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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
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第四九話 レイドボス

 広い空間だった。

 まるでスプーンでえぐり取られたみたいになにもない。今まで見てきた光景を――鉱物が剥きだし、石柱や石筍がアトランダムに配置された洞窟を自然と呼ぶならば、ここはあからさまに不自然だと云い切れるほどに、このフロアはがらんとしている。

 フロアは綺麗な楕円を描き、ドーム状に形成されている。そのため天井部はかなり高く、地下では感じられるはずない開放感があった。

 奥には石英でできた、ぴかぴかと輝く大きな玉座があった。誰が座るんだろう? あれに座れるようなサイズの人間はこの世界にだって存在しないと思うし、よしんばモンスター用だとしてもモンスターが椅子を使用するというのもちょっと、想像し難い。

 そもそも、この玉座はだれが作ったんだろう?

 モンスターにも、こんな椅子を作れるほどの技術力もった種族がいるのだろうか?

 あるいは。

 人を奴隷として作らせたんだろうか……。

 なんて。

 こういった思考が、ボクを粗野な人間に形成しているのだろう。

 なんでもかんでもつっこむ、というのは悪い癖だ。

 最近、すこしそう思い始めている。

「この先は行き止まりなのかな?」

「一応はそうだね」

「……ふうん」

 ボクはきょろきょろと辺りを見渡した。

 そんな様子をみて、ユーフはどうしたのと云う。

「いや、ここがダンジョンの一番奥なら、石碑かなにかがあるんじゃないかなって」

「石碑?」

「そういえばユーフには話したことなかったけど、前にクエストで指定された場所に来た時は黒い石碑があって、それに触れるとクリスタルがでてきたんだ」

「クリスタルが?」

「そう、それでそれを食べるとどうやらクエストが達成されるみたいなんだけど……」

「食べるって……皆で?」

「まさか。ボクは食べないよ。お腹壊すし」

「そうだよね」

「個人的には食べてみたいんだけどね」

 だって綺麗だし。

 透き通っていて、いろんな色で溢れているし。

 お菓子みたいだから。

 食べられるものなら、すこし、食べてはみたい。

「もしかして、今回はボスを倒したらクリスタルがでてくるのかな?」

「話を聞くかぎりに、あの玉座に触れても出てきそうだね」

「ああ、なるほど。重要なのはクリスタルなんだから、それは確かにありえるね」

「…………」

「ユーフ? 急に黙って、どうしたの?」

「ううん、わたしたちがダンジョンに入っても出入り口が閉まらないんだなって」

「出入り口が……?」

 ボクは振り返る。

 たしかに、彼女の云う通りにそこはまだ、行き来可能のようだけど……

「それがどうかしたの?」

「ボス、出てこないね」

「…………」

 たしかに、そうだ。

 ボクはもう一度ぐるりと辺りを見回した。

 ボクたちがボス部屋に入ってからすでに一分は経っている。それなのにボスをおろか、なにかしらのイベントも始まる気配がない。

 思えば、ニルキリルの時もこんなふうに思わせぶりな雰囲気で特になにもなかったし、今回も同じようにボスなんかは出現しないのかもしれない。

 その場合、グループクエストではなくボクのクエストが優先されてた、ということになるけれど……ひとまずボクたちは部屋の中を探索してみることにした。しかしやっぱりなにも起きず、また、石碑に似たようなものも見つからず、ボクたちは小首を傾げて立ちすくむしかなかった。

「やっぱり、玉座がキーなのかな? わたしが前にきた時は、そんな仕掛け、なかったけど」

「まあ、案ずるよりも――ってことで、ちょっと触ってみようか」

 というわけでボクたちは玉座の前まで移動し、二人で一緒に玉座へと手を乗せてみた。

 なにも起こらない。

 玉座は依然、沈黙を守っている。

「どういうこと?」

「わたしたち、なにかフラグを回収し忘れたのかな……」

「でも、めぼしい仕掛けは全部クリアしたよね?」

「うん……」

「それじゃあやっぱり、スカイのクエストが優先されてる可能性が高そうだね」

「そうなると、クリスタルを見つけたあとにボスが出て来るってことかな?」

「たぶんだけど」

「だけど、玉座以外にはなにも見当たらないよ」

「そうなんだよね」

「うーん……」

 それからボクたちはしばらくの間ボス部屋で思案したけれど、結局いい案は思い浮かばなかったし、なんらかの策すら講じることができなかった。

 八方ふさがりだった。

 ボクは云う。

「しょうがない。戻ろう」

「そうだね」

 今までの行程がふいになると考えると、すこし、億劫になるけれど……。

 どうしようもないと、ボクたちは躰を翻して一度、フロアから出ることにした。

「……あれ?」

 動き出した足がすぐに止まった。

 それからボクは再びきょろきょろと辺りを見回した。

 ユーフが尋ねる。

「どうしたの?」

「あ、ごめん。ボクたちって、どこから入ってきたっけ?」

「どこって…………」

 あれ。

 と、ユーフもボクと同様に困惑した。

 出入り口がなかった。

 どこにも見当たらない。

 ボクたちが入ってきた道が、消えていた。

 

 


 ぱきん――




 背後から何かが砕ける音がした。

 振り返ると玉座が割れていた。

 粉々に。

 散り散りに。

 崩れ落ちていく。

 なにが起きているんだろう?

 わけもわからず、ただ玉座の崩壊を眺めていると、そこから淡く黄色に染まったクリスタルが顔を覗かせた。

 クリスタルはゆらゆらと浮遊している。

 輝いている。

 低い呻りが聞こえた。

「何の音?」

 ユーフがボクに尋ねた。

 ボクは首を横に振る。

 ボクにも、何の音かわからない。

 ただ、低い音がずっと響いている。

 響いて……。

「違う」

 これは、

 地鳴りだ!

 揺れている。

 フロア全体が、揺れている――。

 ボクはユーフをみた。

 ユーフは、黒く染まっていた。

 いや。

 ユーフだけじゃない。

 ボクも。

 ボクの躰も、黒く染まっている。

 影だ。

 影に、覆われている。

 反射的に頭上を見上げると、黒い影があった。

 黒い影はどんどんと膨れていく。

 大きくなって……。

 大きく……。

「まずい!」

 何かが。

 何かが、落下してきている!

 このままでは謎の黒い影に踏みつぶされると、ボクとユーフは急ぎ、走り出した。

 少しして耳を劈くような音が響き、地面が大きくうねった。

 ボクたちはその影響から仲良く同時に地面に倒れる。

 突っ伏す。

 すぐに上半身を起こし、背後を見遣った。

 そこには、亀がいた。

 しかし、亀といっても海底洞窟に棲息するクリスタルタートルとは全然ちがう。

 まず、サイズが桁ちがいだ。

 クリスタルタートルも大きかったけれど、それよりもずっと大きい。

 全長は一〇メートルほどだろうか。名称はキングタートルというらしいけれど、その名を冠するに値するような重厚絢爛、豪奢な甲羅を背中に担いでいる。

 そしてクリスタルタートルとの一番に差異がある部分は、二足歩行しているという点だろう。

 キングタートルは太い両足のみで自身の体重を支え、空いた手には大きな笏杖と大きな盾を携えていた。

 やはり、その両方共に、派手な装飾が施されている。

 一目でわかるほどに。

 ボスらしい威圧感を放っている。

「これがレイドボスだね?」

 ボクはユーフに尋ねた。

 しかし彼女は横を首振った。

「わからない……」

「どういうこと?」

「こんなボス、初めて見ました」

「ふうん……ボクのクエストの影響かな」

「たぶん、そうかも」

「あんまり、強くなければいいんだけど……」

 と、ボクはキングタートルを見上げた。

 キングタートルは長くて白い、顎髭を揺れしてこちらを睨みつけている。

 その眼光は鋭い。

 しかし、鋭いのはそれだけで、動きはとても、緩慢としていそうだった。

「格下そうだね」

 ボクはユーフから手を離し、剣を装備した。

 敵とのレベル差は表記された名前の色を見れば確認できた。

 相手が強敵の場合、その文字は赤く染まるのだけど、キングタートルの文字はやや青みがかっている。

 それは、ボクたちよりもレベルが下だという証左だ。

「油断しないでね」ユーフが云う。「敵のレベルが低くても、初見殺し持ちの可能性はあるから」

「わかってる」

 ボクは頷き、宣言する。

 黒律の匣。

 ロウオブブラック。

「回復魔法を、禁止にする!」

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