日常の異変。
声が聞こえる。
「‥に…よ」
(なんて言ってるの?)
途切れ途切れにしか聞こえないその声を聞き取ろうとする。
「一・に‥うよ」
(…え?)
徐々にその声は鮮明に聞こえてくる。
「一緒に行こうよ」
(一緒に…行こうよ…?)
この声は聞いてはいけない。
耳を傾けるのは危ない。
本能的にそう感じた。
「一緒に行こうよ。ねぇ?…ユミちゃん」
次の瞬間、私は恐怖と共に、目を覚ました。
「…っ!」
また…嫌な夢を見ていた。
ナナちゃんからあの話を聞いてからほとんど毎日見るようになっていた。
「ハァ…ハァ…」
夢なのに、鮮明にはっきりと覚えている。
誰かが私の名前を呼び、どこかに連れて行こうとしている。
一体誰なのか。
(ひどい汗…)
夢にうなされ、ぐっしょりと汗で濡れた下着が、ひどく不快感を覚えさせた。
(シャワーでも浴びようかな)
乱れた呼吸を落ち着かせながら、悪夢で感じた恐怖と嫌悪感を汗と一緒に流すかのように、ゆっくりと暖かいシャワーを浴びた。
夏が終わったばかりだとはいえ、もう秋になる。
私が住んでるところは決して暖かい気候とは言えない。
こんなにも汗をかくのはどう考えてもおかしい。
(やっぱり、何かおかしい。ナナちゃんの話が関係しているのかも…)
消えた村。怪奇事件。
何か、得体の知れない何かが、取り巻いているのかもしれない。
そう、思えてやまない。
そうでなければ、村が一つ消えるなんてあり得るのだろうか…?
シャワーを浴び終え、制服に着替えるのはまだ早いかな?と思い、再びパジャマへと着替える。
(まだ時間あるし、もう少しだけ寝よう)
少しずつ肌寒くなってきた季節。
温かい体のまま布団に入ると、さっきの夢のことなど気にもとめず、すぐ眠りについた。
「ユミ、起きなさい。ユミ。
学校遅れるわよ」
寒い日の朝は布団から出ることが億劫だ。
「あと5分だけ…」
「そんなこと言って!起きないでしょ、あんたは!
ほら、早くしないとリョウくん来ちゃうわよ!」
うなだれながら、まだ重い体を頑張って起こす。
「んー。」
背伸びをすると、少しだけ軽くなる。
「ほーら、早く支度して、ご飯食べちゃいなよ。
お父さんはもう食べてるわよ。」
「はーい…」
ウトウトとしながらも、いつもどうりの朝を過ごす。
パジャマを脱ぎ、制服に着替える。
顔を洗い、髪をとかしてまとめる。
ここでようやくスイッチが入る。
「お父さん、お母さん。おはよー!」
元気よく1階に下り、朝食を摂る。
朝食を食べ終え、歯を磨きながら朝のニュースを見ていると、気になるニュースが流れた。
「今年、9月頃から連続して起こっている、失踪事件についてです。
某県某市、永山町で相次いで子供が失踪する事件が起きています。
警察は事件として調査を行っていますが、未だに犯人も被害者も見つかっていないようです。
失踪したと思われる時間帯は15:00~18:00頃と、下校の時間帯であることがわかっています。市内の学生は不審者などに十分注意して生活してください。
次のニュースです」
永山町って…私たちが住んでるところじゃん!?
「ユミ、学校で友達がいなくなったりとかはないんだろ?」
「うん。少なくとも、私のクラスメートにいなくなった人はいないよ。」
「そうか・・・。学校、気をつけて行ってこいよ。」
「うん!」
心配になったお父さんが聞いてきた。
私の友達にもいなくなった子はいない。うん。大丈夫だ。
そんなことを話していると、チャイムが鳴った。
「ユミ~、リョウくん来てるわよ!行っておいで!」
「は~い」
じゃ、行ってくるね。と、お父さんに言った。
「行ってらっしゃい」
お父さんも、そう言いながら仕事に行く準備をし始めた。
「お、おはよう。ユミちゃん」
「おはよう!リョウくん」
相変わらず、おどおどした態度のリョウくん。
それとは真逆の元気ハツラツの私。
そんな私たちを見て、お母さんはいつもニコニコしている。
「じゃあ、行ってきます!」
「はいはい。あ、最近物騒だからね、気をつけてね。
なんかあったら、リョウくん、頼りにしてるわよ。うちの子こんなんだから、すぐ連れてかれちゃうわ」
「ぼ、ぼ、僕がしっかりユミちゃんを守る!」
「よろしくねぇ」
と、お母さんがリョウくんの頭を撫でる。
むう、誰がリョウくんに守られるものか。逆に守ってあげるほうだよ。
と、心の中でつぶやいていた。
「さ、リョウくん行こう!学校遅れちゃう!」
私はリョウくんの腕を強引に引っ張っていった。
「待って、ユミちゃん‥」
いつもと変わらない朝が今日も過ぎる。
そう、いつもと変わらない日が今日も続くんだ。
私はそう思っていた。
でも、『異変』は既に起こり始めていた。
私も、リョウくんも誰もわからない間に。