第四話 リ・ミミニ
ゲーム時代、この世界で行われていた会話方法は三つあった。
一般的な会話方法であるオープンモードと、二者間のみで行うウィスパーモード。そして、エリア内すべてのプレイヤーに話しかけることができるシャウトモードだ。
これをを用途によって使い分けることによって、パーティーを募集したり、物品のやりとり、あるいはとりとめのないお話に花を咲かせるなどして日々、皆は楽しいオンラインゲーム生活を過ごしていたのだけれど、このゲームの世界に閉じ込められてからの会話方法はひとつ目のオープンモードのみに一元化された。一元化された、というか、まあ、現実世界と同じ方法でしか意志の伝達ができないようになった。
だからボクたちが今、人と情報を交わすには、直接的な会話か、文字による手紙ぐらいかしかなかった。
それはとても、前時代的だと思った。
だけど昔、現実世界で大地震が起きたとき、停電になって、電話も、テレビも、なにも使えなくなった時に似たような状況に陥ったことがあったから、意外とこの世の中というのもそこまで便利なものじゃないのかもしれない。
世界は脆い。
だけどボクは、そのことに気づこうともしなかった。
この時ボクは、本当になにもできない屑人間であることを学んだ。
だけど、それは無意味だった。
結局、ボクはゲームにのめり込んでしまい、ゲームの世界に閉じ込められてしまったのだから。
学んだものは、無為に終わった。
少し、話がズレた。
ともかく、簡便な通信手段が失われたわけだけど、しかし、それによってボクが困ることはとくになにもなかった。
そもそもチャットなんてしないし、大声で何かを募集したり、やり取りなんかをボクは一度としてしたことがない。
現実世界で喋れないやつは、大体どの世界でも喋れない。
だからボクには、三種の会話モードなんて初めから必要なかった。
「……さてと」
ボクは大量の荷物を抱えて、道具屋を出た。
ここはリ・ミミニという城下町だ。
町は京都のように理路整然としていて、うねうねとまがった道が全くない。ちょうど、パソゲーでボクがつくる町みたいな感じ。
町の真ん中にメインストリートがあって、そこを基準に碁盤の目のように道路で区画が区切られている。
もちろん、天元にはお城だ。
町のど真ん中にお城が建っている。
きっと、王様はお城の更にど真ん中の部屋で、これまた部屋の中心に置かれたイスの中心に腰かけているに違いない。
それはとても、長閑な光景に思えた。
この世界では本来、戦争なんてなかったのだろう。
あんなにドシンメトリーなお城を建てられるのだから、たぶん間違いない。
そんなことを考えながら、ボクはポケットから水を取りだしてごくりと飲んだ。
商業区の目抜き通りだ。
人の数はかなり多い。
NPCが多くいる所為だ。
だけど、プレイヤーの数もやっぱり多い。
また、ボクは何度もギルドに勧誘された。
もちろん、その総てをボクは断った。
人から離れようとしたボクがなぜ、この町に居るのか。
第一の理由として、アイテムを買うためだ。
通常、狩場で全力狩りをすれば、二時間ほどでアイテムは尽きる。
それくらい、このゲームではアイテムを消費するし、また敵モンスターもアイテムを使用する前提に作られていたりもする。
そんな世界で放浪をするならば、危険を冒してでもアイテムは入手していたほうがいい、という考えから、ボクはこの町に来ていた。
というか、人の多い町に来るなら、いましかチャンスがない。
ボクはたぶん、あの町ではお尋ね者になっている。
ギルド名はなんだったかな、えっと、そうそう、『ワールド・リストラクチャリング』。イグニス皇帝やメグミンが所属しているそのギルドから、ボクはかなり嫌われているはずだ。見つけ次第、本気でPKされるかもしれない状況にあった。
ああいう輩だから、ボクが悪逆非道の犯罪人だとでも云いまわっているに違いない。
それで、事の真相も知らないくせに、我正義と息巻く輩もでてくるに違いない。
考えただけで面倒な状況だ。
だけど、通信手段が限られているいまならまだ、ボクの情報が広まるまでに時間がかかるはずだ。
だから、ボクがこの町にいられるのは、たぶん、今だけ。
商業区からメインストリートへと合流して、ボクは道の先に見える城を見据える。
とても立派で、ため息が出た。
お城は、大好きだった。
構造だとか、歴史だとか、そういうのはいまいちよくわからないけれど、ボクの中でお城はファンタジー世界の象徴だったから。
ここにはもう来れないと思うと、少しだけ、胸が痛んだ。
道具も買ったし、今は装備できないけれど、ひとつ上の武器や防具も買ってある。
ボクは城下町を気侭に散策することにした。
思い出づくりのようなものだ。
思い出を残すことにどんな意味があるのか知らないけれど、そうしたいから、ボクは歩く。
城下町はいかにもJRPG的な中世ヨーロッパ建築で、統一された壁の色と、街路樹として等間隔に整備されているミモザなどの木々は、美観地域のそれとよく似ている。自然ではなく、文化や歴史などを重点に据える観光名所、といった趣だ。城下町の中心には大きな噴水があって、そこには露店が並んでいた。
所持金はすっからかんに近いから、品物を眺めもせずに通り過ぎて、また小道に入る。
石畳が敷設された道は、靴の音がよく響いた。
リズムを刻みながら、ボクは歩く。
一、二、三。
一、二、三。
気分はワルツ。
四分の三拍子。
だけど偶に、二拍子を加えて変拍子にする。
気侭なボクにはその音が、とても耳に心地よかった。