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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 03:orange braver
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第六〇話 回想③

 ボクはいままで頭の狂った連中を何度か目の当たりにしてきたけれど、この手のタイプと出会ったのは初めてだった。たしかに、仮想世界と現実世界とではべつのキャラクターを演じる、ということはべつにそこまで珍しいわけではないけれど、陳腐な前口上に決めポーズまで行うプレイヤーはそうはいない。佯狂、といった意味でならば、そういったプレイヤーは度々見かけるけれど、たぶん、この人たちは本気。そういった人間はべつに嫌いではないけれど、むしろ、自分を素直にさらけ出せることに、人生を気侭に謳歌していることに純粋に尊敬さえするけれど、けれども、突然に人を射るという行為だけは理解できない。理解したくもない。無差別、という言葉にボクは、強い憤りを覚える。だから、そのふざけた連中のふざけた行為を見ても、なにも、感じない。ボクはただ冷たく、ふざけた三人組を見据えて、云った。

「なにが、目的なの?」

「目的?」アンジェシーが答える。「なんだと思う? 当ててごらん」

「質問しているのはボクだ」

「だけど、最後に尋ねたのはわたくしよ」

「……ん? それは、そうだけど」

「じゃあ答えてちょうだい」

「……え?」

「ほら、はやく!」

「ちょっと待ってよ。どういうこと?」

「どうもこうもないでしょ。普通、新しい質問のほうが優先度は高くなるのが道理なんだから。じゃあ逆に質問するけれど、どうしてわたくしが古いお話に付きあわなければならないと思うの? それって、おかしくない?」

「古い? ボクたちはいま、質問の順番が先か後かという話をしているだよね?」

「同じことじゃない。ニュアンスの違いで話を濁そうとするのはやめていただけますか」

「してない。ボクは、ただ」

「ねえ、わたくし、変なこと云ってる?」

 彼女が問うとすぐにアインツとリーゲルが「云ってません!」「その通りです!」と相槌を打った。

 途端、アンジェシーはほらみなさいという眼差しをボクへと寄こす。

 ずるいと思った。

 身内に意見を尋ねて、多数決で判断するつもりなのか?

 それが、本当に公平だと、思っているのか?

「ほら、ボクちゃん。はやく答えろ」

 彼女が云う。

 だけど、ボクは答えない。

 答えることが、できない。

「ぜんぜん答えないわね。なんだか、いらいらしてきた。アインツ! ちょっとこっちに来なさい。ええ、そこ。その辺りでちょっと、立って…………ほら死ね!」

 ばき。

 またしても彼女はアインツを蹴り飛ばし、鼻を鳴らした。

「痛いです」アインツは云う。

「痛いだろー」アンジェシーが云う。

 それから二人はあははー、と笑いだした。

 ついでにと、アンジェシーはリーゲルも蹴って、最終的には三人で笑いだした。

 本当に、狂っていると思った。

 蹴る方も、蹴られる方も。

 ボクは云う。

「ボクが、なにかしたの? 過去にボクが、君たちになにかをしたの?」

「いいえ、そんなことはないわ。だってわたくしたち、初対面じゃない!」

「じゃあなんで、こんなことをするの?」

 問いに彼女は答えず、冷たい眼差しでアインツとリーゲルに目配せを行った。

 するとアインツとリーゲルは彼女のもとから離れ、広くポジションをとった。

 攻撃してくるつもりか?

 ボクは痺れに抗いながら、必死に体勢を整える。

 整えようとする。

 けど、

 なんだろう?

 目配せを受けた二人は、ボクではなく、後方を。


 スカイを――

 見据えている。


「狙いは、スカイ……?」

 ボクが問うと、アンジェシーはにやにやと髪をいじり始めた。

「スカイ? スカイ……ああ、ペットのお名前? ふふ、スカイねえ……」

「なにが、おかしい」

「だってほら、青いドラゴンにスカイだなんて……安直すぎて、いかにもおもしろ要素じゃない。そりゃあ笑うわよ」

「スカイを、馬鹿にするな」

「嫌ねえ。馬鹿にしているのはあなたのセンスなんだけど」

 どっ、と――。

 男二人が笑った。

 癇に障る、卑下た笑い声だった。

「笑うな!」

 ボクは叫び、立ち上がろうとするけれど、足にうまく力が入らない。

 体勢を崩し、ボクは両手を地面に着いた。

 無様な姿勢のボクに、アンジェシーがカツカツと近づいてくる。

「ねえボクちゃん、あんまり無理はしないほうがいいと思うの。だって、余計なことさえしなければすぐに終わるんだから。もちろん、その間あなたは無事よ」

「スカイに何をするつもりだ」

「さあて、何をするつもりかしらねえ……」

 アンジェシーはにやにやと笑い、再び視線を取り巻き二人に向けようと躰を反転させる。

 その途中で、ボクは、叫ぶ。

「スカイに危害を加えるなら、赦さないぞ」

「はっはー! じゃあわたくし、赦されなーい。だけど、あなたに赦されなかったからといって、一体、なにが変わるのかしら? わたくしに、どんな不都合があるのかしら?」

「……こんなことをして、なんの意味があるの? ボクたちに恨みがあるわけでもないのに、どうして……!」

「わたくし達、プレイヤーの飼ってるペットを殺して歩き回っているの。どうしてそんなことをしているのかっていえば、憎いから。耽溺されたペットというのが、ほんと、ちょっと、ねえ。なんでこんなにもいらいらするのかしらって感じ。マジョリティにいうならば、仲の良い男女をみていると湧き上がる感情、とでもいえばいいかしら。ねえ、それならわかるでしょ? こう、ねじねじしたいって、思うでしょ? ですからそのスカイちゃんも殺したい、とそう思ったわけなんです。だからあきらめなさい」

「そんなの……そんなことが、意味として、意味として……!」

「ええ。ボクちゃんにとっては成り立たないでしょうね。だけど、わたくしたちには成り立つの。意味わかる?」

「わからない」

 わからない。

「お前たちが云っていることは、全部、わからない!」

「ねえ、これって、そんなに怒ること?」

「あたりまえだろ!」

「……ふうん。なんだかまた、いらいらしてきたわ」

「ボクだっていらいらしてる! お前たちは、そうやっていつも自分たちの都合で行動して、他者を、その意思を、尊厳を、ねじ曲げて! なんでそんなことができるんだよ。もっと、おりこうに生きようって。もっと、平和的な趣味を探そうって、そういったことは考えないの? 考えないんだろうね! お前たちは、欠けているから。自分たちの理屈ばかりで、他人の理屈は考慮しないんだ。いつも、いつも! 自分のことばかりで。自分が折れるだとか、落としどころを探そうだとか、そういった思考はぜったいにしない。欠けているんだ! 絶望的に、欠けている。相手の意思を汲もうとするだけで、どれだけ世界が平和になるのか、わからないんだ! それだけで、どれだけの争いが減るのか。傷つく人間が、少なくなるのか、わからないんだ! わからない、わからないわからない! なんで、そんなこともできないんだよ。君たちは! どうして、他人を傷つけることに意味を見出すんだよ。趣味にできるんだよ。おかしいだろう? それって。ねえ。どうしてそんなにひどいことができるんだよ。どうしたらそんなひどいことをして笑えるんだよ。陶酔できるんだよ。生きていられるんだよ。お前は、どうしてそこまで自分に自信を持てているのか、わからない。確固とした根拠もないくせに。自分で自分の自分の都合だけを押しとおそうだなんて、そんなの、そんなのは、子どものすることだ! ……そうだ。そうだよ。そんなこともわからないお前たちは、子どもなんだ。駄々っ子のように暴れて、相手のことなんて考えないで、悪いことをしても反省なんかしなくて、怒るほどのことでもないんだって、許容しないやつの心が狭いだとか云って、へらへらして、へらへらして! いい加減にしてよ。もう、うんざりなんだよ。大人になってよ! こんなことは……もう、やめてよ」

 本当に、

 もう……。

 ボクは俯き、石ころを握る。

 握りしめる。

 悔しくて。

 悲しくて。

 だから。

 だから、笑う。

 静かに。

 微かに。

 どうしもなくて。

 笑った。

「なに、この子。突然、怒ったり笑ったり……更年期なのかしら。まあいいわ。アインツ、リーゲル、さっさとペットを――」

 刹那に。

 ボクは、<石を投げた>。

「ぎゃん!」

 石は見事に命中して、アンジェシーが短い悲鳴をあげた。

 ボクはそのまま彼女との距離を詰め、首を片手で掴み、持ち上げる。

「……どうして、動けているの?」

 彼女が擦れた声で尋ねた。

 ボクは答える。

「どうしてもなにも、あれだけボクの話に付きあっていたら、麻痺も切れるよ」

「青臭い長広舌は時間稼ぎのブラフだった、ということね。一体、どこでそんな汚い手法を覚えたのかしら」

「さあね」

 ボクは答えず、呪文を唱える。

 暗雲の形成。

 それから、

 光。

 雷鳴と共に、光の柱がアンジェシーにずかん、と落ちた。

 けど、あまりダメージが通った様子はない。

「属性軽減装備か?」

 それならば、と。

 ボクは剣を換装法で――

「……しまった」

 テトラムーンが、ない。

 先の戦いで壊してしまったことを、すっかり失念していた。

 どうしよう。

 落ちている剣を拾うためには彼女を掴む手を離さないといけないから、それは不可。

 ボクは考える。

 とりあえず、素手で殴ろう。

 そう思った。

 ひゅん。

 すたん。

 矢がボクの後ろを通って、地面に突き刺さった。

 アインツが叫ぶ。

「その手を離すんだ!」

「…………」

「離さないと、射るぞ! ほんとに、今度は射るからなっ!」

 どうやら、今のは威嚇射撃だと、彼は云っているらしい。

 当然ボクは離さない。

 応じない。

 もう一度、アンジェシーに雷を落とす。

 ずかん。

 きぱん。

 きらきら。

 なんだろう?

 聞きなれない音がした。

「魔法職に、魔法で挑むなんて。対人経験は浅いのね、ボクちゃん」

「……魔法を吸収したのか?」

「吸収? 馬鹿なことはあまり、云うものじゃないわ」

「どうして?」

「スマートじゃないからよ」

 途端、再び頭上に暗雲が形成される。

 ボクが詠唱したわけではないのに。

 どうしてだろう?

 そう思っていると、ずがん、と。

 雷がボクに落ちた。

「魔法、反射……!」

 ダメージを受けて膝をつくボク。

 間髪を入れずに、彼女は叫んだ。

「アインツ、今よ。ボクちゃんのヘッドを穿ちなさい!」

「はっ!」

 ひゅん。

 すたん。

 矢はボクの後ろを通って、地面に突き刺さった。

「アインツ! あとで殺す!」

「す、すみませーん」

 情けない声をあげて次の矢を継ぐアインツの横を、リーゲルが駆けだした。

 当然、目標はボクだ。

 攻撃方法は恐らく、シールドバッシュ。

 その巨躯と盾でボクを押しつぶすつもりなのだろう。

 ボクは走り、地面の剣を拾う。

「であ――っ」

 リーゲルの攻撃。

 重厚で幅広な盾が、ボクを襲う。

 けれども、当たらない。

 シールドバッシュは直線的な攻撃だから、そもそもで避けることは容易だった。

 回避ついでに、ボクはリーゲルの背中を斬る。

 一応で当たったみたいだけど、リーゲルは体勢を崩すこともなく、不動。

 ぎろり、と。

 細い目でボクを睨んでいる。

「フォルティシモ、集合ーッ!」

 アンジェシーが声を上げると、それに従いアインツとリーゲルが彼女のもとへと集った。

 彼女は続けて云う。

「フォーメンション星屑のロンド、あの、ミルキーウェイに想いを馳せて!」

「馳せて!」と男二人が声を揃えると、素早い動きでリーゲルがアインツとアンジェシーの前へと立ち、自らの巨躯をも覆うほどの大きな盾へと装備を変更。そのままリーゲルはどっしりと腰を据えて、構えた。

「……盾に隠れて、後ろから弓と魔法で攻撃するつもりか」

 一応、三人固まっているのならば、そこに雷を落とせばまとめてダメージを与えることができるのだけど、どうも魔法反射が使えるマジシャンが邪魔だ。たぶん、遠距離での戦いは数に於いても相性に於いても、ボクに分が悪い。

 じゃあ取るべき行動は一つ、

 なんとかして近づいて、先に後衛職を蹴散らす。

 それしかない。

 そう思った。

 ……だけど、なんだか怪しい。

 ボクはあの隊列に、なにかしらの罠の匂いを感じとった。

 確証はない。

 ただの勘。

 だけど、それじゃあとこのままこの距離を維持していても矢と魔法が飛んでくるだけだから、どのみち接近は免れない。

 じゃあ、どうやってあの三人に近寄ろう?

 素直に近づかない方法。

 それを考えて、考えて、そして、ボクは考えること自体を放棄した。

 ボクは目を閉じる。

 ここ数日で、ボクはすこし、強くなった。

 だけど、強くなったのはなにもボクだけじゃない。

 そう。

 ボクたちは、ただ無為にレベル上げをしていたわけじゃないんだ。

 ただ無意味に、敵を蹴散らしていたわけじゃないんだ。

 いつか訪れる危機に対処できるように。

 毎日、詰み重ねてきた。

 もう、嫌な思いはしたくないから。

 出来得ることを必至になって、

 出来得たことを考えて、

 そして、


 ここまで、来た。


 ボクは目を開けて、ゆっくりと手の平を空へと掲げる。

 スキルを使用するためにじゃない。

 名前を呼ぶために、ボクは手を掲げた。

「きて、スカイ!」

 ボクが叫ぶと、スカイは「がふー!」と応えた。

 力強く。

 気高く。

 ――そうだ。

 この時ボクは、スカイと一緒に戦うことを選択した。

 未来を切り開くために。

 自らの手で、切り拓くために。

 スカイ。

 君を、

 君を守るために、ボクは君を戦わせることを選んだ。

 選んだ、はずだった。

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