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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
43/82

第四〇話 VSあるちぇ②

 視界が飛んで、躰も飛んだ。意識も一瞬消えて、ボクはぐるぐると後転した。気がついた時には仰向けになっていて、ボクは空を見上げていた。赤く、昏く、染まりかけた空。その綺麗さとは裏腹に、不安を煽るように焼けた空。

 記憶に残っている最後の光景は、眼前に差し迫る鏃。その切っ先だった。

 それがボクの目の前にあって、そのまま眉間を貫いた。

 ヘッドショット。

 現実ならば。

 或いは。

 別のゲームだったならば、ボクは即死していた。

 だけどこの世界のベースはRPGだから、ボクが死ぬことはなかった。

 アイスピックを突き立てられたみたいな衝撃だった。

 それくらいの衝撃で済んで良かった。

 そう思った。

 けれど、やっぱり痛い。

 蹲りたい。

 休んでいたい。

 けど、このまま寝ていれば間違いなく追撃がくるから、ボクは身を起こした。

 恰好の的になるのは、嫌だから。

 いや。

 恐らくボクが寝ていても、起きていても、状況はそう変わらないのかもしれない。

 だって、相手の矢は必中なのだから。

 どのみち、ボクは逃げられない。

 だけど、そんなことはどうでもよかった。

 ボクに逃げる気はなかったから。

 ボクが宣言した強制魔法にはボク自身をも拘束する効果があるけれど、そういう意味ではなく。

 あるちぇからは。

 逃げ出したくなかった。

 ボクはジグザグに動いて、的を絞らせないように突進をしかけた。

 距離が近いからとはいえ、素早く動く的に矢を当てるというのは至難の業だ。だからこうして絶え間なく動き続けていれば、いくら腕がいいとはいえ必ず攻撃を外す瞬間は訪れる。その時が、ボクの唯一の反撃するチャンスだった。

 あるちぇが次の矢を放つ。

 その直前、ボクは動作にブレーキをかける<フリ>をした。

 フェイントだ。

 それでも放った矢はボクのお腹に突き刺さった。

 ボクはまた倒れたけれど、すぐに立ち上がって突進する。

 今度はもっと、緩急をつけたほうが良いかもしれない。

 直前にフェイントを入れるのではなく、全体的に予測ができないような、そんな動きを。

 そう思った矢先に、次は胸を貫かれた。

 ハートブレイクショット。

 ボクは歯を食いしばる。

 食いしばって、緩みかけた足を動かした。

 けれど再び、矢はボクの胸を貫いた。

 今度はきちんと緩急をいれて、横軸の動きも大きくとったのに。

 またボクは致命部を穿たれた。

 けれども同じ。

 それも同じ。

 ダメージは少ない。

 痛みはいずれも同程度。

 痛いけれど。

 我慢できる。

 ボクは倒れた躰をすぐに起こして、四度目の突進をしかけた。

 愚直なまでの愚策。

 だけど、いまのボクにはそれしか方法がない。

 アーチャーという職業は攻撃をする際に矢継ぎを必要とするため、どうしたって攻撃と攻撃の間にディレイを要する。それは相手が遠距離にいるのならばさして大きな問題にはならないけれど、現状、ボクとあるちぇの距離間では一度でも攻撃を外してしまえばいっきに間合いを詰め寄ることが可能だから、それはあるちぇにとって相当なプレッシャーになるはずだ。彼女がいくら卓越した狙撃力を持っているとはいえ、命中率一〇〇パーセントを維持することは不可能なことなのだから。それこそ、神がかっていなければ。乃至は神そのものでなければ、この均衡を継続することは無理だとボクは思った。

 だから待った。

 何度射抜かれても、立ち上がって、立ち向かった。

 好機を。

 相手が攻撃を外す機会を。

 失策することを、ボクはずっと待った。

 けれども、その選択こそが間違いだった。

 本当に、愚策で、失策だった。

 さっき、ボクは自分で云ったのに。

 答えは判っていたはずなのに。

 それなのに、どうしてボクは相手のミスなんか待ってしまったんだろう?

 超遠距離からの偏差射撃を皮切りに、今の今まであるちぇは一度も攻撃を外していないというのに。

 <命中率一〇〇パーセントを維持しているというのに>。

 ボクはもっと、考えるべきだった。

 その異常なまでの腕前が、研鑽によって得たものではない可能性を。


 ――初心者セット。


 あるちぇの弓は、ゲームを始めた時に渡される初心者用の武器だった。

 威力はもちろん、最弱。

 補正も最弱。

 しかし、それでも一つだけ最上位の弓を上回る補助機能があった。

 それが自動標準<オートエイム>と、

 追尾攻撃<ホーミングアタック>。

 つまりで――必中。

 正しくいえばそれはチートツールのように攻撃すべてが必中になるわけではないのだけれど、上級プレイヤーほどの技術があればほぼ必中になるといって差し支えない。そんな有能な機能が初心者弓には付帯されているというのに、他プレイヤーが使用していない理由は恐らく、武器としての基本攻撃値が低く、また計算後与ダメージに〇・一を乗算しなければならないから。簡単にいえば十回、弓の攻撃力を同等と考えたとしても、初心者弓が通常弓分のダメージを与えるには十回攻撃が必要だったから、流行らなかった。当然だ。十回攻撃するのに、どれくらい時間を要するのか、時間対効率を考えても非常に粗悪な武器と云って良かった。だから、今の今まで初心者弓を主力として扱うプレイヤーを見たことがなかったのは至極当然のこと。

 けれど、あるちぇは選んでいる。

 選択している。

 その粗悪の武器を。

 最弱の弓を。

 たぶん、気づいたんだ。

 どこかで、相手にダメージを与え続けることの有意性に。

「……あれ」

 と、ボクは膝を地に着ける。

 おかしい。

 さっき、回復アイテムを使ったばかりなのに。

 ライフは、満タンなはずなのに。

 ボクはボクの躰が、上手に動かせなくなった。

 状態異常?

 そうじゃない。

 痛覚ダメージ。

 その蓄積によって、躰が麻痺していた。

 いや、そんなことがあり得るのか?

 ライフが回復したら、傷は総て癒えるんじゃなかったのか?

 それは絶対、合っている。

 現にあるちぇから受けた傷は、ポーションによって総て塞がっている。

 間違いなんかじゃない。

 間違っているのは、ボクの認識の方だ。

 あいつが。

 赤い、あの廃人が云っていたのに。

 どうして、気が付かなかったのだろう?

 痛覚ダメージを蓄積させることで、人を壊す手段があると。

 そう云っていたのに。

 人は動けなくなると、そう云っていたのに。

 手足を失くしても、指先の感覚が数日残るように。

 いま、ボクの躰は無傷であっても、躰がまだ、無駄に電気信号を送っているのだろう。

 錯覚だ。

 この痛みは。

 倒錯して、おかしくなった。

 だから、躰が麻痺したように感じた。

 止まった。 

 狂った。

 その時を、あるちゃは逃さなかった。

 あるちぇはゆったりとチャージして、矢を放った。

 状態異常の魔力が付与された矢。

 それはボクのこめかみを綺麗に射抜いた。

 受身もなにも取れず、ボクは地面に倒れた。

 意識が半分奪われた。

 思考ができない。

 気持ち悪いのと、気持ちいいのが半分こ。

 夢を見ているような気分だった。

 目の前にあるちぇがいた。

 あるちゃはボクを見下ろしている。

 それから。

 それから彼女は開口一番に、ユーフの悪口を叫んだ。

 誹謗中傷が続いた。

 ずっと。

 ずっとずっと。

 絶え間なくユーフは口汚く罵られ、傷つけられた。

 終わりが見えない悪意と、憎悪。

 ボクはそれを意識半分に聞く事しかできなかったけれど、それでも悲しくなって、次第に涙が零れた。

 もう、聞きたくなかった。

 耳を塞ぎたかった。

 だけど躰が動かないから、聞くしかなかった。

 嫌だった。

 誰かを傷つける話は。

 誰かをいたぶる話は。

 どうしてそんな話を公然とできるんだろう?

 そんなことから始まって、次第に人間の根底へと繋がって、いつもそこで嫌になった。

 人間と云う種が。

 大嫌いになった。

 世界平和なんていう下らない言葉が。

 輪をかけて醜く思えた。

 音が消える。

 雑音がどこかにいった。

 どうしたんだろう?

 突然、訪れた静寂にボクは戸惑った。

 瞳だけ動かして、辺りを確認する。

 いつの間にかあるちぇは遠くにいた。

 笑っている。

 彼女は醜く笑っている。

 次に彼女は何かを唱えた。幾何学模様が中空に展開されて、矢は光に包まれた。

 あるちぇはその矢を掴み、構えた。

 弓を引き絞る。

 矢を――放つ。

 ボクは目を瞑った。

 やっぱり痛かったから。

 初心者弓でも、痛かったから。

 ボクは反射的に目を閉じた。

 閉じてしまった。

 刹那に音が聞こえた。

 鈍い音だった。

 ボクは、ゆっくりと目を開けた。

「……」

 視界の先には、子どもがいた。

 その子どもはボクを守るように、目の前に立っていた。

 その手には剣が。

 魔剣士の持つ、大剣が握られていた。

「ユーフ」

 ボクは名前を呼んだ。

 彼女は答えなかった。

 ただあるちぇに向かって、走って行った。

 まっすぐに。

 愚直に。

 あるちぇは弓を放った。

 それをユーフは剣で弾いた。

 避ける気は、なかった。

 屑と、あるちぇは叫んで武器を持ちかえた。

 弓から弓へと。

 初心者弓から上位弓へと。

 本領を発揮するため。

 いじわるするための武器から、いたぶるための武器へと換装を行った。

 その瞬間、ユーフはスキルを発動させる。

 与えたダメージの半分が戻ってくる代わりに、攻撃力を跳ね上げるスキル。

 自戒する赫茨<ローズオブヘル>

 あるちぇは矢を放つ。

 それをユーフはひらりと躱す。

 須臾、あるちぇは前方へマキビシを撒いた。

 マキビシの縦置き。

 そうすることによって、直線からの突進を潰すつもりなのだろう。

 これでユーフは左右のどちらかからしか攻撃をしかけることができなくなった。

 確率は二分の一。

 ちがう。

 大剣はそこまで小回りの利く武器ではない。

 構え方で攻撃が右から来るのか、左から来るのか、容易に推察できる。

 右だ。

 ユーフは剣を右に携えて走っているから、この場合、右からしか攻撃をしかけることができない。

 それがわかっているのならば、防御は容易い。

 それどころか、先手を打つことすらも可能だ。

 一旦、距離をとるべきだと思った。

 けれどもユーフはさらに速度を上げた。

 そして、マキビシを右にではなく、左へと避けた。

 ユーフは裏をかいたつもりだったのだろうか。

 わからないけれど、それは安易な発想だった。

 あるちぇは弓ではなく拳を構えた。

 スマッシュによるノックバックを行うつもりだろう。

 攻撃される心配がないのであれば、例え大剣相手でも近距離スキルを容易に発動できるから。

 いくら後手にまわっても、攻撃速度は素手のほうが早いから。

 もし、ここでユーフがスマッシュを受けたのなら。

 距離を離されてしまったら。

 次こそはきっと、矢を射られる。

 さっきのボクと同じように。

 ユーフもやられてしまう。

 そんな心配をよそに、ユーフは意外な行動にでた。

 意外というか、奇抜な選択。

 アクロバット。

 マキビシを避けた左足をそのまま踏み切って、躰を中空で横に一回転させた。

 そしてそのまま、遠心力に任せるままに大剣をあるちぇに向けてぶん投げた。

 しかし、回転しながら投げた大剣に正確なコントロールなどできるはずもなく、剣は低い呻りをあげて明後日の方向に飛んで行った。

 けど、それで良かったんだろう。

 攻撃が外れたとはいえ、あるちぇの視線は大剣に奪われた。

 その隙にユーフは換装法で同じ大剣を取り出し、あるちぇの懐に入り込んだ。

 自傷式ブラッディレイン――レッドローズ。

 赤い飛沫が上がり、飛沫は花弁へと姿を変えて辺りに降り注いだ。

 両膝を尽くあるちぇに、ユーフは叫ぶ。

「この人を、傷つけないで!」

 叫び終えると同時に、ユーフは咳き込み、吐血した。

 それがたぶん、自傷ダメージの分。

 あるちぇに与えたダメージが、自身の内部を破壊したのだろう。

 ごほごほ、とユーフは口元を汚しながらも、それでもあるちぇを睨み続けていた。

「帰って……お願いだから、もう、帰って!」

「…………」

「…………」

「わかった」

 しばらく沈黙が続いた後、あるちぇそう云って小指をツータップした。

 回復アイテムが使用されて胸部から腹部へとかけて裂かれた肉体はすぐに止血された。

 あるちぇは立ち上がる。

「次は絶対、やるから」

 それを捨て台詞に、あるちぇはこの場から辞した。

 ユーフはその後ろ姿をじっと見つめている。

 あるちぇの姿が完全に目視できなくなってもなお、眺めている。

「ユーフ」

 ボクはまた、彼女の名前を呼んだ。

 けれど、やっぱり返事はない。

 ユーフの肩が震えている。

 どうしてだろう?

 考えているうちに、すすり泣く声が聞こえた。

「私は、いらない子だから」

 そう、ユーフが云った。

 なるほど。

 聞いてたんだ。

 ずっと。

 ユーフは。

 自分の悪口を。

 あるちぇがボクに投げかけた悪口総てを。

「大丈夫だよ」ボクは云う。「どんなに馬鹿にされても、どんなに貶されても、ボクがいる。どんなに君が無力感に苛まれても、この声が届かないとしても、世界が嫌になっても、ボクがいるから」

 もっと、惨めなボクがいるから。

 いつも誰かに非難されて。

 見下されて。

 無視されて。

 見放されて。

「それは、ボクも同じだから」

 だから大丈夫。

 ボクも一緒に。

 ずっと一緒に落ちていくから。

「うわあん!」ユーフが泣いた。

 だからボクも、泣いた。

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