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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
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第四三話 反応

 家に帰ってさっそく魚を捌こうとしたけれど、既に魚は傷みはじめていた。こうなってしまってはもうダメだろうとボクはこの巨大な魚の処分方法を考えていると、ユーフは加熱処理を施すのであればまだ食べられるといったので、ボク達は解体作業にとりかかった。基本的にユーフが捌いて、ボクがその際に出る余分なものやブロックにしたお肉を片づけるという役目を担った。ユーフもこんなに大きな魚を相手にするのは初めてのことだったみたいで、総てを捌くのにはかなりの時間を要した。一時間以上はかかった。部屋は血だらけになった。生臭い匂いが部屋に充満している。

 ボクはサンマやサケといった魚すら捌いた経験がなかったから少し貴重な体験ができたと思えたのだけど、それにしたって疲れた。本音をいえばここで一旦作業を終えてお風呂にでも入りたかったけれど、ユーフは早目に加工を終えたいからと台所から離れる様子がなかったので、その希望は当分後になりそうだった。ボクは窓を開けて換気をする。夏の夜の匂いがして、海の音が今は耳に心地よかった。

 結局、作業は陽が昇りきるまでかかった。

 ボクは窓から射る光に目をすがめ、手についた血や脂なんかをシンクで洗い流していた。

「……まだ匂いがする」

 くんくん、とボクは洗ったばかりの手の匂いを嗅いで、そう呟いた。石鹸を使ってかなり念入りに磨いたのだけれど、鉄っぽいというか、青っぽいような臭いが全然とれなかった。鼻がすでにおかしくなっているのかもしれない。もう、よくわからなかった。

「朝ごはんはあるけど……食べる?」

 とユーフがいった。

 ボクは食卓に目線を落とす。

 たしかにそこには料理があるけれど、どう考えてもありすぎだった。

 まあ、人に配るために作ったのだから、これだけの量になるのは当たり前なのだけど。

 山のようだった

 冗談ではなく。

 山のように料理があった。

 正直、食欲はまったくといっていいほどに減衰していたけれど、たぶんこれは味見も兼ねているのだろうからボクは近くにある魚のコロッケを手に取って食べてみる。

「……うん、美味しい」

「ほんと?」

「ような気がする」

「ど、どっち……?」

「ごめん。正直、鼻に残った血の匂いの所為でよくわかんない……」

「それもそうですよね」ユーフもコロッケを一口食べる。「……うん、ほんとだ。わからない……」

「だけど揚げ具合も丁度いいし、香草の香りも感じとれたから、大丈夫な気がするけど」

「とりあえずそういうことにしておきましょう」

「えっと、それじゃあこの料理はどうしよう?」ボクはコロッケを食べ終えてあと、尋ねた。「人目のつく昼間は外に出られないから、NPCに配るのは夜だよね? それまでこの料理はどう保存すればいい?」

「それならこのままアイテム欄にドラッグして大丈夫だと思う。一度加工をしちゃえば腐るまでに時間はけっこうかかるから」

「わかった」

 ボクとユーフは作った料理を小分けにして包装し、アイテム欄に収納した。それから窓を開けて、本格的な部屋の掃除にとりかかった。

 とりあえずデッキブラシで床の血を洗い流して、そこから更に石鹸で洗った。その後乾拭きして、自然乾燥するのを待った。その間にハーブを使って芳香剤をいくつも手作りした。

 楽しかった。

 図工みたいだった。

 料理もだけど、ユーフから物を教わりながらアイテムを作成する時間はボクにとってとても有意義なものだった。

 まあ、子どもから物を教わるというのも情けない話ではあるけれど、そもそもでボクは情けない人間なのであまりそういうことは気にならなかった。

 祖母のことを思いだした。

 そういえば祖母も、ボクにこんな風に色んなことを教えてくれていた。

 祖母だけは優しかった。

 あの黒い家の中で。

 祖母だけが優しかった。

 そんなことを唐突に思いだした。

 正午を迎えるころには部屋の中から血の匂いが消えた、ような、気がした。少なくとも、意識しなければなんとなくそう思えるような感じにはなった。曖昧なラインだ。とはいえ、まだやはり食欲は減衰したままなので、ボクとユーフはまた一緒にベッドに入った。やっぱり、昼間からこうして入るベッドはとても気持ち良かった。精神的な要因が多くあるんだろうけど、まだこの時間はそこまで暑苦しくないからかもしれない。この地域でつくられる漆喰は特別遮熱性に優れているみたいなので、そのおかげもあるだろう。ボク達はすぐに寝入った。途中、スカイのしっぽがボクの鼻頭を直撃したけれど、それ以外は至って快眠できた。

 夜になった。

 ボクはもう一度お風呂に入った。

 浴槽に貯めたお湯の中に潜って、膝を抱える。

 考える。

 いろんなことを。

 無心のまま。

 考える。

 胎児のように。

 考える。

 お風呂から上がると、違和感があった。

 どうも右耳に水が入ったらしい。ボクはケンケンしながらダイニングへと向かうとそこにはユーフがいて、彼女は小さく笑った。どうやらケンケンするボクの姿が面白かったらしい。ボクは少しだけ死にたくなって、自殺の方法を考える。

「そろそろいこっか」

 午前の一時半を過ぎた辺りに、ユーフがそう切りだした。

 ボクは頷いて、マントを羽織った。

 月明かりが射す町は静かで穏やかだった。しかしそれは路地に限った話であって、大通りの方面ではまだ人の姿がいくらか見えた。ボクの苦手そうな人たちだった。だからボクたちは裏小路を通って、なるべく人出会わないようにお婆さんの家を目ざした。

 目的地には問題なく、到着できた。

「着いたね」ボクが云う。「今更だけど、少し緊張する」

「うん。わたしもちょっと、どきどきしてる」

「一緒にノックしようか」

「そうしましょう」

 コンコン、と音が響く。

 それから数秒後に、ドアが開いた。

「あら、こんな時間にどうしたの? なにか用かい?」

 お婆さんはボクたちを視認すると同時にそういった。

 ボクとユーフは目配せをして、代表でユーフが包みをお婆さんに差しだした。

「あの、これ良かったらどうぞ」

「あら、こんな時間にどうしたの? なにか用かい?」

「えっと、お婆さん、たしか足が不自由だって聞いていたから……だから、その」

「あら、こんな時間にどうしたの? なにか用かい?」

「…………あの」

「あら、こんな時間にどうしたの? なにか用かい?」

「…………」

「あら、こんな時間にどうしたの? なにか用かい?」

「あの!」

「ユーフ」ボクは彼女の肩を叩いた「行こう」



 改めて自分の行動を振り返ってみると、本当に意味がわからなかった。どうしてボクはこんなことを思いついてしまったんだろう。まあ、思いつくことはべつにいいけれど、妄想するのも構わないと思うけれど、問題はその思いつきを実行したこと。実行したところで結果は予見できていたはずなのに、なぜボクたちはお婆さんにスクリプト以外の反応を期待してしまったのだろうか。ボクはべつに、感謝されたくて料理を持って行こうとしたわけじゃないのに。自己を満たすためだけにお婆さんを対象に選んだだけなのに。プログラミングされた彼女の反応を見て、ボクは落胆した。そんな自分が不可解だった。不可解というか、不快だった。きっと、どこかで期待していた。お婆さんが微笑んで、喜ぶような姿を望んでいた。冷静ぶって、大人ぶってた癖に。そういったことが見え透いて、ボクはボクが嫌になった。やっぱりボクは、贋物なんだ。不純物の混じった思考をすることが、初志貫徹できていない自分が憎くて憐れだった。

「だめだったね」

 ユーフは悲しそうに笑った。

 ボクはそうだね、と頷いた。

 夜の海辺で、ボクたちは砂浜に腰を下ろして、月を見上げていた。

 やっぱり月は変わらずまんまるく、煌々としている。

「できれば、少しだけでもいいから喜んで欲しかったな……」

「……うん」と、ボクは頷く。

「一応、料理は置いて来たけど……お婆さん食べてくれるかな?」

「それはないと思う」

「どうして?」

「だって、あのお婆さんは生きてないから」

「……そんなことないよ」ユーフは繰り返す。「そんなこと、ない」

「これからどうしよう」

「次のところに行きましょう」

「次のところ?」

「次のNPCさんのところ」

 ボクは驚いた。

「料理をあげても反応はない思うけど」

「うん、わかってる」

「それじゃあどうして」

「だって、わたしがそうしたいんだもん」

「……そう」

 そうだ。

 あくまでボクたちは自己満足のために料理を配っていたのだから、この場合、彼女の反応こそが正しいといえる。相手に期待なんかして、善意に見返りを求めたりなんかしたボクが間違っているのに、また反応がないからといってボクは投げ出そうとしていた。ついさっきに初志貫徹したいといったばかりなのに、ボクは本当にダメダメだった。自己満足なら、自己完結はさせるべきだろう。誰の為でもなく、自分の主義のために。だからボクはユーフの意見には全面的に賛成だった。それはいい。彼女の云う通り、他のNPCにも料理を配るべきだ。その通りだと思う。だけど、それでもボクは素直に肯定できなかった。

「喜んでくれるかな」

 とユーフは云った。

 また、悲しそうに笑った。

 違う。

 悲しそうに見えていたのは、ボクの勘違いだった。

 笑っていたんだ。

 心の底から。

 心の底から、思っている。

 本当に、NPCが喜んでくれるんだって。

 それがボクには理解できなかった。

 ユーフの瞳には、さっきの出来事はどう映ったんだろう。

 どう処理されたんだろう。

 どうしてNPCが喜ぶだなんて思えるんだろうか。

 もしかして、ユーフは違うのか?

 自己満足のために料理を配っているのはボクだけなのだろうか。

 彼女には、べつの理由があるのだろうか。

 主義、

 理想が。

「月が綺麗だね」

「……うん」

 ボクは、小さく頷いた。

 思考は、停止させた。

 それからボクたちはいくつかのNPCの家を回った。

 年齢も。

 性別も。

 職業も。

 それら一切に区別はせず。

 相手が幸せであるか、不幸せであるかも考慮せず。

 NPCであるか否か。

 人ではないかどうかだけで、ボクとユーフは手当たり次第に料理を手渡した。

 さすがに、一日ではこの町総てを回りきれなかった。

 もともと一日で回りきろうとは思っていなかったけれど。

 だけど絶対に、全NPCに料理を手渡そうと思った。

 それがボクの意志だったから。

 理想だったから。

 だからそれを成し遂げようと思うと、すこし元気になった。

 目標があれば、嫌なことは忘れられる。

 思考の方向性を定めれば、嫌なことに割くリソースがなくなるから。

 当面は精神が安定しそうだと思った。

 その矢先に家が荒らされた。

 めちゃくちゃだった。

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