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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 03:orange braver
68/82

第六ニ話 エナ

「お師匠……さま?」

 ボクがうわ言のようにその言葉を繰り返してみると、エナアスという天胤私士は虚ろな三白眼に強い肯定の意を宿してうなづいた。

「はい、そうです。お師匠さま」

「……待って。ボクは君に、お師匠さまなんて呼ばれる筋合いはない」

「そんなこといわれてもエナ、もう、決めたんです」

「君が決めたら、それにボクは従わなければならないのか?」

「…………」

「ねえ、訊いてる?」

「……ああ、うん……そう、ですよね」

「どうしたの?」

「わかってます。エナなんかが弟子じゃ、ご迷惑ですものね……えへへ……」

「…………」

「はい、わかってます。わかってるんです。エナはだめだめ人間で、性格も悪いし、陰気だし、なんか、もう、いろいろと終わってますから、だから気に入らなかったんですよね。……いいんですよ、はっきりと云っても。こんな、エナなんかに気を遣わなくても、大丈夫なんです。全部、わかってますから。エナ、頭は悪いけど、そういうことだけはわかる人間ですから」

「だれもそんな話はしていない」ボクは溜息を吐く。「君がどんな人間だとか、しったことじゃない。ボクは、ただ弟子なんかをとるつもりはない。そう云ってるだけ」

「だめです」

「だめ? どうして?」

「だってエナ、あきらめも悪いから……」

「胸をはっていう言葉じゃないと思うけど」

「エナ、絶対にお師匠さまの弟子になりますから」

 そういうとエナと名乗る少女はどこからともなく短刀を取りだして見せた。

 銀色の刀身は月明かりに照らされて、鋭利なその切っ先をぎらりと輝かせてる。

 それを、どうするつもりなんだろう?

 よくわからずボクが尋ねると、彼女はえへらと笑って、それを自分の手首にあてがった。

 そして、

「こうするんです」

 と――。

 ゆっくりと、刃を上下し始めた。

 きこきこと。

 手首を切り始めた。

 いきなりそんなことをし始めるだなんて。

 こいつ、狂ってる。

 頭のおかしい奴だと、ボクは思った。

 だけど、べつにとも思った。

 だって、この世界じゃ手首を切り落としたぐらいじゃ死なないから。

 ただのパフォーマンスのように思えた。

 それなら、尚更だ、

 それが気を引くためだけの自傷行為なのだとすれば、尚のこと、ボクは関われない。

「勝手にしろ」

 ボクは踵を返して、この場を辞する。

 背後からエナの笑い声がした。

 泣いているのか。

 それとも、壊れているのか。

 よくわからなかったけど、ボクは振り返らない。

 絶対に、振り返らない。

「訊いてください! お師匠さま!」

 エナが叫んだ。

「エナは、お師匠さまのように一人でも生きていけるような、そんな強さが欲しいんです! だから、お願いします。お師匠さまがエナのお師匠さまにならないっていうなら、エナは、エナは――!」

「…………」

 …………。

「…………」

 …………。

「…………?」

 どうしたんだろう……?

 急に、声が聞こえなくなった。

 そうやって、またボクの気を引こうとしているのだろうか?

 わからない。

 ボクは振りかえる。

 横たわる少女の姿が見えた。

 その胸には短刀が刺さっている。

 銀色の刀身が見えないほどに……。

 深く。

 深く……。

「このばか!」

 ボクは走り、少女に近づく。

 両手で彼女を抱きかかえてみると、すでに事切れているようだった。

 ボクは急ぎ、リュックからパープルハーブを取り出して使用する。

「……あれ」

 戻らない。

 彼女の意識が、戻らない。

「こいつ、前に死んでる……!」

 厄介なことになった、とボクは思う。

 いま、ボクの手持ちには、蘇生アイテムは一種類しかない。

 その一種類が既に使用済みとなると、ボクにはこれ以上、手の施しようがない。

 どうしようも、

 できない。

「……なんで」

 なんで、こう、どいつも、こいつも!

 ボクは歯を噛んで天を仰ぐ。

 いまから近くの町で蘇生薬を探してくるか?

 けど、それはたぶん、間に合わない。

 じゃあこの森に自生していることを祈るか?

 そんなことに、期待できるはずがない。

 舌打ちをしながらボクはリュックをひっくり返し、中に入っているアイテムを全部地面にぶちまけた。

 実はボクが忘れているだけで、なにかべつの蘇生アイテムを持っていたかもしれない。

 そういった可能性にかけた。

 だけど、ない。

 やっぱりみつからない。

 次にボクは少女の持つ荷物も漁った。

 漁って、そしてバイオレットリーフを見つけだした。

 パープルハーブの上位アイテム。

 蘇生薬。

 ボクはそれを握りしめて、彼女に押し当てた。

 淡い光が彼女の躰を包み、ボクは、蘇生に成功する。

「…………」

 エナは少しの間呆けていたようだけど、状況を理解するとにへらと笑った。

 やっぱり助けてくれたと、

 そうとでも、いいたげに。

 ボクは、彼女を蹴り飛ばした。

「自殺に、ボクを、巻き込むな」

「お師匠さま、声が震えています」

「黙れ」

「どうして、声を震わしているのですか?」

「黙れ!」

「お願いします、お師匠さま」少女は、云う。「エナは、エナは変わりたいんです。もう、これ以上悪いことはしたくありません。あんな、意味不明な感情に苛まれて、わけのわからないままに自分の躰を傷つける日々には、もう、もどりたくないんです。だからお願いします。お師匠さま、エナを、どうかエナをお助けてください」

「それは、ボクが師匠になれば、救われる話なの?」

「はい」

「どうしてボクが師匠になれば、君が悪いことをしなくなるの?」

「それは先ほどお答えしました」

「もういちど教えてよ」

「お師匠さまは、一人でも強いからです」

「……意味が判らない。一人でも強いボクに師事することで、君もそれと同じ強さを手に入れたい、という話なのか? そうして、一人でも生きていける強さを手に入れれば、もう、悪いことはしなくなると、そういう話なのか?」

「そうです」

「間違ってる」

 いろんな所が、

 狂ってる。

 ボクは、云う。

「強さを手に入れたからって人は悪いことをしなくなるわけじゃない。第一、そもそもでボクは強くない。前提が間違ってるんだよ」

 ああ、そうだ。

 ボクは、一人でなんか生きていない。

 生きては、いけない。

 ボクは地面に散乱したアイテムの中から手のひらサイズの白い宝石を手に取った。

 その宝石の中心部には青い炎が見える。

 ゆらゆらと、

 揺れて、見える。

「もしかして、ペットを亡くしたんですか?」

「そうだけど」

「蘇らせないんですか?」

「…………」

 ……。

「…………」

 え?

 ボクは、尋ねる。

「ペットって、蘇るの?」

「はい、蘇りますけど……」

「どうして?」

「それをエナに訊かれても……逆に、どうしてお師匠さまは蘇らないと思ってるんですか?」

「どうして?」

 思えば、どうしてだろう?

 考えてみればボクたちプレイヤーが蘇るのに、どうしてペットは蘇生できないと考えてたんだろう?

 育ててきたペットが死んだら最初から育成し直しだなんて、そんなの、サービス的にもありえなさそうなのに。

 ――ほんとに、攻略情報とか見ないんだね。

 そんな声が、にわかに想起された。

 本当に、ボクは物知らずなんだなと、思った。

「それで、その、ペットを蘇らせるのにはどうすればいいの?」

「…………」

「ねえ、どうして急に黙るの?」

 ボクが尋ねると、エナは怪しく笑った。

「交換条件って言葉、知ってますか?」

「知らない。そんなことよりも、早くペットの蘇生法を」

「いいんですか? お師匠さま。エナにそんな態度をとっても」

「……もしかして君は、蘇生法を教える代わりに自分を弟子にしろと、そう云いたいの?」

「はい」

「即答するんだ」

 それはとてもじゃないけれど、これから弟子入りを志願する者の態度には見えなかった。

 さてと、とボクはどうしたものかと考える。

 いや、考える余地なんてないだろう。

 スカイが蘇るなら、ボクはなんだってする。

 そう、決めているのだから。

「わかった」ボクは云う。「エナ、これから君は、ボクの弟子だ」

「お師匠さま!」

「それで、さっそくでわるいんだけど……」

 と、ボクが蘇生法を改めて聞こうとした時、突然、強い眩暈に襲われた。

 たぶん、安堵だ。

 そういえばボクは、ここ数日の間、休むことなくずっと狩りを続けていたから、その代償が今になって襲ってきた。

 半ば失神するように、ボクは彼女に倒れ込む。

「お師匠さま?」

「ごめん、ちょっと休むから……」

「ちょっと待ってください、お師匠さま。お休みする前にすこし、訊きたいことがあるんです」

「訊きたいこと?」

 なんだろう?

 わからないけど、もう、眠気が強くて、ボクは抗うこともできずにそのまま意識を閉じた。



 次に目を覚ました時、ボクの視界に飛び込んできたのは青い空だった。

 けれどもその青にはどこか黄色が混じっているというか、どこかぼんやりとした雰囲気があった。なんとなく、夕暮れ時なのかな、と思ったけれど、小鳥のさえずりも聞こえたから朝なのかもしれない。そう思ったけど、やっぱり夕方のような気もする。結局のところ、よく、わからなかった。

「あ、お師匠さま。目覚めたんですね」

 エナが上からボクのことを覗きこむような姿勢で云った。

 どうやらボクはリュック枕に、地面に横たわっているらしい。

「ここは?」

「エルフの村です。正確にはそのすぐ手前、ですが」

「エルフの村? ……それは、どこなの?」

「エナたちが出会った場所から北西に四〇分くらい歩いたところです」

「どうして、そんなところに?」

「もちろん、お師匠さまのペットを蘇らせるためにです」

「スカイを?」

「……スカイ、ですか?」

「ボクのペットの名前」

「あ、はい。じゃあその、スカイさんを蘇らせるためにここに来ました。……ご迷惑、でしたか?」

「いや、そんなことはない。むしろ感謝したいぐらいだ」

「そうですか」

 と、エナは相好を崩してみせた。

 たぶん、あまり感謝されたりすることには慣れていないのだろう。

 その笑顔はどこか、というかはっきりと不器用だった。

「それで、どうすればスカイは蘇るの? まさか、エルフにお祈りしてもらうだけでいいなんてことはないよね?」

「はい。この村のデイリークエストを達成すると貰える報酬のなかに、ペットの蘇生薬があるんです」

「それって難しいの?」

「特別難しくはないですけど……目途が外れました。お師匠さま、あっちをみてください」

 ボクは促されるままに指示された遠くの方向を眺める。

 そこには人がまばらに存在しているように見えた。

 数は全部で二〇くらいだろうか。

 エルフの村は森林と共生するようなかたちで形成されていて規模も小さいために、それくらいの人数でも屋外に集まっているとかなり混雑しているように見えた。

 ボクは上半身を起こし、目を眇めた。

「……あれはエルフじゃないよね? 耳も長くないし、雰囲気がどこか黒くみえる」

「雰囲気が黒いのはプレイヤーですね」

「ふうん、なるほどね。それで、その黒い人たちがどうしてこんなにいるの?」

「あの人たちもペット蘇生薬狙い……だと思います」

「へえ、案外たくさんいるんだね」

 ボクが呑気にそんなことを呟くと、やたらと深刻な声でエナが返す。

「それが問題なんです」

「なにが問題なの?」

「このデイリークエスト、一日に一組しか達成できないんです」

「そうなの? じゃあ極端な話、ここにいるプレイヤーが全員蘇生薬を入手するためには最速でも二〇日ぐらいは必要ってこと?」

「正確には一〇日ですけど……そうなります」

「へえ、まあべつに、ボクはスカイさえ生き返ってくれればそれでいいから、気長に待ってもいいけど」

「…………」

「エナ?」

「お師匠さま。……それが、だめなんです」

「だめ?」

「ペットモンスターは死んでから一〇〇時間以内に蘇生しないと、完全に消滅してしまうんです」

「……一〇〇時間?」

 それを訊いて、どっ、と急に汗が拭きだした。

 いま、スカイが死んでから、どれくらい時間が経ったのだろう?

 自分がどれくらいの間、狩りをしていたのか。

 いや、そもそもでどれくらい寝ていたのか……。

「お師匠さま、落ち着いてください。以前、見せてくれたペット石を確認してください」

 ボクはエナのいう言葉の通りにペット石を取り出して確認をする。

 下から。

 横から。

「お師匠さま、大変云いにくいことですが、確認の方法が違います。ウィンドウから詳細を確認してください」

「ああ、そう……」

 ボクはウィンドウを開いて確認する。

 そこで、数字がカウントダウンしているのがわかった。

「もしかしてこれが、蘇生可能な残り時間ってこと?」

「そうです。あと、何時間って書いてますか?」

「……六時間」

 口にして、ボクは青褪める。

 六時間。

 六時間で、スカイが本当に、死ぬ。

 そう思うと、いてもいられなくなった。

 いろんな後悔が押し寄せて、それがまるで糸繰り人形のようにボクの躰をあやつり動かす。

 そんなボクを、エナが止める。

「待ってください」

「待つ? どうして?」

「まだ、クエストが始まっていません。始まるのは朝の八時からで、今回分は既に終了しています」

 今更ではあるけれど、その言葉でボクは今が朝であることを知った。

「じゃあ、あと一時間待たないといけないってこと?」

「はい」

「ごめん、待てない」

「そんなに、ペットが大事なんですか?」

「大事。スカイがいなければ、ボクは、きっと」

「お師匠さま、冷静になってください。いま急いでも大事なペットはもどってきません」

「……そう、だね」ボクは深呼吸をする。「うん、君のいう通りだ。じゃあエナ、そのボクたちが受けるクエストの詳細を教えてくれる?」

「はい」

 彼女はこくりと頷いて、ボクにクエストの概要を説明し始めた。

 ボクたちが今回受けるクエストの名前は『探せ、幸運ウサギ!』というものらしく、タイトルそのままに幸運ウサギというモンスターを制限時間内に捕まえたグループがクエスト報酬を受けることができる、というものだった。

 グループ。

 そう、このクエストはグループクエストらしい。

 それを考えるとソロプレイヤーであるボクに参加条件を満たすことはかなりの困難が伴うため、このタイミングでエナと出会ったのは運が良かったのかもしれない。まあ、その所為で人見知りなボクが弟子なんてものをとるはめになってしまったのだから、それはそれで運が悪いとはいえるのだけど。

「とにかく、誰よりも先にその幸運ウサギを見つければいいだけなんだね?」

 ボクはエナに尋ねる。

 けど、彼女は顔を左右に振って答えた。

「たしかにその通りですが、普通に探してもウサギは見つかりません。いえ、見つかるんですけれども」

「どっちなの?」

「すみません、お師匠様。エナ、頭悪いから、こんな云い回しをよくしてしまうんです」

「そうなんだ。まあ、ボクもよくするし、それはそこまで気にしなくていい」ボクは一呼吸ついて、それから彼女に視線をもどした。「それで、見つからないけど見つかる、っていうのはどういうことなの?」

「前提として、このエリアにはウサギがたくさんいるんです」

「なるほど、ウサギはすぐに見つけられるけど、そのたくさんの中から幸運ウサギを見つけ出すのが困難ということだね?」

「ちがいます。いえ、たしかにたくさんのウサギの中から幸運ウサギを探すという作業自体はあるんですけど……その前にその幸運ウサギ自体を見つけだす工程があるんです」

「幸運ウサギ自体を、見つけだす?」

「はい。クエストが始まったあとに村のエルフたちに話しかけると、今回探すべき<ウサギの特徴>と、<エルフたちの性格>について書かれた『証言メモ』が入手できるんです」

「まって、そのメモにウサギの特徴が書いてあるのはわかるけど、どうしてエルフたちの性格も書いてあるの?」

「証言してくれるエルフのうち、真実を云っているのが一人だけだからです。証言メモは全部で五つあるので、その総てを集めないとその真実を云う一人を特定することはできません」

「……論理クイズ、ね。嘘つき村と正直村とか、そういうやつ。ボク、その手のクイズは苦手なんだけど、大丈夫かな」

「大丈夫です。クイズ自体はそう難しいものじゃないです。問題なのは、その証言メモを得られる機会が参加人数の都合上、恐らくは各グループごとに一度しかない、ということです」

「一度しかないって、それじゃあ証言メモは一枚しか入手できないってこと?」

「はい」

「メモは全部で五つあるんだよね? それじゃあどうやっても推理できないと思うけど」

「だから、奪うんです」

「……奪う?」

「プレイヤーを倒して入手するんです」

「それって、PKの強要ってこと?」

「一応、そういうことになります」

「ひどいシステムだね」

「だけど、安心してください。あとでNPCからも勧告されますが、クエスト参加者内での戦闘行為はすべて『見做し扱い』とされて、死んでもあとできちんと復活できるようになっているといいますか、そもそもで死んだことにはならないんです。ですから流れとしては、まず身近なプレイヤーを倒してメモを獲得し、推理をして、それからウサギを探すということになります。それが基本形です」

「…………」

「お師匠さま、どうかしたんですか?」

「いや、誰も死なないことは分かったけど、結局それでも戦闘が推奨されるクエストなんだなって」

「対人戦は、あんまりしたくないんですか?」

「……そうだね」

「そうなんですか。エナはてっきり、お師匠さまは並み居る敵をぎったんばったんとちぎっては投げをするのがとても大好きな方かと思っていたんですけれども」

「偏見だ」

 人を、殺戮マシーンみたいに云うな。

「けど、それならむしろ好都合ですよ」と、エナは云う。

「そうなの?」

「はい。先ほど説明した基本形を使う人は少数で、今はもう、クエスト開始と同時にウサギをしらみつぶしに探していく人が主流ですから」

「そうなの? だけどそれじゃあ、幸運ウサギを見つけるのは運任せってことだよね? それってかなり大変なんじゃないの?」

「大変ですけどこのクエスト、けっこう昔からPKするとマナー違反だって晒されることが多かったですから、今回みたいに競争相手が存在する場合は運任せに探すことが不文律になっているのでしょうがないです。みなさん、割り切っているみたいです」

「……わかった」と、ボクは時計を確認する。「そろそろ、時間だね」

「はい」

「じゃあ最後に整理するけど、今回のクエストでボクたちが取る行動はとにかく運任せにウサギを集めること、それでいいんだよね?」

「つけ加えるならあとは絶対に村人には話しかけないでください。もし、話しかけて証言メモを入手してしまうようなことがあれば、それをめぐって余計な戦闘に巻き込まれる可能性があるので」

「了解」ボクは頷き、立ち上がる。「じゃあ、行こう」

「…………」

「エナ?」

「あの、お師匠さま。その前にひとつ、お願いがあるんです」

「願い?」

「エナ、実を云うと、お師匠さまの弟子入りするために、勝手にギルドを抜けて来たんです。ですから、その、あんまり目立ちたくないんです。だから……」と、そういって彼女はどこからともなく黒いマントを取り出した。「お師匠様もエナと一緒に、これで身を隠してもらえませんか?」

 それを、ボクは二つ返事で了承する。

 それはボクにも、見つかりたくない相手がいるから。

 加えていうならば、ボク自身目立つことが嫌いだから、身を隠すといったことには大賛成だった。

 ――そのはずだった。

 ボクたちが黒いマントで全身をすっぽりと覆い被してエルフの村に入ると、それまで雑談やらなにやらしていたプレイヤーたちが突如、一斉に沈黙し、ボクたちを一瞥した。

 なんだかまるで、檻のなかに放り込まれた餌みたいな気分になったのだけど、どうしたんだろう?

 まるでボクたちが異端者かのような扱いに、ボクは疑問する。

 なにか、変なところでもあるのだろうか?

 そう思って、ボクは自分の躰を見下ろした。

 どこもおかしなところはない。

 せいぜい、黒マントを羽織ってぐらいだ。

 というか黒マントの所為だった。

 怪しい……。

 いまさらだけど、こんな人だかりのなかを全身黒マントで突入するだなんて、不審者もいいところなんじゃないだろうか。しかもボクとエナは特別普段からお話をするタイプの人間でもなかったから、会話も交わさずに無言で集団の輪に入ろうとしたために、その姿がさらに奇異に映った可能性がある。

 恥ずかしい……。

 たぶん、すごい恥ずかしい人に見られている。

 恥ずかしいというか、痛いというか。

 死にたい。

 そう思った。

「ねえ、いまからでもマント脱がない?」

 ボクはエナに小さな声で提案する。

 けど、一向に返事がこない。

「……エナ?」

 なんだろう?

 エナの方をちらりと見てみると、彼女はきょろきょろと辺りを見て、小さく躰を震わせているようだった。

 なにかに怯えているのだろうか? 

 ボクはもう一度、彼女の名前を呼んで、肩をたたこうとした。

 その瞬間、ボクたちの目の前に、年輪のような深い皺をその厳めしい顔に刻み込んだ男エルフが現れた。

 こいつがたぶん、クエスト主だろう。

 気がつくと他のプレイヤーたちは一斉にウィンドウを開いて指を動かしはじめていた。

 それに習ってボクも急ぎ、ウィンドウを開いてクエストを受注する。

 詳しい会話は、読まない。

 とにかく急いで話を進め、ボクはクエスト開始ボタンをタップした。

 <――探せ、幸運ウサギ!――>

 そういった文字が目の前に現れて、クエストは開始される。

「エナ、行くよ」

 ボクはそう云って、駆けだした。

 刹那。

 ぶおん、と前方からのこぎり状の刃がボクに襲い掛かった。

 突然の強襲に驚きつつも、ボクはそれを躱す。

 攻撃の主は短髪の男で、魔剣士職だった。

 体格はやや痩身ではあるものの、その身を包む装備は重厚で耐久型のように見えた。

 ボクはそいつを一瞥し、どうしてと疑問を投げかけようとした。

 その矢先。

「――ブランディッシュスピア!」

 と、近くにいた戦士職が手にした槍を上空へと放り投げた。

 放物線を描き、槍が地面に突き刺さると大地が揺れて、ボクを含めた周りのプレイヤーたちの足が一瞬、止まった。

 その隙をついて、短髪の男が距離を詰める。

 狙いは、やっぱりボクだった。

 男は指で魔法文字を中空に描き、剣を払った。

 すると刀身から赤い光が零れ、それがボク目がけて伸びてきた。

 ボクはそれも躱し、バックステップでエナに近付き、魔剣士と槍騎士の二人から距離を取った。

「フラッシュスタートです」エナが云う。

「フラッシュスタート?」ボクが問う。

「開始直後、すぐに攻撃を仕掛けることです」

「どうして攻撃をしかけてくるの? ボクはきちんと、メモを入手していないのに」

「単純に考えれば参加者を倒せばそのぶん競争率は下がりますから、そういった意図があるのかもしれません。あとはもしかすると、頭がおかしい人たちなのかもしれません」

「なるほど。それはあんまり、笑えないね」

 ボクは頷き、剣の柄に手をのばす。

 けど、その手が遅遅として動かない。

 その理由は、わかっている。

 ボクは、戦いたくないんだ。

 もう、これからは、ずっと。

 絶対に……。

「お師匠さま!」

 エナが叫んだ。

 気がつけば得物を持った二人が、ボクの目の前まで来ていた。

 二人は息の合った攻撃でボクに襲い掛かる。

 それは、絶対に避けられない攻撃である、と。

 そういったものだという自負が、その二人の表情にみてとれた。

 だけど、ボクは躱す。

 躱して、魔法を唱える。

 ダメージの少ない、状態異常魔法を。

 だけど運が悪く、二人は状態異常にはかからなかった。

 周りからどんどんと人がはけていく。

 皆、ボクたちのことを無視してクエストを進行させに行くようだった。

「……くそ」

 ボクは舌打ちをこぼす。

「お師匠さま、攻撃してください!」

 エナが云う。

 だけど、ボクは首を横に振った。

 月の光が、ボクのそれを制止させる。

 そうしている間も、ボクは二人の攻撃を受け続けた。

 その一切を躱し続けることに成功していたけれど、だけど、ボクからは攻撃をしかるつもりはないので、じり貧は目に見えていた。

 膠着状態は避けられない。

 じゃあどうすればいい?

 この状況から逃げるために、ボクは。

 ボクは……。

「わかりました」エナが云う。「お師匠さまが戦わないのでしたら、エナが……代わりに……!」

 と、彼女は両手を上空に捧げると、妖精の加護をその身に降ろした。

 そして両手にS字を描いた短刀を装備すると、その短刀の内一つを大きく振りかぶり、二人組に攻撃をしかけようとした。

 けど、エナは転んだ。

 すると手にしていた短刀が手から離れ、ひゅんひゅんと大気を切り裂く音を響かせて空を疾り、

 すぱん――

 と、ボクの前髪をかすかに切り刻んでいった。

 あぶない、とボクがエナに対して叫ぼうとすると、後ろの方でがらん、と音が鳴った。

 どうやら投擲した短刀が薪置き場に直撃したみたいで、がらがらと薪が崩れ落ちていった。

 その中にはまだ薪割を終えていない径木が混じっていたようで、それらがころころと地面を転がって行く。

 やがてその径木は資材置き場へと突入し、立てかけていた大きな角材をがらんと倒した。

 倒れた角材は近くのベンチを直撃する。

 するとシーソー的な感じでベンチに置いてあった包みが勢いよく中空へと飛びあがり、それはそのまま近くの民家の煙突へと入って行った。

 数秒後。

 どかん、と音が響いた。

 家が一つ、爆発した音だった。

 爆発?

 家が?

 爆発した。

 爆発した?

 爆発した!

 エナは云う。

「すみませんお師匠さま。実はエナ、ドジっ子なんです」

「ほどがある」

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