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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 01:blue sky
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第八話 賭け

 現実世界でのオオカミは順位制に伴い、攻撃をしかける順番から餌を食べる順番まで細かく決まっていると訊いたことがあった。この世界の法則は現実世界のそれとはかなり離れているけれども、だからといって、ゲーム世界であるオオカミが現実世界のオオカミとは別の動きをするとは限らない。オオカミたちの行動を決定するコードが現実世界のそれを基に記述された可能性だって十分に考えられるし、そもそもでいえば現実世界の生物はマクロの視点でみた時に、そこまで複雑な動きはしていないはずだ。

 それじゃあこの人食いオオカミの場合、どんなプログラミングで動いているのだろうか?

 ボクはプログラミングなんてやったこともないし、素人だから憶測の域をでないのだけれど、実際に何度か戦闘を交えた経験をもとに、考える。

 恐らく、オオカミは一匹一匹の個体が集まって群れを形成しているのではなく、一つの群れとして形成された一つのオブジェクトなのだと、ボクは思う。

 オオカミ自体には意思がなく、ただ群れとしての意思に従って行動をしているだけ。

 つまり、手足のような存在なんじゃないだろうか?

 この場合、その手足を動かすように意思決定を行っているのはプログラム上のコードであって、オオカミ自身には上も、下も、そういった順位制はきっと、存在していない。だからさっき、ボクが先頭を走るオオカミ――現実世界に即していうなら、いちばん偉いオオカミを斬り伏せた時でも、ボクにターゲットが移ることはなかったんだと思う。オオカミに順位制があったとするならば、第一位のオオカミを倒した瞬間、ターゲット移しは成功していてもおかしくはないのだから。

 ボクは思考する。

 オオカミたちの行動を細かく考えていくと、まず、これは多分、絶対だとおもうけれど、半径何メートル以内にプレイヤーが存在するかいなかの分岐が最初にチェックされるはずだ。もしプレイヤーが近くにいないのであれば、オオカミたちは自動歩行を繰り返し、プレイヤーが存在していたら攻撃フェイズに移行すると、そんな感じ。

 そして、問題はその攻撃フェイズに移行する前にある。

 恐らく各プレイヤーには識別番号が設定されていて、オオカミはプレイヤーがテリトリーに侵入した際に、その識別番号を変数として格納する。以降、オオカミたちはプレイヤーが死ぬか、自分たちが死ぬまでその識別番号に向かって攻撃を繰り返すよう、反復処理をし続ける。

 そんな仮定が合っているとするならば、オオカミたちが格納した識別番号を塗りかえるための行動をボクが行わなければ、永遠にオオカミたちのターゲットはヒーラーのまま、ということになる。

 ボクは舌打ちをする。

 考えた結果が、やはり同じ結論へと収束してしまう。

 ボクに、オオカミたちの意思を塗り替えるスキルはない。

 それがすべて。

 それが答え。

 ボクにできることは、ただひとつ。

 ヒーラーが殺される前にオオカミを殲滅する。

 それだけ。

 それだけだった。

 それだけだからこそ、絶望的だった。

 ボクとオオカミとの距離は、ヒーラーとオオカミの距離のおよそ二倍。

 ボクが群れに近づき、殲滅するまでの間に、オオカミは何回攻撃することができる?

 間に合うか?

 手数は合うか?

 やれる?

 やれない?

 後で考えろ!

 ボクは『スタン・アンクル』を発動するため、剣の柄を両手でにぎり、頭上に掲げる。

 その瞬間、先頭を走るオオカミがヒーラーの腕に噛みつき、力技でその華奢な体躯を地面に叩き伏せた。

 ヒーラーの悲鳴。

 オオカミたちの唸り。

 そういったものを耳にしながら、ボクは剣を地に突き刺した。

 剣は煌々と輝き、その光は地面を伝播して広範囲に広がる。

 それはギリギリ、オオカミたちの群れにまで届いて、オオカミたちの足元に絡みついた。

 ここからは確率勝負。

 『スタン・アンクル』は範囲内にいる敵の行動を縛る効果がある。

 純粋な確率はスキルレベル最大で二〇%。

 そこからさらにレベル差ボーナスで数値が上下する。

 オオカミとボクのレベル差はおおよそ三〇ほど。

 レベルが五離れるごとに一パーセントのボーナスが付与されるから、最終的に二六パーセント。

 この場合の確立分布は?

 二項分布をつかえばいいんだっけ?

 わすれた。

 どうでもいい!

 ともかく、半数以上スタンすれば、ヒーラーは逃げられる、と思う。

 全部、憶測。

 自分の頭の弱さにいらいらする。

 かかれ。

 ボクは念じる。

 思考停止するように、ボクは念じる。

 『スタン・アンクル』にかかったのは二匹だった。

 運は、最高の結果を弾きださなかった。

 ボクは動けない。

 スキルによる硬直があるから。

 あとは、ヒーラーが自力で逃げるだけ。

 ボクは叫ぶ。

 逃げろ。

 可能性はまだある。

 硬直ダメ―ジによるハメは、発生しないはず。

 発生しなければ、まだ逃げられる可能性は残されているから。

 それに、ボクは賭けた。

 賭けるしかなかった。

 だけど、ヒーラーは逃げられなかった。

 立ち上がるのに時間をとられ過ぎた。

 多分、腕を負傷したから。

 オオカミたちが素早かったから。

 理由を挙げれば、限がなかった。

 彼女は倒れた。

 ただそれだけ。

 だから、やられた。

 ボクの目の前で、ガブガブされた。


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