挿話三 烟った光
「楽しいね、ベル」
「うん、楽しいネ」
「いつも、こんな日が続くといいんですけど」
「そうだネ。ワタシもそう思うヨ」
「現実って、厳しい」
「その通りだネ」
「ねえ、ベル。エナは、エナはどうしたらいいと思いますか?」
「どうもしないほうがいいと思うヨ」
「どうして?」
「だって、それが最善だからサ」
「……そうですよね」
「そうサ。馬鹿なことは考えちゃいけないヨ」
「馬鹿だなんて、ベルはひどいことを云うんですね」
「ワタシは正しい認識を述べただけサ。ひどいことなんて、一言も発していないヨ」
「それがひどいんです。正直な意見は、人を傷つけることも多いんです」
「アハハ、まあたしかに、そうだネ」
「正直に生きることと正しく生きることは、全く逆だとエナは思います」
「しかし、抑制しつづけると人は歪ム」
「そうですか?」
「ああ、そうサ」
「エナは、そうは思わないですが」
「それはまだ、エナが幸せだからサ」
「幸せ?」
「…………」
「エナは、幸せなんですか?」
「それはワタシがわかることではないネ。エナにしかわからない、エナの問題だ」
「エナは、エナは嫌なことはありますけど、だけどこうしている時間は幸せです」
「そうかイ」
「はい。第一、エナには、ベルたちがいます」
「過大評価だヨ」
「そんなことありません。ベルたちがいなかったら、私、もうこのゲーム辞めていましたし」
「辞めていたほうが、良かったのかもしれないヨ」
「でも、現実世界ってとても暇です」
「そうだネ」
「だから、エナはここに居られて良かったと思ってます」
「……そうだネ」
「ねえ、ベル。エナ、思いついたことがあるの」
「エナ、余計なことを云うんじゃないイ」
「いいえ、エナは云います。だからベル訊いて」
「エナ、やめるんダ」
「ねえベル、エナたち、エナたちでここを」
がちゃり。
と、ドアが開いた。
その後、ごろり、と何かが家屋の床を転がった。
何かはわからない。
見えない。
見ない。
見たく、ない。
ベルが云う。
「今日は、コイツなんだネ」
返事はない。
たぶん、ドアの向こうにいるあの人は、にやにやとしている。
心の底から笑って、楽しんでいる。
呻きは聞こえない。
そんなもの、聞こえない。
空気が淀む。
暗く、沈んでいく。
匂い。
部屋の匂いが、どんどんと嫌なものになっていく。
その要因に、エナはいる。
エナも、含まれている。
エナは、深呼吸して、短刀を取り出した。
ベルはもう、杖を向けている。
エナは、感情を殺す。
殺すだけじゃない。
へらへらと笑う。
そうしないと、嫌々やっているように見えるから。
楽しそうにしていないと、いけないから。
悪いのはあっち。
ギルドを勝手に抜けた、あっち。
だから正しい行為。
正すための行為。
エナは笑う。
感情を殺して笑う。
道化のように。
道化のように……。
エナはエナを演じる。
エナはエナを追いやる。
本当の自分。
虚飾の自分。
そのどちらが本物で、
そのどちらが偽物で、
真実は何処へと、
虚構は彼方へと、
その先。
その果て。
果てに、
果てに、
果てに、
果てに、
合図が響いた。
ドアの向こうに立つ、あの人の声。
いやに高い声。
不安を煽る声。
「やれ、なのです」




