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オガドーグリと流星群の夜  作者: 桜里谷 光
2/2

 お日様が完全に眠ってしまった頃。

 本来ならば、僕達の仕事が始まる時間。

「わあ……」

 僕らは皆、一枚の一番大きな「葉っぱ」の上に寝転がって空を見上げていた。

 目の前には、たくさんの星たちが一瞬光っては消え、光っては消えている。

 それは、命の最後の輝き。

 そうお日様から教えられている。

 先ほどの女の子達も、空を見上げていた。

 きれい、とかすごいね、とか言いながら。

 でも、僕はそれだけじゃ心が満たされなくて、もやもやした気持ちになる。

 満天の星空なのに、心の中は曇り空だ。

 グドバイは空を見上げたまま言う。

「……この日は特別なんだ。今まで何百年も何千年も生きてきた星たちが、一斉に燃え尽きる日だ……」

 そして静かになる。

 今頃、ここにいない仲間達は僕達の分までバインダーを抱え、忙しく走り回っているはずだ。

 後で謝っておかなければならない。

 星屑クッキーもたくさん要りそうだ。

 でも今は、この光景を見ていたかった。

 こんなにも美しいものを、僕は見たことが無かった。

 美しいのに、儚い。すぐに消えてしまう。

 輝いて、輝いて、それでもすぐに消えてしまう。

「ねえ、グドバイ」

「なんだい、オガドーグリ」

「おじぃ星やおばぁ星達は……何を思って、あんな風に散っていくのかな」

「さあね。それは誰にも分からないよ」

 そこで親友は、驚くべきことを言った。

「だってあれ……星じゃないもの」

「え?」

 僕はもちろん、仲間達も驚いて彼を見る。

「どういうことだい、グドバイ。だって、お日様がそう言っていたじゃないか」

 誰かの反論に、皆が縦に首を振る。

「あの光っている物質は……一般的に塵と言われているものだよ。地球との摩擦であんな風に燃えているのが、ここから見えているだけなんだ。本当のおじぃ星やおばぁ星は、何もなく、ただ完全に冷えて闇と交わり、僕らからは見えなくなっているよ」

 その後も彼は僕らに送られてくるのは白色矮星の星達なのだとか、僕らが見ているのは黒色矮星になる寸前の彼らなのだとか説明してくれたけれど、彼の話は僕らには難しく、今度は誰一人うなずくことができなかった。

「つまり、だ。お日様は嘘をついていたんだよ。こんな風に光り輝きながら、あなた達は落ちていくんですよって。彼女から初めて仕事をもらった時に、聞かされたんだ」

 君なら自分でそれを見つけてしまうだろうから、私は最初から伝えておこう、ってね。

全くずるいお方だよ……と。

 親友は、ひどく寂しそうに、そして疲れたように笑う。

「え、ちょっと待てよ。あれがおじぃ星達じゃない、だって?お日様が、その星の分だけその……塵?をわざと流しているだって?なんでそんな嘘をお日様はついたんだよ」

 少し怒ったような声とともに、仲間の一人が立ち上がる。

 そうだよ、実際僕らは何度も消えていくところを見ているじゃないか、と言い合い、仲間達も親友のほうを見る。

「じゃあさ。皆は、おじぃ星やおばぁ星が消えるとき、なんで近くにいることができたんだい?そんなに輝いていたら、お日様みたいに熱くて倒れてしまうじゃないか」

 一斉に、皆の頭が下がる。そうだった、おじぃ星達は、いつの間にかいなくなっていたのだ。輝いてなどいなかったじゃないか。

「お日様は……おじぃ星やおばぁ星の心を守るために嘘をついたんだよ」

「心を守るため?」

彼の急な告白に、思わず聞き返した。

「考えてごらんよ。星達は、今までずっと輝き続けていたんだ。星はお日様の力を受けたり、自分の力を使ったりして輝くのが仕事だ。彼らはそれを誇りにしている。ずっと光り続けていたいと思うのは当然のこと。でも最後は一個寂しく消えてしまうだなんて真実を、君達は言えるかい……?」

 僕らは誰一人として答えられなかった。

 一人、また一人と座り込む。

 結局、全員がまた同じように寝転んだ。

 正しいのかもしれないし、間違っているのかもしれない。正解は無いのかもしれなかった。

 少し考えてから、僕は空を見たまま口を開く。

 僕が考える正解を、親友に伝える。

 「ねえ、グドバイ」

 「なんだい、オガドーグリ」

 「僕達は、毎日あれを見送っていたんだよね?そうだろう?」

 グドバイがひどく驚いた顔をしてこちらに視線を向けているのが、見なくてもよく分かった。

 しばしの沈黙の後、小さな、本当に小さな声がした。

「……ああ、そうだ、そうだよ」

 その応えに、僕は満たされた気持ちで笑みを浮かべる。

「あんなにたくさんの……星が死んでいるんだよな」

「ああ」

 応える少し声が、大きくなった。

「星って……永いけれど、短いんだな」

「ああ」

 すぐに返事がきた。

「だからこそ、あんなに輝けるのかな」

「……ああ」

 また少し、声が小さくなる。

「僕らも、誰が嘘つきでも何が本当でも……最後まで、輝いていたいな」

「ああ!」

 先ほどとは全く違った、ひどくはっきりとした声が夜空に響く。

 再び、静寂が訪れた。

 空を見ればもう「その時」は終わったらしく、若い星たちが美しく空を彩っている。

「さて、と。どうする?まだ、地球にいたいなんて言う?」

 グドバイは立ち上がって、僕に手を差し出した。

 仲間達も次々に立ち上がっていく。皆ほんの一瞬だけ僕の方を見ては、また前を向いて羽を広げ始める。

「どうする?帰らない?」

「いや」

 僕は大きく首を横に振った。

「僕の仕事は、おじぃ星とおばぁ星を最後まで見届けることだ」

 そして、親友の手を掴む。


「私の最後の光り輝く姿、ちゃんと見ておいて下さいね?」

 用紙を挟んだバインダーに目を通していた僕は顔を上げ、ほんの少し顔を曇らせる。

 僕らよりも、「からす」よりも、「ひと」よりも、ずっとずっと大きな、優しそうな表情を浮かべたおばぁ星。ただしその光は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだ。

 彼女に向かって、僕は訊いてみる。

「……消えちゃうのって、怖くないんですか……?」

 一瞬の沈黙の後、心に優しい声が響く。

「そんなわけ、ありませんよ。最後まで輝いて、あの星はきれいだねえ、だなんて言われたのならこんなにうれしいことはありませんよ。……では、さようなら」

 そう聞こえた時には、すでに彼女は見えなくなっていた。

 光を失ってしまったのだ。

 目を伏せる。

 彼女の名前を見つけだし、大きく×印をつけた。

 何故だろう。悲しい気持ちなのに、何故か心が暖かいもので満たされているように感じるのだ。

 彼女は……精一杯、輝けたのだろうか。

 「……うん」

 これくらいのことは、グドバイに訊くまでもなく分かるようになった。

 まだ、仲間の力を借りないと跳ぶこともできないけれど……。

 一歩ずつ階段を上がっていく。時々、落とし穴がないか確認するために立ち止まるけれど、それでも進み続ける。

 その先には、賢い親友と仲間達。

「今日の分、終わりました」

 そう言って僕は、お日様に朝を告げた。

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