第三話 ログアウト
町を離れて、フィールドマップ上でボクは後ろを振り返った。
だれもいない。
近くにいるのはスカイだけだった。
ボクはスカイに身を寄せる。
「怖かったね」
そういうとスカイは首を横にふって、それを否定した。
じつに漢らしいやつだ、とボクは思った。
「甘かったなあ」
この世界で死ねば実際に死ぬという噂が湧いてからは、ある程度の治安は見込めるものだとボクは考えていた。
実際に、PK行為などは激減、というよりか絶無になっていた。
当然の流れだと思う。
殺人行為を認めるやつなんていない。
町中でいくらPKできるからといって、実際にそれを行ってしまえば、他プレイヤーからどう見られてしまうのか。そんなの、考えるまでもない。
秩序を維持するために、相互監視が働きだす。
そんなことは、あたりまえだ。
それじゃあ、町中で堂々とボクを殺そうとしたイグニスは、現実世界でいうところの異常犯罪者だった?
世界は治安を保っているけど、ボクはたまたま、ごく少数の異常者と接触してしまったと、そう考えるのが正しい?
きっと、違う。
一度きりの命という言葉だけで、この世界が現実に即していると考えたことが、ボクの間違いだった。
この世界はゲームだ。
魔法だって使えるし、架空上の生物がそこら中に跋扈している。
そいつらを倒せばアイテムとお金が落ちるし、物理法則だってなんか無視している。
第一に、ここには殺人行為を違法だと定める文書はない。
あったとして、それを裁くための司法機関もないし、取り締まるための行政機関もない。
それに、というかここが一番のポイントなのかもしれないけれど、この世界にいる人間はMMOプレイヤーだけだ。ネトゲプレイヤーの多くに、秩序だとか、平和だとか、そんな言葉が通用するとは思えない。暴論だった。ある程度のプレイヤーには受け入れられるとは思うけれど、現実世界ほどにその比率が偏るとは思えない。
たぶん、遊びでプレイヤーを狩る人間は多く存在する……と思う。
検証のために、危険なことを侵すやつらは現れると、思う。
そもそもで、本当に死ぬかどうかもわからないのが現状なのだから。
ともすれば今が一番危険な時期なのかもしれない。
やらかす奴は、やらかさないと判らないから。
きっと、近いうちに世界はやらかされる。
「……町を離れよう」
正確には人から、だけど。
面倒事は、嫌いだから。
思えば、様子見が現状打てる手の中で一番の良さげだ。
それじゃあ、とボクは踵を返した。
あくまでもゆっくりと、目立たないように。
この世界からログアウトするように、ボクは歩き出した。