第七話 予想外の行動
「黄金のリンゴ、なかなか落ちないね。たしか、この樹の化け物が落すと思ったんだけど、さっきからレアドロップも装備品ばかりだ」
「ギャフ」
「抽選運がないのかな。黄金のリンゴはレアドロップのなかでもレアなのかも。ここは低レベル層向けの狩場だし、そうそう落ちない設定にしてあるんだろうね」
「ギャフ」
「ほんとはネットで敵情報を調べられたらいいんだけど……この世界じゃそんな手段は使えないから、困ったね」
「ギャフ、ギャフ」
「……本当に、この身一つだけだ」
「ギャフ……」
「そんな顔しないでよ。感傷的になるのはきっと、お腹が満たされてないからだよ。休もう」
ボクは近くにある、大きな樹の根が歪にひん曲がって、ちょうど腰がかけられそうになっている部分に座った。
一応、スカイが隣に座れるように端っこに座ったけれど、スカイはボクの頭に乗っかった。このまま餌を与えると唾液がボクの頭上に滴り落ちてきて大変気持ちの悪いことになってしまうから、のっしと掴んで隣に置いた。
「お食べ」
ボクはアイテム欄からデビアルの腕を取り出して、スカイにあげた。
デビアルの腕は名前の通りにデビアルの通常ドロップだ。レベル三〇以上の戦闘職ならば用意に狩ることができるモンスターで、なかなかに可哀そうな容姿をしている。モンスター図鑑の設定では、悪魔の王が人を食えずに衰弱した姿がいまのデビアルだと、そう記載されているのだけれど、悪魔の王が何匹もマップに湧いて、それがことごとく餓死寸前になっている光景はどこかユニークで、笑った記憶がある。元悪魔の王には悪いけれど、ボクはデビアルの腕をスカイのメイン餌にするべく乱獲していたから、持ち物にはこいつの腕がかなりたくさん詰め込まれている。
むしゃむしゃ、ばきごぎ、とスカイは骨ごと腕を咀嚼して、ごくんと呑み込んだ。
まだ子供だけれど、やっぱりドラゴンだけあって、顎が強い。
そういえばと、スカイがイグニスの腕を噛みちぎったことを思いだす。
あのあと、イグニスの腕はどうなったんだろう?
普通に考えればちぎれた腕が簡単に再生するわけないし、ついさっき、プレイヤーの部位を咥えているオオカミがいることから推察するならば、イグニスの腕はそのまんまちぎれている可能性が高いとは思うのだけど……。
それにしたって、この躰はやはり、変だった。
ここのマップは今のボクにとって、かなり簡単に攻略できるマップで、大体の敵はスキル1セットで葬れるのだけれども、やはり、被ダメージは避けられない。
噛みつかれたり、切り裂かれたり、突き刺されたり。
ボクが普通の人間であれば、もう躰は細切れになっていてもいいはずなのに、だけどいまこうして躰を見渡してみても、どこにも傷がなかった。
この躰は、綺麗なままだった。
――ライフゲージが満タンになれば、どんな傷だって癒える。
それが、現状、ボクが出した答えだった。
しかし、本当にどんな傷でも癒えるかはあとで検証してみないといけない。
万が一にでも実験で腕とか目を失ってしまったら、とんだ間抜けもいいところだ。
人体実験。
そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。
みんなは、どれくらい検証を終えたのだろう。
この世界の秘密はいま、どれほど解明されたのだろう。
興味はあった。
だけど、ボクにはフレンドがいない。
このゲームを始めてから、フレンド欄に誰かの名前が書かれていたことはない。
ずっと、ソロプレイヤーだった。
だから、手軽に情報を得ることはできない。
嫌な予感がした。
大手ギルドによる、人間狩り。
そういう可能性を、ボクは考える。
ネトゲだけじゃなく、現実世界でも強い人は冷たい合理的な思考をするから。
巨大に膨れ上がった合理性は、弱者をどんどんと貪る。
それは、どんな世界でもきっと、起こる。
「……怖いね」
「ギャフー」
「スカイは、優しいね」
ボクはスカイに寄り掛かった。
こいつの躰はなによりも温かかった。
「…………?」
なんだろう。
声が訊こえた。
金切り声。
悲鳴だ。
言葉は訊きとれなかった。
しかし、異常は伝わった。
心臓の音が強くなる。
ボクはすっくと立ち上がった。
目を凝らす。
前方のやや右側。
そこで何かが動いている。
たぶん、人間。
いや、そもそも悲鳴は人間のものだったから、人で間違いない。
ボクがゆっくりと近づいていくと、人と思しき影は徐々に人らしく形成されていって、その背後にオオカミの群れが見えた。
プレイヤーが一人、オオカミに襲われている構図が、明瞭となった。
もう、足は動いている
ボクは、おっとり刀で駆けだしていた。
前方の、多分、姫ヒーラーは、ボクに気づいて声をあげた。
「た、助けてくださいーー!」
ボクは答えず、ヒーラーに向かって走る。
見た限り、あのヒーラーのレベルはどんぴたで一五。防具は装備できる最高のものを身に着けているけれど、未だに武器が初心者セットだ。初心者セットの武器には装備できる上限レベルが設定されているから、着けている防具と装備可能上限レベル、次の装備武器の条件レベルと、各レベル帯の武器防具ステータスを考えれば、レベルくらい、誰でもすぐに計算できる。
一五。
一五かあ。
「……まずいな」
追いつかれたら、あの子はすぐに殺される。
それを阻止するには、総てのオオカミのターゲットをボクに集める必要があるけれど、そういったスキルはボクの職業じゃ覚えられない。
先頭のオオカミを攻撃すれば、全部ボクにターゲットが移るのか?
どういったアルゴリズムで動いているのか、ボクは分からない。
ここは初めてくる場所だから、経験に則ることもできない。
女の子を大きくぐるぐる走らせて、ボクはその反対方向に走って、ボクとヒーラーが交叉する度に一匹ずつ処理していけば恐らく、ヒーラーは無傷のままで敵を殲滅できるとおもうけれど、それを説明できるか?
ヒーラーは全力疾走している。
無理だ。
距離が近い。
ともかく今は、殺るしかない。
ボクはヒーラーに向かって、走る。
そのまま、交叉する直前に叫ぶ。
「そのまま走れ! 足を止めるな!」
と、ボクは先頭のオオカミを剣一閃する。
これで、オオカミたちのターゲットがボクに移ればなんの問題はない。
なかった。
なかったんだ。
「……くそ」
ボクは後ろを振り返る。
オオカミの群れは、依然としてヒーラーに向かって駆けている。
ターゲットは、移らなかった。
オオカミは最初に目視した敵を、殺すまで追いかける設定だった。
だから、後はどう、もう一度ヒーラーとオオカミの群れに追いついて、敵を撃破するか。
そういった、問題だと思った。
「……へ?」
ヒーラーは、間抜けな顔をしてこちらを見ていた。
その足は、地面に根を生やしたかのように、
止まっていた。