第四八話 手を繋いで
前方に見える二体のサハギンが攻撃体勢をとった。その奥に見えるクリスタルタートルは鎌首をもたげ、こちらをねめつけている。ボクをターゲットとして認識したのかは不明。ケイブファミリアも同様に不明。視界上には他に三体のサハギンがいるけれど、それらは自由歩行を繰り返しているようなので、攻撃を仕掛けてくる気配はない。やはり問題なのは背後にいるサハギン二体。うち一体はずりりと槍を引きずっていることから自由歩行をしていると判断できるけど、もう一体がよくわからない。ただ動きを静止させているだけなのか、攻撃姿勢に入っているのか、目視して確認したいところだけれど、前方に構える敵がいる以上、視線は配れない。
ボクは常に最悪を想定すべきという主義から、後ろのサハギンは攻撃してくるものと考えてX軸の移動で対処することにした。常に横へと移動を続けていれば、直線的な攻撃しかしてこないサハギンを背に置いてもなんとかなるだろう。そう判断した直後にボクは背後から槍を突かれた。穂先はすぐボクの横を掠めたけれど、想定通りになんとか躱すことはできた。だけどカウンターなんてする余裕はなかったし、いまにも前方のサハギンが突進してきそうだったから、後方のサハギンはそのまま無視することにした。
前方から攻撃がくる。
最初は左手側にいるサハギンからだった。
サハギンはタッと地面を蹴って、跳躍。
そのまま携えた槍でボクのお腹辺りに突きを繰りだした。
問題はなにもない。
正面からの攻撃なら、誰だって避けられる。
ボクは攻撃を躱して、スキルで横一閃。
まずは一体。
仕留めた余韻に浸る余裕もなく、今度は右手にいるサハギンが飛び出してきた。
それもまったく同じ方法で躱して斬ろうとした。
嫌な予感がした。
そういえば、後方にいる二体目のサハギンの音が消えている。
もしかすると、攻撃体勢に入っているかもしれない。
もしそうならば、目の前のサハギンを攻撃している隙に後ろから刺される恐れがあった。
この戦闘に於いてボクが掲げている目標はノーダメージクリアだから、大きなリスクは負いたくない。
ボクは攻撃を諦める。
また横にステップを踏んで、前と後ろ、その両方の攻撃に供えた。
つもりだった。
対処が早すぎた所為か、前方のサハギンは進路を変えて襲い掛かってきた。
仕方がないのでボクはその場に止まり、サハギンの穂先に剣を合わせて対処する。
ぎりぎりと武器同士膠着させて、睨みあった。
その視線から逃げるようにボクは首を動かして後方を見遣る。
自由歩行するサハギンと、停止しているサハギンとを確認。
どうやら後方二体目のサハギンはまだボクを攻撃対象としてロックしていないらしい。
ボクは躰を引いて、拮抗状態を解除。
サハギンが槍を引いて攻撃に供えようとしているところを剣で突き刺す。
蹴り飛ばす。
微かな音がした。
視界の外からだ。
たぶん、槍を構える音。
どうやら回避行動をとっているうちに別の非アクティブだったサハギンの攻撃範囲に入っていたらしい。
今からでも振り返って、目視で躱せるだろうか?
いや、無理だ。
体勢が悪すぎる。
じゃあ、どうしよう?
瞬時。
脳裏にユーフの姿が思い浮かんだ。
ボクは音を俯瞰し、敵の位置をイメージする。
明瞭に、思い浮かべる。
サハギンが地面を踏み込む音がした。
同時にボクは躰を捻り、振り向きざまに剣を払った。
狙いは、イメージの中心。
ユーフと同じように、綺麗なカウンターを狙った。
タイミングはばっちりだった。
しかし、攻撃が当たった箇所は腕だった。
致命傷を与えることに、ボクは失敗した。
それでも当たった腕というのが槍を携えていたほうだったので、サハギンはボクの間合いのなかで丸腰になった。
武器も持たず、持てずに、サハギンはただ無防備で、不格好を晒している。
――ずきん、と。
脇に痛みを感じた。
振り返ると、不気味な表情を浮かべた別のサハギンが手にした槍でボクの躰を突き刺していた。
恐らく、後方にいたサハギンだろう。
ぎょろり、と魚みたいな目でボクをじっと見つめている。
「……この!」
ボクは刺さった槍を掴み、剣を払って、刺した。
サハギンは膝から崩れ落ちた。
視線を戻す。
隻腕のサハギンに、視線を定める。
ボクは……剣を握る。
握る。
「グオオオ!」
咆哮が聞こえて、地面が揺れた。
クリスタルタートルの落盤攻撃だった。
頭上に視線を上げると、いくつかの大岩が形成されていた。
ボクは急ぎ、その場から離れる。
ごろごろと前転する。
すぐに落盤による大きな音が洞内に響いた。
次いで粉塵が舞いあがって、視界が悪くなった。
ずりり。
ずりりり。
音が聞こえた。
或いは。
聞こえなくなった。
どこから?
よく、わからない。
とっさの回避行動で記憶がクリアになっている。
かろうじて手負いのサハギン二体と無傷のサハギン一体の居場所は覚えているけれど、残りの二体は最後、どこにいただろうか。
ボクは必至に思いだす。
記憶を遡る。
「わ」
キキ、と何かがボクの目の前を横切った。
ケイブファミリアだった。
ボクはファミリア目がけて剣を振う。
当たらなかった
もう一度振う。
当たらない!
ファミリアは小さな躰を巧みに使い、ボクの周りをぐるぐると飛んでいる。
ずきん!
痛みがした。
また、ボクはサハギンに刺された。
再び捕まえて斬り伏せようとしたけれど、今度は逃げられた。
視界の端にいる別のサハギンが攻撃体勢に入った。
それに釣られるように目の前のサハギンも攻撃体勢をとった。
全サハギンがアクティブとなっていた。
ファミリアが目の前を飛んでいる。
うろちょろ。
うろちょろ。
もう!
ボクは片手を頭上に翳した。
ばちん! という空気を切り裂く音と共に、視界が白く染まった。
ボクはクリスタルタートルへとライトニングアタックを繰りだして、緊急回避した。
立ち位置が部屋の中央から壁際へと変わる。
それで、終わりだった。
ボクの視界には総ての敵が映っている。
だからあとは、どの順序で倒すか決めるだけ。
もう、後ろの敵を心配するような立ち回りはしない。
ぜったいに。
ボクはモンスターの攻撃範囲に気を配りながら、安全な順番で攻撃をしていく。
各個撃破だ。
障害物、遮蔽物がない状態での一対一ならば、サハギンはたぶん、初心者でも倒せる。
ケイブファミリアだって攻撃を繰り返していれば五回に一度くらいは攻撃が当たったし、クリスタルタートルに至っては攻撃を見極めてヒットアンドアウェイを行えば時間がかかったけど無傷で倒すことができた。
「ふう……」
ボクは大きく息を吐く。
結局、目標としていたノーダメ―ジクリアは達成できなかったけれど、受けた攻撃の数も片手で足りるほどだったし、被ダメで云えばほぼ皆無だ。加えて一体一〇であること、これが初実践であることを考慮したならば、なかなかにいい成績だったんじゃないだろうか。
手前味噌だなんて、ボクらしくもないけれど。
「……初実践?」
あれ……。
なんだろう……。
なにか、違う気がする……。
ボクは、何を実践してたんだっけ……。
ユーフの許へとトコトコ歩きながら、考える。
「あ」
そうだ。
そうだった。
今回、この戦闘に於いてボクは音を聞くことと、周辺視を意識することを考えていたはずなのに、いつのまにか普通に戦闘をしていたことに気がついた。
いや、まあ、たしかに最初の方はきちんと音を聞いて戦っていたけれど……後半は完全に視覚頼りだった。視覚情報だけで戦えるようにポジションをとった。有利ポジションを取るために、行動をした。スキルを発動させた。
というか、
各個撃破していた。
ボクは一体、なにをしていたんだろう……。
「おつかれさま」
ユーフが云った。
ギャブ―とスカイも鳴いて、ボクを出迎えた。
「ごめん」ボクは謝った。
「そんな、よかったよ」
「よくない」
「ううん。すごかった」
「なにが、よかったと思うの?」
「うーん……わたしがかな」
「ユーフが?」
「うん。だってすぐにできたら、教えるわたしの立場が悪くなるでしょ?」
「だからよかったの?」
「そう」
「そんな理由?」
「そんな理由です」
「なにそれ」
「なんだろうね」
ボクたちは笑った。
以降、とりあえず外れ部屋を引いたらボクが戦闘を行い、そのあと感想を交えながら迷路をさまよった。歩いている最中はべつに戦闘に関する話だけじゃなくて、システム周りだったり、先のマップ情報だったりといろんな話をした。たとえばヘイト制御。ボクはヘイトという存在すらしらなかった人間なのだけど、どうやら敵が攻撃目標を決定するのには、各プレイヤーに割り振られたヘイト値というものが関与しているらしい。単純にいえば、モンスターのターゲッティングはヘイト値の高いプレイヤーに向けられるということだった。それでこのヘイト値を意図的に上下させて敵の攻撃目標をひとつに集めたり、あるいは分散させたりするのがレイド戦ではとても重要なのだとか。というわけで以前に、ボクが敵のターゲッティングはプレイヤー固有の番号を引数として決定されるという考えはどうやら間違いだったらしい。そもそもで正解だとは思ってなかったけれど、しかしヘイトなんて存在があるだなんて、まったく思いもよらなかった。というか、ヘイト値は多くのゲームに搭載されているらしく、ネトゲプレイヤーなら知っていて当然とのこと。やっぱり、ボクは常識知らずだった。
「それでここが重要なんだけどね、ヘイト値を上昇させるにはスキルを使ったり、大ダメージを与える以外にも方法があるの」ユーフはまるで先生のような態度で人差し指を立てて、指揮棒でも振るみたいリズムを刻み云った。「回復行動。つまり、魔法やアイテムを用いてHPやMPを回復しても、ヘイト値が増えてしまうの。だからパーティ戦で姫ヒーラーを使う場合はディフェンダー職やナイト職を近くに置いて、つねにヘイトコントロールしないとすぐに回復役が倒されて、あっという間に壊滅する恐れがあるんです」
「なるほど」
頷いて思い浮かべたことは、やっぱり、彼女のことだった。
今の話が本当なら、ニルキリルで出会った時にボクがすべきことは攻撃ではなく、回復行動だったのかもしれない。
そうすればボクのヘイト値が上がって、敵のターゲットを彼女から移せた可能性があった。
そうすれば、パープルハーブはまだ、使えた。
使えたはずだった。
まあ。
たらればの、話だけど……。
「ほかに訊きたいことはある?」
「うーん……」
「ない?」
「訊きたいことはあるけど、知識がないから質問が思い浮かばない」
「そう」
「ごめんね」
「ううん。だけどほんとに、攻略情報とか見ないんだね」
「そうだね」
「ペット関連の情報も見ていないの?」
「うん。みてない」
それこそ、そこはあまり見たくない部分だった。
ペットの構成情報なんて。
知りたくもない。
「まあボク、間抜けだし、そういう情報みても意味ないと思うよ」
「間抜けだなんて、そんなこといわないで」
「なんで? べつに、ほんとのことだと思うけど」
「ほんとのことならなんでも云っていいわけじゃないよ」
「他人に対してならその通りだと思うけど、ボクがボク自身を悪くいうのはべつに、いいだろう?」
「よくない。わたしが聞きたくないんです」
「……そう、それなら気をつけるよ」
それからどれくらい時間が経っただろうか。
唐突に「あ」と、ボクとユーフは声を合わせた。
ながいこと迷路をさまよい続けてようやく、ボクたちは当たり部屋を見つけることができた。
目の前に大きな石でできた門が屹立している。
とても重厚で、威圧感がある門だった。
「これが閉ざされた石門だね?」
まあ、もう開いてるけど。
ここに来るまでにスイッチ部屋は見つけていたので、障害は既になかった。
ここを抜ければ、迷路は終わりだ。
「この次がボス?」
「ううん、ボスはまだ先」
「まだなの? ボクもう、疲れたんだけど……」
「そう。それじゃあすこし、休もっか」
そういうとユーフはどこからともなく、黄色いシートを取り出した。端の方にはベレー帽をかぶった目の大きいアヒルが描かれていたので、たぶん、他のネトゲとのコラボアイテムだろう。ボクたちはそのシートに座り、久々に休憩をとった。
「サンドイッチあるけど、食べる?」
「食べる」
「じゃあ、はい」
ボクはありがとう、とサンドイッチを受けとった。
中身は魚の油漬けにスライスしたタマネギや緑菜が挟まっていた。
なんていう料理かはわからないけれど、ツナサラダみたいで美味しかった。
「ジェラートもあるよ」
ユーフはさも当然のようにそう云ったので、ボクは思わず吹き出した。
料理系は薬と比べてコスパが悪いのだけど、それでもユーフは食べものを携帯しているらしい。
これで意外と健啖家なのかもしれない。
ボクはうん、と頷き、ジェラートも貰うことにした。
たくさんの種類があって、ボクが選んだのはバニラとチョコのダブルだった。
ユーフはラムレーズンだった。
美味しいねとボクがいうと、ユーフも美味しいねと云った。
デザートを食べ終わると、ボクたちはただ景色を眺めた。
名前もわからない鉱物群がゆらん、ゆらんと輝いては褪せてを繰り返している。
とてものんびりとした雰囲気があって、それに包まれるようにボクたちは黙っていた。
ボクはふとユーフに視線を配る。
しかし、彼女はボクが見ていることに気づかず、ただ憂いた表情で、あるいは、薄い笑顔で、光を見つめている。
いつまで休んでいるんだろう?
なんとなく、ボクから行こうと云いだせなかったから、しばらくこうして石が燐光する様子を眺めた。
「ねえ」と、ユーフが口を開いた。「手を繋いでもいい?」
「まだダンジョン内だけど」
「わかってる」
「わかってるならべつにいいよ」
ボクは手を差しだした。
ユーフはありがとうと笑って、ボクの手をとった。
そのまま、ボクたちは世界を見つめた。
じっと、眺めた。
「そろそろ、行きましょう」
「うん」
ボクは頷いて、立ち上がる。
二人で、歩きはじめる。
その後の道程は特に、なにもなかった。
なにもなかったというと語弊があるかもしれない。
一応で謎解きや欠片集めなんてものがあったけれど、それらは特筆する必要もないほどに幼稚で、単純なものだった。
敵ももう、出現しなかった。
謎解きに失敗すると厄介な中ボスが現れるらしいけど、ボクたちは解答を間違うこともなかったし、難なく、本当に難なく進んだ。
言葉は、あまり交わさなくなった。
彼女の口数が突然、減った。
そうなるとボクからも話を切り出さなくなった。
だけど、気にはならなかった。
たぶん、手を繋いでいたから、話す必要がなくなった。
ただそれだけだ。
少なくともボクは、そう感じていた。
手を繋いでいるだけで、やり取りはできるから。
疎通はできていたから。
十分だった。
二人分の足音が一定のリズムを刻んで響いている。
こつん、こつんと。
だけどボクとユーフの歩幅は違うから、なかなか足音は揃わない。
それでもポリリズムみたいに、時々足音が重なると、すこし楽しくなった。
なんだか、ずっと歩いていたい気分だ。
歩いているだけでこんな気持ちになれるだなんて。
なんて素敵なんだろう。
本当に、時間なんて、止まっちゃえばいいのに。
そんなことを、考える。
だけど、物事には永遠なんてなくて、ダンジョンには終わりがあって、ボクたちはその終わりの手前まで差しかかっていた。
やがて足音は止まり、洞内は静寂に満たされた。
すこし、息苦しい。
どうしてだろう?
まさか静寂で、窒息するわけでもないのに。
そんなことを考えていると、ボクの手を握るユーフの手の力が強まった。
緊張しているのだろうか。
よくわからないけれど、ボクも同じように手の力を強めた。
ユーフがこちらを向く。
その表情はどこか、困惑しているみたいだった。
「大丈夫だよ」
そう云ってボクは笑った。
たぶん、人生で初めての作り笑顔だった。
するとユーフはきょとんとして、それから柔和に笑った。
ボクたちは進む。
一歩ずつ、地を踏む感触を味わいながら。
緊張感に、躰を震わせながら。
ボクたちはボス部屋へと踏み入った。
未だ手を繋いだまま。
体温を、感じたまま。




