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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 03:orange braver
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第六五話 消失

 十分な知識を持ちえていない者が統制を図る際によく用いられるのが暴力だ。そこに人間らしい秩序は存在していないけれど、しかし短期的な目でみてみればこれほど簡単で効果的な手法もない。生物は基本、上下関係で成り立っているし、恐怖という感情は人から合理性を取り除く。怯えを覚えた人はまともに思考することすらできずに、ただトップダウンに命令を従うだけの人形へと成り代わる。エナは、自身をその人形だったと云う。そして、エナ同様に人形と化した人間を束ねているのが彼女――サティールとのこと。彼女は堕落症状<アダムズアップル>のトップとして君臨し、エナたちを手足のように使って日々、いろんな悪さを行っていたらしい。その悪行がどんなことなのか、エナはその仔細を云うことに抵抗あるようだったので、それが本当に悪いことなのかどうなのかはわからないけれど、ともかくエナはそこに居たことを後悔してギルドから逃げてきたと云った。脱退ではなく、逃走。その言葉選びから察するに、そのアダムズアップルという組織はとても悪い集団のように思えるけれど、さてどうしたものかとボクは頭をもたげた。

「……困ったね」

 ボクが小さくそんな言葉を零すと、エナはばつの悪そうな表情を浮かべた。

「すみません、お師匠さま……」

「いや、べつに君に非がある話じゃないと思うけど」

「ですが、エナは関係者なんです」

「元だよね?」

「元でもなんでもです。エナはあそこに居て、エナはいつも、悪いことを、悪いことを……」

「…………」

 ダメだ。

 エナはいま、フラッシュバックで思考が狂ってる。

 過去に囚われている所為で、合理的で冷静な判断ができなくなっている。

 現状、彼女はボクのパートナーなので、こうなるとまた面倒事が増えたと思ったけれど、今度はそれをおくびにも出さないよう努める。

 さっきの小言は、本当に不用意だった。

「エナ、君はどうしたい?」

 とりあえずと、ボクはそう尋ねる。

 しかし、返事はない。

 しかたがないのでボクは口元に手をあてて一人、思考する。

 ちなみにでアダムズアップルという組織は一つのギルドの名称ではなくて、複数のギルドが連なった統合体を自らそう呼称しているらしい。つまり、その統合体の彼女をどうこうしようものならばたくさんのギルドがボクたちに牙を剥くことは目に見えているのだけど、ワルリスやスキルフルクラウンなんかとも仲が悪いというのに、ここにきて連合ギルドにまで目をつけられてしまったらボクはこの世界で安穏と生きていられるのだろうか? なんだかもう、世界中が敵に思えてきた。

 本当に。

 偶にはなにか奇跡的な助けがあってもいいような気がするけれど、思えば残した禍根のいずれもが私情に塗れたものなので、第三者になんとかしてもらうと考えること自体が筋違いというか、助けが入る余地がない事案な気がする。

 どちらが正しいのか、因果応報故の報復なのか。

 そんなの、当事者以外に判断はできないのだから。

「とりあえず、ボクは悲鳴のした方を見てくるよ」

 そういうとエナの瞳孔は開き、顔を青くさせた。

 次の瞬間、エナは怯えるようにしてボクにしがみつく。

「お師匠さま、エナを一人にしないでください」

「いや、君は一人で居た方がいい。だって、ボクが彼女たちに見つかるのは百歩譲って良いとしても、ギルドを抜けてきたエナが見つかるのはどう考えてもまずい。最悪、ボクはPKされてもクエスト中だしなんの問題もないけれど、確執のある君が見つかったら本当に厄介になると思う」

「けど、お師匠さまがPKされたらスカイさんが助かりません」

「その時はその時。ボクも死ぬだけ」

 スカイを追って。

 世界から消えるだけ。

「大丈夫、すぐにもどる。だからエナはここの繁みで待ってて」

 そう云い残し、ボクは黒いマントを羽織って再び森の中へと入る。途中、もう一度なにか聞こえてこないかと聞き耳を立ててみるけれど、森は一向に口を閉ざしている。さっきのは聞き間違い、という可能性がボクのなかで湧き上がったけれど、エナの表情を思いだすとその可能性は薄れていった。

「木に登ろう」

 ということでボクは適当に丈夫そうな大木を選びよじ登ると、幹に剣を水平に突き刺し、そこを足場にして俯瞰を始める。

 オペラグラスでも持っていればよかったのだけど、そういったものは持ち合わせていないから目を細めて人の気配を探る。

 探る……。

「……あ、いた」

 ボクはそう呟き、剣を引っこ抜きながら飛び下りた。その途中、伸びた枝に何度も手をかけては減速をくり返して地面に着地する。イメージしたのはあるちぇの動き。彼女は一〇メートル以上もの高さから平然と落下していたから比較にもならないけれど、わりとイメージ通りに木から降りられたことにボクはすこし手ごたえを覚える。なんの手ごたえかはよく、わからないけれど。

 こそこそとさっき人影が見えた場所の近くまでくると、ボクはとかく日影の濃いところを縫うようにゆっくりと歩いた。

 慎重に。

 慎重に。

 どこからか、話声が聞こえてきた。

 ボクは息を殺し、移動。按排の良い草叢に隠れながらもフードから片目を覗かして向こうを眺める。

「……ひどいね」

 そこでボクが目の当たりにした光景はあまり気分のいいものではなかった。べつに、それらは筆舌に尽くしがたいというほどのことでもないからその内容を記してもいいけれど、とくにその必要もないので割愛。ボクはひとまず彼女たちが本当に悪い人たちであることを認識し、そこからどうすればいいのかを考え始める。

 端的に云えば、彼女らはクエスト荒らしだ。一応でクエスト荒らしを大別すると二種類あって、多勢を用してクエスト報酬を独占する方法と、クエスト参加者をめちゃくちゃにする方法とがあるのだけど、どうもアダムズアップルは後者のタイプのようだ。まあ、だからといってどっちみち相手は数と力でごり押してくるタイプなのだから、ソロプレイヤーであるボクにそれらを打開する策はないのだけれど、だけどこのままなにもしないわけにはいかない。たしかに、さっきエナに云った通りに、スカイが死ねばボクも死ぬだけでいいけれど、だからといってスカイと幸せに過ごす日々を放棄してもいいとは思わない。

 ボクは、スカイと生きたい。

 スカイとまた、あの空を見たい。

 だから、本気でどうにかしたいと思った。

 その時、昔読んだ精神医学系の本の一文がふと、本当に突然、思い浮かんだ。

 精神が衰弱している人間はじっとしていることができない――

 なぜならば、恐怖という名の亡霊が彼らの心を駆り立てるからだ――

 どうして、そんな言葉が今出てきたのか。

 逆算するように考えて、ボクは答えにたどり着く。

「…………エナ」

 エナは、きちんと待っているのか?

 ボクは心配になって速足でその場を離れ、エナと別れた場所へと向かった。

「……いない」

 どこにも、彼女の姿がない。

 何度も小さな声で彼女の名前を呼んでみたけれど、彼女は出てこない。

 焦る気持ちを抑えてボクは辺りをもう一度探してみる。

 繁みの中、木の陰、頭上、周囲。

 その、どこにも見当たらない。

 どこにも、いない。

「エナ!」

 ボクは叫んだ。

 けど、静寂が返ってくるばかりだった。

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