ミッション1・part1‐①
著者・おおぬきたつや
『キグルミ大作戦!!』
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〈キグルミ・ミッション・1〉
Part1‐①
『バイトはキグルミ宇宙人?』
七月・某日。晴天。
梅雨明けの宣言されてまだ間もない、関東南部のとある地方都市――。
その平凡な住宅地の町並みと田舎びた景色の中で、物語りは人知れず、幕を開ける……!
照明の消された、人気のない通路。
まばらな非常灯の薄明かりでかろうじて視界は保たれたが、その先に何があるのかはさっぱりわからなかった。
そしてそこに、さては迷い込んだかのようにうろうろと身じろぎさまよう、ふたつのあやしい〝影〟と、〝影〟だ。
あたりには、重たい沈黙があった。
そのただ、ひたすらシンとした中で、ピタリ……!
不意にその場に足を止める人影のひとつが、息の詰まるような静けさを、みずからが発するかすかなため息混じりの言葉で破る。
「――っ、あのさぁ、ひょっとして迷ってたりしてないか? ぼくら、スタッフルームに向かってるんだろ? このままじゃいっそ店の裏口かどこかに出てしまいそうなんだけど?」
しばらくは我慢していた。
が、この先行きの不透明な道のりに目を凝らすのにも疲れて、不安と呆れが半分ずつのぼやきを、おのれのすぐ目の前にある大きな相棒の背中にぶつけてやる。
するとこの問い掛けに、しばしキョロキョロと頭を巡らせていた影はその次、ゆっくりとこちらを振り向いたと見せて、そこからまたのんびりとした口調を返した。
「……あん? ああ、ま、べつにいいんじゃね? そしたら引き返すだけじゃん、さっきのゲーセンの奥から、ここまでずっと一本道だから迷うわけなんかねーんだし! へーきへーき、それにもうちょっと先に行けば、ちゃんとどっかにバッチシつながるって!」
「どっかって……ほんとに、テキトーだよな。見かけない入り口見つけるなり、いいからこの俺に付いてこいっ! て、あの自信は、いったいどこらへんから来たんだか?」
「いーから! 細かいコト気にしすぎだぜっ、世の中なんだってやる気とノリだろっ!!」
やたらに楽観的なセリフで、見るからに気負いがない自然体の影形は、背が高く、おまけ暗くても肉付きがよくてがっちりしているとわかる。黒のズボンに、季節柄でさっぱりした白の半袖Yシャツの学生服は、あっけらかんとしたさまでまた前へと頭を巡らせる。
そこからのっしのっしと、ふたたび大股の足取りを進ませた。
背後でおなじく夏服姿の学生は、若干だけ肩をすくめるそぶりを見せて、その後に続く。ちなみ先頭のいかつい背格好の男子と比べたら、こちらはむしろすっきりとした細身となったか。
そして対照的なのはどうやらその見てくればかりではなしだ。
ともだちほどに大ざっぱで思考が底抜けたりもしていない、とてもきまじめな性格らしいこの彼である。
それは冷静なものの言いようで、しっかりとした意見を返すのだった。
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「〝この先まだ工事中につき、関係者以外は固く立ち入りを禁ず!〟――って、これ見よがしなくらいにどでかい看板があった気がしたんだけどね? そうさ、確かにまだできたての複合施設ではあるし、なんかここらへん、フンイキがさっ……! ただのバイトの面接に来たはずが、気が付けばいけない不法侵入でした、なんてシャレにもならないだろ?」
「そーか? はん、でももう遅いぜ? いまちょうど、どっかの出口に着いたみたいだしよ。向こうからヒトの気配も感じるし、良かったじゃん! さっさとアイサツかまして、ちゃっちゃと夏休みのバイトに雇ってもらおうぜっ! 全身着ぐるみの肉体労働!!」
「え? ……あっ、そんな簡単にっ、ちょっと待った! いやだから言っただろっ、ぼくらまだお気楽さまな学生さんだからってあんましチャラけてばっかじゃ相手の心証ムダに損ねるって! それにひとの気配って? ……暗いな!」
勝手にひとりで盛り上がっては、我先にとズカズカ歩いて通路の最果てにゴールインする背中に追いすがって、いざそこで突き当たった終着地点のありさまに、細身の男子ははたと首を傾げる。
鼻先までずり落ちていた丸縁の眼鏡を人差し指でクイと押し上げては、しげしげとあたりに目を凝らした。
そうだ。そこは確かに広くて開けた場所なのらしいが、いかんせん照明が消されたままだった。とかく閑散とした物寂しげな雰囲気で、これがひとの待機する休憩所とはおよそ思えない。
何より、前の友人は、そこに誰かしらの気配だとか言っていたが、いいや、じぶんにはそれらしきひとの影など、どこにも感じられなかった……?
やはりそうだ。
日頃から勘は鋭いほうだと自負している。
無人に違いない。
見回す限り、どこも壁際に黒い影形で段ボールらしきがおよそ乱雑に山積みされているようだ。
それこそは単なる物置きか、間に合わせの資材置き場なものくらいにしか見られなかった。
結果、ただの行き止まりだったことにまた小さなため息つくと、この身近にいるはず大きな背中へとみずからの目線を巡らせる。
「……ふうっ、やっぱり引き返すしか……て、ゴータ? あれ、ねえ、おいってばっ!」
暗い中にいつのまにか姿をくらます、せっかちな友人の名を呼んだ。
こんな限られたスペースではぐれるなんて心配はないにせよ、あのでかい図体でぶつかってこられたりしたら厄介だ。
違いない。
いつ何時ものんびりぐうたらなお調子者ときたら、自己にも他者にもおよそ無遠慮で、ちからの加減だなんてものをてんで知りもしないのだから……!
思わず、サッと腰を低く身構えてしまうところに、するとちょっと離れた場所から、のんびりした声が上がった。
おそらくはこの部屋の、なかほどのところからだ。
「あん、こっちだよ、ソウ! こっちこっち、おまえも来てみろよ、ほらっ、ここになんかあるぜ? やけにがっちりした手触りの、ごつくて、おまけにでっかいものがさっ!」
「いや、こっちこっちって、こう暗くちゃなにがなんだか……! ごつくてでっかいもの? おい、ちょっと、そんな無闇にわけもわからないモノに触ったりしないほうが……うわっ? たっ、あ、いたたっ!」
声と気配に導かれるままに進めた足が、そこで不意に何かに蹴躓いてしまう。しかもこれが驚いたこと、両足ともにだ。
そう、それは何やら大きくてゴロンとした、〝物体〟に……?
単なる空き缶や、紙クズなどのたぐいではない。
むしろぶにっとした、なんだか軟らかいような、不気味な感触だった。
暗がりで足もとが悪かったこともあり、それに思いっ切りにつんのめってしまう。不覚だった。
ただ、よろけたこの身をうまい具合に正面で受け止めてくれる者がいて、その場に頭から突っ伏すような無様なことにはならなかったのだが、いいや――。
「うぶっ! ぷっ、つつっ……ん?」
見知った友人の胸か背中にしてはこれが、どかん、と妙にボリュームのある、一口に軟らかいとも固いともいえないそのおかしな肌触りと違和感に、ムッと表情を曇らせる。
しかもこの時、やたら呑気なともだちの声は、おのれの真後ろから聞こえてきたりした。
「へっ……あんだよ、だいじょーぶかよ? おい、ソウってばよ、マジにコケちまったのか?」
「い、いやっ、ギリギリセーフ! なんかが、うまいこと支えてくれたからっ――」
……う、でも、なんだっ……これ?
平気だと応じながらもこの内心でしきりと首を傾げる少年だ。
足もとの異物もそうだが、でかくて得体の知れないものが、でんと部屋の中央に居座っていることは確かである。
落ちかけた眼鏡を利き手で押さえながら、背後へと振り返る。
するとそこではもそもそとした気配が、まるで緊張感のないセリフを発してくれる。
「ううん、ほんとに、なんなんだろうな、コレ? おっ、おおっ、あっ、わかったぞ! ソウ、これってば、アレだよっ、アレ! このおれたちが求めていたっ……おっ?」
「だからっ、そんな無闇やたらに触ったら……ん、あれっ、電気が点いた? ゴータ、スイッチなんてどこかにあったのか? ……えっ?」
そうこうしてる内に、真っ暗だった視界が、パッと明るく開けた。
いきなりのことである。
何かにもたれかけていた身を起こして、一度、煌々(こうこう)と明かりを灯す天井の照明器具を眩しく見やる細身の男子は、そこで目の前の友達へと視線を戻すなり、えっと目を丸くする。
一瞬、我が目を疑った。
それこそが息を飲むほどに……!
いいやだが仕方もない。
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「なっ……にっ、いい!?」
真昼の明るさで満たされた思った通りの殺風景な景色の中、だがしかし、こればかりはおよそ意に反してだ。
どんっ、どどーん!!
そのおおきな体格の級友が、これに負けず劣らずばかでっかくした正体不明の〝怪物〟みたいな見てくれした何者かに、ガバッ! と、この全身でそれこそちからいっぱいに抱きついている!?
そんな現実からはいささか遊離した、まことに珍奇な絵面を目の当たりにさせられたとあってはだ。
しかもこれがまるきりの不意打ちである。
まともな言葉も出てきやしない。
もはや驚きなどをとっくに通り越した、図抜けた馬鹿馬鹿しさみたいなものがあっただろう。
一方の男子は、今も嬉々(きき)としたさまでそれにしがみつきながら、すっかりテンションの上がった歓声を発していた。
およそ悩むことを知らない5歳児くらのノリである。
まったく、脳天気もいいところだった。
「キグルミ、みーっけ! こんなトコにあったんだなっ、無邪気なお子様たちのアイドル!! まずコイツにいきなり対面できるだなんて、マジで運命みたいなの感じるぜっ! なあっ?」
「えっ……そ、そうかな? というか、着ぐるみ、なんだ、それ……? いやその、やけに見てくれがリアルなもんだから、ちょっとドキっとしたけど……うわっ!?」
えらい上機嫌で同意を求められても、そうそう素直にはこの首を縦に振れやしない。その彼は、引きつった苦笑いのじぶんが、まだ片手でもたれていたものをかえりみて、ここでまたもやギョッとふたつの眼を見張らせてしまった。ぶ厚い丸縁メガネでよそから見えなくともこの左右の眉がビキッと吊り上がることでそれとわかる。
おまけ身体が固まるが、いやはや無理もない。
「こっ、こっちにも!? ……うはっ、これがほんとにただの着ぐるみなのかね、体重かけてもびくともしないし、まるで良くできた博物館の〝復元展示品〟みたいな……? こ、こわいなっ、ほんとに特撮映画でも撮れそうな勢いだよっ、ううっ……!」
そうなのだ。
おんなじように得体の知れないグロテスクな見てくれの怪獣の等身大(?)モデルが、そこにはどっかりと鎮座していたのだ。
サイズとしたら平均的な成人男性より、およそ一回りくらい背丈が高いくらいのそれは、ちょうど真正面で見下ろすようにこちらを見つめている。
ものすごい真顔だった。
ひとの視線をキッと捕らえて放さない!
まさしく獲物を睨み据える肉食獣のそれであり、今にも牙を剥きだして食らい付いてくる、そんな危機感を覚えただろう。
それほどに現実感たっぷりな風貌と、その凶悪なまでの迫力にあって、たじたじと二歩、無意識のままにも後ずさってしまう。
だがするとだ……!
「あっ! またっ、わ、ごめんっ……!」
そこでまたしても足もとに感じた、例のあのなにがしかの異物に踵が引っかかる。不覚も不覚、ふたたび大きくぐらつきかけた背中を、だがこの瞬間、背後からひょいとこちらは生身の腕が支えてくれた。
長い腕丈と大股の一歩でたやすく間を詰める、およそ何事にも動ずることがないへっちゃら顔のともだちがそこで子供みたいに笑う。
「あん、だいじょーぶかよ? ソウ、おまえさ、ひょっとしてコイツに引いてたりすんのか? わはは、ダメだぜっ! これからこん中に入ってよ、元気にお子様たちとじゃれ合おうってヤツが今からそんなんじゃさ! ああっ、おれはもうマジ、乗ってきた!」
「いやだってそりゃあさっ、ゴータはそんなぶっちゃらけた性格だからっ! ……もとい、それこそ子供の側が引くんじゃないのかな、こんなやたらめったらしてリアルなの……?」
普段、周りからは良くできた模範生と見られる少年は、顔つきがもうすっかり引きつり加減だった。
※次回に続く…!