第六話 ニルキリルの森
ニルキリルの森にはオオカミ系のモンスターが棲息していた。オオカミは基本的に群れで行動するように設定されていて、一匹にでもターゲッティングされると群れで一斉襲い掛かってくる。一匹一匹はそこまで脅威ではないけれど、敵が重なるとタゲ合わせが大変だし、連続ダメージ硬直がかなりいやらしかった。防御が低いとダメージ硬直だけで何もできずガブガブと食い散らかされてしまうので、ある程度のレベルで装備を整えていないと即死するゾーンでもあった。
初心者はよくこの森でオオカミにガブガブされている光景を目撃されていたから、ここのオオカミたちはプレイヤー間で『人食い』と囁かれるようになった。
マンイーター。
ボクのレベル帯より上の狩場にもそんな名前のモンスターが棲息しているけれど、だけど、今、ボクはこのオオカミこそ本当のマンイーターなのではないのかと考えていた。
気のせいかもしれない。
演出の可能性だってある。
ゲームだったはずの世界が現実かのように見えているから、モンスターにオブジェクトが追加されていたとしても、おかしくはなかった。
なかったけれど、ボクにはどうもそれが偽物にはみえなかった。
その要因のひとつに、さっき、多くのアイテムが無造作に棄てられていたのを見つけたから、というのもあった。
ボクからみて、それらは不必要なアイテムばかりだった。
他プレイヤーならばゴミと、容赦なく吐き捨てたかもしれない。
ゼーリンの欠片に、ピッグランスの槍、レディバグの殻。
ぜーリンの欠片はレアドロップだけど、モンスター自体が最弱だし、記念品というか、アイテムとしての価値がない。ピッグランスの槍やレディバグの殻なんかに至ってはただの雑魚の通常ドロップだ。だけど、だれだって初心者のころはこうしたアイテムを持ち歩いていたと思う。少なくともボクはそんなタイプだった。
いずれ何かに使うかもしれない。
実はすごいレアドロップなのかもしれない。
少し手ごわい敵だったから、持ち歩いておきたい。
そんな、純情な気持ち。
多分、ゲーム世界没入型のプレイヤーだった。
それらのアイテムには、いろんなわくわくが詰まっていた。
希望だとか、理想だとか。
そういった、きらきら。
それらが地面にぶちまけられていた。
「何を、咥えているの?」
ボクは対峙するオオカミに尋ねた。
もちろん、オオカミは答えない。
当たり前だけど、オオカミは人語を理解しない。
だけど、ボクをタゲった瞬間に、オオカミは咥えていたモノを口からぽとりと落とした。
それがなんなのか。
どこのなんなのか。
ボクは深く考えない。
剣を抜く。
一匹がボクをねめつけると、つぎつぎと瞳が鬱閉とした森の中で輝いた。
たぶん、一二匹。
二十四の瞳がボクを見つめている。
壺井栄の小説が頭に浮かんだ。
こんな時でも意外と冷静なんだな、とボクは考える。
そうじゃない。
感度が研ぎ澄まされているから、色んな情報が浮かんでくるだけ。
ボクはその総ての情報から取捨選択するだけでいい。
先頭のオオカミがボクめがけて駆けた。
ボクはスキルで駆けるオオカミの後方へと煙幕を放った。
後続のオオカミたちは足をとめた。
先頭のオオカミだけは足をとめなかった。
だから斬り伏せた。
この世界に閉じ込められてから、ボクが初めて行った攻撃だった。
オオカミの躰は二つになって、地面に落ちた。
剣を伝って、ずるりとした感触をこの手は覚えた。
とても気持ち悪い感触だったけれど、それは、すぐに慣れた。
だけど。
それでも。
「スカイ! お前は待て!」
ボクは叫んで、煙幕の中に単身切り込んでいく。
たとえ無意味でも。
たとえ無意義でも。
この感触だけは、スカイに覚えて欲しくなかったから。