)な生き物が翼を広げて飛んでいた。そんな小さな生き物に対して、男は逆に神秘的(・・・)に思い、心惹かれる。


 ──綺麗だ……。


  男は何を思ったか、 地面まで約1000メートル。地面まで持って4から3秒もないそんな上空で、肩に手をクロスさせて置き、少し丸まったような姿勢で囁くように呟く。

 

 「──翼を……授ける……」


 そう静かに呟いた途端、細かい光の粒子が背甲骨と上後腸骨棘辺りに集まり、大きな翼と小さな翼が服を突き破ってバサッと広がるように創り出された。

 翼は不気味で神秘的な生き物と同じ羽で、流れるように零れる“星夜”を纏っていた。

 その背に生えた翼を大きく下に一振りすれば、強い揚力と空気抵抗が生まれ、一瞬空中に留る。──そして、あと数センチもなかった地面へと、静かに足を着けた。

 

 「ふうぅぅぅ……」


 安堵の溜息を吐きながら、腰が抜けたかのように緑の大地へと手を着けて座り込んだ。荒れていた息を目の前に広がる自然をゆっくり眺めることによって整える。

 自然を眺めている間、 緊張の糸が切れたのか、背と腰に生えていた翼が光の粒子となって宙へと消えていく。    


 男の視野に入っている“青空”。それは男が叫びながら落ちてきた空間でもあり、あの神に投げ出された空間でもある。

 男が腰を降ろしたこの広い“大地”。この大地に茂っている草は少し長く、手の隙間から顔を出していて少し擽ったく感じる。後方には高く生えた木々が広がっている他には何もない、平らなこの緑の地。

 

 「マジで死ぬかと思った……」


 生きるか死ぬかの瀬戸際の感覚は、何度経験しても慣れない。

 男は大自然の景色と音と空気に浸りながら、自分の安否を確認して安堵の息を漏らす。

 穴の空いた服を引っ張って「あーあ、破れてちまったよ……」と少し後悔して呟いていたら、雰囲気をぶち壊すさっきぶりの声──


 『もう一度死んでるじゃないか』


 嘲笑う声を堪えるような中性的な声が聞こえた。

 いや、正しく言えば堪えきれてないし、小馬鹿に言う声は男の頭に響いた。

 男は勢いよく立ち上がり、姿の見えない少女を探すべく辺りを見渡すものも誰もいない。どこに視線を向ければいいのか分からないので落ちてきた空を見上げて叫ぶ。


 「アンビギュアス! 手前ェ──」


 『ぷはッ、もう堪えられないよ。翼、翼を授けるって! なんで翼をチョイスしたのさ。ぷははははっ!』


 姿の見えない少女──もといアンビギュアスに「手前ェよくもあんな所から放り出してくれたな」っと続けて言おうとしたのだが遮られ、ついに笑われてしまう。


 『パラシュートとかウィングパックとか、他にも何だってあっただろに。……翼……ぷははっ』


 脳内に直接響く嘲笑うような声は煩く思える程の声量。それは男に怒りを感じさせる様な笑い声で────つまり男はカチンときた。


 「ぷはぷはウルセェな手前ェ、笑ってんじゃねェよ! ケツにディルド打ち込んで奥歯ガタガタ言わすぞ、ゴラァッ!!」 


 男は姿の見えない神──もといアンビギュアスに、聞けば世間から顰蹙を買うであろう汚い言葉を怒り任せに打つける。これまた、空を見上げ続けながら。

 ──この男が空を見上げる行為は、神は空にいるという既成概念と自分が落ちてきた空にアンビギュアスがいると思っての行為であり、言葉の意味合いとしては天を仰ぐという表現の方が近いのかもしれない。


 『昔のヤンキーでも使わなそうな、汚い言葉って僕嫌いだなあ』


 「うるせぇ、そんな汚い言葉を使わせる様な態度を示す手前ェが嫌えだよッ」


 「心外だよ、僕は君の事こんなにも気に入ってるのに」

 

 「知るかっ! てかお前どこにいんだよ」


 男はアンビギュアスを探そうとまた辺りを見渡し始めるものも、周りには緑しかなく、少女らしき姿は何処にもない。


 『どこって、君がさっきいたトコ。椅子に座って今も君の事を観てるよ』


 「あ? 俺のさっきいたトコって、あの真っ暗で何もない、詰まらねぇ世界のことか? なんでそんなトコから……」 


 アンビギュアスは男の「真っ暗で何もない、詰まらない世界」という言葉に引っ掛かりながら、少し強めに声を響かせる。

 

 『え~? 構わないって了承してくれたよねぇ? 僕は付いて行けない、声だけでもって』

 

 「あぁ? 声だけでも……? ………あ~、そういうことかよ」

 

 少しこの世界に来る前、アンビギュアスの慌てて「声だけでも」と言っていたことの意味を今遅れて理解した。

 

 「でもよぉ……っ、なんであんな高い所からッ!」


  少し声が恥ずかしいほどに上擦る。

 男はそんな事気にせずに俯いて肩を震わせた。


 ーーもし、もしも《創造の力》ってヤツを使うことができなかったら……?


 さっきは運良く使えた。しかしその《創造の力》ってヤツが使えなかった、そんなもう一つの可能性を思い描く。

  ──地に伏せた、無惨な姿になった自分の姿。それは骨の関節が有り得ない方向へ曲り折れ、鋭く尖った白いカルシウムの固まりが内側から外へと突き出ている。そして薄ピンクの白子のような物が頭から飛び散った無残な姿。

 いや、もっと酷くて粘土をただ捏ねて投げつけてぺちゃんこになった、そんな原型すら分からない肉の塊になっていたのかもしれない。確実なのは、緑色の地へと赤色の液体が飛び散り、辺り一帯へと侵食されている。そんな光景。

 そんな成層圏辺りから地上へダイブしたグロデスクな光景を1カメ2カメと想像すれば、一気に顔が青褪めて「うえっ……」っと嘔吐いてしまうのは勿論のこと。 

 男はそのままゲロッパしないように口を手で蓋をする。そのまま勢いよく、

 

 「死んだらどーする!!」

 

  男は絶妙な角度で空を睨み付け、大きく叫んだ。それも、出ようにも出てこれない嘔吐物の代わりに出ようとする胃の感覚に、少し涙目になりながら。


 『まぁ、生きてるんだし結果オーライってことでいいじゃないか。それにもし此処でゲームオーバーになっても、まだこの世界は練習だからね。死んだら死んだらで、もう一つのチュートリアルの世界へGO!してあげるよ』


 男が聞きたかったのは「なんであんな空から落ちる様な羽目になったのか。この世界に来て早々死んだらどうするんだ」ということで、アンビギュアスの死んでもいい前提の発言が癪に障ってしまう。


 「そうかソウカー、この世界は《創造の力》を使えるようにするための練習用の世界だから死んでも次の次の世界が本番って訳だし別にここで死んだって大丈夫なのカーーー・・・ってなるかぁ!! たとえ大丈夫でも誰とて死にたか思わねェよっ!!」


 温存しておきたかった気力と体力を無駄に消耗して、怒濤のノリツッコミを披露すれば『命を自ら投げ出した人がよく言うよー』とアンビギュアスの正論が鵠を撃ち抜く。『それに寒いノリ突っ込みだ!』『そらに情緒不安定ときた』と追い撃ちされれば、「ぐう」「ぐう」っと、ぐうの音しか出ない男。

 

 そんな時、男の後方──遠くの木々の方から“ナニか”が轟轟たる足音を地に響かせて、男の背目掛けてと迫り行く。

 しかし男は、そのナニかに対して、まるで気にも留めないと言うより、気付いて居ないかないかのように、平然とアンビギュアスと会話を続ける。


 「ってかよう、アンビギュアスさんよお、この世界はさっきも言った通り、“創造の力”を使えるようにって用意してくれた練習の世界だろ?」 


 『うん』 


 「そんな“創造の力”って奴を使えるようになった俺はこの

後、いかがお過ごせば宜しいんでしょーか」


 荒れくれた濤の勢いは表面上では静まっているが、渦を巻いている 内心。可笑しな口調で意地悪に尋ねる。

 

 『そうだね。僕は君が死なない限り、次の世界に行かせないつもりだし……ん~・・・そのままぶらぶらしてればいいんじゃない?』


 「ぶらぶらってよぉ……」


 「ほら本番のための事前予習だよ!」


 「事前予習ねぇ……、──はぁ、まぁそーさせてもらうわ」


 なんだか引っ掛かる所があって追求しようとする気持ちを押し殺すに連れて、呆れてため息が出る男。


 少し歩きながら意識を手の平に集中すれば、光の帯が風のように手のひらに集まり、少し大きめの《カランビット》というナイフが創造された。

 ── 鎌や鉤爪のように屈曲した刃体、握る所(グリップ)の下には指を通す(フィンガーリング)がある。突き刺してから引き裂くことを得意とするが、それ以外にも、フィンガーリングを相手の指に通して曲がらない方向へと曲げさせたりと、傷能力が高くてナイフ全体を攻撃手段として使える、格闘技・武術にも非常にマッチさせやすい武器だ。男の創り出したナイフは少し特殊で、チェーンで加工された独特で思い出深い贈り物。何度も壊れる度に修復して貰った、世界にたった一つ(・・・・・・・・)のカランビットナイフだ。


 「つーか凄えな、この力。まるで魔法みてェだ」


 基本、魔法というものは空想の存在で、今みたいに比喩として使われる。

 空想の存在の魔法がどんなものかは詳しくは知らないし、科学的ではないものは信じられないものだったが、実際に魔法のようで非科学的な信じ難い力──創造の力を前に、男は思わず感嘆の声が漏れた。


 「んーまぁ、似たようなものと思っていいね。君の言う魔法がどんなものなのは知らないけど、想像力さえあれば何だって本物に出来るよ』


 「何でも……か。なあ、なら別に俺が居なくってもアンビギュアス、ちっこい俺を造りだせるような手前ェ自身が発展させていけばいいじゃねぇか」


 男はカランビットナイフのフィンガーリングに指を入れて振り回して、鈍りに鈍った体をほぐして昔の感覚を思い出し味わおうとしながら問うた。


 「そうしたいのは山々なんだけどね、僕には発想力が足りないんだ……。まぁ、創れないわけじゃないけど、想像力が皆無に等しいんだよ。投影トレース自体は簡単なんだけど、さぁ……」


 何故か哀愁漂うアンビギュアスの物言いを耳に入れるも、問うた本人はナイフをもう一つ(・・・・)と造り出し、少し夢中に振り回したり投げたりし続けながら「ふーん、そーかいや」と適当に答えれば、


 『──って言うのは建前で、本当は君とお喋りをただただ楽しみたいだけだけどね~!』


 「ふ、ふーん……」


 急に陽気になって、あっけらか~んと言うアンビギュアスのカミングアウトに思わず驚き、ナイフを回していた男の手がピタッっと止まった。


 しかし、本当にお喋りがしたいがために、この世界に呼ばれたんだとすると、なんだか遣る瀬無い気持ちになってしまう。

 しかしあの五月蝿かったアンビギュアスが一瞬でも静かになった。勿論哀愁漂う物言いも嘘ではないだろうが、あの陽気な物言いだって冗談ではなく、寂しさを誤魔化して明るく振る舞っている。そんな悲しそうな空元気にも感じてしまう。

 それにアンビギュアスは最初から『お喋りを楽しみたい』と言っていた。そして『初めて(・・・)の来客と』とも。

 これらの様子からして、彼女はずっと一人で、孤独だった事が解ってしまう。


 男はそんなアンビギュアスの気持ちを察し、頬を掻きながら照れ臭そうに柄でもない事を言ってみる。


 「ま、まぁなんだ……。別に俺に建前なんて要らねーかんな」


 『………うん。そうさせてもらうよ』


 姿は見えないものも、その言葉にアンビギュアスは、静かに嬉しそうにほくそ笑んだ。姿は見えなくても、そんな気はした。


 「しかしよぉ……」


 『ん? なんだい?』


 ──世界にたった(・・・・・・)一つしか無いナイフ(・・・・・・・・・)を、自分は今二つ(・・)持っている。それは全く同じ物で、普通ではあり得ない事。

 二つのナイフが光の粒となって消えていく姿を見ながら男は、《創造の力》に対して率直な感想を告げる。


 「こりゃ魔法より凄ェんじゃねェか?」


 『まぁ魔法より凄ぇんじゃないかな!!』


 そう元気良く木霊の様に復唱するアンビギュアスに口元が緩み「ははっ」と笑みが零れた。

 そんな時、

 

 【!〰〰〰・・・〰〰〰!】


 地響きを鳴らし、男目掛けて突進して来たナニかが遂に男の背へと辿り着く、そう思われるが刹那──


 ڿڰۣー҉ 耳҉ ҉ ҉鳴҉ ҉ ҉り҉ ҉ ҉が҉ ҉ ҉し҉ ҉ ҉た҉


 ──響き渡る大きな衝撃音と、その衝撃と供に男を覆い隠すように周り一帯へと舞い上がる土埃。

 響き渡たった衝撃音はさながら、深くアクセルを踏み込んでスピードの出過ぎた大型自動車が、そのまま勢いよく電柱に激突したかのような重低音。

 

 そして押し寄せる、まるで写真を撮られたかのようにとてもリアルに描かれた一枚の(きおく)──

 血のようにドス黒い赤いドレスを着て金の椅子に座る高貴少女。その横では彼女を付き添うように立つ、一人の執事。

 二人は目を薄く閉じており、気品さを醸し出していた。不釣り合いなんてありえない、お互いが存在の美しさを引き立てあい、どこからみてもお似合いの主従。

 しかしその絵には不可解な点が幾つかあった。少女の首に故意的に引かれた線。その少女を睨み泣くような顔を浮かべる、執事とは呼び難たい格好をした男の影。燃えているような背景だった。


 次第に土埃が薄くなっていき、男の姿が現れる。

 先程とは全く違って、品格のある柔和な表情を浮かべている、まるで別人のような男。何処からともなく地面から生え、立ち現れた、10メートル弱の高さもあって厚みもある巨大な壁を背に、平然とした様子で突っ立っていた。 


 【───・・・───】


 そして壁の向こうには、規則正しく静かに落ち着いた間隔の寝息を大きくして倒れている、見知らぬナニか。

 その気絶しているナニかはアジア象の倍近い体型に、低く下がった鉄槌のような頭部をしている生き物だった。


 「──少し、煙たくなってしまいましたねぇ……」


 土煙から現れた男は、一つの咳を拳で受けてそう口にした。

 荒々しい喋り方から打って変わって、紳士的で落ち着きのある喋り方へと変わった男。

 後ろの聳え立つ壁の方へと踵を返して、一歩と足を進めた。


 「ほう、素晴らしいですね……この壁に傷を付けるとは……」


 男はパラパラと細かい破片が降り注いでくる凹んだ壁に手を触れて、感嘆を声に漏らす。ナニかが突進した衝撃によって凹んだ壁だ。


 本来であればこんな事では、傷一つ付けることの出来ない物質で出来た壁──ダイヤモンドに対しては3倍近く硬く、抗張力、剛性にも優れている、男のいた世界で4番目に耐久性に優れた物質。

 その名も《カルビン》。

 両端に取っ手をつけて90度捻ると磁性半導体になるという特性の以外にも、エネルギーを蓄えられ、常温で安定するといった特徴も持っている為、幅広い工学部品に使われる便利な物質。

 だが《カルビン》は炭素原子を鎖状につなげたもので、厚みが原子1個分のシート分でも一次元の紐状体ということで壊れやすい。壊れないようにするには《グラフェン》と言う物質の助けが必要なのだが、この男の造り出した壁は現代において不可能な程に無理遣り超高密度に圧縮させているので、《グラフェン》を使わずとも本来の何百倍もの強度を保つことが出来る。

 しかし本来は《カルビン》を生産することは難しく量産することはできず、まずとして、このように壁にして身を守るような物質ではない。


 そんな壁に傷を付ける事は容易ではない筈だが、傷が付いてしまったどころか、触れた壁の亀裂が全体へと広がり、砂になって崩れ落ちる。

 緑の地に崩れ落ちた砂は液状の光へと変わり、地へと染み込まれて消えていった。


 そして現れた、無くなった壁の向こう側に横たわっているナニかに気付き、男はそのナニかへと近付こうと歩を進める。

 その間──男は邪魔に思うほど長くてウェーブの掛かった髪を結う為、髪留めを造り出して一時的に口に咥えながら、髪の襟足を束ねようと掻き上げて両手で纏めようとする。

 またその間にも、シャープな光の帯が身体中を纏う様に飛び交い、一部分が破れたヨレヨレとした不恰好なTシャツ等々が、ナニかの傍に着いた頃には黒いスーツへと変貌を遂げていた。それに加えて、髪も束ね終わって低めのポニーテール状のヘアスタイルが完成しており、頭の上には鍔の広い中折れ帽子が造り出されて乗っていた。

 この、Tシャツという物質が他の黒いスーツという物質に変わる様な《創造の力》は、《創造》をベースにした《変換》、即ち、《創造変換》と言うに近い。


 男はナニかの傍で踞み、隅々まで隈無く観察するため、視線を泳がせる。顎に手を当てながら。

 ──5メートルはあるであろう巨体にハンマーのような頭部。金色の瞳孔をした眼が左右合わせて四つあり、目尻から首元まで等間隔の節を持つチューブのようなものが付いている。そして、肩から尾に掛けて、まるで茹でた団扇海老が丸々背中に乗ったような、赤々しい背中。

 その姿は象と言うより、インドにいそうな雄牛(ガウル)の体型に似ており、犀とも捉えることの出来る体格。


 男は帽子に手を持っていき、そんな犀のような生き物に文字通り脱帽して、着帽させた。

 

 『なんだか滑稽に思える光景だね。君の格好もこのファンタジーな世界とは合ってない気がするよ』

 

 ナニかの頭に乗せられた帽子は、ナニかとは比較的に小さく、アンビギュアス様(・・・・・・・・)の言う通りファンタジーな生き物のその姿は滑稽にすら思えるかもしれない。しかしこの行為は男にとって、堅牢たる壁を打ち負かした生き物に対しての最高の敬意の現れである。なのでその事については何も言うことはない。


 「御尤なご指摘ですが、先程の酷く不精な装いより良い方ですよ。それに私はこの格好でなくては落ち着かないのです」


 自分の事はは問題ないと言わんばかりな清々しい回答をする男。

   

 『そう? 何だか暑苦しい格好だし、僕はそのスーツを脱ぐ事を推奨するけど、まぁ君がそう言うなら別になにも言う事は無いかな』


 「ご理解感謝致します」


 そう微笑む男はふと腹部に手を持っていき、また再度ナニかを観察とは違う視線でまじまじと見ながら「ふぅ」と一息つくので、アンビギュアス様は疑問に思う。


 『どうしたんだい?』


 「……いえ、なんでもありません」


 何処か物惜しげに言うもんだからアンビギュアス様の疑問は深まる。


 男が立ち上がって「この生き物に名はあるのですか?」と尋ねれば『ん? いやあ、どうだろうね。僕はこの世界をずっと観ていた訳じゃないしねぇ……ん~無いんじゃないかな』と曖昧で適当な回答を返すアンビギュアス様。男はそれならばと考え、


 「ハンマー・ライノーと名付けましょう」


 そう手をポンッと打って、生き物にハンマー・ライノーと命名する。

 このハンマー・ライノーに名が有ったとしても、どうせ結局は名付けていただろう。名付けるのはこの男の癖でもあり、趣味に近い。


 『結構安直なネーミングセンスしてるね、君ってば』


 アンビギュアス様が少し痛い所を突くが、男は言われ慣れている様子で「やはり、アンビギュアス様()そう思われるのですね」と苦笑し、また踵を返した。

  

 『もういいのかい?』


 「──ええ」

 

 そう言って男は少し影があるが満足気な顔をして、ハンマー・ライノーを後にして行く当てもなくそのまま歩き去って行った。


 男が去って少したった後、木々の蔓延る場から顔を出したハンマー・ライノーと同種の生き物。巨大な生き物特有の深い呼吸をしながら、倒れているハンマー・ライノーへと様子を見に向かう。

 その生き物は一頭のみではなく多勢にいた。先程木々から現れた生き物を先頭に、その後を広がりながらも付いていく。この特定の生物が同一種で集まっている状態を見れば、個体さはあるものもハンマー・ライノーの仲間で群れだと分かる。

 その仲間達がハンマー・ライノーの元へ辿り着き、心配そうに低く下がった鉄槌のような頭部で揺すって起こそうとすれば、ハンマー・ライノーは目を覚ましてその巨体を起こす。

 体を起こせば頭の上に乗っていた、見たこともない小さな物が地に落ちた。それは男がハンマー・ライノーの頭に乗せた、鍔の広い中折れ帽子。


 【───・・・───】

 

 警戒しながらその帽子の匂いを嗅ぎ危険な物でないと分かれば、目尻から首元まであったチューブ状の物が目尻から外れ、触手のように動かす。触手を器用に使って拾い上げてハンマー・ライノーは、元にあった自分の頭に乗せた。

 仲間達が何も無い所に視線を向け続けているのに気が付いた。それは男が去って行った、匂いの道。


 ハンマー・ライノーも仲間達と同様に、その道の先へと視線を向ける。

 それはどこか熱い眼差しの様に感じた。

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ここは暗い闇が広がっている空間。鬼の様な角が生えた額宛を着けた黒いワンピース姿の少女と、髪が長くて頬のこけた彼が、初めて対面した世界である。

 宙に浮かぶ映像からは光が発せられ、彼の歩く姿が映っている。

 アンビギュアスは姿勢悪く椅子に座りそれを観ていた。


 『ところでアンビギュアス様、こう言っては難ですが、私と初めて対面した時と比べて、流暢に喋られますね』


 「そうだね。あの時は物凄く緊張してて頭が真っ白になってたんだよ! 僕だって自分が言っている事が可笑しかったと自覚してるんだけどね」


 『可笑しかったとは思いませんでしたが、天地を創造したアンビギュアス様といえども緊張してしまうものなのですね』


 「そりゃそうだよ。長い長い時間が経ってようやく初めてお喋りし会える相手が出来たんだからね。そんなの緊張するに決まってるよ」


 『そうですか……。こんな私めで宜しければ、此れから先、末永くよろしくお願い致します、アンビギュアス様』


 「ぷはっ! お喋り出来るのは嬉しいけど、なんだか告白されてるみたいで照れちゃうよ~」


 『これはこれは、失礼致しました。冗談が致しましたね。失言です』


 「全然失言じゃないからね!? それこそ失言に値するよ!」


 「───・・・・・・」


 『・・・・・・───』


 歩き続ける彼と映像越しでお喋りを楽しんでいて少し経った時、唐突に男の足取りが歪み始めてふらつき出す。様子のおかしい彼に、アンビギュアスは疑問に思い声を掛けようとしたが、声を掛ける前に彼は倒れ込んでしまった。


 「うわぁっ! ちょっと、大丈夫かい」


 不意に倒れた彼に対して驚き、声を掛けるものも返事がない。

 しかし、紳士的な彼のイメージとは裏腹に唐突な声──くぎゅうううと腹部から、可愛らしい叫び声が返事の代りをするかのように甲高く鳴った。

 そんな意表を突く返事にアンビギュアスは一瞬呆然とするものも、ふっと我に帰り、彼が元の世界での数十日間、水は疎か何一つ食べ物を口にしていない事を思い出す。そんな男の頬がこけている理由も知っていたし、なぜ何も口にしていないのかも、アンビギュアスはよく知っていた。

 アンビギュアスは、彼が空腹が限界に達して気絶したと確信した。


 「なるほどね! 今思えば、あの人がハンマーなんちゃらと名付けた生き物をまじまじ見てたのは、食べれるかどうか選別してたからなのか!」


 疑問に思っていた事を声に出して推測するアンビギュアス。


 「食べれないって判断したみたいだけどさぁ、創造の力で食べ物を造り出すって発想はあっただろうに……なんで造り出そうとしないのかなあ」

 

 せっかく与えた創造の力をそういう事に使わない彼に少しむっとして、ぼやくものもアンビギュアスは「まぁ、そんな力で造り出した食べ物なんて食べたく思わないか」っと彼の心情を察してうんうんと納得して、男を見守る事にした。



 

 アンビギュアスが見守る事にして暫く経った頃、倒れている男の元に1輛の馬車が止まった。

 ──それは幌の付いたとても大きな二頭立ての車両なのだが、それを馬車と呼ぶには語弊があるのかもしれない。 

 なぜならこの大きな車両を牽いているのは馬ではなく、二頭の大きな“犬”だからだ。なのでこの場合は馬車と言うより、“犬車”と表現するのが正しいのだろう。


 『ほぉら私が言った通り、人が倒れてるでしょ?』


 そんな馬車改め犬車を操縦する席──御者台に座って、犬の体に装着されたハーネスから伸びる手綱を持っている青年が、倒れている男を確認するや否や犬車の後部へと目線を送って言った。

      

 青年の送った目線の先には3人。つまり犬車には青年含めて4人いた。

 この4人達はここから5キロメートル以上は離れた所にたまたまいて、この場に訪れた、不可解な人のような叫び声と、原因不明に逃げるように迫ってきた生き物たちの理由の根源を調べるため。

 声のした位置や迫って来た動物達の元の位置からして、どうやらこの男が何か関わっているのだろうと彼らは認識した。

 

4人唯一女性。見た目15歳位の身長をした少女が、犬車から身を乗り出しながら男を観察していた。

 ──あまり見た事の無い少し変わった、黒い格好をしている男。後ろ髪を一つに束ねた男の顔は痩せ細っているが、とても整った気品のある優しそうな顔立ちをしていた。


 『これがあの叫び声を発してた人やの……?』


 一目見るだけで紳士感漂わせるこんな男が大声を発していたとは思えない。

 そんなギャップのせいなのか、初めて覚える感情に少女は頬をみるみると紅潮させ、呟きながら熱くなった頬を両手の平で抑える仕草をする。


 『な、なんか、姉さんの顔が物凄く真っ赤さ……』


 その少女の表情や仕草の意味を察して、驚き、動揺した声色でいう青少年。


 『あらぁ、アネさんがホの字になるなんて……“竜災”が起こらなければいいけど……。』


 誰かが珍しい行動をとった時に「こりゃ明日は雪が降るかも」みたいな揶揄をするように、“竜災”という言葉を使って似たような事を言う青年。御者台降りて倒れている男の様子をもっと近くで詳しく確認するため足を男の方へと進めた。

 青年の使った揶揄に使われた“竜災”という言葉は字面からして厄のありそうな言葉。


 『そんな怖い事言わないで欲しいさッ!』


 その言葉を恐怖の対象と捉えているのか青少年が、不用意に口を開く青年に対して震え口調で過敏に心配する。

 

 『あら、この子ったら、顔に似合わず結構質の良い筋肉してるじゃないの♥』


 倒れている男の安否を確認した青年が、米俵を担ぐように拾い上げる次いでに男の身体を摩ったり揉んだりして、粘性帯びた声で甘々と言った。

 

 『僕だって良い筋肉してるさぁッ!!』


 『そんな粗悪で汚ならしい身体、見せる……な。目が腐り落ちる』


 何故か対抗するように上衣を開けさせるよう脱ぎ、身を乗り出して、腹筋アブドミナルを強調させるポージングをする青少年。

 それを尻目に、犬車内で静かに座る少年が顔を顰めて軽蔑するような眼差しを向けて、酷い罵倒を浴びせた。


 『き、汚くなくも腐り落ちもしないさ! ほ、ほらこの美しい腹筋をみて惚れ惚れするといいさ』


 襤褸糞に言われ心傷付いた青少年は涙目になりながらも、脇腹にできたスジに沿うよう指を往復させ強調させるが、少年の追撃。


 『なにが腹筋?そこはあばら骨……。なに勘違いしてるか分からないけど、恥ずかしい……よ?』


 冷静に鋭い言葉を叩きつける少年に、大きなダメージを負わされた青少年の心は既に砕かれ放心状態。

 それでも『よくそんな間違った知識を得意気に披露できるよね……』『恥を知りなよ……』『憐憫の涙を禁じえない……ね』と過剰攻撃を楽しそうに繰り返す少年。


 『ほら喧嘩しないの。この人が起きちゃうでしょ?』


 少年青少年の間に入って仲裁すべく、抱えていた青少年と少年少女の間にそっと寝かす青年。

 少年の意識が男へと向かい、この一方的な喧嘩が終わり、助かった青少年。

 男を横目に少年が険悪そうに顔を顰めながら青年に問う。


 『……そいつ、拾うの……?』


 『仕方がないでしょ? こんな所に放っておくわけにはいかないし、介抱だけでもしてあげたいわ。』


 「こんな……平野で倒れていたくせに、乗り物はおろか、荷物すら何一つ持っていないんだ……よ? こんな奴……信じられないし、僕は辞めておいた方が良いと思うんだ……けど」


 「まぁまぁ、そう言わないの。人を疑い詮索しない 、困ってる人がいたら直ぐに駆けつける。それが私達の決まり事でしょ? ね?」


 『…………』


 『それに──』


 そう言って青年はじっくりと一方を見つめる少女へと、顎をしゃくって少年の視線を促した。


 『姉さん? おーい姉さーん。…………反応なしさぁー』

 

 青少年が顔の前で手を振るにも関わらず、青少年の言動など全く眼中に無いと言わんばかりに、にやけた口から涎を垂らして男を見つめ続けている、姉と称される少女。

 少年は暫く隣に座る、そんな状態の姉と男を驚き見開いた目で見き来した後、これを離す事はできなさそうだと『……はぁ』と深く諦めのため息をついて、渋々と口を開いた。

 

 『わかっ……た。……でも、怪しい奴には変わらないからね……』


 『はいはい、分かってるわ。少しでも粗相を働いたら直ぐに『めっ♥』するから大丈夫よぉ。』


 そう体をくねらせて言う青年が唐突に、とある方向へと振り返った。

 青年の目が遥か遠くを見つめる。目の奥には迫り来る何かを捉えていた。

 ずっとしつこく追いかけて来てた、アイツら。


 『ほらアネさん! ぼーとしてないで、来てるわよ』

 

 少し急いでるかのように放心状態の姉を揺さぶって正気に戻そうとする青年。

 『ハッ』と正気に戻った少女は垂れていた涎をツルっと吸い上げ、さっきまで放心してだらしない顔をしていた自分に少し恥ずかしく思いながらも、声を上げる。


 『しつこすぎんよアイツ! 腕もぎ取ったやけでこんな追いかけてこんでもええのにぃ!』

 

 そう言う少女の後ろに積まれた荷物重なるように、大きくて赤いロブスターのハサミのようなのがあった。それはアイツと呼ばれる者の一部。

 青年の来てるわよの一言で、奪われた自分の一部を求めてアイツらが追いかけてきているのだと分かっていた少女同様他も同じ。


 『ねぇ……めんどくさいから、もう追いかけて来れないように……しない?』


 『そっちの方がめんどくさいさ。病人もいるし逃げた方が得策さ』


 『もう飛ばしてええよ。コッチが諦めて気にせんようしとけば、アッチもきっと諦めてくれると思うし』


 『そうね。もう追いかけてこれないように飛ばすわよぉ!』


 元いた御者台へ戻り手綱を握った青年は、そう高らかに叫んで、手綱を揺らして犬達と合図を取った。

 犬達は合図を受け取り歩を進めれば、馬車の車輪も回りだす。


 『で、僕の筋肉の話なんだけどさ!』


 『うる、さい……!』


 『…………そうやね、確かにこの人っていい筋肉してそうやよねぇ……』


 『ちょっと、アネさんったら』


 『僕だって良い筋肉してるさぁッ!!』


 『うるさい立つな、バカ……!』


 『ウギャッ! 顔パンチされたさぁ~』


 そんなやり取りの中、犬達は足取りを早くしていき、車輪もそれに比例するように早く回りだす。


 あの騒がしかった犬車の姿は去っていき、男が倒れていたこの場は寂しいほど静まり返っていた。

 


 そんな場所での様子を映像越しで終始眺めていた少女は、つまらなさそうに溜め息を吐き、


 「暇だな~」


 と、彼とお喋りが出来ない事を悔やむ言葉を発した。

 アンビギュアスはまた溜め息を俯くように深く吐いて、映像を切り替える。あの彼のいる犬車が走っている映像に。

 

 アンビギュアスの目的は彼とお喋りをする事。

 彼が目を覚ましたら、あの4人とは必ず口を交わす事になるだろう。そうしてる間は彼とはお喋りをする事がなきない。その時間は自分にとってずっと経験してきた退屈を思い出す時間でもあり、やっと彼によって壊れたと思った時間。にが苦しい時間だ。

 それでも彼のこの世界での時間を奪うわけにはいかない。それにそんな時間は自分が経験してきた長い長い時間に比べれば短いものだ。

 とアンビギュアスは自分に言い聞かせるように、髪が大きく揺れるほど頭を振った。

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