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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
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第四一話 落ちる

 家に帰るとボクたちはご飯も食べずにソファに座った。感情と呼べる感情は見当たらず、ただ肩を合わせて虚空を見つめる。もう何もしたくなくて、もう何も考えたくなかった。出来損ないのボク達だってもちろん人間なのだから、そういう日はある。苦しみや哀しみといった感情はなにも、上等な人間だけが持つ特別なものじゃない。だから、いらないものと蔑まれたボクもユーフも人間らしく、落ちた。落ちたままどれくらい経ったのかは判らない。空腹によって減ったライフから計算はできるけど、今はそういうことをしたくないし考えたくもない気分だった。それにこの世界に於いて時間というものは些末なものでしかないと思っていたから、何日間ボクたちが落ちていたかなんてことはどうでも良かった。ともかく、最初に言葉を口にしたのはユーフだった。

「お腹すいたね」

 パソコンを立ち上げるみたいに、ボクはその言葉に反応して意識がオンになった。

 ゆっくりと思考して、それから返事をする。

「そうだね」

「簡単なのでもいい?」

「うん」

 ユーフはソファから立ち上がり、シンクの前に立った。その後ろ姿を眺めて、ボクは手伝うよと云おうしたけれど、どうしてか上手く云えなかった。音をたてないように膝を抱える。やっぱりまだ、ボクは落ちているらしい。

 膝を抱えたままボクの電源はオフになって、意識は再び暗やみに呑まれた。

 虚ろな瞳で調理をするユーフを眺め続ける。

 どうしてだろう。

 とても懐かしい気分になって、それがどこか、心に響いた。

「できたよ」

 と、ユーフはスープとパン、それとジャムを持ってきた。

 ありがとうといって、ボクは手を合わせる。

 いただきますのポーズだった。

 いつもはそんなことしないのに、ボクは無意識のうちにいただきますと云っていた。たぶん、小学生以来。どうしていま、それを行ったのかは不明。少し戸惑いながらもボクはご飯を食べようとする。すると体面に座るユーフもいただきますと手を合わせ、食事に祈りを捧げた。

 食事を終えたボクたちは次にお風呂に入った。順番としては最初にユーフで、その後ボクはお湯の張った浴槽にゆっくりと浸かった。気持ち良かった。この世界には代謝がないから不衛生になることはないけれど、それでもお風呂に入ると気分が良くなった。ありふれた表現ではあるけれど、煩わしいなにかがお湯と一緒に流れていく感じだった。

 お風呂から出て時刻を確認すると、朝の七時だった。

 どうやら夜更けに合わせてボク達は活動しはじめていたらしい。

 少し早起きではあるけれど、概ね規則正しいとされる生活時間だった。このあとに学校だったり仕事だったりすればもう、日常に回帰したと云えるんだろうけど、ご飯を食べてお風呂にも入ると再び活力がどんどんと低下していったから、やっぱりまだ日常には戻れなかった。やる気が起きない。すでに陽は高く昇っていて、部屋の中には沢山の朝陽が取り込まれているけれど、ボクとユーフは一緒にベッドで眠ることにした。久しぶりのシーツはすこしひんやりとしていて、気持ち良かった。暑苦しくもなくて、とても静かな朝だ。ユーフはもう眠ってしまったようで、規則正しい寝息が聞こえる。ボクはユーフの寝顔を眺めながら、すこし、病気で学校を休んだ日のような感覚を味わっていた。

 次に目が覚めた時は夕方だった。

 ユーフの嗚咽で目が覚めた。

 彼女が泣き啜るなか、ボクは背中を擦ってあげることしかできなかった。

 なんて。

 なんてボク達は脆いんだろう。

 ボクはただ、ずっとそんなことを考えた。

 そこからボク達はまた眠って、今度は夜に起きた。

 頭がぼやけている。

 時間感覚がごちゃごちゃしてる。

「……あれ」

 ユーフがいない。

 どこに行ったんだろう?

 だるくて動きたくなったけれど、ボクは立ち上がって寝室を出た。

 一瞬、嫌な考えが脳裏をよぎったけれど、リビングにユーフはいて、書き物をしていた。

 例の手紙だった。

 チクリと胸が痛んだ。

 声をかけるべきかどうか悩んでいると、ユーフがボクに気づいてにこりと笑った。

「おはよう」

「……おはよう」もう、夜だけど。「ごめん、邪魔したね」

「ううん、大丈夫」ユーフはペンを置いて、紙を折りたたんだ。「えっと……ごはん食べる?」

「なんだか、さっきにもそんなやり取りした気がするね」

「ふふ。そうだね」

「どれくらい前に起きたの?」

「三〇分くらい前かな」

「そっか」

「あ、喉乾いてない?」

「喉? ああ、うん。からからかも」

「手作りのジュースがあるけど、飲む?」

「手作りのジュースがあるの?」

「はい」

「すごいね」

「そんなことないよ。えっと、それじゃあいま用意するね」

「いや、自分で取るよ。場所は?」

「台所の棚の引き戸の中」

「ユーフも飲むんだよね?」

「うん」

「わかった」

 ボクはジュースの入った瓶とグラスを取って、机に並べた。

 ジュースは色から考えるとブドウ味みたいだった。そういえばでブドウ味やブドウ風味のジュースは良く飲んでいたけれど、こういった果汁の多いブドウジュースを飲むのはかなり久しぶりのことだった。キャップを外してグラスに注ぐ。ブドウのいい香りがした。

 ボクは紫色の液で満たされたグラスをユーフに手渡した。

「ありがとう」

 そういって彼女は一口飲んだ。

 ボクも飲んでみる。

「……ん」

 なんだろう……。

 ちょっと、辛い。

 不思議な味がした。

「まだ大丈夫かなって思ってたけど、もう発酵しちゃったみたい」

「発酵?」

「このブドウジュース、お酒になっちゃいました。だけどお砂糖は入れてないから、ジュースみたいなものですけど」

「ふうん……」

 よくわかんないけど、ブドウジュースって放っておくと勝手にお酒になるのだろうか?

 というか、お砂糖を入れてないからジュースみたいというのもちょっと、意味不明だった。

 たぶん、ボクの聞き間違いだろう。

 ともかく、ユーフはなにも云わずにこのブドウ酒を飲み続けていたので、ボクもそのまま飲むことにした。だけどやっぱり辛かった。イチゴカクテルを飲んだ時はあんなに甘かったのに。お酒は、みんな甘ったるいものかと思っていたのに、このジュースみたいなブドウ酒はボクにとって、飲み慣れない味がした。

「これからどうしよう」

 それは、ボクの口から無意識のうちにでた言葉だった。

 思えば本当に、ボクたちはこれから先、どうするんだろう?

 それを考えていると、不安に駆られた。

「ねえユーフ。ここから、この町から離れよう」

 彼女は首を横に振った。

 言葉はない。

 ただ静かに、提案を否定した。

「いつ離れるの?」

 その質問にも、彼女は答えなかった。

 ボクはジュースを口に含む。

 苦味に顔をしかめそうになった。

「お散歩に行かない?」

 ユーフが云った。

 ボクは答える。

「いまから?」

「はい」

「どうして?」

「歩きたい気分なの」

「そっか。躰を動かすのは気分転換になるもんね」

「ううん、そうじゃなくて」ユーフは窓の向こうを見遣った。「月明かりを、浴びたいんです」

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