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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
49/82

第四六話 比肩

 装備を整えて海岸洞窟に着いたのは、陽が落ちかけたその日の夕方だった。ボク的にはやっぱり他のプレイヤーのいない深夜に来たかったのだけど、ユーフが云うにはグループクエストの場合、同じ入口から入ってもグループ毎に個別のチャンネルに飛ばされるということなので、そういった心配はいらないらしい。たしかによくよく考えてみればボス討伐戦で他グループも同一チャンネルに接続できるとなると極端な話、サーバー内の全プレイヤーが集結して一体のボスを狩ることも可能になってしまうから、当然の措置といえばその通りなのかもしれない。際限なくプレイヤーが戦闘に参加できるとなればその分ゲームバランスの調整が難しくなるだろうし、そもそもでいえばそんな大人数が一堂に会するとなると通信的な部分で問題が生じるだろうしね。いや、まあ、後者に関してはこの世界の理屈に当てはめていいものなのかよくわからないけれど。

「……ん、そういえばで思ったんだけど、グループ毎にチャンネルが設定されるってことは、他プレイヤーから身を隠すのにダンジョンへと潜り込んでも良かったってこと?」

 そうボクは発言した。

 対してユーフはうん、と首肯し、

「だけどあらかじめクエストを受けていないと個別チャンネルには移動できないし、グループクエスト自体にも時間制限と再入場制限とがあるから……そういったケースに使うのはあんまりよくないと思うの」

「どうして?」

「ダンジョンに逃げ込んだところを誰かに目撃されたら、出口で待ち伏せされちゃうかもしれないから……」

「ふうん? あれ、それじゃあ現状、ボクたちがこのダンジョンをクリアした後にワルリスやスキルフルの連中が待ち構えている可能性があるってこと?」

「それは……大丈夫だと思う」

「そうなの?」

「うん」

「どうして?」

「あんまり、いいたくない」

「なにか、根拠があるんだね?」

「うん」

「そっか」

 それならべつに、いいか。

 本当はきちんとその根拠を訊きたかったけれど、ボクは頷き、歩を進める。

 洞内は以前、ボクが探索したときとあまり変わりがないように見えた。どうやらグループクエスト様に特別なダンジョンが生成されるわけではないらしい。そうなるとボクの記憶がたしかならば、もうすぐ敵が湧き始めるエリアへとつながるはずだ。

 あの三叉槍を持った、サハギンが彷徨うエリアに。

 ついでにいえば、ボクの剣を折った亀もいるあのエリアに。

 だけどまあ、とくに心配はないだろう。あの時はソロで来ていたことと、持ち込んだアイテムの量が少なかったことから色々と面倒なことが多かっただけ、今はこうしてアイテムを準備する時間があったし、背後をユーフに任せられるので楽勝だろう。ノーダメとはさすがにいかないと思うけれど、ほぼ無傷でボス部屋までたどり着ける自信があった。

 しかし、それはあくまで前回と同じ状況であればという話であって、グルクエ用に設けられたこのチャンネルでは敵のレベルや行動、仕様が変わっている可能性がある。すくなくとも、グループ参加上限を想定したぶんだけ敵が湧くことは間違いないだろう。

「ねえユーフ」

「なに?」

「今更なんだけど、このクエストってボクたち二人だけでクリアできるものなのかな」

「どういうこと?」

「ここのボスって、レベル六〇代二人で勝てるくらいの強さなの?」

「どうだろう……」

「え?」

「たぶん、大丈夫よ」

「たぶんのついた大丈夫に、そこまでの信頼をボクは寄せられないんだけど」

「じゃあ絶対大丈夫」

「……そう」

 じゃあのついた言葉も、絶対のついた言葉も、同じくらいに信じられないんだけど……ボクはひとまず頷いてみせた。

 暗い洞窟の内部を黙々と歩く。

 歩く。


 こつん――。


 先頭を進むユーフの靴音が広く、反響した。

 狭い道を抜けた先。

 洞内にできた、大きな空間。

 その入口に立ち、ユーフは目を眇めた。

「きれい」

 それが、敵エリアに侵入した彼女の感想だった。

「そうだね」

 と、ボクは返事をする。

 たしかにその言葉はちょっと呑気すぎるものだったかもしれないけれど、本当に、まったくの同意見だった。

「わたし、このダンジョン好きだったの」

「そうなの?」

「うん。石がきらきら輝いているし、その光も淡くて幻想的だし、BGMも好きだったから」

「ここのBGM、良かったの?」

「ええ、とっても」

 ユーフはぐるりと躰を一回転させる。

 なぜ、回ったのだろうか。

 よくわからないけれど、とても楽しそうだった。

「機嫌良さそうだね」

「懐かしいからかな」

「懐かしい?」

「ここが懐かしいから、機嫌がいいのかも」そう云って、ユーフは大剣を取り出した。「ごめんね、少し調整してもいい?」

「調整?」

「剣を少し、振ってもいい?」

「……ああ、あれのこと。べつにいいけど」

「ごめんね」

 にこりとユーフは笑顔を見せると、以前にエアポイスで行った時の動きとまったく変わらない素振りをしてみせた。

 丹念に丹念に。

 同じ動きを何度も、何度も。

「それ、いつもしてるの?」

「うん」

「ルーティン的なもの?」

「ううん、練習」

「練習?」

「狙ったところに剣が振れるように、練習してるの」

「へえ?」

「ほら、大剣って攻撃後の隙が大きいでしょう? だからこうして剣を振った時に思い通りに動いてくれないとすぐにピンチを招いちゃうから……」

「だから練習?」

「練習」

「なるほど」

 すこし、ボクも真似てみようかなと思ったけれど、ボクは人前で準備運動だとか、そういったことを行うのが苦手だったから、頭のなかで敵情報をまとめて対処方法だけ考えることにした。

 どう動けば最少の動きで敵を倒せるのか。

 あるいは、無傷で突破できるのか。

 ピンチに陥るような可能性はどれくらいある?

 大勢に囲まれた場合、どうすべきか。

 どう動くべきか。

 他に考えるべき問題はなにかあるのか?

 想定できない問題は、どれくらいあるんだろうか……。

 ボクは考える。

 考える。

 ずりりりり。

 音がした。

 しかし、その音が聞こえる前にスカイが低く呻っていたから、問題はない。

 敵が現れること、

 それは、既に判っていた。

 ボクはアールヴブランドを握る。

 柄頭のトパーズがぎらりと輝く。

「……よし、いこっか」

 素振りをやめて、ユーフが云った。

 うん、とボクは頷く。

 立ち回りはボクがソロで行った時とほぼ似た感じになった。

 ユーフが前衛でボクが後衛を務め、待機するスカイが見敵時に声をあげる。

 それだけ。

 それだけで十分だった。

 問題があるとすればそれは最初にボクが懸念していた通りに湧きの頻度、それが予想していたよりもちょっと多いことだった。

 前に来たときにも思ったことだけど、ここは薄暗いし、遮蔽物も多いから突然、死角から敵があらわれたりするのだけれど……今回はその突然が多すぎた。前方の敵の処理に手間取っているといきなり後ろから槍で刺されたりするし、普通に戦っていても時々攻撃を捌ききれないことがあった。とはいえ、やっぱり相手の攻撃も、痛覚ダメージも軽微なものだったから、最悪、回復アイテム連打のごり押しでもなんとかなりそうだった。

 ずりりり。

 ボクは振りかえる。

 遠方で敵が湧いた。

 それを確認する際、視界の端でユーフの背後にも敵が湧いた。

 横湧きだ。

 このゲームでは横湧き防止のためにプレイヤーの半径五メートル範囲は敵が出現しないように設定されているのだけれど、その範囲ギリギリのところで敵が湧き、同時にユーフは敵の攻撃を回避するため後方へ大きくバックステップしために横湧きに近い状況が生じていた。

 サハギンは槍を構えている。

 無警戒、死角からの攻撃だ。

 それは絶対に躱せないし、予見していたとしても対処のしようがない攻撃だった。

 少なくとも、ボクはそう思っていた。

 だって、偶然に偶然が重なる状況を常に抱えたまま戦闘するなんて、不可能だから。

 不可能でなくとも、回避行動をとったタイミングで回避先に敵が出現する可能性を考慮して立ち回るとなれば、きっと、まとな戦闘なんてできない。

 可能性という言葉に、搦め捕られる。

 だから普通、そういった確率の低い出来事は事故と除外して、最大限起こりえる出来事にリソースを割くのが最善だと思っていた。

 だけどユーフは攻撃を躱した。

 低確率の可能性を躱して、そして斬った。

 その大きな剣で。

 一閃。

 一太刀で、斬り伏せた。

 敵を。

 サハギンを。

 なんてことのない出来事のように。

 それが、普通であるかのように。

 舞っているようだった。

 すべてが彼女を引きたてる、舞台装置のように思えた。

 それくらい、圧倒的だった。

 傷一つ付かない、完全で、完璧な立ち回り。

 あるちぇとの戦闘を眺めていた時から薄々とは感じていたけれど、この時になってボクは、ようやく確信した。

 ユーフは強い。

 レベルや装備の差はあれど、

 それこそトワイライトロード――

 赤き姫君に比肩し得るほどの強さだと、ボクは思った。

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